平成30年5月   青年 ミニ講 座

         

       禁  欲                           (信  昭和二十四年一月二十五日)

  昔から立派な宗教家たらんとするには、禁欲生活をしなければならないように想われ、それが真理を悟り魂を磨く最良の方法とさえ思われてゐた。然し私は反対である。以下判り易くかいてみよう。
  抑々、森羅万象一切は人間の為に存在してゐる事である。見よ、春の花、秋の紅葉、百鳥の囀り、虫の啼く声、明媚なる山水、月の夜の風情(フゼイ)や温泉等々は、何が故に存在するのであろうかという事を考えなくてはならない。言う迄もなく、神が人間を楽しませる為に造られたものでなくて何であろう。又人間が謡(ウタ)う美しき声や、舞踊(ブヨウ)や、文学芸術等も、勿論それによって当人も楽しみ、他人をも楽しませるのである。其のみではない、人間生活に於て凡ゆる美味なる食物は固より、建築、庭園、衣服等も必要の為のみではない、より娯(タノ)しむべき要素が含まれてゐる。飲食を楽しむ事によって、栄養となり、生命が保持される、住居も衣食も必要だけの目的であれば甚だ殺風景のもので済む訳である。子供を造る事も必要の目的のみでない事は言う迄もない。
以上の如く大自然も、人為的の凡ゆる物も、一方それを楽しむべき本能を神が人間に与えられてゐる以上、それを娯しむのが本当である。それを拒否し、生存上必要のもののみに満足するといふ禁欲主義は、深き神の恩恵に対する背反的考え方である。又他の方面を見る時、今日迄の特権者が利他的観念に乏しく、自分や自分一族の者のみの快楽に専心し、社会や他人を顧慮せず、衆と偕に楽しむという、人類愛的思想の発露が余りにも無かった。それは神の恩恵を独占する訳になろう。
此意味に於ても私は富豪の大庭園を開放し、美術品を公開し、衆と倶に楽しむべきが神慮に応える所以である。翻って想うに、古えの聖者が粗衣粗食極端なる禁欲生活をなし、「祖師は紙衣の五十年」的生活に尊き一生を捧げたという事は、神の恩恵に叛く訳になろう。それに気付かない世人は宗教家を観る時、禁欲者でなくては有難くないように思う傾向があるのは遺憾である。私は前述の如く禁欲に反対であるから普通人と同様の生活を営んでおり、之が神意に添うものと考えてゐる。従而地上天国とは、人類総体の生活が向上し、芸術其他の清い楽しみは大いに発達する世界を謂うのである。
  又真善美という事は、真とは偽りのない事であり、善とは正しい行であり、美とは美しい事であるから、禁欲生活に於ては善はあるが真と美がないばかりか、反って文化の進歩を阻止する事にもなるのではないかと思う。彼の印度の社会が精神生活のみに偏した結果、今日の如き文化に後れ沈滞せる国運を来した事を考えるべきであろう。

       気 候 と 天 候                   (信  昭和二十四年一月二十五日)
 
  気候と天候に就て霊的解釈をしてみるが、科学的解釈に馴れた現代人には、私の説は首肯出来兼ねるかも知れない。然し乍ら之は神示によるもので、私としては確信を以て発表するのである。先づ一口に言えば、気候の変化も、天候の好し悪しも、人間が作るという事である。というと甚だ不思議に聞えるかも知れないが、之から私の説く処を玩味されたいのである。
  吾々が吾々の五感によって知り得る現界以外、霊界からの影響も読者は大体認識されたと思う。これに就て先づ気候の変化の原因をかいてみるが、冬の寒さから夏の暑さに至るまでを四季に分けられてゐるが、その時々の流れに従う気候の変化が順調に推移するのが本来であるに拘わらず、時によると異変する事がある。それは何の為かというと、全く人間の想念が、霊界に反映するからである。例えば人間大多数の想念が正しく温和であれば、気候もその如く温和順調であるが、平調を欠く人間が多い場合、即ち愛の熱に乏しく冷やかな人間の想念は、その時あるべき気候よりも寒冷となり、その反対に何かの出来事に昂奮し、情熱の適正を欠く場合、その時あるべき気候に対し温熱が過ぎるという結果となる。以上の外に人間が悪に属する想念、即ち不平不満、呪ひ、自暴自棄等の多い場合、それが霊界に反映して、何となく陰欝の気が漂うのである。
  次に人間が発する言霊であるが、之も頗る重大なる影響を与えるもので、悪に属するもの即ち他人の悪口、不平、愚痴、偽り等の言葉は霊界を曇らせる事夥しいのである。以前私の友人であった或宗教者は、人の発する言霊が見えるので、例えば悪に属する言霊を発する時はドス黒い煤のようなものが、煙の如く口から出るのが見えるが、善に属する言霊の場合は、白色の薄光りのようなものが見えるそうである。此悪の言霊から発する煤の如きものが霊界を曇らすので、之が増量し、或程度を越ゆる時、それを払拭消滅すべく自然浄化作用が発生する。恰度家の内外に塵埃が溜れば、人間がそれを掃除すると同様の理で、豪雨、颱風、雷鳴や洪水、大火、地震などもそれであって、拭き払ひ洗ひ流し、焼却するという訳である。それには分担さるる神々があって行うので、神道で唱える祓戸四柱の神で、気吹戸主神、瀬織津比売神、速秋津比売神、速佐須良比売神の御名によって、世界的浄(キヨ)めの業を行い給うので、何れも多数の龍神を使役せらるるのである。
  茲で、阿波の鳴戸に就て解説してみよう。前述の如く風水火の浄化によって集溜されたる汚物は、如何に処理せらるゝかというに、各河川を通じて海に流れ、阿波の鳴戸の海底深く沈下さるるのである。勿論全世界の汚穢であるから、その量は蓋し驚くべきものがあろう。然るに地球の中心部は学者もいう如く、巨大なる熱塊、所謂地熱であるから、鳴戸の海底深く沈下せる汚物は、絶えず此地熱によって焼尽される訳で、日本は世界の汚物消却場といっても可い訳である。
  人間が以上の如き理を知ったなら、悪の想念や悪の言霊は出来るだけ無くすよう、心掛くべきである。


  消毒薬(沃度(ヨード)剤)の害 その2

「(中略)茲で、消毒薬に就て説明してみるが、之は薬毒中最も恐るべきものである。元来消毒薬とは殺菌力が非常に強いので、中毒を起し易く、而も手術の場合、直接筋肉に滲透するから、猶更影響も大きい訳である。故に之が為種々の病原となるので、此理と実際とを、医家は照し合してみて貰ひたいのである。(中略) そうして、注射薬にしろ消毒薬にしろ、目方の重い軽いがあって、重い程下降し、最も重いのは膝から下、足の裏迄垂れて来て固まる。そうなると足の裏が痛くて地につけないで歩行困難となる。(中略)」   (「薬毒の種々相」文創  S27.)

「(中略)凡ゆる手術の際の消毒薬が色々な痛みの原因になる事も、非常に多いものであるから、身体の何処かに激しい痛みや、執拗な痛みのある場合、既往の手術を想い出せば必ず肯くであろう。(中略)」                      (「薬毒の恐怖」  S27.9.10)

「(中略)医療は消毒薬は不可欠のものとしているが、此薬毒こそ特に恐るべきもので、此毒分は非常に強烈であると共に、筋肉から直接滲透するから量も多く、それが下降して肋骨部に固結するので、尚下降して下半身に及んで、種々の病原となる事もある。而も此毒性は執拗で激痛があり、治るにも長期間を要するもので、此消毒薬の害が判っただけでも、如何に多くの人が救われるかを、私は常に思っている。(中略)」    (「医療誤点の種々相」  S27.12.1)

「(中略)茲で大いに注意すべきは消毒薬中毒である。手術とか外傷の場合消毒薬を不可欠のものとしてゐるが、何しろ何十倍に淡(ウス)めても黴菌を殺すだけの劇薬であり、直接筋肉から滲透するので、時が経てば必ず何処からか出やうとする。その場合多くは頭痛、眼(失明)、中耳炎、歯茎等であり、時には下降して肛門(痔)、陰部、手足の関節等へ迄も集溜し、腫物か湿疹となり、痛み痒みの苦痛が伴うが、只消毒薬に限って激痛であるからよく分る。(中略)」
(「手術に就て」医革  S28.)

「(中略)次に薬毒の中でも、案外気が附かないでひどいのは、手術の際用いる消毒薬である。何しろ殺菌力がある程の劇薬であり、しかも直接筋肉へ滲透するから堪らない。種々の悪性病原となるので、最も多いのは激痛性疾患で且執拗であるから、治るにしても非常に時日がかかる。その他口内粘膜の病気にしても、原因は何回もの服薬が滲透毒素化し、それが排泄されようとして加答児や腫物などを起すのである。(中略)」   (「種痘と薬毒」ア救  S28.1.1)

「(中略)消毒薬と言うのは非常に恐ろしいものでね。手術した人は必ず、相当ひどい痛みがあります。排膿時の激痛――之もそうです。下り物が激しく――之もそうです。腹痛――之もそうです。全部その為です。だから、それが出るだけ出れば治るので、手術をした処を中心に浄霊すれば、段々薬毒が出て治りますから、別に心配はないが、それ迄の苦痛ですね――それは仕方がない。然し段々減るに従つて苦痛は減つて来ますから、もう一息我慢する。(中略)」
(「御教集2号」  S26.9.1)

「(中略)消毒薬が一番痛む。消毒薬中毒がね。それが原因です。消毒薬と言うのは、しつこいものですよ。根良くやつて、膿が出て行くづつ治るんですが(中略)」(「御教集8号」  S27.3.17)

「(中略)結婚を嫌う娘の一番の原因は膣痙攣です。これはちょっと触っても飛び上がるほど痛いのです。これは薬毒にもよりますが、多く消毒薬が下がって行って粘膜に溜まるのです。だから結婚の晩に逃げたりするのがありますが、これは浄霊ならなおるのです。(中略)」
(「御教集21号」  S28.4.17)

「(中略)それで毒によって、痒いのと、痛いのと、麻痺したのと、いろいろあります。それは自分のつけた薬やのんだ薬を考えてみれば分ります。それから何時も言うとおり、一番痛い毒は消毒薬です。(中略)」                 (「御教集29号」  S28.12.16)

「(中略)それから何時も言うとおり、消毒薬というのは必ず痛みになります。痛みの病気はまず殆んど消毒薬と思っていれば間違いないです。ところが消毒薬でも、此処なら此処が痛むから此処に消毒薬を入れたかと思うと、そうでもないのです。例えば頭が痛い人が、手足を手術した時の消毒薬が頭に上っていって、其処に固まるのですから、とに角痛みのときは一通り手術を聞いてみるのです。(中略)」             (「御教集31号」  S29.2.26)


臨終一歩前で救はる       『地上天国』5号、昭和24(1949)年6月25日発行
                奈良県磯城郡都村字官 日本五六七教青心会 安井音松
 私の妹は、奈良県北葛城郡百済村字今市、松本鶴松方へ嫁付き夫婦の中に八人の子供があり農業を営んでおりますが、昭和二十一年夏鶴松氏は胸の病気で静養一旦は良くなりましたが、昭和二十三年八月再発して百済村の○○医師の診断施薬注射を日々なし、静養するも病気は依然と進み、いよいよ重体と成り私方へ知らせに来た。私は早速行って浄霊をしてあげるとすぐに病人は楽になった、私が帰るとまた苦しみ出します。
 私が再び行くと楽になると言うふうで二、三日過しましたが、私が浄霊するときの後で医師が注射すると言う訳で、病人の衰弱は段々悪化する一方最早駄目だと言うので、親族、兄弟相集り広くもない家は昼夜一杯です。私はとても駄目だろうと思ったが、妹婿の事であり、子供八人もあるのに「今死んで行ったら後がどうなるか」と考えるとじっと眺めておれず、といって親戚は医師のみに頼り、前記の通り観音様の御利益があっても一向信じない。そこで私は勇気を振って親戚の反対を振り切って青木先生の御出張方を御頼みしました。先生はある信徒の家の御祭に出張中にて二十日午後十時ごろに来て戴いた。その時は既に臨終一歩手前です。青木先生は早速浄霊して下さいました。約三十分経っても病人は一向に楽にならない、家一杯集っている人達は異様な目をして病人と青木先生を見つめている。
 先生は何か考えられたか浄霊を止めて「一寸休みます。仏檀にお光を付けたさい」と言って、先生と私、妹と先生の御供、野田教導師と四人にて仏檀に灯を灯し、善言讃詞を御奉唱して下さいました。善言讃詞を半分位あげた時、三毛の子猫が近寄って来て、仏壇の前に高さ約一尺位の小机があり、その上に直径三寸位の「リン」とその横に長さ四寸位の「リン棒が置いてある。その机の上に飛び上り「リン棒」をくわえ「チーン」と一つ打った。一同子猫が「リン」を打ったのを見ていたが、その時は余り気にもせず善言讃詞の奏上は終りました。先生は煙草に火を付けて「サア」もう一度浄霊をしよう、と病人の後から頭を浄霊された。約五、六分病人は益々苦んでいる,その時先生は突然「猫だ」と言って急に前に廻られて病人の顔を左手で持ち、顔の中心に浄霊しておられる(病人は苦しさのため夜具を積んで座っている)約五分先生は一人言のように「抜けた」と言われて続けて浄霊をしておられる。皆んな何んの事かわからない。
 すると不思議や五分位すると病人は急に楽に成りほっとしたような顔をして「先生助けて戴きました」と言葉を出した。一同はその様子を見て、「先生どうですか」と尋ねますと「大丈夫ですよ助かりますよ」との事です。しばらくすると嘘のように病人は元気になり、その後先生に二回浄霊に来て戴き、私も数回浄霊し元気を取戻し九死に一生の御利益を戴きました。妹の家は何が、大きな因縁ある様子ですがどんな場合でも観音様に真心で縋れば不思議な御利益を戴けると私は深く深く感謝しています。