〔第 2 講〕


   人生の目的


 人間が現世に生まれて来るという事は、神様の命令によるのであ
ります。生命の「命」は、命令の「命」と同一であるのもその意味
であります。人間は何故に生まれたかという事を知らない限り、正
しい行動も、安心立命も得られないのみか、空虚な酔生夢死的人生
に竟(おわ)る惧(おそ)れがあります。



 しからば神様の御意図とは何かと言いますと、それはこの地上に
理想世界、言い変えれば"地上天国"を建設する事
であります。無限
の進歩をしつつある文化は、極(きわま)るところがないのであり
ますが、現在まで進歩した文化は唯物的文化であって、地上天国を
建設する基礎的工作に過ぎなかったのであります。



 そうしで神様は、一人々々にそれぞれの使命を与え、特長を持た
せ、生き変り死に変り、理想の目的即ち"地上天国建設"のために一
歩々々前進せしめつつある
のであります。従って善も悪も、戦争も
平和も、破壊も創造も、進化に必要な一過程に過ぎない事を知るべ
きであります。



 そうして今日はいかなる「時」であるかと言いますと――それは
夜昼の転換期で、破壊と建設とが同時に行われる時代であり、全世
界は今正に新しい時代に向って一大飛躍せんとしつつある大変重要
な黎明期なのであります。従って人類は、戦争や争い事といったよ
うな野蛮なことが止められるように個人個人の性格を変え、また高
度の文化人たるべく心掛けるように、
信仰を通して魂を磨き、理想
世界に住する資格が許されるために努力精進する時
なのであると思
います。

         



   生 と 死 の 問 題


 それから知らなければならないものの一つとして生と死の問題が
あります。人間として生まれた以上、金持ちであろうと貧乏人であ
ろうと死というものを経験します。


では死とは何かと一言で言いますと、霊が肉体という入れ物から
離脱して霊界に還る
のであります。そうして肉体は土に還元する
であります。これが死であります。



 死に至る原因には色々ありますが、人間は現界において意識する
と意識しないとにかかわらず、霊体に汚濁がたまるもの
であり、そ
れと共に、肉体の方も大負傷したり、病気したり、老衰したりした
ためにその
肉体が使用に堪えなくなった時、一旦肉体という衣を脱
ぎ捨てて霊界に還る
のであります。そして霊魂はその肉体を捨て
て、そうして人体の形状の儘、霊界なる別の世界へ往き、
霊界の生
活が始まる
のであります。

そうして人間は、霊界において、数年、数十年、数百年に渉って浄
化作用が行われる
のであります。それは現界における生存中に、如
何なる人といえども相当の
曇りの堆積罪穢を犯したための罪が霊
魂に溜っている
ので、その度合いによって浄化作用の長短がある
であります。



 そうしてある程度浄化されたものは、神様の命を受けて、再び人
間として現界に生まれて来る
ものであります。かくのごとく人間は
生き変り死に変り、何回でも生まれて来るのであります。


 また、生まれるという事については、先ほども述べましたが、霊
界にいった霊が、ある時を経て再び現界に生まれて来ることであり
ますから、
霊は無限の生命体であり、肉体は有限的のものであ
ります。だから、
人間を取扱う上において霊が根本である事を知ら
なければなりません。



 ここまでの話は普通の人の順序でありますが、人により順序通り
いかない場合があります。それは生に対する執着の強い者が死んだ
場合
霊界の浄化が不充分で再生する場合であります。こういう人
は現世で不幸な運命を辿(たど)る
ものであります。それは霊界で
不充分な浄化であったから、その罪穢が現世においても相当残って
いるからであります。


この理によって、世間よく善人でありながら不幸な人があるのはそ
ういう事があるのであります。しかしある期間不幸であって晩年幸
福者となるのは、善を行ってその汚濁の浄化が払拭されるからであ
ります。


メシヤ様を知らない時には非常に不幸であった人が、「御教え」を
知り、真理の教えを実践する
ようになり、時日が経つに従って段々
と幸福者となるのは、
自分や先祖の罪穢が少しずつ払拭されると共
魂の霊籍(居場所)が変ってくるので、それがために幸福者となる
のであります。


 又早く再生する原因として、本人の執着のみでなく、遺族の執着
も影響
する場合もあります。世間よく愛児が死んでから間もなく妊
娠し生まれるという例がありますが、これは全く死んだ愛児が母親
の執者によって早く寄生する
のでありまして、こういう子供はあま
り幸福ではない
のであります。


生まれながらにして畸形や不具者がありますが、これも高所から落
ちて手や足を折って死んだ場合、それが治りきらないうちに再生し
たものであったりします。


故に人間は死に際し、執着や恐怖等がなく安らかに往生を遂げられ
るよう平常から心掛けておく
必要があります。又、人は生まれなが
らにして賢愚の別があります。これは古い魂と新しい魂との差異に
よるのであります。古い魂とは再生の度数が多く、現世の経験を豊
かに持っているからであります。新しい魂とは、霊界において生殖
作用が行われて生誕するもので、新しく生まれて間もないものであ
りますから、従って現世における経験が浅いため愚かなわけであり
ます。



 見ず知らずの他人であっても、一度接すると親子のごとく否それ
以上に親しみを感じる
事がありますが、これは前生において近親者
又は非常に親密な間柄であったため
で、この事を称して
因縁と言
うのであります。又旅行などしてその場所が非常に親しみを感じる
事があり、男女の関係、恋愛関係等の場合も同様の事が言えます
が、又、歴史等を読んで、その中の人物に対し親しみを感じたり、
反対に憎しみを持つ事がありますが、それらも自分がその時代に生
まれ合わせ、何かの関係があったためであります。