平成29年6月度

神様、代表からのメッセージの学び(抜粋)

(5月26日 AM10:13)
・善の守備範囲が狭いと悪に見えてしまう(何層もの答が見えてい
なければならない)。


これの説明が少し難しいのですが…人間がまず気にする部分は"善悪
"ですが、実はもっと気にして欲しいところがあるのだそうで、それ
は"大きさ"だと仰っていました。

魂の大きさ、気の大きさ(気持ちの大きさという意味合いになるそ
うです)の事を指しているそうで、意外とここに気が付く人がいな
い、抜けているとの事です。


例えとしてテーブルを指して説明して下さいましたが、神様の善と
は大きく広がっているものと考え(大量、無限)、その中にテーブ
ル(自分の大きさ)を置いたとして、その無限の善を自分のテーブ
ルにどのくらい乗せられるかというのが大事になってくるのだと教
えて頂きました。

自分が善として許容出来るのは自分の大きさ(許容量)に限定され
るので、自分の大きさから漏れてしまったものは悪に感じてしまう
のだ、という説明がありました。


そうなると口では大乗だ何だと言っていても結局は小さい範囲での
考えや行動しか出来ない、自分以外の周囲に何でもかんでも善悪の
レッテルを貼ってしまう、これでは結果として悪になってしまうの
で善悪そのものも大事だけれど、問題は"大きさ"なんだと気付いて
欲しいそうです(自分の中の善悪はしっかり把握しておくのは基本
だ、との事です)。

その反面、人間は限界があるので善とか悪だとか思うのは自由だし
仕方ない事だとも仰っていましたが、それも自分の魂、愛情、温か
さが大きくなるとまたそれも変わってくるのも事実なので、色んな
階層というか高さの答えが見えて来る、俯瞰出来る様になってくる
という風に伝えられました。


だからどんどんテーブルを大きくして神様の愛情を乗せる面積を増
やしていかなくてはいけない、そしてそれを周囲の為に発揮出来る
人間になっていかないとこれから多くの人を助ける核を担う人材に
なれない。だから、愛情の数、量を増やして手持ちの駒を沢山持っ
て、これからメシヤ教全体としてより多くの人をお世話していかな
ければいけないので、その分全員が魂、心、気(気持ち)を大きく
していかなければならないのだ(=発展する為にはそうなっていく
のを目指す様に)、という風な内容も続けて入れられていました。


人間は限度がある、だからこそ自分の小ささや自分の中にある善悪
と対峙しておく必要があって、自分が小さくて神様が分からないと
いう自覚があるから更に一生懸命やらせて頂こうという気になれる
のだ。逆に分かったとなるとこんなもんだとなってしまうのだか
ら、ありのままに自分を見ておけばいいのだ、という事を仰ってい
ました。

また、人間は神様ではないから神意が理解出来ない事が沢山あって
当然なのだから、だからこそ自分の小ささを自覚しておいて、今の
自分には分からないけれど(善として受け入れられないけれど)、
何か意味がある事なのだろう、という風にしておくのがいいのだと
いった事も含めてありました。


とにかく"本気で世界メシヤ教を復興しようとするのだったら"一人
一人が自分の魂をもっと大きくして神様の御心に適う人間の集団に
なっていかなくてはならない、そして多くを包み込める大きい存在
になれる様にそれをもっともっと意識して欲しい、ここは超重要ポ
イントだからね、との事でした。

ただし、明らかに違うというのを放任しなさいというのではないか
ら、とも付け加えられました。


そして上の内容に関連する楳木先生からの伝言を下に記します(こ
れをご覧になっている皆様宛でもあり、信者さん全員に宛てた伝言
でもあります)。


(PM7:54)※礼拝時の「惟神霊幸倍坐せ」に関して
・魂の大きさが問題なんだよ。
・良い悪いではなくて、大きい小さいが問題。
・だから「惟神霊幸倍坐せ」なんだよ。


(5月27日 AM9:10)※礼拝時の「惟神霊幸倍坐せ」に関して
・皆、(この部分を)流してしまっている。
・もっと、しっかりここに集中して。
・最後まで本気で奉唱しないと。
・ここがポイントなんだから。

上の楳木先生からの伝言に続ける様に、いつもの方から伝言です。
(AM9:10)
・メシヤ教も大きくならないと(魂、気の事です)。
・(今の先生は)大きくなっている。
・それに伴う様に大きくなっていかないと。

その後再度楳木先生より、これをご覧になっている方へ(そしてメ
シヤ教信者全員に)向けて説明がありました。


(AM9:18)※礼拝時の「惟神霊幸倍坐せ」に関して
・自分の小ささが分かるから神様に自分の魂を大きくして下さいと
心からお願い出来る訳で。

・これが本当の生きた"神様との対話"なんだから。


そしてこの楳木先生からの伝言に続ける様に、今度はいつもの方か
ら届いた内容で、礼拝時の「惟神霊幸倍坐せ」に関してメシヤ教信
者全員に向けてお尋ねがありました(かなり厳しい口調でした…と
いうか恐ろしかったです)。


(AM9:18)
・今まで分かっていると自負していた者達に訊く。
・これがどれだけ出来ていたか?
・出来ていると思った者は私の前に出ろ!


そして楳木先生から追加でこれをご覧になっている方へ(そしてメ
シヤ教信者全員に向けて)説明がありました(熱心に説明なさって
いました)。


(PM9:44))※礼拝時の「惟神霊幸倍坐せ」に関して
・礼拝とはそういうものなので、儀式化・形骸化したものではない
ので、本当に神様と繋がってお力を頂いていく、導いて頂くという
のを意識して神様に自分達から近付いていく様に日頃からやってい
かないといけない。

・厳しくなる厳しくなると言われて久しいけれど、こういう事一つ
取ってもしっかりとした認識がないとこれからは本当にやっていけ
なくなる。

・これからは厳しいのは嫌だの何だのと喚いても後戻り出来ないと
ころまで来たのを今自覚しないと、世界メシヤ教復興だとか以前の
話で自分が神様から必要なしとされてしまうという事になってしま
うのでね。

・完璧に遅れているけれど、今から改めて神様に向かっていく癖を
付けて下さい。

・一人一人が神様に「よし」と言って貰えるかどうかはその時にな
ってみないと分からないけれど、とにかく食らいついてやっていか
ないといけない。

・メシヤ様との繋がりの太さがモノを言う時期が来てしまったの
で、多くの人達をこれから救っていく上で浄霊するにも何をするに
もこういう事の積み重ねで力に差が出るので、この事を念頭に置い
て、しっかりと「御神名」を奉唱し、「惟神霊幸倍坐せ」と奉唱し
て本当に自分をお使い頂ける様にと、神様にお祈りして下さい。


更に続けてこの様に仰っていました。

(AM10:05)
・お光が強くなったから御神名が一回になるとはどういう事か。
・一回の御神名奉唱でお呼び申し上げる神様の力が強く表れるぐら
いになっているという事なのだから、自分達が今のままで何の疑問
も持たずに現状に満足していたら置いていかれる確率が高くなるの
は誰でも分かるんじゃないかな。

・それだけ人間側も神様の意思を受け取れる様になっていないとい
けないんだから。


大体この様なお話をなさっていましたが、信者さん皆様へ説明する
時は、魂を大きくする必要性をよく説明してから「惟神霊幸倍坐
せ」の意味を分からせる様にしないといけないという感じで、先生
の意向としては

(5月26日 AM10:13)
・善の守備範囲が狭いと悪に見えてしまう。

(5月27日 AM9:10)
・メシヤ教も大きくならないと(魂、気の事です)。
・(今の先生は)大きくなっている。
・それに伴う様に大きくなっていかないと。

の内容をきちんと説明した上で※礼拝時の「惟神霊幸倍坐せ」に関
しての箇所を伝えて欲しいそうです。

まずはこれをご覧になっている方がこれに関連する部分全部をしっ
かりと受け止めてからでないとなかなか皆には伝わらないだろうか
ら、しっかりと御教えと照らし合わせて色々考えてみて、納得する
なりして、その上で信者さんにしっかりと伝えて欲しいとの事でし
た。(青字の方からのメシヤ教信者全員へのお尋ねも、ちゃんと伝
えて全員が自分に問いただす様にして欲しいとの事です)。

そして信者さん全員が日々の礼拝を通して肚に収めていかないと、
といったニュアンスの事を伝えられました。


そしてこれらの事だけでなく、全般について楳木先生から皆様宛に
説明されていました(あ、やっぱり信者さん皆にも…という事なの
で・・・)。


(5月28日 AM8:09)
・普段何気なく軽く取り扱ってしまう事が多々あるけれど、それは
メシヤ様が仰っている意味がそこから受け取れないから重要な事と
して認識出来ないので、自分達がまだそのレベルで受け取れない事
がまだまだ沢山あるのだと自覚しないと自分だけではなくて多くの
人にまで多大な影響を及ぼしてしまう。

・だから自分を客観視出来ないと危険なんだ。
・きちんと自分を見て、そしてお力を頂いていく様にしていかない
と。

・これからもっと急ピッチで追い上げにかからなければいけないの
で。



(PM0:19)
・"御教えを単に知っている"と"御教えに沿って生きる"という二つ
の間には雲泥の差がある。

・この大峠は音も無く始まって人間にじりじりと忍び寄るのだから
恐ろしい。

・気付いたら手遅れになっているのだから。



 いつもの方から信者さん全員に向けて諭す様な内容が届いていま
した。


(5月20日 PM0:13)
・ただ決まった日、言われた日に集まって、一緒に御神名を奏上し
てそれで良かったと思っていたのが現実ではなかったか?

・頼る人がいなくなって、初めて本当に自分達はどうすれば良いの
か、祭典に向けて色々と考えるようになったのではないだろうか?

・黙っていても、もう勝手に答えを出してくれる先生はいない。
・今までは時期が来ていなかったからそれで良かった。
・もうこれからはただ集まって勉強の真似事で満足している様では
力はやれない。

・どんなに綺麗事を口にしたって、全部が透けて見えているのだか
ら。