平成30年7月   青年 ミニ講 座



       地 球 は 呼 吸 す る              (信  昭和二十四年一月二十五日)

  凡ゆる生物は呼吸してゐるという事は誰も知ってゐるが、実は植物も鉱物も其の他万有は悉く呼吸してゐる。そうして地球も呼吸してゐると言ったら、一寸意外に思うかもしれないが、左に説く処によって成程と肯くであろう。
  抑々、地球は一年に一回呼吸する。息を呼き始める時が春で、漸次吐きつゝ極点に達した時が夏である。地球の吐く息も人間と同じように温かい。それは地熱の放散によるからで、春になればそれが濃く、万有は生育しはじめ、先づ草木が萌え始める。凡ゆる物は上方に向って伸び、人間も浮き浮きする。夏になるに従い草木は弥々繁茂し、極点に達した時、今度は地球が息を引き始めるから、草木は凋落し、万物は凡て下降状態となり、人間も冷静になる。それが又極点に達した時が冬であって、これが大自然の姿であるが、地球が吐く息は地の霊気で、科学でいう窒素であるから、草木が成長するのである。此窒素なるものは不断に上昇しつゝ空気の存在する高さまで上昇集積され、雨によって再び地中へ還元する。これが天然の窒素肥料である。此意味に於て空中から特に窒素を採り、それを肥料にする事は過ってゐる。成程、一時は窒素肥料によって作物の収穫が殖えるが、長く持続する時は土壌は窒素中毒を起し、痩土と化す。その理由は窒素過剰結果として土壌自体の活動力が鈍化するのである。人も知る如く窒素肥料は第一次欧洲戦争の時、独逸に於て発明せられたものであるが、戦時に際し一時的収穫を増そうとする場合、其の目的に適うからよいが、戦争が済み、平時となれば廃めるべきである。
次に、太陽の黒点に就て昔から種々論議されてゐるが、之も太陽の呼吸運動である。黒点は十一年目に増大すると謂われてゐるが、増大する時は呼く息が極点に達した時である。又今迄よく謂われた月の光は太陽の光の反射であるとされてゐるが、同様太陽の燃えるのは、月からの水気による事を知らなくてはならない。又月は二十八日で盈虧(エイキ)が済むが之も月の呼吸運動である。

       東 洋 と 西 洋                    (信  昭和二十四年一月二十五日)

  天地間凡ゆる物に、陰と陽のある事は誰知らぬ者もない。そうして私は此陰陽を経緯(タテヨコ)に別けてみるが、陽は経であり、陰は緯である。この経緯を左に分類してみよう。
    経--日、火、東洋、霊、男、仏教、      赤、山、昼
    緯--月、水、西洋、体、女、基(キリスト)教、白、海、夜
  以上は概略で、之を解説してみるが、右の如く凡ゆるものに経緯がある。例えば東洋は経であるから祖先崇拝であり、忠孝を貴び、子孫に美田を買ひ、厳然たる階級制度であるに反し、緯の西洋は夫婦愛が基調で隣人愛となり、終には人類愛にまで発展するというように、緯への無限の拡がりである。又東洋では男子の絶対権を認め、女性は男子に追随するものとされてゐるが、西洋は女子の権利を認め、男女同権が当然とされてゐる。
  右の如く、今日迄は東洋は経の線を固持し、西洋は緯の線に満足してゐた。然し乍ら何れの日か此経緯(タテヨコ)の線が結んで十字の形にならなければならない。といふのは東洋の精神文明と西洋の物質文明との結合である。この結ぶ事によって、世界人類は初めて理想の文化時代に入るのである。キリスト教の十字架はそれの暗示であり、仏教の卍も同様の意味であらう。
  そうして経は霊で、緯は体であるから、之が結んで力の発生となる。チカラのチは血で、霊であり、血は人体を経に昇降してゐるが、カラは殻で体であり、霊の容れ物である。故に血である霊が脱出すれば、体は空となるからナキガラといひ、肉体をカラダといふ。又人(ヒト)とは言霊学上ヒは霊であり、トは止であるから、霊が止ってヒトとなり、人といふのである。人間が生きてゐる間は立体であるのは、経である霊の物質化である血が通ってゐるからで、死と共に横体になるのは霊が脱出して、緯である体のみになるからである。又人間立体の時は温く、横臥すれば寒く、夜着を着なければならないのは、霊界に於ては火素が経に昇降し、水素が緯に流れてゐるからである。
  茲で、十字形に就て述べたい事がある。それは終戦前までの日本は封建制によってあまりに経となり、階級制が甚しかった結果、戦争の原因ともなり、人民大衆の苦悩の原因ともなってゐた。そこで神様は日本人を民主主義といふ緯の力によって救うべくなされたのであるが、之を判り易くいえば、経の棒である日本へ、緯の棒である米国式を採入れ給うた。即ち経と緯が結んで、是に十字形の文化が呱々の声を挙げたのである。此事が判れば今度の敗戦は喜ぶべき事であって、実に有難い国になったのであるから、日本人もそのつもりで、将来を楽しみに、世界から仰がれるような立派な国にならなければならないと、私は思ふのである。

妙智之光(一)         『地上天国』創刊号、昭和23(1948)年12月1日発行
【問】潮の満干が人間の生死に関係するわけ。
【答】潮の満干は月の引力によって起るので月の引力とは月の呼吸作用である。月も一日一回ずつ呼吸するわけである。
 太陽は人間の霊の本であり、人間の体の本は月である。故に胃脳肝腸腎というように人体内の機能の大方は月の字が入っている。ただ心臓の心は月がない。これは太陽からの火素を吸収する器官だからである、心臓の心の字の右の点を左へおけば火となるのもおもしろい。
 かくのごとく人間の肉体は月と密接な関係があり月の霊線は肉体と繋がっているので、月の呼吸が人間の生死に関係するのである。


  薬剤等(飲み薬)について(1)

「病気が、薬剤に依って治癒するものと一般は思ってゐるが、之が大変な謬りである。薬剤なる物の力は、苦痛を緩和させる丈の働きである。然るに実際の治癒から言へば、前項に述べたる如く、苦痛其物が病気治療の工作であるから、その苦痛を緩和するといふ事は治病の延期になる訳である。(中略)特に注意すべきは、小児の発育不良、慢性下痢等である。是等は殆んど、薬剤中毒である事は勿論、も一つ恐るべき事は、嬰児の発育停止である。折々見る所であるが、非常に発育が悪く一年を経ても、歯が生えないとか、目方が増えないとか、殆んど発育停止の状態なのがある。此原因は医師に判らないといふ事をよく聞くが、私の診断では、矢張り、薬剤中毒である。生後間もない嬰児には、乳以外他の何物も不可なのである故に、薬剤服用が非常な悪作用をするのである。故に、そういふ嬰児に、薬剤使用を禁止するに於て、漸く普通の発育状態に還るにみても間違ひのない事である。」      (「薬剤中毒」医講  S10.)

「薬剤は、病気治癒を妨害するものである理は、屡々述べた通りであるが、何故に妨害するかと言ふと、それは逆作用をするからである。逆作用とは、薬剤を用ひる目的と反対の結果になるのである。例えば、胃の悪い人が、消化薬を嚥(ノ)むとする。成程、一時は快くなり、病気が治癒される様に思ふが、何ぞ知らん、それは、胃の力ではなく、薬の力に依ってであるから、其為に胃其物は、活動が鈍るのである。それは、薬剤が働くから、胃自身の活動は、一時停止の状態となるのである。随而、服用すればする程、胃は益々怠惰となり、益々弱るのである。故に、最初、胃を強健にしたい目的で、服用する薬剤の、其結果は、反って反対に、胃を益々衰弱させるといふ結果になるのは当然なのである。」   (「薬剤の逆作用」医講  S10.)

「(中略)薬剤は肉体的には多少の効果ありとするも、霊体に向っては全然無力であるから、肉体へ顕出した現象を、外部から停止さすに過ぎないのである。而して、霊体の曇が移行した結果である患部は、汚物停滞であり、それが自然浄化によって、体外に排泄さるるその行程が病気であるから、病気其ものの苦痛が病気治癒になるのである。故に、薬剤や其他の方法によって、病気現象を停止せんとする事、それが取不直、自然治癒の妨害をする事になるのである。
  人間の血液は、絶対清浄を保つべきもので、血液清浄なれば決して病に侵されないのである。即ち、霊体の曇が血液の汚濁となり、其浄化作用が病気であるから、如何に霊体は清浄でなくてはならないかと言ふ事が判るのである。黴菌に対し、浄血は殺菌力が旺盛であるといふ事は、他面から言へば、人間の血液の掃除夫である黴菌が浸入するも、汚濁が無ければ、掃除の必要がないから、繁殖出来ないで、衰滅する訳である。
  故に、薬剤の作用は治癒を妨害すると共に、其余燼(ヨジン)は血液中に吸収されて、血液を汚濁させるのである。此事実は長年に渉る薬剤服用者の皮膚を見れば、瞭らかである。其皮膚は蒼白にして、光沢及び弾力なく、若くして老人の如くである。是等の患者へ対し、薬剤使用を停止さするに於て、時日の経過による自然浄化が、薬剤中毒を消滅さすから、生気を増し、皮膚は光沢を呈し、健康を快復するのであって、斯事に専門家も患者も、今日迄気が付かなかったといふ事は、実に不思議である。
  次に、薬剤の逆作用の恐るべき事である。それは、薬剤使用の目的と反対の結果になる事である。例えば、胃の不消化へ対し、消化薬を用ひると、一旦は非常に良く、消化の効を顕はすので、之によって胃は健全を増し、不消化症は治癒するのであると、医師も患者も誤信するのであるが、何ぞ知らん、一時的効果の次は、反って不消化の度を増すのである。(中略)薬剤が食物を消化すれば、胃は労作の必要がないから、自然、胃の活動力は衰耗退化してゆくのは当然である。故に、胃薬服用を連続すればする程、胃は退化の度を増すから、益々不消化になり、其不消化を補ふべく胃薬を用ひる。それが又、不消化の度を増すといふ循環作用によって、遂に重症となるのである。私が実験上、食欲不振や不消化の患者に対し、胃薬服用を廃止さすに於て、其病的症状は漸次消失し、患者は其意外に驚くのである。又、それ以外に重大な事がある。それは消化薬は食物を柔軟にし、溶解するのであるが、食物丈ならよいが、胃壁に対しても同様の作用をするので、之が最も怖るべき事なのである。即ち、消化薬連続服用に由って、或程度柔軟化した胃壁は、僅かの固形物が触れても亀裂するので、其亀裂によって血液が浸潤し、それが吐血、血便、痛苦の原因となるので、之が即ち胃潰瘍である。故に、胃潰瘍とは、胃薬の連続服用が原因であるに係はらず、胃潰瘍を薬剤によって治癒せんとする、西洋医学の誤謬は、実に恐るべきものである。
  次に、便秘も其他の疾患に対しても、右と同一の理であるから略する事とするが、要するに、薬剤の逆作用の如何に恐るべきかを知らなければならないのである。特に生後間もなき嬰児の如きは、薬剤の注射や服用によって、発育遅滞又は発育停止の症状さへ起すのである。それは薬剤使用は、一種の不純物を注入する訳であるからである。此事は最近、一部の医家は発見し、嬰児に限り薬剤を使用せず食餌療法のみを応用するといふ報告に接し、大いに喜ばしく思ってゐる。」                    (「薬剤の害毒」医書  S11.4.13)

「(中略)薬剤の服用及び注射は副作用に依って血液を汚濁させる事である。即ち、或病気を治癒する以上に健康上不利な薬毒の害を残すのである。(中略)」
(「結核撲滅の大方策と健康日本の建設」健一号  S11.6.15)
「(中略)その方法として第一に薬剤を用ひる。元来薬剤なるものは全部毒素であって、昔漢方の其大家は「薬は悉毒である。故に薬を用ひて病気を治すのは毒を以て毒を制するのである」と言ったが洵に至言である。
  即ち薬といふ毒物を用ひるから体内の機能を弱らす、機能が弱るから浄化作用が停止されるのである。(中略)」               (「病気の真因」明医一  S17.9.28)

御恵みの万分一にも       『地上天国』5号、昭和24(1949)年6月25日発行
              滋賀県坂田郡坂田村飯 日本五六七教金龍会 上田秀雄(46)
 私の妻は三年有余胃病で付近の医者や病院へかかっておりましたが、何の効果もないどころか反って悪化し便泌症となり二十日以上も便通がなく、蛔虫もわき食事を二日目に一回位より食べられず、遂に衰弱して骨と皮になり家内一同淋しい日ばかり送っておりました際、親戚より観音様の尊いお話を聞き浄霊を受けて不思議にも日一日と身体が楽になった。その御利益の偉大な事に驚き私も観音様にお縋りする事を頼みました。私は手を振ってそんなに楽になるものかと本当にしませんでしたが、余りにも妻が御利益を頂いたのと再々頼みかけるので入信しお光を頂く事を許しました。
 昭和二十一年十一月入信致してから以来、私も毎日妻に御浄霊をして頂きその内に私は何んとなく身体が軽くなって来るのを覚えるようになり、御利益の深いのに驚き私も娘もお守を頂きました。その後妻もすくすくと全快に向い一家揃って笑顔の日を送るようになりました。その後長女秀子は彦根澤田先生宅に御修業させて頂き現在なお引続き御手伝いさせて頂いております。
 それ以来私も去年二月大浄化を頂き腎臓病になり、日増に顔は腫れ手足腹部胸部まではれ上って身体の自由さえも出来なくなり、その上先年治ったはずの急性肺炎まで再発し痰や咳が次から次ヘと出て、横になって眠ろうと思っても呼吸さえも止まる程苦しくこの世の地獄とも申しましょうか、余りの苦しさに迷いの心も起りましたが、生死は一切観音様にお任せしこうなるのも御浄化でこれによって自分のつくった罪穢が許して頂ける事を喜び先輩の方々に連れられ彦根保田先生宅へリヤカーにて参りました。二里余りリヤカーにて揺られ苦しい身体を観音様のお姿の前へ抱いて連れて来て頂き御参拝するや、直ちに不思議な位い身心共に楽になりました。早速浄霊を頂きその有難い御利益に涙せずにはいられませんでした。三日間お情深い先生の御浄霊に預りまして四日目には歩いて我家に帰る事が出来ましたので、村人はもとより死んで帰る位にしか思っておらなかったのに如何にも早く全快し歩いて帰りましたのには驚きました。
 私もそこで今まで米原駅に勤務致しておりましたのを退きひたすら一人でも多くこの尊いお救いをお知らせすべく決心致しましだ。その後、
    「御恵の萬分の一に届かねど  誠のしるし受けさせ賜へ」
の御讃歌の一節が身に沁み、この気持でとばかり救世の御業に精進させて頂いております。