このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
ご自由にコピーして御使い
下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。

平成27年9月度 ミニ講座

奇 蹟      (信  昭和二十四年一月二十五日)

 宗教に奇蹟は附物である。否附物であらねばならない観音教団
には奇蹟が非常に多い事は信徒諸士の常に体験する所
であろう。

蹟によって信仰が深くなり、熱が加はる事も亦明か
である。然るに
近代の宗教は奇蹟が少い為、反って奇蹟の多い宗教に対し迷信呼ば
わりをする傾きのあるのは遺憾であるが、勿論それらは唯物主義者
であるから止むを得まい。一体
奇蹟とは何ぞや、言ふ迄もなく有り
得べからざる事実があり得る事
である。例へば幾人もの医者に見放
されたる重患者が信仰によって全治する事がよくある。又交通機関
等の事故によって危き所を助かったり、負傷すべき筈なのに何等の
被害も受けなかったり、特に戦時中外地に於ける出征者や、内地に
於ける被空襲等の危機を免れた人々の余りにも多い事である。


 宗教的奇蹟を迷信視するジャーナリストにも困ったものであるが、
無理のない点もある。成程世間には低劣極まる宗教や、神憑的怪げ
な信仰も相当あるにはあり、社会に及ぼす害毒も尠くない
ので之等
の弊害を防止すべく迷信を警告するに対しては吾等も賛意を惜まな
いが、但だ玉石混淆的に、新興宗教でさへあれば一応は迷信視する
という態度は感心出来ないのである。科学のメスによっての検討も
せず、論理的に研究する事もなく、独断的に否定し去るといふ事
は、文明に背反する態度ではあるまいか。
正しい信仰は事実に於て
人類社会の福祉を増進する大いなる役目を果しつつある事を認識さ
れると共に反省を促したい
のである。もし奇蹟が迷信であるとすれ
ば彼のキリスト教も迷信といふ事になろう。何となればキリストが
水を葡萄酒に化し、数十人分の量がたちどころに甕(カメ)に満ちたと
いう事や、盲の眼が開き、跛行者(ビッコ)の足が立ったりする等の話
は立派な奇蹟である。

 私は思う。悠久極りなき此地球上に於て、何時如何なる時代に、奇
蹟の宗教が表われないと、誰か言い得るであろう。





   怒る勿れ      (信  昭和二十四年一月二十五日)

 昔からある、有名な格言に「成る堪忍は誰もする、成らぬ堪忍する
が堪忍
といひ、又「堪忍の袋を常に首にかけ破れたら縫え破れた
ら縫え」
という事があるが、全くその通りである。私はよく人に質
かれる事がある。「先生が今日あるは如何なる修行をされたのであ
るか、山へ入って滝を浴びたか断食をされたか、種々の難行苦行を
されたのではないか」と。処が私は『そんな修業はした事がない、

私の修業は「借金の苦しみと怒りを我慢する」という此二つが重な
るもの
であった』と答へるので、聞いた人は唖然とするのである。
然し事実そうであるから致方がない。私は
私を磨くべく神様がそう
された
のだと信じてゐる、特にこれでもかこれでもかというように
怒る材料が次々にぶつかってくる。元来
私の性格としては怒るのは
嫌いな方
であるが、不思議なほど怒らせられる

一度などは非常な誤解を受け、大多数の人に顔向けの出来ないよう
な恥辱を与えられた。私は憤懣遣る方なく、どうしても我慢が出来
ない。すると其時拠ろない所から招ばれ断れない事情があったの
で、その家に赴いた。頭がボンヤリして精神が集注しない。どうに
も致し方ないから紛らす為酒を一杯所望し、酒を飲んだのである。
其頃私は一滴の酒も嗜まないから、よくよくの事である。そんな訳
で二三日経って漸く平静を取戻したというような事もあった、処が
後になって其事の為に或大きな災難を免れ得たのであった。もし其
時の怒りがなかったら致命的打撃を受ける処だったので、全く怒り
によって助かった訳で、神様の深い恩恵に感激を禁じ得なかったの
である。右の様に神様は重要なる使命のある者に対しては種々の身
魂磨きをされ給うので、その方法の中で怒りを制える事が最も大き
い試練と思うのである。従而
怒る事の多い人程、重大使命を与えら
れてゐる事を思うべき
で、此意味に於て如何なる怒りにも心を動ず
る事なく、平然たり得るようになれば先づ修業の一過程を経た訳

之に就て面白い話がある。


 それは明治時代の話で、其当時商業会議所の会頭中野武営という
人があったが、武営氏が如何なる事があっても怒らないので、或人
が其訳を質いた。処が中野氏曰く「私は生れつき非常に怒りっぽい
性(タチ)であった。或日矢張り当時有名な実業家渋沢栄一氏を訪問し
た際、次の間で栄一氏が妻女と何か口争ひをしてゐたが、中野氏の
来訪を知って唐紙を開け着座したが、其時の顔は争いの後とは少し
も思えない程の、平常通りの温和(オトナシ)さなので、不思議に思うと
共に或事を感じた。それは
怒りを制へる力である。"渋沢氏が実業界
の大御所と謂わるる迄に成功したのは此為であろう。よし自分も怒
りを容易に制えるようにならなければいけない
"と思い、
その心掛け
をするようになってから凡てが順調となり、今日の地位を得た
」と
いう話である。


 先づ諸子が怒ろうとする場合、神様が自分を磨いて下さると思うべ
きで、それが信仰者としての心構え
である。

 私は借金の事を書くのを忘れたが、私の経験によれば借金の原因は
焦る為
であって、焦るから無理をする事になる、
何事も無理は一番
いけない
。無理をしてやった事は一時は成功しても、何時かは必ず
無理が祟って思はぬ障碍に遇うものである、それが為物が早く運ん
だようでも結局は後戻り、行り直しという事になる、日本の敗戦の
原因などもよく検討すると一切が無理だらけであった。第一焦った
り無理をしたりすると心に余裕がなくなるから、好い考えが浮ばな
。又好い考えの浮ばない時に無理に何かをしようとする事が更に
いけない。
好い考へ即ち之なら間違いないという計画が浮んでから
着手すべき
で、所謂文字通り熟慮断行である。

 故に研究に研究を竭し、これなら絶対間違いないという時は借金
する事も止むを得ない
が、借金をしたら一日も早く返還すべきで、
決して長引いてはいけない。元来借金なるものはなかなか返せない
もので、長くなると利子が溜り、精神的苦痛はなかなか大きいもの
であるから心に余裕がなくなり好い考えも智慧も出なくなるので、
仕事もうまく行く筈がない。
借金にも積極的と消極的とがある。事
業発展の為にするのは積極的であり、損をした穴埋めにするのは消
極的である。積極的借金はやむを得ないとするも、消極的借金は決
してなすべきではない
。損をした場合虚勢を張る事をやめ、一旦縮
小して時機到来を待つべきである。


 今一つ注意したい事がある。それは欲張らない事である。昔から
大欲は無欲という諺がある通り、損の原因は十中八九まで欲張り過
ぎる為
である。よく人が牡丹餅で頬辺を叩くようなうまい話をもっ
て来るが、世の中には決してうまい事はあるものではない。故にう
まい話は警戒すべきで、パッとしない話の方に反って将来性がある
ものである。之等に就て私の経験を話してみるが、借金を早く返し
たいと思い、又積極的に宗教上の経営をやらなくてはならないと思
い、金が欲しい欲しいと思ってゐる時には薩張り金が入って来な
い。終ひには諦めて神様に御任せし、金銭の事を忘れるようになっ
てから予想外に金が入るようになったので、実に世の中の事は理屈
では判らない
と思った事がある。





「御教え集1号 昭和26年8月28日」より抜粋

(お 伺)  私は十二年前胃が悪くエデー薬を飲み、又は温泉に行き
一日数十回入浴したる時に、突然腹の左右より神経痛の如く急に咽
喉に昇り、其為か咽喉が急に圧迫し呼吸が止る様な感じで、医師に
神経痛の注射をして貰い余程良くなつて家に帰りました。尚アンマ
さんに咽喉の真中に鍼をして貰つたら、又先の如く悪くなり、其後
各医師に診療を受け、六○六号をうつて貰い、格別に良くもならず
病名を与えず、常に咽喉圧迫し熱食を口に入る事好まず、二十四年
の五月から御浄霊を頂き二十五年五月に入信し、唯今は余程良くな
りましたが未だ咽喉が圧迫し物忘れ勝です。今後御浄霊の個所を謹
んで御伺い申上げます。     〔回答は御垂示 1へ〕


(このお伺いを、自らの知人が相談に来て語ったという前提に基づい
て、自分ならどう答えるのかを考えてみて下さい。そして、自らの
答えを持ってメシヤ様の御垂示を拝読して下さい。)





   人間の寿命      (医革  昭和二十八年)

 病気とは体内保有毒素の自然排除作用の苦痛であり、言はば体内
の掃除
であり、浄血作用である事は分ったであらうが、此理を知っ
てその通りを守れば益々健康となり、百歳以上の長寿も敢えて不可
能ではない
のである。といふのは言う迄もなく、百歳以下の死は病
の為であり、不自然死である。それが自然死なら、神から与えられ
た天寿を全うし得るのは当然であるから、人間之以上の幸福はある
まい。その理を知らない今日迄の人間は、誤謬医学によって多額の
金を費ひ、病苦の種を購ひ、生命を縮めてゐる
ので、而も之を文化
の進歩と思ってゐる
のであるから、その無智なるいふべき言葉を知
らないのである。従って此医学だけにみても、今日の文明は真の文
明ではない事が分るであらう。成程文化の進歩は一面人類の幸福に
役立ってはゐるが、他の半面医学によって不幸を作ってゐるのであ
るから、公平に見て功罪相半ばしてゐるといふのが適当であらう。


 そうして今迄説いた如く、現在迄の人間は先天性毒素と後天性毒
素とを、驚く程多量に保有
してをり、之が凡ゆる病原となるのであ
るから、此理が分ってその通り実行するとしても、早急には間に合
はない。何となれば
あるだけの毒素は何等かの形によって幾度とな
く、浄化作用によって排除されなければならない
からである。然し
その都度
放ってをけば必ず治るから、何の心配も必要はないと共
に、苦痛が強ければ強い程、急速に多量に毒素は減るから、寧ろ喜
んでいい。又苦痛と雖も峠があるから、それを越すまでの辛抱であ
る。右は浄霊を抜きにしての事であるが、
浄霊すれば驚く程促進さ
れる
から、そうする事を勧める。そうして昔は四百四病といった
が、今日は千数百にも上っていると曰はれるが、医学が進歩すれば
減る筈だが、反って増える
のはどうしたものか不思議である。之に
対し医学者は斯ういふ。医学の進歩は今迄未発見であった病気が、
発見されたので、それが増えたやうに見えるのである。だが之は詭
弁か、そうでなければ誤解である。本当をいえば薬の種類が増えた
から
だと、吾々の方ではみてゐる。といふのは薬毒が多い為、排除
の個所が増えたからである。之に就て医学の解釈は、病気の種類は
夫々異ってゐると思ふのは、療法が夫々異ってゐるにみてそう思は
れる。処が
吾々の見解は、病原は一つだが、発病の個所が異ふ
を、医学は誤ったのである。その證拠には
浄霊の場合、如何なる病
気でも同一方法でよくなる
にみて明らかである。




   〔御  垂  示 1〕
 病名を与えず――よくあるね。病名が分らない。せめて病名だけを
頂きたいと言う人があります。病名を貰つても、しようがないです
よ。病名を貰うと治るかと言うと、治る事とは関係がありません
よ。あれは、治らないから、せめて病名だけでも知りたいと言うの
ですね。最近の新聞に癌の原因を発見するとか、発見するのに進歩
したとか書いてあるが、縦(ヨシンバ)ば、発見されてもしようがない。

病人は、原因が発見される為に来ているんじやなくて、治して貰い
たい為
ですからね。医学では原因を発見してから治すと言うが、
我々の方から言うと馬鹿々々しい
んですが、こう言う浄霊を知らな
いとしたら仕方がないですね。心臓の手術とか色んな事を言つてい
るが、可哀相なくらいですね。咽喉が圧迫し――と言うのは咽喉の
廻りに毒が溜つて、そうして固まる
んです。この毒が――頭の毒で
すね
――溶けて肺にいくから、咽喉にもいく。之が多いのです。多
分この人もそうでしよう。だから
頭から延髄附近ですね。治りま
す。大した事はない。物忘れ勝――と言うのが、頭に毒のある人で
すね。之は頭です。





  枯れ木に花を咲かした御浄霊の偉力
             『栄光』195号、昭和28(1953)年2月11日
           佐世保市戸ノ尾町 光宝大教会 本山常右衛門(61)
 謹みて、枯木にも等しいと医者に見放された命をお救い頂きまし
た絶大なる御守護の程を、溢れる感激と共に御奉告申し上げさして
いただきます。

 思えば身体の変調に気づきましたのは二十七年三月下旬頃でし
た。四月に入ると共に起きている事が苦しくなり床につきました
が、これが
死の淵まで行く大病の最初でございました。

 無論医療には万全を尽し主として、胃腸薬、マイシン、三、六粒
を三回、最初は薬効あらたかで、工合よくなっておりましたが、日
を経るに従って効を現さなくなりました。食事は重湯から一週間た
っておかゆ、又ぶり返して重湯へもどり、一時よくなり又、と言う
ように繰り返す事幾度、こんな風では自宅療法はおぼつかないと思
い、市内某大病院内科に入院加療の身となりましたのが、五月中旬
でございます。


 主任の博士の診断では「胃癌であるから手術すれば一カ月で治
る。手術しなければ三カ月かかる」と申しますので、何カ月かかっ
ても切りたくないと思っておりましたところ、レントゲン三回撮っ
た結果、「どうも胃か腸の一部に悪い物が認められる。腸内か外
か、はっきりしないが、どちらにしても切開より外に処置なし」と
の強硬な診断で、万止むなく手術の一大決心をしました。誠にその
時の気持は命を落すか落さないかの一大岐路ですので、非常な決心
が必要でございました。


 三、四日後、手術を受けましたが、二時間程かかると言われたの
に三十分で終りました。切開は胃の上部から、臍下二寸までほとん
ど、全腹と言える程切り、十二針縫ってあります。結果は「胃癌で
なく十五糎(センチ)程の腸の癒着であり、肝臓も悪くなってい
る」との事でした。

 経過は意外にも腹膜に水が溜り出し、尿が出なくなり、日一日膨
れは増すのみで、尿は血尿となり、苦痛がひどくなって参りまし
た。


 注射は静脈、皮下、日に両方を二本から四本うち、衰弱は日とと
もにはなはだしくなり、二十日後には食物を充分に取らぬよう禁ぜ
られ、その結果は衰弱の極に達し身体の自由もきかなくなってしま
いました。一カ月目はお腹は益々膨れ、尿は出なくなり、苦しくて
堪えられず、無理に押し出しては身体の疲労を増すばかりでした。
医師側では家内一同に、「年ではあるしお腹は薬では減らないし、
治しきれないから近い親類には知らせて置くように」と、すっかり
見放されていたのでした。無論家族は私にかくしておりましたで私
は夢にも知らず、フト思いついた出産の時に出血を止める注射を看
護婦にしてくれと頼みましたところ、二、三本うってくれ、それで
血尿は無くなり栄養と言われる食事をとり幾らか元気付きました。


 それまでには十二人の人の輸血を受けています。私自身としては
もう病院にいるのが嫌で早々に退院し、家へ帰り着いた時は実にホ
ッと生まれ変った思いが致しました。

 家に帰って間もなく、ひどい黄疸となり、その色の激しいことは
着物にうつる程でした。痒みも物凄くひどうございました。


 家族の者が心配の余り再び病院に訴えましたところ、博士いわく
「あなたのお父さんは肝臓が悪い上に腹膜の水はひかないし、年で
はあるし、まあ気の毒だが枯木に水をやるようなものだ、枯木に水
やって芽を吹いたためしはない」とまで極言致しました。死の宣告
が下されたのです。私は日に日に体はだるく、元気は無くなり苦痛
ははなはだしく、家族の者は毎晩寝もやらず看病に尽しましたが、
苦痛は増すのみとなりました。その頃私の家におられた救世教の信
者の宮崎キヨ様からお道の話を家内が聞き、その夜催された座談会
に息子が出席致しました。


 席上多数の信者の方々から「理屈はぬきにまず御浄霊を戴きなさ
い」と熱心に奨められました。初めは私は信用出来ませんでした。
それと申しますのが、何十万もの金を注ぎ込んで、なお治療出来な
かったこの病気が、そんな事で治るはずはないと思ったのです。で
すが息子始め家内一同熱心に奨めますので、翌日教会に御出張お願
い致しました。


 御浄霊いただきましたところ意外にも何とも言えず爽快な気分と
なり、又その折のお話に「信じなくとも構わぬ、治していただい
て、ああ、命をいただいた有難いと思った時、信仰する心になるの
だから」との今までに無い幅の広い教えに成程と引かれるままに、
三日後には、何と自分で歩いて(十分ほどの道のりです)教会へ御
参詣さしていただくことが出来ました。その後は大変な速度で日に
日に爽快感は増すばかりとなり、細々した仕事もして見たくなり、
一カ月後にはすっかり健康体の人と変らない顔つき体つきにならせ
て頂きました。その後二、三回下痢のお浄化もいただき、引続き入
信のお許しも頂きました。

 この有難さ、この溢れる感激、喜びはとても書き現すことも出来
ません。

 明主様の御前にただただ有難うございますと、ひれ伏すのみでご
ざいます。明主様誠に有難うございました。


それから話は元へ戻りますが、退院後黄疸で苦しみの最中、かねて
知合の唐津の鍼灸師、藤本氏(九州鍼灸会会長兼佐賀県会長です)
が所用で出佐の折、家に立寄られ、その時肝臓腎臓が悪いからとお
灸をすえて貰い、「二十日したら来るからその間お灸に精出すよう
に」と約して帰り二十日後再び来られ、私を一目見るや非常な驚き
を示し、色艶、動作総てが俄然、健康人そのものになっているので
「どうしてそのようになることが出来たか」と熱心に問われ、御道
のお話を諄々とさしていただきましたところ「フーム救世教の御浄
霊の御力には驚異の外ない」と感嘆し「今度は診てやる積りで来た
が、その元気な現実の姿を見て一切の道具を出す必要はない」と感
激一入の様子でした。


 「今食事は何でも甘い物でもお酒でも好きなようにいただいて良
い」とのことに、何でも安心して沢山いただき、普通の人が見たら
つい先頃までの大病人とはどうしても思えぬ体にさしていただきま
した。

 私はこの偉大なる一大事実を世の多くの病いに喘ぐ哀れな人々に
知らせるべく努力さしていただいております
、家族の者も日々感激
の裡に過ごさして頂いております。

 私はもやし製造業でございますが、この頃は工場にも出入出来る
ようにさしていただき、製品もだんだん向上の一途をたどらして頂
いております。

 明主様誠に有難う存じます。幾重にも御守護の程、御礼申し上げ
ます。