平成30年8月   青年 ミニ講 座

          H30, 8,15
      主 義 と い う も の               (信  昭和二十四年一月二十五日)

  世の中の種々の思想や運動の動機として、何々主義と名付けて目的を達成しようとする現実は、普(アマネ)く人の知る処である。然るに此の主義なるものは或る程度の成功はしても、究極に於て必ず失敗し、消滅してしまう事も、常に見る処である。之は如何なる訳であろうか、大いに考えなくてはならないと思う。
  抑々、主義なるものは必ず対照的のもので、敵と味方と対立する事になるから闘争を生じ易い。即ち勝つか負けるかという結果になる。万一勝ったとしても、次にそれに対抗すべき新しい主義が又生れるから闘争の絶間がない。事実近代に於ても次々生れては消え、消えては生れる種々の主義がある。その重なるものに曰く帝国主義、専制主義、全体主義、資本主義、共産主義、社会主義、自由主義、民主主義、保守主義、進歩主義、個人主義、積極主義、消極主義等々数え尽せない程である。元来主義なるものは限定的、排他的、独善主義的であって、その国家、階級、団体のみの利益を主眼としたものであるから、どうしても闘争の因を作る事になる。
  此の意味に於て人類社会永遠の平和と栄えを望むとすれば、今日迄の主義と異なる処の--それは世界的、人類愛的のものでなくてはならないと思う。近来米国に於て唱道され始めた世界国家や、MRA運動等は右の如き意味のもので、吾等と同一目的たる地上天国出現を目標としての運動と見るのである。

       神 と 仏                          (信  昭和二十四年一月二十五日)

  昔から神仏同根といふ言葉がある、それに就て私は解釈してみよう。
  釈尊に向って一弟子が「仏法を一言で言ひ表はされたい」と御質ねした処、釈尊は即座に『仏法を一言にしていへば真如である』と申された。真如とは真如の月、即ち夜の光明という意味であろう。又印度は古い頃は月氏国ともいった。
  或日釈尊は憂欝に堪えぬ御様子なので、弟子の一人が心配のあまり御質ねした。処が釈尊は『実は儂(ワシ)が之程苦心して説いた此仏法も、何れは滅する時が来る事が判ったので失望したのである』と申された。其後法滅尽経を、次に彌勒出現成就経を説かれたという事である。又釈尊が申されるには『吾七十二歳にして見真実となった、故に今日迄の経文は完全ではないが、今後説く処の経文こそ真理であって、決して誤りはない』との事で、それから御説きになったのが法華経二十八品で、二十五番目が観音普門品である。彼の日蓮上人は此事を知って、法華経こそ仏法の真髄であるとなし、熱烈なる信念を以て法華経の弘通に当られたといふ事である。
  次に斯ういう面白い話がある。観世音菩薩の御本体であるが、今日迄菩薩に限り御秘仏として非常に神秘にされてゐたが、私の研究によれば、菩薩は日本の或神様であって、邪神の迫害を受け、御身に危険が迫ったので、やむなく日本を後に印度に逃避行され、印度の南方の海に近き捕陀落迦山といふ山頂に一堂宇を建てられ、南海大士又は観自在菩薩といふ御名の下に教を説かれた。華厳経に「南方に普陀落と呼ぶ山あり。観自在菩薩ゐませり。時を得て善財童子が遊行して其山の頂に上り、菩薩を訪ねて会ふ事が出来た。其地は樹木生ひ茂り、処々に流泉と湿地があり、其中心のいとも軟かき草地の上の金剛宝座に、観自在菩薩は結跏跌座され、多くの聖者達に恭敬されながら大悲慈経を説諭されて居た」とあり、「其時の侍者として二十八部衆居り、大弁財天、大梵天王、帝釈天王、金色孔雀王、毘沙門天、阿修羅王等の外ナーラーヤナ金剛、ワヂラバーニ金剛の兄弟二人(之は仁王尊である)等の諸天である」とあるが、善財童子とは釈尊の事であろう。
  菩薩が日本人であるといふ事は、黒髪を肩に垂れさせて居らるる事と、御面(ミオモテ)は日本人型であり、御本体は一寸八分の黄金仏である点で、日本は黄金の国と昔から謂はれて居る。又王冠、首飾り、腕輪等によってみると、高貴な御方であった事が察せられる。頭巾や白衣(ビャクエ)を纏はれて居られるのは逃避の際の御忍び姿と察せられる。然るに釈尊も阿彌陀如来(最初の御名は法蔵菩薩)も頭髪が縮れてゐるのは、印度の御出生であると惟はれる。因みに法蔵菩薩は釈尊に対面し「吾西方へ浄土を作るにより、今後御弟子の中、仏になった者から右の浄土へ寄越されたい。然らば仏達を寂光の浄土に長く安住させるであらう」と約束された。寂光とは寂しき光であるから月光に照らされた善地であらう。そうして大日如来は天照大御神、釈迦如来は稚姫君尊(ワカヒメギミノミコト)といふ女神であり(釈尊は『吾は変性女子なり』と言はれた)、阿彌陀如来は月読尊であるというように、それぞれ神が仏に化身されて世を救はれたのであり、神典にある五男三女は八大龍王となり、釈尊から封じられたといふ伝説がある。之等は神が龍神に変じてミロクの世の来るのを待たれたので、其他それぞれの神々は大方化仏されたのである。以上の如く神が仏に化身された期間が夜の世界で、昼の世界になると同時に、また元の神格に戻らせ給うのである。
  仏法の発祥地である印度に於ては、三億五千万の人口に対し、今日仏教信者は三十数万人であり而も年々減少の傾向にあるといふに到っては、仏滅は印度に於て如実に表はれて居り、全く釈尊の予言は的中した訳であるから、仏滅後彌勒の世が来る事も的中しなければならない筈であると私は信ずるのである。

妙智之光(一)         『地上天国』創刊号、昭和23(1948)年12月1日発行

【問】血統と霊統の区別と関係および血族結婚の可否について御垂示ください。
【答】血統と霊統は同じように思えるが実は異うので、両者は宿命と運命の関係に似ており、血統は変え得るが、霊統は変えることはできない。血統はいろいろ混る、日本人などもずいぶん混血しており、純粋の日本人はないといってもいい、霊統は霊の系統であって肉体の混血にかかわらず一貫して続いている、また混血は非常に結構である。なんとなればそれぞれの人種の特長を数多く採り入れるから、それだけ人間の性能が豊富になるからである。よく血の純潔をやかましくいうがこれは誤りで純潔はいけないのである。
 文化でも各国の文化が混るほど高度なものとなるから、そういう国ほど文化が進んでいる。アメリカなどはよい例である。
 血族結婚は差し支えない、血族結婚は不具が出たり、不幸になるなどというが決してそんなことはない。太古はみなそうであった。よく平家村といって特殊な村があるがこれはみな血族結婚である。
 かつて私は奥日光の湯西川温泉へ行ったことがあるが、ここはやはり平家村であって、戸数九十戸、人口六百人ほどであるが、病人は中風の者が一人きりでほとんどない、勿論無医村である。宿の娘と話したが実に言語応対当を得ており、すばらしく頭がいい。話によれば、初め平家の残党が逃げて来たときは三十人ほどであったというから、血族結婚で殖えたことは勿論である。
 日本の神代史によれば、初め伊邪諾(いざなぎ)、伊邪冊尊(いざなみのみこと)の陰陽二神があり、それから殖えたのであるから、最初は右二神から生まれた兄弟同士が結婚したに違いない、夫婦のことを妹背(いもせ)の道といい、妻を吾妹子(わぎもこ)と呼ぶのは兄と妹と結婚したからであろう。



  薬剤等(飲み薬)について(2)

「(中略)医学は、浄化停止であるから、医療を加へるほど病気は悪化する。わが子女である以上、熱心と、能ふかぎりの療法を行ふ。勿論、薬剤も高級薬を選ぶであらう(高級薬ほど、薬毒が強烈である。)から、結果はわるいに定ってゐる。然るに、他人に於ては、普通の療法を行ふから悪化の程度が少い。それで、治癒率が良いのである。(中略)」
(「非科学的医学」明医一  S18.10.5)
「(中略)薬剤がその量によって毒となり、薬となるといふ事は、私の解釈によれば、薬となる限度とは浄化停止の限度をいふのであり毒となるといふ事は、浄化限度を超えるといふ意味に外ならない。故に、浄化停止の力あるほど、目的の病気には効いても、それだけ体内何れかに悪影響を与へる訳である。(中略)」      (「医家の観たる医薬」明医二  S18.10.5)

「(中略)人間の消化機能なるものは、人間の食物として自然に与へられたる物以外は、全部消化し終るといふ事は出来ないやうである。従而薬剤即ち洋薬も漢薬も天与の飲食物ではない。いはば、非飲食物であり、異物である。(中略)」  (「異食物に就て」明医一  S18.10.5)

「(中略)元来浄化作用なるものは、体力旺盛なる程発生し易く、又強烈でもあるから、之を停止せんとする場合、体力を弱らせなければならない。其方法として唯一のものとされてゐたのが彼の薬剤である。元来薬なるものは無いので全部毒物である。薬剤の服量を定めるといふ事は毒であるからであって、之は医学も認めてゐる処である。即ち毒作用によって身体は衰弱するから浄化作用は停止される訳である。此結果、浄化作用発生以前の固結状態に還元する。それを治癒したと誤ったのであるから、医家に於ても病気を治すとはいはない。固めるといふのである。
  故に、右の如く薬毒によって、浄化を停止するのであるから、真の治癒ではなく擬治癒である。従而、時日を経るに於て、再び浄化作用が起るのは当然で、それを復停止するといふのが今日迄の方法であった。然しそれだけならいいが、右の如く繰返す結果、その都度薬毒の溜積が増すから、漸次発病毎に悪性となるのである。之に就て医学に於ては薬毒は自然排泄消滅するものとしてゐるが、之は甚だしい謬りであって、人間は人間の食物として定められたる以外の総ては異物であるから、決して消滅はせず体内に残存する事は、私の幾多の経験によって明かである。(中略)」              (「結核と薬毒」結正  S18.11.23)

「(中略)痛苦の原因は悉く薬毒に因るのであるから、多種多様の痛みは多種多様の薬剤があるからである。(中略)」                    (「痛苦」天  S22.2.5)

「(中略)病気とは人間保有毒素の排除作用の苦痛を名付けたものである事を知らない医学は、苦痛を悪い意味に解し、それを緩和させるのを可とする。その手段とした唯一のものが薬剤である。勿論薬剤の本質は毒物で、それによって毒素排泄の力を弱らしめて苦痛を緩和させる。それを病気治癒の方法と錯覚するのである。
  従而、折角排除されようとする毒素を押えて、一時的苦痛緩和を図るのが医療の使命と思ふのだから如何に誤ってゐるかである。(中略)」 (「現代医学で病気は治るか」  S25.4.20)

「(中略)之は丁度人間の膿と同じなんです。万物は理窟は一つなんですからね。だから、全体に――身体に毒がありますね。それが結晶して処々に固まりが出来る。それが段々固まると、丸で骨みたいになるんですね。(中略)だから、よく腎臓結石とか胆嚢に結石が出来ますがね。人間の膿でさえ石になるんだからね。(中略)膿の因(モト)は薬ですからね。水薬なんてのは、結局人間の身体にやると石になるんですからね。(中略)」   (「御教集9号」  S27.4.7)


祝詞によって子供の命が助かる     『地上天国』5号、昭和24(1949)年6月25日発行
               青森県北津軽郡小阿弥村字高増 日本五六七教神声会 安田ミエ(27)
 私の一家はお光を頂いてから数々の御利益をたくさんに頂いております。この度もまた観音様の御利益を頂きましたので御報告させて頂きます。
 三女(七才)の幸子が風邪をひき咳が出ますので夜分の事とて一家中寝ておりましたが、早速起して浄霊しておりました。ところが傍で寝ておりました次女篤子がぶるぶる震えてうわ言のような事を言い出しました。何時も寝言を言いますので気にとめずにいましたが、段々激しくなりますので、これは大変だと思い「篤子、篤」と呼びましたが顔を真赤に致しただぶるぶる震えておりますので、これはただ事ではないと思い、主人、母親、長女まで起し皆で浄霊致しましたが益々激しくなりますので、何時か先生がお話になりました「浄霊しても治らない時はお観音様にお縋りして善言讃詞をあげるとよい」と言われたのを思い出し、皆で光明如来様を拝み善言讃詞をあげました。ところが終りの方になりましたら篤子も一諸にあげはじめました。
 すっかり終りましてみますとケロリとして元通りになりました。「篤子どうしたの」と一同聞きましたら「白い着物をきた人が出て来て手を握り、ひっぱって行くので怖くて仕方がなかった」と言いました。きっとそれは霊界に連れてゆくのだったのかも知れない。一同お観音様のお力でこの世に呼び戻されたのだと思い本当にありがたく感謝いたしました。この度資格まで頂き一人でも多くお観音様の有難いお徳をお知らせ致し、お導き致そうと一生懸命努めております。