「自然農法」について

B-5-1、堆肥についての御垂示

     「朝根と深根の堆肥について」

  また浅根の作物は畑土に草葉の堆肥をまぜるだけでいいが、深根のものは、特に畑土一尺位下の方に木の葉の堆肥の床を作るといい。堆肥の効果は土を固めないためと土を温めるためと、もう一つは作物の根際に土乾きがする場合乾きを防ぎ得るということの三つだといえる。自然農法の根本は土そのものを生かすことにある。土壌に人為肥料のような不純物を用いないことに主眼を置く。そうすれば土壌は本来の性能を発揮することになる。土は作物を作れば作る程良くなるもので、人間でいえば働けば働く程、健康が増すのと同じ理屈。
  だから連作をいけないこととしているのは間違っている。私が今年作ったトウモロコシなどは連作七年になり、しかも小石混りで、ものすごい不良土だが実付きも良く美味満点である。土壌というものは、作物の種類によって、その作物に適応する性能が自然に出来るものである。(後略)            (「法話(五)腹の虫は人為肥料から」東日  昭和28年2月28日)


     「堆肥の使用、やり方」

    “堆肥は多く使用する程よいのでせうか。又、使用する堆肥は半熟か、或いはよく乾燥したものがよいのでせうか。  反当りの堆肥の使用量等――
“多い少いでない。土を固まらせぬ為にやるので、固まらぬボロボロのがいい。堆肥は固まらないのがいい。土へは草葉の堆肥がいい。堆肥の床を作る。土へ混るのは半腐り位がいい。多い少ないは土によって加減する。土の根に酸素の要はない。日が当ると土から入ってゆく。
                             (「堆肥の行り方」年代不明)

     「堆肥は草がいい」

    “奈良県八木町方面では農家は堆肥が少ないのです。右の様な地方では少ない堆肥なりで農作すればよいのでしょうか。それ共堆肥を無理して作るべきでしょうか。
“堆肥は無理しなくてよい。固まらせぬよう中耕のような事をすればよい。堆肥は草の方がよい。木のある所は枯葉があり、草がある所雑草がある。そう困る事はない。
                           (「堆肥少ない土地」S24・1・6)

    “無肥料栽培にて、
    1、広い平野の真中にある田畑では、実際問題と致しまして木や葉も手に入り難い場合がございますが、此の場合は堆肥は如何致すべきでしょうか。
 “1、平野は草が生えている。堆肥の場合は草の方がよい。  (「堆肥と人糞処理」S24・1・18)


     「堆肥は半腐れが好適」

    “(一)、無肥料栽培の場合、藁を細かく切ってそのまま使ふ場合とに浸して腐らせて使ふ場合の使ひ分けは  如何に致しましたらよろしう御座いませうか。
      (二)、生草と乾草とどちらがよろしう御座いませうか。
      (三)、酸性で麦類、豆類の出来ない新開墾地に灰類を施す事はやはりを施す事になりますでせうか。御浄霊だけして居ればよろしいでせうか。
“(一)、腐らせた方がよい。腐らせすぎるといけない。半腐れが一番よい。根を張る時に邪魔する。
  (二)、どちらでもよい。土を固まらせぬ為である。
  (三)、必要はない。                  (「堆肥半腐れが好適」S24・8・17)


     「堆肥の量」

    “無肥料栽培を本年やらせていただきたいと思います。当地は三月まで雪があります。四月十二日種播きをいたし、四月十四日田打ちいたしました。土質は砂及び黒土です。今までは形植で五寸五分に七寸で、苗植数は四本から五本位でした。堆肥はどのようにして、いくら入れたらよいでしょうか。田草は何回位除ったらよろしいでしょうか。今後如何にしたらよろしいでしょうか。
“細かい事はふだんの経験でよい。肥料さえやらなければ適宜でよい。藁を切って入れる。
                                    (「堆肥の量」S25・5・5)

     「堆肥漸少」

    “無肥料栽培を始めます場合、初めに堆肥を多量にやり、漸次少なくしていってよいものでしょうか。又、海藻類を肥料に使うことは如何でしょうか。
“堆肥に二種あり、糞尿を入れるのもあり、漸次少なくする意義はない。始終同じ様にする。毎年同じようにやればよい。土に混ぜるのは、草の堆肥がよい。木の葉の堆肥は床に使う方がよい。海草はいけない。要するに自然であるから、地上に海草は生えない。地上にある木の葉や草などですべきである。                 (「堆肥漸少」S24・1・19)


     「海岸沿いの砂地での堆肥」

    “無肥料栽培の事ですが、海岸地帯の砂地などでは適当な堆肥を作る材料も無い場合は如何いたしたら宜しゅう御座いましょうか。
“堆肥の目的は土を固まらせない為にする。海岸地帯は砂が多いから、堆肥はそう要らない。(堆肥ならやっても肥料をやるよりよく穫れる)土を固まらせぬ為のものであるから、堆肥の床を作るのは木の葉がいい。
  関東地方は富士の火山灰があるから(割合いよく穫れる。硫黄性の灰は穫れない。土を汚すものが一番いけない)海草はいけない。          (「海岸地帯の堆肥」S24・2・14)


     「枯葉等に糠を加えた堆肥は・・・」

    “大先生様御主唱の無肥料耕作には堆肥として草を用いるように伺いましたが、現今学界で反対されて居ります枯草、枯葉等に糠を加えて発酵させた堆肥を用いると在来の金肥、下肥等の場合より効果多いと承りましたが、右の肥料は大先生様の御理論と等しきものと考えて宜しいもので御座居ましょうか。
“農法は自然が元になっている。枯草や枯葉があるという事は、神様がそういう風に造ってあるのである。であるから、糠を加えるのは不可である。今迄のものは一時的いい事をよいとしている。肥料は一時よいだけで、人間が薬で制えるのと同じである。人間でも一ケ月位の寿命のものなら薬を服んでもいいが、長く生きるものであるから、薬を服まぬようにしなくてはならぬ。理屈は大抵後でつける訳である。        (「草葉に糠の堆肥」S23・12・12)


     「綿屑を堆肥にするのは」

    “落綿加工を致します際多量の綿屑が出ますが、これを堆肥として耕作する事は宜しいでせうか。
“余りよくないですね。こっちで使ふ堆肥ってのは「自然」なんですから。綿の屑が自然に散る筈はないんですからね。どうしたって木の葉や草の葉がいゝんですよ。
                        (御光話録16号  昭和24年11、12月)

【問】落綿加工をする際、綿の種等の屑が多量に出ますがこれを堆肥として耕作するのはよろしいでせうか。
【答】不可である。堆肥は自然のいろいろの枯葉がよい。
                     (地上天国16号  妙智之光 昭和25年8月15日)

   “落綿加工をする際、綿の種等の屑が多量に出ますが、これを堆肥として耕作するのは宜しいでしょうか。
“よくない。堆肥が自然である。               (「綿屑肥料」S24・12・3)


「耕作に木蝋や綿の実は不可」

    “日月地(ミロク)耕作の事についてお伺ひ致します。「モクロー(木の蝋)のしぼりかす」及び綿の実(わたこ)を堆肥にしたいと思ひますが、よろしいでせうか。
“反自然である。                   (「耕作に木蝋や綿の実」S24・11・27)


     「草肥と木肥について」

    “農作物に人糞及び化学肥料を使用せず、当信仰の御利益により栽培可能なりや――
“御利益はなくとも、人糞等なくともズーッと出来る。土も種も人間も肥料中毒にかかっている。肥料により作物弱り、花落ちなどする。一番無肥の効果が判るのは枝豆で、葉伸びず実が大きい。作物は木が大きくなってはいけない。唐もろこしなど、軟かく美味しく有肥は食べられぬ。堆肥は根を温める。草肥は土の上の方、木肥は下積みの層にする。消毒薬は次の虫発生の原因となる。根に油紙でも敷いてやるとよい。施肥は人間の生命に支障を与え病因ともなる。
                         (「木葉肥と草肥、(肥料中毒)」S23・10・15)