「自然農法」について

B-2、自然農法への転換移行期間

     「有肥から無肥栽培転換に当たっての注意」

  (前略)茲に注意すべき事がある。今迄有肥料の田畑に対し無肥料栽培を行ふ場合、最初の一二年は成績が悪いが、それは其処の土が肥料中毒に罹ってゐる為で、恰度人間の場合酒飲みが禁酒をすれば一時はボンヤリしたり、煙草飲みが禁煙をすると活気が無くなり、モヒやコカイン中毒者がやめれば我慢が出来ないと同様の理である。先づ二三年は辛抱して其後を待つべきであって土及び種子の肥毒が消滅するに従って土は偉力を発揮するのである。
  以上は、無肥料栽培の理論を説いたものであるが、之によって如何に従来の農耕法が誤ってゐたかが判る筈である。勿論、信仰との関聯はなく、全然やめ堆肥だけによって劃期的成果を挙げ得るのである。然るにそれに加えて神霊による土の浄化を行ふ事によって、一層の効果を挙げ得るのである事を充分承知すべきである。  (「無肥料栽培」自叢二  昭和24年7月1日)


  初めて無肥料栽培を実施した作物の、その殆んどは最初の数ケ月は、発育が悪く、茎も細く葉も黄色で、有肥の田畑と較べて頗る見劣りがする。といふ事は試作者の異口同音に唱える声で、中には夜も寝られない程心配する者さえあるといふ事実で、之に就て私は注意を与えたいのである。
  元来、無肥料栽培といっても、その耕作する土壌も又種子も全然肥毒のないものはない。長年の肥毒の為両方とも極端に変質してゐるのである。それが為土壌本来の性能を発揮する力を失ってゐる。それと共に種子の方も土壌の真の成分を吸収する力がない。何となれば肥料を吸収すべく変質してゐるからである。此理由としては、如何なる物質と雖も対象物に適応すべき変質するのが原則である。仮え、誤った対象物であっても絶えず繰返すに於て、それに適応するようになるのである。之が所謂中毒である。
  以上の理によって、急激に無肥料になった場合、土壌本来の性能を直に発揮し得ない。といって今迄の如く吸収すべく肥料もない、といふ理由によって一時衰弱するのである。然るに一定時を過ぎると、肥毒は漸次消失すると共に、その入れ替りに土はその本質に還元するのである。それと同様種子の方も肥毒の消滅によって、土性を吸収する本来の機能が活動を始めるので、両々相俟って収穫前頃俄然として本来の生育力を発揮するのである。
  そうして中毒症状は、ひとり植物のみではない。動物に於ても同様である。例えば飲酒家が禁酒し、煙草喫みが禁煙をすれば一時は呆然として活動力が減殺する。下剤常習者が便秘症となり、消化薬常習者が胃弱者となり、解熱剤常習者がやめると一旦高熱が出るといふ事や、モルヒネ中毒コカイン中毒者も同様の現象を呈するにみても明かである。又借金のある者が期日到達の際借替えすれば小康を得るが、借替えをやめ一時に返済をすれば苦しむが其後に至って安定するのも同様の理である。
  此理によって、真に無肥料栽培の偉力を発揮させるには、種子も土壌も全然肥毒が消失してからであって、それにはどうしても二三年を要するのである。然し割合肥毒の少い土壌又は新規開拓地等は、最初から増収を得る場合も相当ある。
  要は、汚穢のない最も清浄なる土壌であらねばならない。それによって驚くほどの効果を挙げ得るのである。故に無肥料栽培が全国的に行はれるとすれば五割の増収は容易であり、農民の収入は現在の倍額となり、労働時間は現在の半分で済む事にならう。
  以上が五六七の代の農耕と、そうして農民の生活状態である。
                (「無肥栽培の報告を読んで」自叢二  昭和24年7月1日)


     「自然農法転換期の生育状況、その1」

  (前略)何しろ本農法は、従来の行り方とは全然反対であるから、容易に転向出来ないのも無理はないが、といってこれ程事実が証明している以上、信ぜざるを得ない筈である。以下それ等を一層詳しくかいてみよう。先ず我国民が先祖代々長年月肥料を施して来た結果、我国農地全部は汚され切っており、その為土は酸性化し土本来の性能は失われ、人間でいえば重病人の体質と同様になっているのである。その結果作物は土の養分を吸収する事が出来ず、肥料を吸収して育つ様に変質化してしまったので、全く麻薬中毒と同様である。処で今迄とても農事試験場や農民の中にも、無肥耕作の試験をした事もあったが、何しろ一年目は成績が悪いのでそれに懲りて止めてしまったという話は時々聞くので、この事なども肥料迷信に拍車をかけた事は勿論である。そんな訳で耕作者は肥料を以て作物の食糧とさえ錯覚してしまったのである。事実自然栽培にした最初の一年目は葉は黄色く、茎は細く余りに貧弱なので、附近の者から嘲笑慢罵、散々悪口を叩かれ、中には忠告する者さえある位で、勿論肥毒の為などとは夢にも思わないからである。処が栽培者は信者である以上絶対信じているので、辛い我慢をしながら時を待っていると、二年目三年目位から漸く稲らしくなり、収穫は増えはじめ、しかも良質でもあるので、今度は嘲笑組の方から頭を下げ、自然組の仲間に入る人達も近頃メッキリ増えたという事である。そうして肥毒が全くなくなるのは、先ず五年はかかると見ねばなるまい。その暁私が唱える五割増産は確実であって、これが六年となり、七年となるに従い驚異的増収となり、やがては十割増即ち倍額も敢えて不可能ではないのである。というのは分蘗(ブンケツ)は倍以上となり、然も穂に穂が出るので、そうなったら倍処ではない。一本の茎の実附き千粒以上にもなろうから、到底信ずる事は出来ないのである。(後略)
                      (「自然栽培に就いて」革自  昭和28年5月5日)

     「自然農法転換期の生育状況、その2」

  本農法の原理は大体分ったであろうがこれを実行するに当って知っておくべき主なる点を書いてみるが、別項多数の報告にもある通り、最初は例外なく苗が細く色は黄色く、実に貧弱なので悲観すると共に、近隣の人々や家族達から軽侮、嘲笑を浴びせられ、忠告までされるので、迷いが生じ易いのも無理はないが、何しろ信仰の土台がある以上、歯を食いしばって堪え忍んでいると、その時を過ぎるや漸次持直し、ヤレヤレと安堵する。然も収穫となるや案外にも幾分かの増収にさえなるので、ここに驚きと共に喜びに蘇生する、という事実は一人の例外もない。
  これを説明してみれば斯うである。初めの貧弱であるのは、勿論肥毒の為であって、丁度麻薬中毒者や酒呑と同様、廃めた直後は一時元気が失く、ボンヤリするようなものであって、それを通り越せば漸次普段通りになり、それから年一年良好に向い、数年経た頃は、苗は最初から青々している。これは肥料の無くなった証拠であるから、斯うなったらしめたもので、反十俵以上は間違いはない。これを見ても如何に肥毒の恐ろしいかが分るであろう。そうして特に重要な事は連作である。それは米なら米と、一種類を続ければ続ける程、土はそれに適応する性能が生まれ、漸次旺盛となるのである。これをみても土の性能こそ実に神秘霊妙なものであって、これがXである。
故に出来るだけ土を清浄にし、連作主義にすれば年年収穫を増し、反二十俵以上も敢えて夢ではないのである。それだのに何ぞや。全然逆に土を汚すことのみに専念し、多額の犠牲を払うのであるから、何と評していいか言葉はない。これに就いて昨年の凶作で分った事は、肥料を多く施した田程悪い事が分り、幾分目覚めたようだが、この位な事ではまだまだ前途遼遠であろう。(後略)          (「本農法の技術面その他」栄245号  昭和29年1月27日)


     「転換期に於ける作物の経過、その1」

  (前略)本農法は信仰が土台となっている以上、私のいう事をそのまま何の疑いもなく実行する。それが為自然農法の真価が容易に分るのである。その経路をかいてみるが、先ず最初苗代から本田に移した時、暫くの間は葉色が悪く、茎細く、他田よりも寔に見劣りがするので、それを見た附近の農民からは嘲笑され、本人も危惧を感じ、これで果していいのであろうかと、心配の余り神様に祈願したりして気を揉むのである。処が二、三カ月過ぎた頃から幾分立直りを見せ、花の咲く頃になると、余程よくなるので稍愁眉をひらくが、愈々収穫直前になると、普通或はそれ以上の成育振りに漸く安堵の胸を撫で下すのである。さて愈々収穫の段になると、これは又意外にも数量など、予想よりもズッと多いと共に、品質良好、艶があり、粘着力強く、頗る美味であり、大抵は一、二等格か三等以下は殆んどないといってもいい。しかも目方は有肥米よりも五乃至十パーセント位重い事で、特に面白いのはコクがあるから焚減(タキベ)り処か二、三割位焚増しとなり、飯にすると腹持がよく、三割減位でいつも通りの腹工合であるから、経済上から言っても頗る有利である。故に日本人全部が我が自然農耕米を食すとすれば三割増という結果になるので、現在程度の産額でも輸入米などの必要はない事になり、国家経済上如何に素晴しいかである。           (「肥料の逆効果」革自  昭和28年5月5日)
                     (「土の偉力」自解  昭和26年1月15日類似)

     「転換期に於ける作物の経過、その2」

  (前略)そうして前記の経過を説明してみると斯うである。最初の二、三カ月位の間、見劣りがするのは、種子にも田地にも肥毒が残ったいる為で、時日を経るに従い土も稲も肥毒が段々抜けてゆくので、本来の性能を取戻し、漸次好転するのである。此理は農民にも判らない筈はないと思う。というのは洒水をしたり、大雨が降ったりする後は不良田も幾分良好になる。之などは全く肥毒が多過ぎたのが洗われて減少した為である。又農民は少し作物の生育が悪いと客土をし、それで稍々良好となるや、農民の解釈は長い間土の養分を作物に吸われ、土は痩せたのだから、新しい土を入れゝばよくなるというが、之は誤りで実は年々の肥毒により土が衰え痩土となった為で、右の農民の解釈は如何に肥料迷信にかかっているかが判るのである。(後略)                      (「土の偉力」自解  昭和26年1月15日)
                       (「肥料迷信」革自  昭和28年5月5日、類似)

     「転換期に於ける作物の経過、その3」

  (前略)大体神は人間をこの地上に造った以上、人間に食物を与えないわけはない。国がその有する人口だけの食糧を保障することも出来ないなら、それは神の造った自然の法則にそわないものがあるからだ。だから自然の法則を無視した人間が、人為的な肥料ばかりを使ってきて食糧不足に悩むのは当然である。この意味から現在の農耕法と進歩どころか逆に退歩したといえるだろう。なるほど農産物に肥料をやれば一時は相当の効果はあるが、しばらく続けると逆作用が起る。つまり作物は土の養分を吸うための本来の性能が衰え、いつのまにか肥料を養分としなければならないように変質してしまう。このことは人間の麻薬中毒にたとえれば一番よく解る。最初麻薬を使うと一時は快感を覚えたり、頭脳明晰になるが、程度を越すと、その味が忘れられず、だんだんと深味に陥り、ついには抜き差しならぬようになるのと同様である。
  農民は長い間肥料の盲信者になっているから中々目が醒めぬ。わたしの自然農法は信仰が土台となっているから私のいう通り何の疑もなく実行して貰わなければ困る。農民の中には私の説を信じて、最初は人為肥料をやめて農耕するのだが、数カ月して思わしくないとすぐやめてしまう。これではだめだ。自然農法はまず最初苗代から本田に移したとき、しばらくの間は葉色が悪く茎も細く、他の田より見劣りがするが、二、三カ月過ぎると立直りを見せ、花の咲く頃には更によくなるという状態が続く。愈々収穫の段になると数量は予想以上によく、品質が良好で、艶も粘着力もあり、美味で目方も有肥料米よりは五パーセントから十パーセント位重く、特に面白いことは、コクがあるから二、三割位炊増しとなり、経済上からも非常に有利だ。だから日本人全部が自然農法を行えば三割増しになって輸入米などの必要はなくなるということになる。この経過を更に精しくいうと最初の二、三カ月位は見劣りがするのは種子にも田地にも肥毒が残っているからで時が経つにしたがって土も稲も肥毒が抜けていくので、本来の性能を取り戻し、だんだんと好転してゆくわけだ。例えば洒水したり大雨が降った後で不良田が良くなるのは多かった肥毒が洗われて減少するのである。少し作物の生育が悪いと客土し、少し良くなると農民は長い間土の養分を作物に吸われ土は痩せたのだから新しい土を入れればいいというのは、間違った考えで、実は段々と肥毒によって土が衰え痩土となったためで、こんな考え方は農民が肥料迷信にかかっているからだ。自然肥料実施をくわしく説明すると稲作に対しては稲藁を出来るだけ細かく切り、それをよく土にこね混ぜる。これは土を温めるためで又畑土の方は枯葉や枯草の葉筋が軟かくなる位を限度としてくさらせ、それを土にまぜる。これは土が固まっていると植物が根伸びする場合、尖根がつかえて伸びが悪いから固まらないようにするためである。      (「法話(四)自然農法で三割増産」東日  昭和28年2月27日)


     「経過年数による自然栽培の成果(1)」

(前略)それで段々方々からの実例を読んでみても、私が最初から言つている説とぴつたりしてますね。全部綜合した結論を言うと、先ず最初の年――一年目は、大抵一割減産ですね。それから、平年作と言うのと、一割位増えるのもあります。そのうちで一番多いのは、平年作ですね。ですから、肥料代と手数代丈儲かるんですね。それが一番多いですね。それで、減産と増えるのと同じ位ですがね。一年目は平年作と見て良い。唯、一年目でも、虫害と風水害のある処は非常に少ないです。他の有肥の方が多いです。だから、平年作でも、有利な訳ですね。それから、二年目になると、平均五分か一割増える。それから三年目になると一割以上、二割位増える。極く悪いので平年作の一寸良いのですね。無論、肥料代の節約と虫害、風水害の少ない丈は得ですね。それから、普通作――平年作でも、他はずつと――二割も三割も落ちているんです。ですから、それ丈増えていると言つても良いですね。大体二割位増えるのが普通ですね。処が、今迄正確に四年五年なんてのはないんです。中には、三年で五割も六割も増えると言うのがありますがね。そう言うのを綜合してみると、五年にして五割と言うのは間違ない数字ですね。唯、越後の報告で、四年で平年作から一寸増えた位の報告が二人かあつたが、之は調べなければならない。
  小川さん知つているかね。調べて下さい。そんな馬鹿な事はない。肥料をやり過ぎて、肥料が抜けるのに暇がかかつたか。それから、堆肥と言つて、越後地方じやオワイを薄めて堆肥にかけている。だから、以前越後の方で、成績が上らないので聞いてみると、堆肥と言つても、堆肥許りじやない。薄い糞尿をかけている。それかも知れないから、良く調べて貰いたい。
    「土の部分が薄く、直ぐ下が石になつておりまして――」
  根伸びがないんだね。
    「左様で御座います。土の部分が薄いから、肥(コヤシ)を沢山やつて穫ると言う様に致して居ります」
  それで解つた。客土すると良いね。何か原因がなければならないと思つたがね。
   そんな訳ですから、農業特集号が出たら、出来る丈配付して貰いたい事と、それから本当に堆肥のみで五割増産すると言う事は、確信を以て宣伝して貰いたいと思う。(後略)
                        (御教え集6号  昭和27年1月25日)

     「経過年数による自然栽培の成果(2)」

(前略)そこで、色々あるけれども、大抵今年あたりは一番報告が多いですが、それを平均して見ると、一年目二年目位の処は、大抵平年作ですね、それで、極く成績が悪いのは一割減産ですね。一番多いのは平年作ですね。平年作と言つても、今年は病虫害、風水害があるが、その被害がないから、結局増産になつてます。そこで、三年目になると大抵増えてます。唯多い少ないがありますが、普通一割、二割。多いのは三割、四割も増えてます。大体三年目一、二割と言う処でしようね。本当に腰を入れてやつてから、皆んな二、三年位なものです。五年と言うのは殆んどないですね。偶々四年と言うのが、越後に二人あつた。それが、平年作より一寸良いと言うんです。然し、そんな馬鹿な事はないと言うので、あつちの――小川さんに聞いて見ると、下が岩盤になつていて、土の層が浅く、根が伸びないので、そう言う土地の為に特に肥料を余計やらなければならないと言うので、特にやつていたそうです。そこで、私は客土しろと言つたんです。客土すると、土の層も増えるしするからね。それでいて、減りもしないんですね。平年作よりも一寸良いですね。何か原因があると思つて聞いて見ると、そう言う訳で分つたんです。それ以外に四年目と言うのは、大抵ないですね。大抵三年目です。本当は、もう一、二年経つて、来年か再来年あたりにしたいんですが、何しろ現状を見ると、今年は減産ですからね。去年は六千四百万石でしたが、今年は六千万石とか言うので、三百万石から減つている。其処にもつていつて、肥料が高くなつているから、じつとして見て居られない。そこで早く特集号を出すと言う事になつたんです。今迄の成績を見ても、増産になると言う事は解るんです。そんな様な具合で、今迄の実験で、もう確実に自然栽培でもつて、食糧問題を救えると言う事が分つたので、今年からうんと腰を入れてやる積りなんです。その積りで信者さんもやつて貰いたいと思うんです。それ丈で少なくても日本人を救う力は大変なものだと思いますね。(後略)                   (御教え集6号  昭和27年1月27日)


     「五年位で肥毒は消滅する」

   (前略)私の唱える五カ年にして五割増産というのは、普通量の人為肥料を施した田を標準としての成果であって、五年位で肥料分が全く消滅するからである。処が近年は収穫を挙げようとして、至る処の農村は硫安の如き化学肥料を多量に用いるようになったので、今日自然農法に切替えても、肥毒が全く消滅するには、それだけ暇がかかるから五年以上と見ねばなるまい。これは報告中にもある通り、自然栽培を実行しても、その成績に相当差別がある事で、これこそ肥毒の多少によるのであるが、これも直き分る。即ち出穂(シュッスイ)の場合黄色を帯びている間は肥毒のある為で、肥毒がなくなるに従い、初めから青穂となる。従ってその為の浄霊であるから、五年以上経って肥毒皆無になれば、浄霊の必要もなくなる訳である。次に客土をすると、一時的成績が良くなるのは、肥毒のない土を入れるからであって、この事だけでも肥毒の害が分りそうなものだが、分らないのは全く肥料迷信に陥っているからである。 
          (「農業の大革命  五カ年にして米の五割増産は確実(二)」革自  昭和28年5月5日)


     「自然農法にすると肥毒は段々無くなる」

    「ニュース映画で見ましたが、南洋方面で農作物が荒されたというので、飛行機で消毒薬をまいておりましたが、自然農法にきり換えますと無くなるものでございましょうか」
  それはずっと減りますが、随分多量にはいってますから、急にはいかないが、だんだん無くなります。南洋の方では硫安を非常に使うからです。 (御垂示録18号  昭和28年3月1日)


     「段々肥料が抜けると増収に」

 (前略)今年は自然栽培は、非常に成績が良いと言うんですね。相当増収になつていて、非常に喜んで居ましたがね。と言うのは、段々肥料が抜けて来ますからね。何処でしたか、今年で三年目ですが、反当り二、三俵増えたと言う事を言つてましたが、それで丁度当り前ですね。三年経てば三割位増えるんですね。五年経てば五割位増えるんですね。今年の成績が良かつたら、大々的に自然栽培の宣伝をやろうと思う。処が一般の場合は、今年は馬鹿に悪いですね。静岡県の何とか言う村は、四割の減収で、六割しか穫れないんですね。その原因はイモチ病とウンカと言う事になつている。こう言う話を聞きましたが――農民は肥料をやり過ぎるから、肥料を少なくしなければならないと言う説が、農民間に出ているそうですが、それは幾分判つた方ですね。(後略)                     (御教え集4号  昭和26年11月1日)


     「無肥料栽培米について、4年目から増産」

    “無肥料栽培の二年目で獲れた米でございます。(現物を御覧に入れる)一升につき二十匁、一俵で二、三升重い様です。
“四年目位から増収になります。無肥料でやれば第一花おちがしない。背丈は少し低いが茎は太い。肥料をやると弱くなり茎も風に折れたりする。見た所は立派ですがね。――段々無肥料にして行かねば駄目になりますよ。最近虫害の多いのも肥料のためです。無肥料なら実際手間が要らない。消毒薬を使へば虫は死ぬが一緒に土も死んで了ひます。まさか土にかゝらぬ様に薬を使ふ訳にはゆきませんからね――。(中略)――田圃へやる水をあたゝめるのは結構です。池へ溜めておくのはいけない。却って冷えて了ふから。「日なた」を余計流してから田へ入れる様にしたらいゝのです。木やわらの灰もやらぬ方がいゝ、天から灰なんか降って来ないでせう。肥料に使ってゐる石灰だって灰ですよ、木と石の違ひだけです。――無論無肥料でやるからって改良は必要ですよ。稲なんかも神様が最初作られた時は一穂に五粒位だったんですが今では大体三百粒位でせう。人口の増加と平均して米粒の出来るのも殖えるのです。今日本は食ふだけの米がとれないが本当はとれるべきで、とれないといふのは、とれない様な事、間違った事をしてゐるからです。
    “人口に比例致しますならば大浄化で人間が減れば米も減産でせうか。
“さうですね――米は減りませんね。田地を他に使ふとか、米を別な方に使ふとか少い国に輸出する様になるでせう。祝詞にある様に「五穀稔りて倉に満ち……」といふ風になるのです。
                           (御光話録  昭和23年10月8日)

     「御飯が赤くなるのは肥料の関係」

    “山形地方では普通の様に米を炊いても赤飯が出来て了ふ事があり、そういふ時は不幸な事が起りますが如何なる訳でせうか。
“之は難問題だね。不幸が起るとは迷信でせう。とも角今迄の人は始終悪い事が起ってますからね。御飯が赤くなるのは肥料の関係でせう。      (御光話録  昭和23年9月8日)


      「農薬を施した田での無肥料栽培について」

    “私は本年は苗代及び本田を徹底的に無肥料栽培をしたいと考えて居ますが、従来施肥したる種子及び土地にても差支えないでしょうか。供出の為初年度の減収をしています。
“種や土地に今迄の肥料が入ってるから仕方ない。半分位から肥料が抜ける。洪水に差支えたり、残らなくて困るという事は決してない。初年度から増収になるのもある。時々浄霊して無肥料にする。                   (「従来の田にて無肥実施」年代不明)


     「肥料や薬を使わない事が根本」

    「化学肥料とか、薬物は悪を助長していたと考えて――」
  そうです。あれで曇らせたからね。血が濁るから霊も曇る。そこで、動物霊がそれ丈けの力が出るから、それ丈け悪い事をする。だから、あれが根本です。肥料を使わない事、それから薬を使わない事、之が根本ですね。     (御垂示録4号  昭和26年11月8日)