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岡山支部11月度メシヤ講座

<今月の学び>
本祭典について
本日の祭典、伊都能売大御神様御出世奉祝記念大祭に就きまして、お伝えさせて頂きます。
今からおよそ三千年前、主神様のご意思を受けて、天照皇大御神様が霊的太陽のエネルギーを少しずつ絞って火素を減少させることによって、善がしっかり機能して「裁き」と「救い」のバランスが取れていた伊都能売大神様の経の部分の御力、即ち支配力が衰え、完全に光がなくなって「夜の時代」に突入しました。
そうなると善の働きは出来なくなり、悪を退ける力を失い、善悪無差別の慈悲の御働きしか出来なくなられたので、そこで観音様になられて二千六百年余りの長きに亘って、「夜の時代」では、悪が強くなって、これでは人間もかわいそうだと思われ、我々人間を蔭にあってずっと見守り続けて下さっておりました。
そうして昭和の時代に、メシヤ様が天照皇大御神様を御迎えされて以来、霊的太陽の日の力、火素が日増しに強くなっていく中、観音様の御働きから光明如来様へと御位を上げられ、我々人類の御救いをして下さっておりましたが、昭和二十九年、再び正しい神を人間が押し込めたことで夜の時代に戻ってしまいました。
しかし、主神様の御意思を五六七大御神様が展開され、神界の準備が整い、無知である我々人間を使って、昨年、平成二十九年六月十五日には、全ての根源である天照皇大御神様をお迎えさせて頂きましたが、その太陽の光でしか仏様は神様に御戻りになれなかったので、仏界に観音様として化仏されていた伊都能売大神様も、いよいよ本来の御働きになられる時を迎え、無知である我々が、メシヤ様の御配慮で、この現界にお迎えしたのが、昨年の「伊都能売大御神様御出世奉祝大祭」でありました。

神界からは、一年の御猶予を頂いていますが、一とは「はじめ」ということでありますから、一年後から本格的な御経綸がスタートすることを考えますと、今年の六月十五日の天照皇大御神様をお迎えした祭典がそうであったように、本日の祭典から伊都能売大神様の御働きが現実のものとなって現れるということであります。
伊都能売大神様は左進右退になるのであって、伊都能売とは「五と三」「火と水」「日と月」ということであり水は月でありますから、今まで右進左退で西洋文明を造ってきた素盞嗚尊様であり、天照皇大御神様の日が強くなれば、当然「月」の働きはそれに従うような動きになってくるので、今まで右進左退で進んできていたものが逆回転して、いよいよ左進右退に回り始めるということであります。
そして、日本は世界の型でありその中の北海道は体(唯物主義アメリカ)の型であるわけなので、この度の祭典を通して左進右退のリズムが世界大に拡大する、その初めの日になるということなので、本日は誠に意義深い日であります。さらには、体とは水(熱海)と土(京都)であり、京都は七で現界の型でありますので、左進右退のその現われが、我々人間の目に見える形で進んでいくというふうに思われます。
また一方、伊都能売大神様の御精神ということで考えますと、絶対平和主義という神様であられるわけで、その御精神を私達は人間として、自分自身に下ろして、どこまで実践させて頂くのか、という事も大切なことであります。
そういう時を迎えている現在であればこそ、その「御裁き」の御働きに対しては、今まで体主霊従で積み重ねてきた我々人類の罪穢れへのお詫びと共に、改めてこの二千六百年間という長きに渡って誠に申し訳なくも御位を落とされて待ち続けられ、そして、蔭にあって我々を守り続けて下さったことへのお詫びと感謝を申し上げ、更には地上天国、彌勒の世の建設に向かうに当たり、アメリカの型であるこの北海道の地に於いて、東西を結ぶ為の西洋文明の救いの始まりを期して、又その「御救い」の御働きに対しては、より一層その御手足とならせて頂くことを御許し賜ると共に、伊都能売大神様の慈悲の心を持った人間として、伊都能売の働きが出来る人間にならせて頂けるように、御守護のお願いと共に我々の決意を捧げる祭典であるということを心に強く刻んで臨ませて頂きたく思います。皆様、よろしくお願い致します。


支部長:という内容で祭典の前に想念を作って臨ませて頂きました。
この中で大切な所が何点かありますので、この中に限って話をさせて頂きます。
まず、本祭典とありますが、祭典というのはどういうものかということなんですけど、今日の月次祭もそうなのですが・・・言葉で表すなら『ご面会』という言葉になります。
その神々の存在に対して想念が合わなければご面会にはならないということです。
伊都能売大神様の御神名を唱えるということは伊都能売大神様がどういう御存在なのかということが理解できなければ神様に我々の祝詞や想いも届かないということです。
そして12月は日月地大神様の御神名をお唱えする予定でございますが、ミロク大神様というのはどういう御存在なのか理解できなければ神様に対して我々の願いは届かないので御守護頂けない。ただ漠然と名前を呼んでも神様は反応されないということですね。
そのために我々は去年からずっと非常に難しい天照皇大御神様のことを学び、そして伊都能売大神様、日月地大御神様のことも学んで、1月には改めて国常立尊様の学びもさせて頂こうと思ってますので、神々の事を学ばなければメシヤ様メシヤ様と仰っておりますけど、メシヤ様という御存在がどういうものかという事が分からないので、口でただ言ってるだけだということになってきます。そこには自分の自己満足だけで神様には通らないんですね。そういった意味で非常に難しい学びを去年から積み上げてきてますけど、そういう意味で理解して頂いてその学びを少しでも理解させて頂こうということで日々御教えに求めて頂けると非常にありがたいと思います。
そしてその表れが何になるかというと『浄霊』になってきます。浄霊ということは、この資料の中で言いますと、19行目の『霊体の救済に欠かせない浄霊力に反映された』とありますが、この霊体というのは『霊と体』という理解をしていただいて、霊体と肉体両方の救済にというふうに捉えて頂ければいいかと思います。
そして浄霊というものは病気治しだけではなく「幸福を生む方法」だとも教えてもらってますけども、一切の苦悩のなくなる作用なんだというふうに教えて頂いてます。それが、この天照皇大御神様の火素が増量することによって、本当にそれが霊体と肉体の両方に影響してくるということですね。だから我々は自分の肉体を汚してはいけないということで食生活に気をつけなくてはいけないということですね。血液が濁るということは曇りが増すということですから自分の体には現魂というものがありますよね。そして霊界には幽魂というものがあります。メシヤ様は、その幽魂に命令が下ったものが現魂にくるんだと仰っておられますけど、しかしその現魂に来るのは曇りに遮られてなかなか理解できないんだと仰っておられます。しかし浄霊をすることによって霊体の現魂に、心を透過して現魂にまで光をいただくことができるのが浄霊ですから、そうすることによって神の意図というものをキャッチしていくことができるような人間になっていく・・・要するに神様というのは、人間最大の苦悩と言われる病気の解決と、精神の改革ということで浄霊というものを与えて下さっておられますので、我々がこれから進めていく御経綸の中心といいますか、根本に人類救済である浄霊というものがあるんだと位置づけてもらって、そしてその浄霊による救い自体が主神様メシヤ様の愛情の現れなんだと理解して頂いて、体的には血液を汚さないよう努力していく・・・そして霊的には自分の霊籍を向上していくということを積み上げて頂くということが非常に大切な部分ではないかと思わせて頂きました。
それからこの伊都能売大神様という御存在は、どこまでも我々人間に寄り添ってずっと見守り続けて下さっている御存在で、主神様メシヤ様と我々人間を繋げるといってもいいくらいの中間的御存在であられるわけですよね。その伊都能売大神様の御精神とか心や姿勢というのがどういうものであったかというと、伊都能売ということですからね。
我々が伊都能売の慈悲の心を持った人間、伊都能売の働きができる人間、要するに善悪で物事を決めつけないということです。人間というのは夜の時代が長かったのでどうしても先導の邪神によって洗脳されてきてます。それが自分の善悪の判断の基準になってます。それが実は大きな間違いで、その間違いを治すためにメシヤ様は我々に御教えを残して下さっているわけなので、御教えを判断基準にして物事を捉えていく。人の善悪をすぐに決めつけたがりますけども、そういうことがないようにしていくのがこれからのミロクの世に残っていく人間の一番大きな課題です。我々も「真」を体得するようにという大きな課題を頂いてますけども・・・ということは伊都能売ということになっていくと思いますが、そういう自分作りというものを目指してやっております。ですからメシヤ教の皆さんも同じように、今は自分自信が如何にあるべきかということが一番大切です。その部分で自分が今まで積み上げてきたものがあるとは思いますけど、夜の時代のものを取っていくということがこれからのミロクの世に残される、残されなきゃ使われないということですから、使われるために浄化を頂きながら進んでいくということですので、浄化がないからいいのではなく浄化を頂くことは報酬ですから、浄化を通して一歩一歩自分の間違いに気がついていくなり体が健康になっていくなりということで進んでいっていただけるといいかと思います。
それから今までは右進左退で物事が進んできたので、自力があって自分の考えでやろうとして許されてきたのですが、これからはそういうことが徐々に許されなくなってきます。いきなり変わるのではなく神様のお働きというのは徐々に変わっていきます。
だからそれに合わせるように自分達の心も霊主体従、霊体一致で左進右退で物事が整理できて対応していける、そういう自分作りがこれから求められます。それが愈々この祭典を通して世界に大きく広がっていくんだということで、世界の救い、人類の救いという大きな意識を持って自分というものを捉えて欲しいというふうに思いますので、そのような考えて進んでいってもらえると非常にいいかと思います。
それから26日の当日、祭典3分前に霊を見られた方がおられまして、伊都能売大神様が観音堂の正中線を通って頭巾を被られてお忍びの姿で、お描きになった伊都能売大神様の御尊像の方へ向かって入って行かれて奧へ消えられたというのを見ております。
我々はいつも5分前には祭典に臨む姿勢作りをさせて頂き、3分前には改めてもう一度想念を正して真向かわせて頂いてますけど、その時に神様は3分前には出る準備をされてるという事をご理解頂けたらと思います。
そして神様とのご面会ということですから、一人一人が神様と真向かうわけですね。ですから祭典には普段着を着てる人はいないと思いますが、メシヤ様と直接お会いするのがご面会ですから、それに相応しい服装で神様に真向かう、奉らわせていただくという姿勢で臨ませて頂くということが非常に大切なことなので、服装の乱れは想念の乱れに影響してきますので、そういう所も一つ気をつけて頂ければと思います。
それから当日の霊視報告がありましたので読ませて頂きますね。
『浄霊を頂く中で拝しました霊視のご報告をさせて頂きます。光の輪が左進右退に回転しています。宇宙空間のように思います。回転のスピードが速く、もはや停止しているのかと思うほどです。光のフラフープを見ているかのようです。光の輪の中心から縦に上方に向かって光の線が発射されました。何本かの線に見えましたが一本に纏まりました。場面が変わり両側から横の光の線が現れて十字に交わった形になりました。十字に交わると同時に背中が包み込まれるように暖かい感覚になりました。お着物の方が見えます。恐れ多くもメシヤ様と思わされます。メシヤ様は御揮毛されておられます。◯にヽ、主の文字だと思わされました。涙が溢れます。感動で涙が止まりません。言葉や文字で表すのは誠に申し訳なく恐れ多いことでありますが、宇宙全ての根源であられる主神様が、人類のために執り行われた本日の祭典であったと思わされます。心より感謝御礼申し上げます。』
という霊視だったようです。ですからこれからいよいよ物事が動いていきます。動いていく中で自分がその時に相応しい自分なのかどうかという事をこれから更に自分作りを心掛けて積み上げていただけるといいかと思います。
そして最後から2行目のところに、『伊都能売の働きが出来る人間』とありますけども、これが日月地の土の働き、土の力に繋がっていきます。10月の月次祭の時に伊都能売大神様の学びをさせて頂きましたけど、その時に土の力という話をさせて頂きました。これが土の力に繋がり、12月に繋がっていきますので、そこを課題にして進んでいって頂ければと思います。


 11月度学びの資料 日月地(五六七)大御神様とミロクについて(1)

10月には、メシヤ様の御教えと昨年から現在に至るまでに御垂示いただいた伊都能売大神様のことについて整理して学ばせていただきましたが、今月からは2ヶ月間に亘って「日月地(五六七)大御神様とミロクについて」を、学ばせていただきたいと思います。

(前略)主神の御目的である地上天国を建設する基本条件としては、何よりも大自然の実相そのままを表わす事である。というのはいつも言う如く、宇宙一切の構成は、日月地が根本となっており、此本質が火水土であるから此三位一体の力によって、万物は生成され、化育され、世界は無限の発展を遂げつつあるのである。処が今日迄の霊界は、屡屡説く如く夜であったが為、日は隠れていたのである。つまり月土日の順序となっていた。無論之は正しい順序ではないから、之迄の世界は一切に調和が欠け、紊れに乱れて、現在見るが如き地獄世界を現出したのである。(中略)
  処で私の唱える夜の世界が、昼の世界に転換するという事であるが、本来宇宙の原則としては、日月地の三段階が正しい順序であるに拘わらず、そうでなかったのは前述の如き意味であったからで、それが今度愈々完全の形となるのである。言わば世界は百八十度の転換であって、実に空前の一大異変である。従って現在の文化形体も一変するのは勿論、其大綱としては、前述の如き大自然の形となる以上、一切の機構も三段階になり、分れて六となり、又分れて九となる、つまり三六九で、之を縮めればミロクとなる。地上天国一名ミロクの世とは此事である。(後略)        (「天国篇」文創  昭和27年)

  (前略)抑々、宇宙に於ける森羅万象一切は三大原素から成立ってゐる。即ち凡ゆるものの生成化育は、此三大元素の力に由らないものはないのである。然らば、その三大元素とは何であるかといふと、それは日、月、地である。即ち日は火素の根源であり、月は水素のそれであり、地は土素のそれである。そうして此火、水、土の力が経と緯に流動交錯密合してゐるのである。即ち、経とは天から地まで、太陽、月球、地球の三段階となってゐるのであって、日蝕の時、日月地が経に三段になってゐるにみても明かである。即ち、天界は太陽中心の火の世界であり、中界は、月球中心の水の世界であり、地は、地球中心の土の世界である。(後略)          (「発熱」明医二  昭和17年9月28日)

  凡そ、天地一切有りと凡ゆる物の原素としては、大別して、私は三つに別けます。その三つは何かといふと、火と水と土であります。如何なる物と雖も、火と水と土に関りのないものは決して在るはづがない。否、火と水土それ自体が此宇宙であり、万物の実体であるのであります。そうして、火水土そのものの中心即ち根源は何であるか、申す迄もなく、火は太陽であり、水は月球であり、土は地球であります。そうして、此火水土を経と緯とからみますと、経は日月地-即ち太陽が一番上で、中間に月球があり、一番下に地球があります。(中略)
  次に、緯は如何であるかといふと、之は経のやうに段階的ではなく、全体的密合であって、火と水と物質それ自体が一つの存在になってゐるのであります。例へていへば、此空間そのものは、火と水の調和であります。即ち、火の熱と水の霊と密合調和して、生物の存在生活し得らるるやうに出来てゐるのであります。若し、火ばかりであればそれは一瞬にして爆発し、否爆発も起らないで、無の世界になって了ふのであり、水そのものばかりとすれば、氷結の塊が存在し、それ以外は「無の世界」になるのであります。(後略)
                  (「第一篇  森羅万象の構成」医試  昭和14年)
  (前略)太陽の精なるものは、勿論太陽の霊であるのは言うまでもないが、では何故今日まで地球上それが現われなかったかというと、これには大なる神秘的理由がある事であって、それを詳しく書いてみよう。已に述べた如く人間は霊と体との両原素から成立っていると同様、地上と雖も霊界と現界との両面から成立っており、その霊界も亦二つの原素から成立っている。その一つは霊気界、今一つは空気界である。そうして前者の本質は火主水従であり、後者のそれは水主火従であり、即ち陽と陰である。この理によって万物は太陽の精と月の精が抱合一体となって地球を哺育している。つまり父と母が協力して子を育てるようなものである。というように日月地の三位一体によって生まれるこれが自然力であって、これによって一切万有は生成化育されているのであって、これが宇宙の真相である。然もその中心としての王者が人間であるから、人間なる者は神を除いての最高位の存在である。この故に万物は人間の為に存在し、人間を哺育する以外の何物でもないのである。(中略)
  以上の如く火主水従の霊気界、水主火従の空気界の両素が渾然融合し大気界が構成され、この地球を囲繞しているのであって、五感で分る一日の昼夜なるものは、言わば体的昼夜であって、これとは別に時間を超越した霊的昼夜のある事を知らねばならない。これこそ最も重要な意義であり、宇宙の大神秘である。即ち現界の昼夜を無限大に拡げたようなもので、空と同様であるから人間には分らないが、併し規則正しく流転しつつある。然もそれが十年に、千年、万年といったように大中小になっている。その一期間は三、六、九合計十八になっており、これが宇宙の実相である。(中略)今までの夜の世界は月の主宰であり、月は水であり体であるから、物質文化が発展したのであるが、それに反し昼の世界は日の主宰で、日は火(霊)であり、精神的である。又これを善悪に別ければ体が悪となり、霊が善となる。これが真理である。従って今までの世界は悪主善従であったのが、今度は善主悪従の文明世界に転換するのである。(中略)そうして天国は近づけりとの予言もこれであり、私の宣言する病貧争絶滅もその基本的条件である。その又基本が病気の解消であるから、神はこの鍵を私に与え給うたので、私は現在病の解決を主眼としているのである。(後略)          (「浄霊は科学療法なり」栄247号  昭和29年2月10日)

(前略)本来神霊は肉眼に見得るものではないが、霊界に於ては想像出来得ない程の大いなる光と熱とを放射し給ふもので、其御神姿は崇高善美なる人間と同一の御姿である。そうして其御本体から放射され給ふところの、その光と熱とは余りに強烈である為めに、常に水霊に依って包まれ給ふものである。
  本来真の神とは火のカと水のミを称して神と云ふのである。火水の御働きをされ給ふからである。故に火の働きばかりではカミではない。水の御働きばかりも神ではない。火水一致して初めて大神力が顕現されるのである。然るに今日まで諸々の神が地上へ示顕されたが、それは何れも一方の御働きであった。それが為めに神力と云ふものが示顕されなかったのである。何となれば物質に於ても火と水合致によって動力が起るので、その動力によって機関の活動が起るのである。又草木に於てさへ太陽の光と太陰の水とによって、生成化育すると同一の理である。しかし大神力は火と水との外に土の精が加はるのであって、それを称して、三位一体と云ふのである。此の三位一体の力によれば如何なる事も成し遂げ得らるゝと云ふ絶対力なのである。此の力が現はれた時、初めて人類は更生し、歓喜と幸福とに満ちた理想世界は出現するのである。
  本当の意味から云へば、今日まで出現された神も仏も、其光は月光のそれであったので、太陽の光は未だ顕現されなかったのである。月光のみであった期間を夜の世界と云ふのである。
  然るに彌々其時が来たのである。太陽の光が顕れたのである。それが東方の光である。(後略)          (「真の宗教が有るか?」内公15巻七月号  昭和11年7月1日)
                  (「宗教は一つもない」昭和11年5月30日)

  (前略)光とは、火と水の密合であって、火素の量が勝つ程、光は高度を増すのである。此理に由って、昼の世界は、火素の量が殖えるから光が強くなる。観世音菩薩の御働きが、光明如来と現ぜられる所以である。
  次に最も重要なる点は、経緯の結合する事によって真の力が発生する。力という字は、経の棒と緯の棒と結んで曲り、その先端が撥ねる。之は結ぶ事によって、左進右退的回転力が発生躍動するという意味で、全く文字なるものゝ意義深きを思わしむるものがある。以上の如く観世音菩薩に限り、経緯両性を具備さるるのは、経緯の結合によって力が生ずるそれで、特に観音力という所以である。
  序でに、今一つの重要事をかいてみよう。観世音菩薩は光明如来と現じ給い、次は、彌勒又はメシヤの御活動をなされるのである。前述の如く、光は火と水であるが、之に土が加わる事によって、火水土の御働きとなる。元来火と水だけでは霊の御働きだけで体がないが、之に土が加わって、初めて火水土の三位一体の力を発揮されるので、之が如意宝珠であり、麻邇(マニ)の玉である。又火は五であり、水は六であり、土は七であるから、五六七の数字をミロクと読むのである。彼の釈尊の予言にある五十六億七千万年後、五六七の世が始まるという事は、此五六七、即ち火水土の順序正しき世界が出現するという事でなくて何であろう。(中略)
  観世音菩薩のミロクとは、応身彌勒の事で、それは仏説の通りであるが、今後此応身彌勒の千変万化の御働きこそ、刮目して見るべきである。(後略)
              (「観音力とは何ぞや」自叢十二  昭和25年1月30日)

(前略)善言讃詞に観世音菩薩光明如来と現じ応身弥勒と化し、とあるが、観音は伊都能売の神であり、弥勒の神の化身である。(後略)              (S23・9・21)

  私は伊都能売という事を言いますが、伊都能売というのは日と月の丁度両方になっているのです。そこで明主の「明」には日月をつけたのです。それで字から言っても、日は四画で月も四画ですが、四と四は八になり、八は五、三、火と水で、伊都能売という事になるのです。 (後略)               (御垂示録18号  昭和28年3月1日)

(前略)明主と言うのは、日月の主(ス)になる訳です。之は伊都能売になるのです。
                       (御垂示録8号  昭和27年3月1日)

 (前略)極端に走ると言う事は伊都能売でないからです。それで私は、大乗にあらず小乗にあらず、経と緯を結ばなければならない。経と緯を結んだ真中が伊都能売だと言う事になるので、伊都能売式にならなければならないと言う事を常に言つてますが、処が、今迄の世界と言うのは、経と緯と両方に偏つていたんですね。そこで、それを結ぶと――結んでから初めて五六七の世になるんですからね。五六七と言うのは、経緯結んだ形ですね。一切がそうなるんだからして、兎に角宗教でもそうならなければならない。宗教と言うのは思想的なものですからね。だから精神がそうならなければならない。私は「文明の創造」を書いてますが、そう言つた思想ですね――何々思想――それは伊都能売思想ですね。両方に偏らない、極端にいかない――そう言う一つの思想を段々世界の人類に教える様な方法を取るんですがね。(後略)          (御教え集6号  昭和27年1月3日)

 (前略)五と三――イズ、ミヅとなる。伊都能売神は五三の神と書いてもいい。火水の神━光、火水では土が加はっていない。仏では光明如来様となる。土が加はって五六七大神。(後略)          (「八人男女と伊都能売神の御関係」講話集補S23・11・11)

  今度、今迄の観音教団から別れて五六七教会といふものが出来たんであるが、名称は異っても内容は同じものである。ただ観音様は段々進むに従って光明如来様になり、彌勒になられる。ミロクといふと-。彌勒菩薩といふのは釈迦の弟子にあった。ミロクといふ名となると、神様になる。日月地大御神……。そういふ時期が来たんで、今度五六七会が誕生した訳である。いろいろ神秘があるが、段々分るようにする考えである。彌勒は五六七、日月地、火水土-三位一体。今迄の宗教でも他のものでも、二つの働きだった。
  火と水の力といふのが光で、光とか、光明如来といふのは光の力である。それへ土の力が加はらねば、本当に絶対力は出ない。例えば、今迄観音様をお願して、御利益はあるが薄かった。痛い、苦しい、治して下さいといふても、さて、すぐに治らぬ。それよりは、浄霊すればすぐ治る。それは土の力が加はる。土は人間の肉体力で、火は霊、水は体だが、液体で固体でない、漿液で、人間の体は七割が水としてある。後三割が固体の肉である。故に人間の身体は火水土で出来てゐる。死ねば霊は霊界へ、水分は急に蒸発するようなもので、水蒸気になって発散する。亡骸は土に還元する。故に肉体は土とみてよい。
  火と水と肉体を通して初めて力が出るのであるから利益がある。故に五六七となると、凡ゆるものに対する力が強くなる。それで凡ゆるものが出来る。(中略)
三六九は、宇宙凡ゆるものの原則である。(後略)
              (「五六七教会発会式御言葉(速記)」昭和23年11月1日)

“天照皇大神と伊都能売大神の御経綸に就て―伊都能売大神に就きましては古事記にも出て居りませんが―
“伊都能売大神の事は昔は言へなかった。いゝ加減にボカしてあったんです。天照皇大神は太陽神で、位は上だが御働きは限られる。伊都能売大神は火と水で、仏界では観音様になる。之に土の御働きが加はって弥勒になるのです。天照皇大神は一つの力であり、伊都能売大神は二つ、弥勒大神は三つの御力となり、之が三位一体で完全になる。(後略)
                       (御光話録  昭和23年5月18日)

  (前略)つまり三十年三月三日で、ミロクです。それで今年の二十九年では数字が悪いのです。とに角ミロクというのは数字です。それで今までのミロクは五六七と書きましたが、これからは三六九になるのです。それで五六七は日月地です。つまり基本的の数字ですが、今度は現界の経綸になると三六九になるのです。あらゆるものが三六九が基本になるわけです。(後略)           (御教え集32号  昭和29年3月23日  春季大祭)

(前略)三十年の三月三日、即ち三、三、三という、そういう数字でなければいけないという事なのです。というのは、ミロクというのは、今までは五六七ですが、五六七は火水土で、つまり根本的の意味です。ところがこれから現界にミロクの世を造るのですが、そうすると現界は凡て三の数字で支配されるわけです。三、六、九です。ですからこれからは三六九の数字のミロクという意味になるわけです。これは前にも話しましたが、一切は三階級で、それが霊体で、つまり六になり、霊界、現界、それが六になり、それから三位一体になって九になる。ですから三、六、九は、やっぱり五が三、六が三、七が三という意味になります。 (後略)        (御教え集32号  昭和29年3月25日  春季大祭)

(前略)本年二月四日立春の日を期して、標題の如き宗教法人世界救世(メシヤ)教の創立出現となったのである。
  之は、非常に重大な意義があり、勿論神の深き御旨に由るのであって、人間の意図でない事は今更言うまでもない、何時も吾等が唱える処の、霊界に於ける夜昼転換の時期に愈よ入ったからである、之も吾等が常に言う処の仏教の救いは夜の期間中であるから夜の消滅と共に観世音菩薩の御救いの転移進展となるので、一言にして言えば仏滅を意味するのである、従而、観世音菩薩の御働きも救世主(メシヤ)のそれとなるのは勿論である、即ち化身仏であらせられた観世音菩薩は茲に仮面を脱いで、御本体である神の御働きとなり給うのである。(中略)
そうして、祝詞にもある如く観世音菩薩、光明如来、メシヤ(救世主)、彌勒神等も、御名は異なれど同一の御神霊である以上根本は変るのではない、いはば時期に応じて御神霊の活動範囲が拡充するのであるから、御神体も御守りも或時期まではそのままで差支えない、未だ種々発表したい事もあるが、時期の推移に従って漸次発表する段取となるので、今は此辺に止めておくのである。(後略)
       (「開教の辞  世界救世教の誕生に就て」救48号  昭和25年2月4日)

紫微は仏語であって、一番いい、最高の場所の事。
  仏界の一番立派な都を都率天といい、七堂伽藍や多宝仏塔など、立派な建物が沢山建っている。そこの最高の御宮を紫微宮といい、観音様など一流の仏がおられる。観音様の事を紫微の主といふ。(中略)仏界でも、本当には都率天は出来ていなかった。
紫微の主は主神であり、五六七大御神はやはり紫微の主である。(後略)
                        (「紫微、七堂伽藍」年代不明)

支部長:今回の内容は日月地(五六七)大御神様とミロクというようにそのミロクという言霊の意味合いとするところをまず基本的にさせて頂きました。
神界からもミロクとは何かということで課題を与えられておりますけど、そういう中でこれを読んで少しずつそのことに近寄って頂いて、日月地大御神様の具体的な学びは来月になってきますが、ミロクという事の理解を深めて頂けなければ意味がわからないと思いますので、このような構成にさせて頂きました。
これを今解説して皆さんの力になるのかということを考えたら、あまり説明しない方がいいのかなと思いましたので、出来る限り日々これを読んでミロクということを考えて頂ければありがたいと思います。
そういう中でも何点か私なりに気になったところを上げさせて頂きますが、先に皆さんの声をお聞きしたいと思います。これを読んでどう思いましたか?

参加者:色々なミロクがあるので難しい・・・。

支部長:何故このように色々なミロクがあるんでしょうね。それを読み込んで欲しいのです。何故漢字で、カタカナで、大黒様はひらがなで、五六七と書いて、日月地と書いて何故ミロクなのか、火水土と書いてミロクと読んでもいいというお言葉もあるように、そういうことを考えて欲しいのですね。
そして何故12月23日にミロクの大御神様として日月地大御神様という御神名をお唱えするのか、何故その時に日月地の漢字を書くのか。五六七、火水土ではないのかというところが非常に大事なことなんですね。
今はそういう神様のことを分かるということがミロクの世に残る人間としては非常に、神様と奉りあって日々生活していきますから、神様のことを理解していくということが今の我々に1番求められてることですから・・・そういう所を読み込んで整理して頂けるとありがたいと思います。神様が我々に求めているのは非常に高いことを求められております。しかし『人間というのは神の代理ができるものなんであります』とメシヤ様のお言葉にあるように、本来は神の代理ができるものなんですが、長い間夜の時代にあって神を押し込めることによって日がなくなって、ずっと夜の時代で来てますから曇りに曇っている・・・その曇り曇っている人間を救ってやろうという神様の愛情でこの浄霊というものがあるんだと・・・そして考え方を切り替えるということで御教えがあるんだということを理解してもらって、神様のことを理解できるようにということでメシヤ様がいろんな角度から御教えを述べて下さってますので、そういうこと一つ一つを理解していくというのが我々の大切な所です。
活動は色々ありますが、活動というのはどこまでも体になります。霊主体従で霊の方の学びができてなければ物事が左進右退で動かないので、ここにもありますが力という字は経緯結んで左に跳ねますよね。左進右退で初めて力が出るということで、右進左退では自力で本当の力は出ないんだということです。この10月で神様がそういう方向に舵をきって下さったということで、我々もその方向へ乗っていくということが非常に大切な時だと思わせて頂いてます。メシヤ教は全ての型をしてますので、非常に大切な存在であり、その一人一人がそれぞれ特徴を持ってます。
今地球というのは、千手観音様の如く千の手が出て色んな形で建設を進め、又色んな破壊を進めていこうとされてますので、その一つ一つの手に我々がならせて頂けるように自分の特徴、長所を持ってその役割を担わせてもらえるようにして頂けたらいいかと思います。それが今という時なので、もっと自分というものを理解してそして長所をさらに伸ばすように。自分の欠点や人に対する想いが色々あるというのはメシヤ様に祈って自分のそういう所をどうか許して欲しい、変えて欲しいという祈りの中で日々生活していくということが、今の我々の1番大きな課題かなと思います。
他に何か感想はありませんか?

参加者:やはり順序があるなということを思いまして、順序が大事だなと思いました。

支部長:「神は順序なり」とも言ってますから非常に大切ですよね。

参加者:七であり土である人間の清濁によって浄霊力も違ってくるし、世界の型である日本の中にいる自分達が世界に影響を与えていくという土という存在を重く受け止めないといけないなと思いました。
自分達の言葉、行い、想念というものが世界のどこかに影響しているというくらいの気持ちで、これから責任を持って想いとか言動を取っていかないと、簡単な気持ちで行動に移す前に、しっかり御教えを毎日頂きながら叡智を頂いていかなくてはこの責任は果たせないと思いました。

支部長:これが3ページの下から10行目『経と緯を結んだ真中が伊都能売』だと言う事ですよね。偏ってはいけないということをここでは言ってますね。そして宗教もそうならなくてはいけない。だから我々人間の精神がそうならなくてはいけない。その精神を変えるように努力していくのがメシヤ教信者の課題ですから、そこを積み上げて頂ければと思います。
それから私が気になったところは1ページの1番最初の御教え、『主神の御目的である地上天国を建設する基本条件としては、何よりも大自然の実相そのままを表す事である。』と書かれています。ということは大自然の実相そのものがミロクなんだと私は思いました。
それから8行目の、『本来宇宙の原則』と書かれてますが、宇宙の原則がミロクなのかと。
それから下の段落にいって、『日は火素の根源であり、月は水素のそれであり、地は土素のそれである』ということで、ミロクとは全ての根源なのかと。
そして下の段落、『火と水土それ自体が此宇宙であり、万物の実体である』と書かれておりますので、宇宙そのものがミロクなのか、万物の実体がミロクなのかというふうにミロクというものを捉えていけるのかなと・・・そんな捉え方もあるなと思わせて頂きました。
それから12月23日に向かう一つの大きな課題として、3ページの17行目『観世音菩薩のミロクとは応身彌勒の事』とありますね。
それから3行下に『観音は伊都能売の神であり、弥勒の神の化身である』とありますね。この応身彌勒というのが、その時に応じて自分の心言行が柔軟に自由に対応していけるということなんですね。自分の考えで突き進むというのは応身彌勒とはならないですね。これが12月23日に向かう我々に投げかけられている一つの課題だと思って頂けるとありがたいと思います。伊都能売の御魂になる努力、それから大乗でも小乗でもなく中乗という所に身を置けるように、それから善悪で物事を見ないように、それらを交わらせて真というものを掴んでいくようにということが我々の大きな課題ではありますが、もう一つここに応身彌勒という、これが日月地大神様をお迎えする上に置いて一つの課題かと思います。本当に難しい事を言っておりますが、今まで積み上げて来られた皆様なので少しずつ理解はして頂けると思いますが、そのように受け止めてまたこの御教えをしっかり読み込んで頂けるとありがたいと思います。

この10月26日に北海道定山渓に岡山から10人の方が祭典に臨ませて頂きました。
そうした中で行かれた方に感想をお聞かせ頂ければと思います。

参加者感想:初めて行ったのですが、聞いてたのと実際行くのとではえらく違い、その場の雰囲気などを感じさせてもらって改めて来年も行きたいなと思いましたし、行くまでの一年間が非常に大事だと思いました。そうすることで、12月23日にはさらに良い状態で行かせて頂くようお願いしていきたいと思います。

支部長:祭典当日までの予定では80名だったんですね。8は5と3で伊都能売大神様が結ぶという数字的には非常に良く神様のお働きを感じるような人数で我々も驚きました。その後当日は80を超える人数で参拝できたので非常によかったです。
支部長:ではこれで終わらせて頂きますが、ご守護報告があればまた食事の時にでも聞かせてください。それではよろしくお願いします