平成30年9月度  ミ ニ 講 座

       私の観た私  (自叢十二  昭和二十五年一月三十日)
  此題をみて読者は不思議に思うであろうが、順次読むに従って成程と肯くであろう。
  先づ私というものほど不思議な存在はあるまい。何となれば、人類の歴史の上に私のような人間の記録はなかったからである。この記事をかくにあたっては出来るだけ主観を避け、客観的にかくつもりであるから、そのつもりで読まれたいのである。

先づ私の仕事からかいてみよう。勿論私の目的は人類救済にあるのであるから、一挙一動その線からはづれる筈はない。そうして今、私の仕事の中で一番主力を注いでいるものは、紙へ文字を書く事である。即ち書である。それは多くの信徒から乞わるるままに、出来るだけ満足を得させたい為に努力している。処が信徒はそれをお守りとして首にかけ、懐に入れ、病者に向って数尺隔った場所から掌をかざし霊の放射を行うのである。これによって例外なく病苦は軽減する。而も難病として数人の博士から見離され、死に瀕した病者が入信数カ月経た信徒によって治癒され、健康人となって再び社会生活を営むようになるのである。此ような例は日々無数に上っている。この起死回生的奇蹟を眼の当り見る限りの人
は、驚歎するのは無理はあるまい。実に古往今来、何人と雖も不可能とされていた人間生命の延長が可能となる事である。恐らく之は世界の大問題であろう。この様に救われた者の感謝感激は日々数知れない程で、その報告や礼状が机上に山を成すのである。私はそれは読む毎に、眼頭が何度熱くなるかしれない。そればかりではない。お守を懐に入れて掌をかざす、此方法を浄霊と名づけているが、この浄霊に依て今や戸を開けんとする盗賊を逃走さしたり、中には断崖から落ちた者、汽車電車に跳ね飛ばされた者、車に轢かれたりした者が、何等の疵もなく生命が助かったり、又火災を免れたりする等々の例は枚挙に遑がない程である。特に農業に就ての奇蹟である。今や枯れなんとする麦畑が浄霊によって復活
したり、浄霊によって虫害を免れ、例外なく増産の成果を挙げ、獣医から死と断定された馬や牛が蘇るというような例も尠くないのである。其他貧困者が貧苦から解放され、陰欝な家庭が明朗化するというように、お守を懐へ入れる刹那から運命の好転が始まるのである。之等無数の奇蹟は光新聞や雑誌『地上天国』に掲載されているから、一読すれば想い半ばに過ぎるであろう。昔から大聖者、大宗教家の事蹟を見ても一人対一人の病患を救い得た奇蹟はある。又その宗教に帰依し、御利益によって治病された例も、取次者が治病の力を表わした例もあるにはあったが、今私によって行われる取次者の浄霊の顕著な力とは、恐らく比較にならない程の異いさがあろう。
  斯ういう事がある。私が書いた文字を見ていると、その文字通りの形が光となって無数に分散、空間に躍動するという事で、之は常に多くの人から聞く処である。又私の腹中に小さいゴム鞠位の光の玉を見る人もある。私の掌から光が出るのを見た人も多数ある。此光の玉から光波となって噴出した状態が写真に映った事もあり、此玉の光が部屋一ぱいに拡充した状態も写真に映った事もある。
  私は毎日一時間を定めて数百の信徒に面会している。前以て信徒に対し、如何なる難問、疑問でも質問せよと、言ってあるので多い時は右の一時間内に質問数十に及ぶ事さえあるが、私は答え得ない質疑は殆んどないと言ってもいい。勿論毎日異った質問である。然し私の知らない事も偶にはあるが、その質問に対うや、即時その答が頭脳に閃き、口を突いて出て来る。それによって私が私に教わるという奇現象もある。

次に信徒でない第三者は、私の生活を豪奢だとよくいう。今日の物質不足を見ては無理もないが、私としても何もそのような生活を欲した事はないが、何にしろお蔭を蒙った多くの信徒が、感謝の印として凡ゆる物質を献上して来るので、その誠を出来るだけ汲みとるべく努めている。金銭に於ても、救業に必要な場合は必要だけ自然に集ってくるから不思議である。教線は日に月に進展しつつある状況は、信徒諸君の見らるる通りである。此様な訳で、一切は私の意図の下に、私がやっているのではなく神の意図の下に私が私を自由自在に駆使しているという訳である。云わば私というものは、神の操り人形に過ぎないと思っている。であるから、此次には神は私にどういう事をさせるのかと思って、興味深く私は
私をみつめているという、世にも不思議な事実である。
  又私の行っている諸々の業と、それに伴う趣味である。趣味の多い事も先づあまり例はあるまい。それを以下かいてみよう。
  私は宗教家である事は言うまでもないが、実は宗教家とは思われない。では何かというと少々変な言い方ではあるが、救世業者とでも言う方がピッタリするように思う。そうして私の多くの弟子は、日々無数の人を救い、奇蹟を表わすので、彼等は生神様のように尊敬されるという事をよく聞くので、『それでは私は生神製造業者という訳になる。』と大笑いする事がある。
  私は絵を描き、書もかき、歌も作り、川柳も作り、書籍を著わし、小説も歌詞も、雑誌も新聞の原稿も書き、編輯もしている。又地上天国の小模型を造る目的を以て、私の設計監督の下に、建築、庭園、花卉栽培、室内装飾、農作等もやっている。箱根強羅の神苑や熱海に目下造営中のそれを見た者は肯くであろう。
  次に私の趣味である。美術を好み、新古を問わず、優れた芸術家の作品を鑑賞する事は十四五歳頃より今日に至るも変らない。其他音楽に於ても日本西洋の両方に趣味を持ち、一家中私が一番多くラジオを聴くのである。特に政治、経済、教育、哲学、文学、社会問題等にも興味を持ち、常に研究を怠らないので、之等の薀蓄は順次著書を以て発表するつもりである。
  之を要するに、私というものを職業別にすれば宗教家、政治、経済、教育の研究家、文筆家、文明批評家、特殊医学者、歌人、画家、書家、建築設計家、造園業者、農業者、美術音楽批評家等々実に多彩である。
  千手観音は手が四十本あって、一本の御手が二十五種の働きをされ、合計千本の御手によって凡ゆる救いをなされるというから、私は千手観音の働きを神様からさせられているのではないかと常に思っている。未だ種々書きたい事もあるが、余り長くなるから後は読者の想像に任せて筆を擱く事とする。
  以上が私の観た私の実体である。


私というもの  (自叢十二  昭和二十五年一月三十日)
  曩に、「私の観た私」という論文を書いたが、先の客観論と違い、今度は主観的にありのままの心境を描いてみようと思う。
  現在私ほど幸福なものはあるまいと熟々と思い、神に対し常に感謝で一杯だ。之は何に原因するのであろうか。成程私は普通人と違い、特に神から重大使命を負わされ、それを遂行すべく日夜努力しており、それによって如何に多数の人々を救いつつあるかは、信徒諸士の誰もが知る処であろう。処が私のような特殊人でない処の普通人であっても、容易に行われる幸福の秘訣があるから、それを書いてみるが、書くに当って先づ私の常に抱懐している心裡を露呈してみよう。
  私は若い頃から人を喜ばせる事が好きで、殆んど道楽のようになっている。私は常に如何にしたらみんなが幸福になるかということを念っている。之に就て斯ういう事がある。私は朝起きると先づ家族の者の御機嫌はどうかという事に関心をもつので、一人でも御機嫌が悪いと私も気持が悪い。此点は世間と反対だ。世間はよく主人の機嫌が良いか悪いかに就て、何よりも先に関心をもつのであるが、私はそれと反対であるから、自分でも不思議のような、残念のような気もする。こんな訳で、罵詈怒号(バリドゴウ)のような声を聞いたり、愚痴や泣言を聞かされたりする事が何よりも辛いのである。又一つ事を繰返し聞かされる事も随分辛い。どこ迄も平和的、幸福的で執着を嫌う。之が私の本性である。
  以上述べたような結果が、私をして幸福者たらしむる原因の一つの要素であるという理由によって、私は、「人を幸福にしなければ、自分は幸福になり得ない。」と常に言うのである。
  私の最大目標である地上天国とは、此私の心が共通し拡大される事と思っている。此文は些か自画自讃的で心苦しいが、聊かでも裨益する処あれば幸甚である。
(注)この御論文にはメシヤ様御自身により「執着を嫌う」という一文が加筆されています。『地上天国』7号、昭和24(1949)年8月30日発行に掲載されている「私というもの」にはありません。よって完成型はこちらといえると思います。


悟りと覚り                『地上天国』8号、昭和24(1949)年9月25日発行
 単にサトリといっても二種ある。すなわち標題のごとき悟りと覚りである。ところでこの二つのサトリは意味が非常に違う、むしろ反対でさえある。
 悟の方は消極的で、覚の方は積極的ともいえよう。仏教においても等覚(とうがく)、正覚(しょうがく)、本覚(ほんがく)などといい覚の方をいうが、事実はそうでもない。仏教は悟の方が多いようである。というのはこの娑婆(しゃば)は厭離穢土(えんりえど)とか火宅とかいい、人間は生病老死の四苦からは逃れ得ないとしている。それも間違いではないが、そのような苦に満ちた娑婆を排除し革正して、極楽世界たらしめようとする積極性こそ宗教本来の役目であるにかかわらず、苦の娑婆はどうにもならない、諦めるより仕方がないという。洵(まこと)に消極的退嬰的であるのは悟の方であるが実は、これが仏教の真髄とされて来た。
 何よりも印度(インド)の衰亡の原因はそこにあったのではないかと思う。また今日の日本仏教が危機の状態にある事もその現われであろう。しかしこの事実を吾々からみれば今まで夜の世界であったからで、いよいよ時期来って昼の世界に転換せんとする今、一日も早く目覚めて、覚すなわち自覚の境地にならなければ救われないのである。
              (注)厭離穢土(え[お]んりえど)、この世を穢れた世界として厭(いと)い離れること。

妙智之光           『地上天国』7号、昭和24(1949)年8月30日発行
【問】民族の平均年齢について。  日本人-35五才 米国人-50才 末開人-20才
  と発表されておりますが、文化民族のほうが高齢なのはなぜでしょうか。
【答】これは昔の統計である。いま日本人は四七歳、米国人は六十三歳平均である。人間は頭を使うほうが長生きする。使わぬほうが早死にである。神が人間に与えてある頭脳をできるだけ使うほうがよい。心配で頭を使うのはいけない。また嘘つくと始終気がとがめるから早死にする。故に正しい心で嘘つかぬことでこれが長寿の秘訣である。

『地上天国』6号、昭和24(1949)年7月20日発行
【問】大阪市のある理髪店で奥の間の御神体に対し善言讃詞をお唱えしますと店の客が絶えます。ある霊憑りが、表をたくさんの亡者がうろうろしていて、お唱えの声が聞こえるとその家の前に立ちふさがり、現界人も出入りができなくなる。入口の戸を開けお入りなさいと言い御浄めをすれば亡者が救われに家の内に入り、またお客も入ることができると申し、事実客が絶えますごとにその通りいたしますとお客がまいります。他人に奇異の感を抱かせることにもなりますので、いかがいたしましたらよろしいでしょうか。
【答】これは本当である。善言賛詞を上げると亡者の霊が集まる。そしてそれを聞くごとに一段一段向上する。霊はありがたいから外の霊を勧誘し連れてくる。そういうことで本教は発展するのでかまわず続けてよい。亡者も無限ではない。また客の祖先など少しでも因縁のある人でなくては来れぬからである。その代わりいずれ霊はお礼するので繁昌することとなる。

【問】祝詞とお願い事とはいずれを先にすべきでしょうか。
【答】祝詞のほうを先に奏げるのが本当で、お願い事は私事であるから後にすべきである。祝詞を奏げる一番の目的は霊界を浄めるにある。また祝詞を奏げると霊がたくさん来る。祝詞をきくと霊が向上するからである。また祝詞は神に対する感謝の意が中心になっている。


心次第のおかげ        『地上天国』5号、昭和24(1949)年6月25日発行
                岐阜県安八郡南平野村 日本五六七教聖光会 教導師 清水久子(32)
 私は四年前に岐阜県本巣郡弾正村においてお光を頂き、その後及ばずながら今日までお手伝をさせて頂いております。
 去る昭和二十三年十二月二日渡辺先生宅における例祭にお参りを致し、色々と先生より御指導を受けて喜んで家に帰りましたら、七十六才になる母が大変な浄化で私はびっくり致して、すぐ大先生のお写真にお願い致して母の浄霊を致しましたところ、少し楽になりましたがそれから七日間は言語もろくに言えず、食もとれないのです。私の家に七人の兄姉がありますが三人だけお光を頂いており、後の四人の兄妹はどうしても判らず是非医者に診てもらうように言われますし、本人の母は楽になると喜んでみえますけれど、兄姉達に納得していただくのに大変でした。そこで弾正の高木先生にお願い致してすぐ来ていただきましたら、先生の御浄霊の強さによって皆の者がけろっとしてしまいました。
 また十二月七日に大先生の御守護を高木先生よりお願い致して頂きました。私はその日には御書体の前にて十一時の来るのを待っており、一生懸命にお参りを致して参りました。すると丁度十二時頃になったら母は大変に元気になり、何か少し食べたいと言われましてそれから食欲がつき、私はとび上る程嬉しゅうございました。十日に高木先生に来て頂き浄霊を受け大変楽になりました。
 何分浄化がひどい二十日間と言うものは少しも手がはなせませんでした。わからない兄姉がみえると浄化かひどくなりまた先生に来て頂くとすぐ楽になり、余りにもお光の尊さに本人が気付きわからない子供に頼っていてはいけないと思い、真心を以って大先生にお縋りを致しますようになりましたら、病気はめきめきと良くなり今では以前より元気になり、日々を喜んで大先生の御慈悲の胸に抱かれて貧しき中にも安心して、五六七教の建設に務めながら明るい日暮しをしております。
 愚筆を以って喜びの中に大先生の御守護の御礼を申し上げると共に、本会の発展をお祈り申し上げます。