このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
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平成27年6月度 ミニ講座

霊線に就て(信  昭和二十四年一月二十五日)

 霊線、という言葉は今日迄あまり使われないようである。という
のは
霊線というものゝ重要性を未だ知らなかった為で、空気より稀
薄な目に見えざるものであったからである。処が人事百般、此霊線
による影響こそは軽視すべからざるもの
があり、
人間にあっては
不幸の原因
ともなり、大にしては歴史にまで及ぶ
ものである。故に
人間は此霊線の意義を知らなくてはならないのである。

 抑々霊線なるものゝ説明に当って、前以て断っておきたい事は、
之は科学であり、宗教であり、将来の学問でもある。相対性原理
も、宇宙線も、社会や個人に関する
凡ゆる問題も、霊線に関係のな
いものはない
のである。先づ人間と霊線の関係から述べてみよう。

 茲に一個の人間がある。先づ読者自身と思ってもいい。その自分
は、自分に繋ってゐる霊線なるものが、何本か、何百本か、何万本
か、測り知れない程ある
ものである。霊線には太い細いがあり、長
い短いがあり、正もあり邪もあって、それが絶えず或程度の影響、
変化を人間に与えてゐる
。故に人間は霊線によって生存を保ってゐ
といっても過言ではない。


その中で夫婦が繋っている霊線が最も太く、親子はそれに次ぎ、兄
弟、伯父、甥、従兄弟、友人知己等順々に細くなってゐる。昔から
縁(エニシ)の糸とか、縁(エニシ)が結ばれるとかいうのは、此事を言った
ものであろう。そうして霊線は常に太くなったり細くなったり変化

してをり、夫婦仲睦じい時は太く光があり、争う時は或程度細くも
なり、光をも失うのである。親子兄弟其他も同様であるが、之以外
霊線が新しく作られる事がある。それは新しく出来た知人友人、特
に恋愛等の場合であって、恋愛が高潮に達するや無制限に太くな
り、両方の霊線が激しく交流する。それが一種微妙な快感を与え合
うと共に、一種の悲哀感、寂寥感をも反映し合ふのである。終には
霊線は極度に強力化し、到底別離し能わざるに到るのは右の理に由
るので、斯ういう場合第三者が如何に説得しても何等効果がないば
かりか、反って熱度を増すようになるのは誰も知る通りである。
愛は恰度電気の陰陽が接触して電力を起すようなもの
で、其場合電
線の役目をするのが霊線である。私は以前同性愛に陥った女学生
が、情死をしやうとした一歩手前で助けた事がある。それは一方の
陽電の方を霊的に消滅さしたのである。凡そ一週間位で成功し、陽
電女性は愛着の情熱が冷却し平常の如くなったと共に、相手の女性
も平常に復したという経験がある。然し乍ら
他人の霊線は打切る事
が出来るが、血族は打切る事が出来ない


次に親子の霊線には注意すべき事がある。それは絶えず親は子を憶
い、子は親を憶うので、双方反映し合っているから、子供の性質は
霊線を通じて親の性質を受入れる事になる
ので、親が子を良くせん
とする場合、先づ
親自身の心を良くしなければならない。世間よく
親が道に外れた事をし乍ら子に意見をしても、余り効果が無いのは
其為である。然し斯ういう例もよくある。それは
あんな立派な親で
あり乍ら、息子はどうしてあんなに不良であるのか
といって不思議
がるが、
この親は功利的善人で、外面は善く見えるが魂は曇ってゐ
る為
で、それが子に反映するからである。次に兄弟で一方が善人で
一方が悪人の場合
がある。之はどういう訳かというと、前生の関係
と、親の罪の原因
とがある。之に就いて説明してみよう。

 此説明に当って人間再生の原理から説かなければならない。先づ
簡単に説明すれば、人間は死後霊界に往く、即ち霊界に生れるので
ある。仏教で往生というのは「生れ往く」とかくが霊界から見れば
そういえる訳である。然るに霊界は、その人が現界に於て犯した
種々の罪穢に対し浄化作用が行はれ、或程度浄化された霊から再生
する。然るに前生に於て悪人であった者が、刑罰や其他の事情で死
に際して悔悟し、人間は悪い事は決してするものではない、此次生
れ更った時は必ず善人になろうと強く意(オモ)ふので、再生するや大
いに善事を行うのである。此理によって現世生れ乍らの善人であっ
ても、前生は大悪人であったかも知れない。そうして人間は生前に
死後の世界在るを信じない人が多いから、死後霊界に於て安住が出
来ず、生の執着によって浄化不充分のまゝ再生する。その為に罪穢
が未だ残存してゐるから、その残存罪穢に対し現世に於て浄化作用
が行われる。浄化作用は苦しみであるから、生れ乍らの善人であり
乍ら不幸であるのは、右の理に由るのである。又生れ乍らにして不
具者がある。例えば盲目とか聾唖、畸型とかいうのは、変死に因る
死の為、その際の負傷が浄化半途にして再生するからである。此再
生に就て今一つ顕著な事実をかいてみよう。嬰児が出産するや、そ
の面貌が老人の様なのがよくある。之は老人が再生した為で、二三
ケ月経ると初めて赤児らしき面貌になるもので、之は経験者は肯く
であろう。

 次に親の不正な心が兄弟の一方に反映して悪人となり、親の良心が
反映して善人となる事もある。又斯ういう例もよくある。親が不正
の富を積んで、資産家になった場合、祖霊はその不正の富を蕩尽し
なければ一家の繁栄は覚束ないから、その手段として子の一人を道
楽者にして、金銭を湯水の如く使わせ、終に無財産にまでするので
ある。斯の場合道楽息子に選ばれた者は、実は一家を救うべく立派
な役をしている訳で、それを知らない人間は親の財産を潰した怪し
からぬ奴と見做すが、寧ろ気の毒な訳である。

 霊線は人間に於ては生きてゐる親近者のみではない。死後霊界に於
ける霊とも通じてをり、正神に連結してゐる霊線もあり、邪神に連
結してゐるそれもある。正神は善を勧め、邪神は悪を勧める事は勿
論で、人間は常に正邪何れかに操られてゐるのである。そうして霊
界に於て或程度浄化されたるものが守護霊に選抜され、霊線を通じ
て人間の守護をする、即ち危難の薄(セマ)れる現界人に対し、危険信
号を伝えて救おうとする。此例として汽車などに乗車せんとする場
合、時間が間に合わなかったり、故障があったりして乗り損ね、次
の汽車に乗る、すると乗り損ねた汽車が事故に遭い、多数の死傷者
が出る等の事があるが、之等は守護霊の活動に因るのである。守護
霊は現界人の運命を前知し、種々の方法を以て知らせようとする。

 霊線は人間の階級に従って数の多少がある。数の多い人、例えば一
家の主人なれば家族、使用人、親戚、知人。会社の社長ならば社員
全部、公人ならば村長、町長、区長、市長、知事、総理大臣、大統
領--国王等、何れも其主管区域や、支配下に属する人民との霊線
の繋りがあり、高位になる程多数となる訳である。此意味に於て、
各首脳者たるべき者の人格が高潔でなければならない。主脳者の魂
が濁ってゐれば、それが多数に反映し多数者の思想は悪化するとい
ふ訳であるから、一国の総理大臣などは智慧證覚に富むと共に、至
誠事に当るべき大人格者でなくてはならないのである。然るに国民
の思想は悪化し、道義は頽れ、犯罪者続出するが如きは、為政者の
責任となる訳である。特に教育者の如きは、自己の人格が霊線を通
じて学徒に反映する事を知ったなら、常に自己の霊魂を磨き、師表
として恥しからぬ人とならなければならないのである。

 特に宗教家であるが、一宗の教祖、管長、教師等に至っては、多数
の信徒から生神様の如く讃仰される以上、その霊魂の反映力は著し
いものであるから、大いに心すべきである。然るにその高き地位を
利用して面白からぬ行動のあった場合、信徒全般に反映し、終には
其宗教は崩壊の止むなきに立到るので、此様な例は人の知る処であ
る。

 霊線は人間計りではない、神仏からも人間に通じさせ給うのであ
る。但だ人間と異る処は神仏からの霊線は光であり、人間の霊線は
上魂の人で薄光位であり、大抵は光のない灰白線の如きもので、悪
人になる程黒色を帯びるのである。世間よく友人を選ぶ場合善人を
望むが、夫は善に交われば善となり、悪に交れば悪になるという訳
で、全く霊線の反映によるからである。

 神仏と雖も正邪があり、正神からの霊線は光であるから、常に仰ぎ
拝む事によって人間の霊魂は浄化されるが、邪神は光処か一種の悪
気を受ける事になるから、思想は悪化し不幸の人間となるのであ
る。故に信仰する場合、神仏の正邪を判別する事が肝要である。又
正神と雖も、神格の高下によって光の強弱がある。そうして高位の
神仏程その信徒に奇蹟の多いのは、霊線の光が強いからである。以
上、人間に関する霊線の意義を概説したが、人間以外の事象にも霊
線の活動がある。それは人間が住居してゐる住宅、平常使用し愛玩
してゐる器物、特に愛玩の物ほど霊線が太く、衣服装身具等もそう
である。斯ういう話がある。以前米国の心霊雑誌中にあった記録で
あるが、或一婦人は不思議な能力を持ってゐる。それは器物によっ
てその持主の人相、年齢、最近の行動等が判るそうで、其場合器物
を熟視すると、その器物の面に写真の如く顕われてゐるとの事であ
って、之は霊線によって印画されたものである。之によってみても
霊線の活動は、如何に幽玄微妙であるかが知らるゝのである。

 近来宇宙線なるものを科学的に研究してゐるが、之は私の見る処に
よれば星と地球と連結してゐる霊線である。元来地球が中空に安定
してゐるという事は、地球周囲の衛星の霊線が地球を牽引してゐる
からである。故にその霊線の数は何万、何億あるか測り知れない程
の数で、地球の中心部にまで透過してゐるのである。序でだから、
私は天体と地球との関係について聊か述べてみよう。

 元来天体と地球とは合せ鏡の如くになってゐる。そうして星には明
暗二種あり、即ち光星と暗星である。暗星は全然光がないから人間
の眼には映らないが、年々光星に変化し、増加する。何故暗星が光
星に変化するかというと、それは宇宙物質の硬化作用によるので、
硬化の極点に達した時光輝を発し始めるので、地球にある最硬化の
鉱物が、最も光るダイヤモンドであるのと同一の理である。従而地
球創造の当時は、星の数は暁の星の如く少かったもので、星の数の
増加と地球上の人類の増加と正比例してゐるのである。故に向後星
の数も、人類の数も、如何程増加するか量り知れないものがあろ
う。よく天文学者が新星を発見するが、之等は暗星が光星に変化
し、人間の眼に映じ始めた為である。又流星は星の分裂作用であ
り、隕石は其際の破片である。星にも木火土金水の巨星を初め、大
中小無数の星があるが、之等も悉く地球人類に反映してゐるので、
右の五星はその時代に世界的人物五人ある訳である。人間を星に準
(ナゾラ)へ、著名な人物に対し、巨星往来とか、巨星墜つとかという
事も、面白いと思ふのである。

 秦西に於ても星占いの頗る盛んな時代があって、僧侶がそれを行
い、人間の吉凶禍福、病気判断等に利用したりして一世を風靡した
という事が史実にある。支那の易学にも九星を本義とした等、反っ
て古代人が星に関心を有ってゐた事は無意味ではなかったと思うの
である。

 又火星の生物説であるが、これは誤りである。私の解する処によれ
ば、生物は此地球だけであって、而も大宇宙の中心が地球であり、
万有は人類の為の存在であるから、人間は如何に尊いものであるか
を想うべきである。




     薬毒に就いて   (医革  昭和二十八年)

 前項迄に詳説した薬毒の如何なるものであるかは、大体分ったであ
らうが、茲に最も明かな例をかいてみると、若し薬なるものが本当
に病を治す力があるとしたら、先祖代々人間体内に入れた薬毒は、
驚くべき量に上ってゐる筈であるから、現代の人間は非常に健康に
なってゐて、病人など一人も無い世界になってゐなければならない
に拘はらず、事実はその反対であるとしたら、茲に疑問が起らなけ
ればならないが、全然気付かない迷盲である。何よりも昔から病は
薬で治るものとの信念になり切ってをり、それが迷信となって了っ
たのである。それが為医学の進歩を嗤ふが如く病人は増へるばかり
で、医師が、看護婦が足りない、病院は満員、ベッドの不足、健康
保険、療養所、社会衛生等々、何だ彼んだの病気に対する対策の繁
なる衆知の通りで、之だけ見れば医学の進歩とは科学的に、微に入
り細に渉っての唯物的進歩であるから、治す進歩であって治る進歩
でない。学理上治るべき進歩であって、実際上治るべき進歩ではな
い。斯う見てくると現代人の生命は学理の支配下にある以上、若し
学理が誤ってゐるとしたら、学理の犠牲になる訳である。その根本
は現在の学理は、人間生命まで解決出来る程に進歩したと信じてゐ
るからである。実に驚くべき学理の信奉者である。

 そうして最近の統計によれば、日本人の寿命は近来非常に延び、三
十年前は男女平均四十七歳であったものが、最近は六十二、三歳に
まで延長したといって喜んでをり、之が医学の進歩としてゐるが、
此理由は斯うである。即ち浄化作用を止めるべく医学は薬毒で人体
を弱らせ、浄化を弱らせ、苦痛を緩和する。処が以前用ひた薬毒は
弱い為浄化の方が勝って死んだのであるが、近頃の新薬は中毒が起
らない程度に毒を強めるに成功したので、浄化の停止期間が長くな
り、それだけ死も延長された訳で、恰度医学が進歩したやうに見え
るのである。従って近来の新薬続出となったので、言はば変体的進
歩である。

 勿論それで病が治るのではないから、死にもせず健康にもならない
といふ中ブラ人間が増えるばかりで、此傾向は文明国程そうであ
る。近頃欧州から帰朝した人の話によるも、英仏などは老人が多く
なると共に、一般国民は勤労を厭ひ、安易な生活を求め、享楽に耽
る事のみ考えてをり、殊に英国の如きは食糧不足に悩まされ、戦敗
国の日本よりも酷いという事であるから、全く国民体力が低下した
為であるのは争うべくもない。同国に社会主義が発展したのもその
為で、社会主義は優勝劣敗を好まず、働く意欲が衰へるからで、英
国近来の疲弊もそれが拍車となったので、日本も大いに考へるべき
である。

 話は別だが歴史を繙(ヒモト)いてみると、日本の建国後千年位まで
は、天皇の寿齢百歳以上が通例であった事で、その時代は勿論薬が
なかったからである。その後漢方薬が渡来してから病が発生しはじ
めたと共に、千四百年前仏教渡来後、間もなく疫病が流行し、当時
の政府は仏教入国の為、日本神々の怒りといい、仏教を禁圧した
処、それでも効果ないので、再び許したといふ事である。今一つの
例は有名な伝説で、彼の秦の始皇帝が"東方に蓬莱島(日本)あり、
その島の住民は非常に長命で、定めし素晴しい薬があるに違ひない
から、その霊薬を探し求めよ"と、臣徐福に命じ渡来させた処、当時
の日本は無薬時代であった事が分り、流石の徐福も帰国する能は
ず、そのまま日本に残り一生を終ったそうで、今もその墓が和歌山
の某所にあるそうだから、無稽な説でない事が分る。之等によって
みても人間の寿齢は、薬さへ用ひなければ百歳以上は易々たるもの
で、事実人間の死は病気の為で、言はば不自然死であるから、無薬
時代となれば自然死となる以上、長命するのは何等不思議はないの
である。


「御教え集1号  昭和26年8月28日」のお伺いより

(お  伺)  私は昭和二十五年頃より食慾減退・便秘・口がにがく、
医者の診断は十二指腸潰瘍との事、医療売薬を服用し良くならず、
七月十五日より御浄霊を戴き八月十八日に入信致しました。現在は
食慾もあり便通もよく、唯口のニガミと腹部・お臍の周囲に凝りが
あります。母親と兄が胃癌にて死亡致して居ます。霊的関係があり
ましようか。謹んで御伺い申上げます。

   〔御  垂  示〕
 霊的関係じやないですね。遺伝ですね。よく言うが、代々の遺伝性
があるんですね。この人はそう言う訳ですね。朝顔だつて赤い花が
咲く種を播くと、赤い花が咲きますが、それと同じで、体質も遺伝
して来ます。癌とか胃癌とか中風とか、そうですね。霊的関係じや
ないんです。気長にやれば治りますよ。出来るだけ背中の方をやる
んですね。臍の後の方です。そうすれば大丈夫です。(中略)

「さつきの体質遺伝で御座居ますが、子供が生れる以前は丈夫であ
つた場合は如何でしようか」

 同じ癌でも、症状が現われていない。それが、日が経つに従つて体
質も育つから、それで分つて来る。

「症状が出なくても、子供に伝わりますのでしようか」
 大した事ではなく済む人もあるし、親ぐらいになる人もあるし、親
以上になる人もあるし、色々ある。

   「浄霊を戴いて、経過が良くても、遺伝致しますか」
 夫婦共なら良いが、片つ方だけならする。遺伝にも――母親の方と
父親の方とは違うから簡単には言えません。それから、徳を積むと
遺伝があつても起らずに済み、間違つた事をすると、遺伝がもつと
大きく出る場合もある。そう言う点もあります。


暗黒より光明を得て                       『栄光』199号、昭和
28(1953)年3月11日発行

                                      兵庫県多紀郡大芋村  
五三中教会 小林加代子(29)

 明主様、謹んでお救いいただきました御礼と御報告を申し上げま
す。私が今日現世に在ります事は、不思議というより外無く有難く
ただ戻するのみでございます。ただただ感謝に胸が一杯でございま
す。三年前の私はまさに暗黒の道を灯も杖も持たず、どこへ行くと
も知れず、不安な心で泣きながらさまよいつづけていました。この
私を大光明如来様の尊き御光をお与え下さいまして、手を取って光
明の道へ連れ出していただきました。今日大光明如来様を一心に信
仰させていただき、数々の御利益を頂きながらまだ一度も明主様に
御礼も申し上げず、失礼を深く深くお詫び申し上げます。

 ただ今拙文をもかえりみず、筆をとらせていただきました。御恵
みに対する万分の一も書き現わせないのが残念でございますが、当
時から今日に至るまでを御報告させていただきます。

 私の病気は本当に不思議で、他人の目には、どこが悪いかわから
ず、ただ憂鬱な顔をして寝ている位のものだったのです。医者にみ
せても「どこも悪くない、神経だ」との事で、私もとりつく島な
く、気安めにくれる薬を、そして注射と日々を送っていました。発
病しましたのが昭和二十四年の夏のある夜腹痛と嘔吐から始まり、
その後約二カ月にわたり動悸に悩まされ絶対安静を命ぜられ、身動
きも出来ない情ない身体を、来る日も来る日も床の上で過し「どこ
も悪くない、神経だ」と言う医者に、苦痛があるのに悪くないとは
おかしい、その神経を治せぬものかと心はあせりました。とはいう
ものの医者が唯一のたのみでした。二カ月経つと動悸は治まり絶対
安静から解放された私でしたが、それも束の間、その頃から急に後
頭部が重く、頭の中に何かつめ込んだような感じになり、来る夜も
来る夜も不眠に悩まされ気はあせり、いらいらし、すぐ腹立たしく
なり笑を忘れた状態で、したがって家庭は暗く争も多くなり、その
頃の苦しさは筆舌には到底及ばないものがありました。主人も心配
し、大学病院に行って博士に診察してもらいましたが要を得ず、そ
の後医者を転々とし、結局病名もはっきりいたしませず、神経衰弱
だろう位に落着きました。その後転地入院といろいろとし、その
間、効きもしない薬をどんどんと注ぎ込んでいました。知らぬこと
とはいえおろかな私でした。この苦痛からのがれたいという私のあ
せりの気持に反比例し、病気の方は段々と悪くなる一方でした。頼
りにしていた医療もなす術なく最後の医者も見放したのでした。私
はふところに多量の薬(以前医者に一粒ずつのめという劇薬らしい
物を、服用がいやで持っていたもの十粒程)をしのばせ、もはやこ
の様な苦しい事はたまらない、いつでもこれを一度にのんで死のう
と思い又幾度か実行しようと思いましたが、やはりいろいろの事を
考えるとそれも出来ずに過しました。今考えますと、ああよかった
と思います。不眠はだんだんとひどくなり睡眠薬も効かなくなり、
悶々として廃人同様の生活でした。勿論仕事は何も出来ず家族の者
にはめったに口もきかずにおりました。主人も心配したり気をくさ
らせたりしてよく辛抱してくれたものと当時の事を思い主人や家族
に頭を下げたくなります。その頃からいかなる無神論者の私も何か
神様にお縋りしたいという心になっておりました。その時です、神
様のお導きと言いましようか、当地でこのお道を一生懸命信仰なさ
っている今蔵先生が来て下さって勧めていただき、飛びつく思いで
御浄霊というものを受けたいとお願いいたしました。当時の私の気
持は神様の有無は問題ではありませんでした。有神無神を論ずるよ
うな余裕はありませんでした。その晩御浄霊をしていただきました
ら、不思議!眠られました。朝までぐっすり眠らせていただきまし
た。心のどこかに灯を得て、ますますお縋りする気になりました。
それからというもの毎日毎日雨の日雪の日風の日も私の家まで来て
下さり、御浄霊を一時間から長い時は二時間もして下さいました。
眠れる日もあり眠れない日もありましたが、あれ程の不眠がここま
で救われたという喜びで一杯でした。しかし頭の工合は依然として
悪く、眠れる様にしていただいた御利益も忘れ勝になり、頭の苦し
い事のみ思っていろいろと心に曇りを生じておりました。勿体ない
ことでした。今蔵先生の誠に対しても一生懸命にならなければと思
い、はげまして光明如来様を念じておりました。この様な私を中教
会長の多賀先生、本郷支部長の高辻先生はやさしい気持でいろいろ
お導き下さいました。医学では治されぬこの病気、どうしてもこの
お道で救っていただきたいものと、日夜借していただいた当時
『光』新聞、『地上天国』を床の中で、大切なところは赤線を引い
てわからないところがあれば先生に質問し御説明を願ったのでし
た。その折には解り易く親切にお教え下さったのでした。当時の
私、分る事やら分らない事やら、分ったと思えば時を過ぎては又分
らなくなり、又教えられして、それはそれは私をお導き下さった先
生方の血のにじむ様な苦労を今日思う時、よくもここまでして下さ
ったと涙ぐむのも再三です。二十五年の二月六日、私は入信させて
いただき、一週間の後には主人も入信し、ひたすら御守護をお願い
致しておりました。三月の春季大祭に主人が明主様の御面会を許さ
れました。そして三月十一日に光明如来様をお祀りさせていただき
ました。四月の御面会日には私が許していただき、フラフラする頭
も、不思議に支え易く、初めての御面会をさせていただきました。
以後今日まで度々の御面会を許していただき、身に余る光栄と、勿
体良く存じております。この年の十月頃までは頭の苦痛は変りなか
ったように思いましたが、夜眠れなかったのが眠れるようにしてい
ただいたというのは偽らざる事実でした。秋もたけなわの頃より家
事がほんの少し出来ました。この時から私もいよいよ救われる段階
に入れていただいたなあとうれしくて仕方がありませんでした。二
十六年のお正月も前年と反対に笑いのうちに迎えたのでした。そし
て三月の春季大祭には熱海におまいりさせていただき、毎月の各所
の月並祭にも殆んど欠席した事なく、重い頭をかかえての修業をさ
せていただきました。幾人かの人も御浄霊させていただき、とにか
く一生懸命でした。

 五月に大光明如来様をお迎えさせていただきましてからは家庭の
方も段々と明るくなりました。かくして一昨年の夏も無事に過ぎた
頃より頭一面吹出物の御浄化をいただき、三カ月にわたって膿を出
していただいたのでした。それからは又いっそう楽になり、今まで
少しも手を出さなかった家事も、事を欠かさずにさせていただいて
おります。今でも後頭部の御浄化はつづいておりますが、私の罪け
がれと、生まれてから入信するまでに浴びた薬毒というものは大し
たもので、これも致し方なく御浄霊によって時期を待つのみでござ
います。

 きっと晴々とした軽い頭にしていただける日も近いと本当にたの
しみでございます。

 かくて罪多い私もこのお道によって救われました。明主様の御写
真にむかっておさえ切れぬ涙にひたるこの気持も救われた者の知る
心境でございましょう。私は毎月の『地上天国』、新聞によりまし
て、どれだけ力づけられ、そして信念を強められた事でございまし
ょう。信仰は辛抱ということが大切であり、大光明如来様の絶対の
御力を信じ幾歳月かかろうとも時を待つという大切さを身をもって
教えていただきました。

 ありがとうございました。神様に与えられたこの身この魂を、御
神業に世の為に人の為に御役にたてさせていただきたく謹んでお願
い申し上げます。

 この拙文では思いの万分の一も書き現わせなかったと存じますが
これをもちまして御利益いただきました御礼と御報告の筆をおかせ
ていただきます。

 明主様有難うございました。今後共変らぬ御導きと御守護をお願
い申し上げます。

                                      (昭和二十七年九月十七日)