このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
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下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。

平成27年5月度 ミニ講座

唯物主義が悪人を作る
         (栄百五十五号  昭和二十七年五月七日)

 此標題は少し厳しすぎるようだが、事実であるからやむを得ない
のである。というのは、
唯物主義即無神主義こそ、吾々からみれば
最も危険な思想であるといっていい。ブチまけていえば、若し此世
の中に
本当に神がないとしたら、私なども随分人に知れないよう
に、巧く誤魔化して金を儲け、為たい放題の事をし、贅沢三昧に暮
すと共に、相当出世も出来たであろう
が、何しろ
神様の実在を知っ
た以上、どうしてもそんな事は出来ない
出来るだけ真直な道を歩
いて、人の幸福を念願する人間にならなければならない
そうでな
いと幸福に決してならない
から、生甲斐ある生涯を送る事は出来な


 之は理屈でも何でもない。昔から歴史を見ても分る通り、悪で一
時はどんなに栄えても長くは続かないで、結局は滅びて了う例は余
りにも多すぎる。そこに気が付きそうなものだが、仲々気の付かな
いとみえて、相変らず社会は犯罪で埋っている。強盗、詐欺、殺人
などの兇悪犯罪をはじめ、地位ある人の汚職事件、市井の巷などで
の人騒がせや、
数知れない程の中小犯罪なども、其悉くは無神思想
から生れたもの
である。従って此無神思想こそ、犯罪を生む母体
あるといってもよかろう。


 従って世の中から犯罪を除くとしたら、何よりも此無神思想を撲
滅する以外に方法のない
事は、余りにも明かである。処が今日識者
も当局も、教育家も、反対に有神思想を迷信と見ている錯覚
で、相
変らず法の取締りや、教育、御説教等に頼って効果を挙げようとし
ているが、之では何程熱心に努力しても、効果を挙る筈がないのは
当然である。何よりも日々の新聞の三面記事を見ればよくそれを物
語っている。


 以上に依てみても、社会を清浄にするには、有神思想を大いに鼓
吹するより外に仕方がない
が、情ない哉現在の日本は、智識階級程
無神思想者が多い
実状で、而も無神思想がインテリやジャーナリス
トの資格とさえ思われ、無神論を大いに唱える人程進歩的とされて
いるのである。という訳だから之が一転して、無神論者は古い人間
に見られ有神論者が時代の尖端を行く智識人と見えるようにならな
くては、住みよい、明朗な社会とはならない
のである。





    御光話録   昭和二十三年四月二十八日

  "人間の神に対する冒涜の罪の裁きはどんなものでせうか。

病気とか又は非常な苦しみです。

     "その場合病気の症状で判りませうか。

判りますね。一家死にたえる、一人ではすまない。神社の大木なん
か勝手に切るとひどいですよ。大抵一家死に絶えて了ふ。神に対す
る冒涜の怖しさ
は私も随分体験してます。その中で一番重いのは
つまりね、
昔竜神様を押し込めた罪押し込めた方に味方した罪が
大変で、今はその裁きの時
なんです。今迄の特権階級がさうです。
これからは益々大変なんだが、まあ余りはっきりは云へません。

局は祖霊の罪になる
わけですね。

   "三毒の中の然毒には之が含まれてゐるのでせうか。

いやいや含みません。此の裁きに会ふとね、つまり訳が判らずに死
んで了ふ
。ここの町会長は一昨日家内が出会った時元気だったんで
すが、その晩急に死んで了った。こんなのはさうです。


     "唯物論者なんかは如何でせう。

相当な罪です。今に見てらっしゃい判りますから。あれはサタン―
赤い竜が支配してゐるんです。


   "此の前も宗教家と唯物論者がラジオで対談して居りました。

えゝ私は聞きそこなったですが、私は以前から共産党の赤龍と戦っ
てゐるんで、今も戦争中です。今年中にこっちが勝つでせう。二十
年前にも共産党の者が私の命を取らうとして匕首を持ってやって来
て、それを畳につき刺して脅迫しました。そいつは赤龍ですから顔
から首まで真赤だった。その要求は金銭上の事ではないんですが、
それを承知して了ふと私の仕事が出来なくなる様なものでした。私
の仕事の邪魔をしに来たんです。





    御光話録        昭和二十三年六月八日

 "神を押し込めた罪とは個人的にですか、又は人類全体としてで
せうか。


大きな意味ですよ。神は輿論を以て押し込められたのですから。
主神として天御中主大神が在り、次で高御産神、神御産神が現れ給
うた。之で陰陽善悪が出来たのです。以前或人が「何故神は悪をな
す人間を作り且その償ひとして苦しみを与へるのか」と訊ねたが
「私も作られたのであって想像するだけです。
因果の理によって悪
い事をすれば悪い目に合ひ、人を幸福にしてやれば自分も幸福にな

 それなら人を助けてやればよいではないか」と云ったのです。まア
多少打算的でせうがね。然し最深最奥の所は人間には判らないので
す。兎も角
人間の目的は幸福になることです。だから多くの幸福を
人々に与へること
です。




    御光話録          昭和二十三年七月八日

"主人が教導師で御浄めさせて頂いて居る場合、夫婦共に浄化させ
て頂くには妻は如何致したら宜しいでせうか。


之は人為的にはどうすることも出来ない。自然にしておくより他に
ない。――
夫婦が別に反対もせず揃っていゝ場合と、反対していゝ
場合とある
反対があるのはいゝ事で、それに依って信仰が進む
です。といふのはね、教導師になっても大抵罪がある。で、神様は
出来るだけ早く之を除いてやらうとなさる
罪を取るには人間が苦
しむか又善行を積めばよい
のだが、人間は苦しむ程汚いものが出て
くる
。所が信仰によって汚れをとるのは楽なのです。妻が反対なん
かすれば、主人もいろいろ苦しみ、それにより汚れがとれる。そう
すると妻も判ってくるんです。主人の方が高まるにつれて妻もそれ
についてくるか或はあんまり離れすぎてしまうと霊界へ行って出直
すことになる
神様に御任せしておくのが一番いゝのです。




    御光話録      昭和二十三年四月十八日  

(京都の一住人からの手紙を井上先生朗読、内容は――)
一、何故に八つの分会が分立してゐるか、
二、天国会では昭和二十五年に大浄化があり、その時天国会の会員
だけ残り、他の会員は死んで了ふとの予言を宣伝してゐるが真意如
何、

三、入会金、御守り代の高価な事、真の宗教ならば金を沢山出した
もののみ救はれるなどと云ふものではないと思ふが如何、

四、農村人には天国会の云ふことに驚き真意も判らずに入会してゐ
るものが相当あり、之では意味がないと思ふが如何。



神様がやってるんだから間違ったことをすればその人が間違ふだけ
である。神様から制裁を加へられる。外の人は気をもむ必要はな
。まアこんなことはいゝ加減にしてゐればよい。それから大勢の
中には頭の変なのも居る。そんなのを一一取り上げてゐてはやり切
れない。それこそしまひには観音会警察部を作らねばならなくな
る。


大本教の御筆先に「世界の人民三分になる」とある。之は〓(3割)の
ことか〓(3分)のことかわからない。中島の方で大浄化の時は二割し
か残らぬと云ってゐるのは、中島が大本で凝ってゐるからそういふ
んだ。三割が二割までおまけしてある。
わたしらは%と解してゐる
が、それはわからない。神様はわかってゐたって人間には知らさな
い。


やはり大本の御筆先「こわさ故の改心はほんまのものではないぞ
よ」
とあるが、
こわくて改心したのは本当の改心ではない。天理教
でも
よく人をおどかすが、脅迫するので本当でない。つまり愛で改
心する
んでなければ駄目
です。不良やヤクザと一緒では神様の仕事
ではない



"福井の方でも昭和二十五年に八割死ぬとか云ってゐる様です。そ
の他天国会でなければ駄目だとか、来年になれば大先生は極楽へ行
かれて了って御目にかゝれないから今の中に行けとか云ってゐると
聞きました。



冗談ぢゃない、私はまだ極楽へは行きませんよ。


"全くそんな具合に大先生に対しまして丁度ヒイキの引倒しの様な
ことをよく耳にします。又分会分立のことでも会員は大分悩んで居
ります。



いやみんなケツの穴がせまいそんなことでは世界は救はれない
争ひをなくするのが此の道であるのに争ひを自分らでやってゐては
駄目
だ。分立も去年文部省で八つにしろといふんで、私は嫌だった
がやったまでです。まづ観音会を救ふ事が先ですね。





    薬毒(二)      (医革  昭和二十八年)

 茲で薬毒の症状に就いてかいてみるが、彼の天然痘に於ける掻痒
であるが、之は掻痒苦中の王者である。
此病気の原因は薬毒の遺
であって、之が浄化によって皮膚から排泄されるのであるが、治
ってからも醜い痘痕が残るので人は嫌うのである。処が種痘によっ
てそれを免れるが、之で然毒が消へたのではない
只排除を止めた
までであるから、残った毒は種々の病原となる
その著しいのが彼
の疥癬
である。之に罹るや掻痒苦甚だしく、症状も天然痘と些かも
変らない。つまり
真の天然痘が急性であり、疥癬は慢性であると思
へばいいのである。


蕁麻疹であるが之も勿論薬毒であって、カルシュームの中毒が断
然多く
、その際考えれば直にそれと分るが、不思議にも分らないと
みえて、腸が原因などという。察するに魚肉中毒の場合、蕁麻疹的
症状が出るので、之と混同したのであらうからナンセンスである。
そうして魚肉の方は放っておいても二、三日で治るが、カルシュー
ムの方は数ケ月或ひは数年も掛かる人さへある。之に就てよくカル
シュームには骨の成分があるから、育つ盛りの幼児などに可いとし
てゐるが実にナンセンス
である。といふのはカルシュームのない時
代、菜っ葉や米だけ食って漁夫や農民など、骨太で立派な体格であ
るのはどういう訳か訊きたいものである。


 次に精神病の原因が黴毒としてサルバルサンを打つが、之は事実
に於て逆作用である。私が長い経験によるとサルバルサンの為の精
神病が頗る多い
のに驚く。之は医学で研究すれば分る筈である。そ
うして
精神病は医療では治らないとしてゐるが、原因は霊であるか
らで、体のみを攻めても何にもならないからである。


次はに関した病気であるが、之こそ薬の作った病気である。その
中でも
胃潰瘍は消化薬の為で、消化薬には必ず重曹が含まれてを
り、その為胃壁が柔かくブヨブヨになる。そこへ固形物が触れるの
で、亀裂が出来出血するのと、今一つは粘膜の薄くなった部分から
血液が滲出し、胃底に溜って一時に吐血、又は下痢によって排泄さ
れる。又人によっては血液が古くなり、黒色の小塊となって便に混
り出る事もある。処が厄介な事には医療は流動食と安静にするの
で、粘膜の損傷は塞り、治ったと思ひ安心してゐると、
之が癌の初
期となる事が多い
。といふのは今迄濁血が出るべく集溜する局所が
塞がった為、集溜したまま固結する。それが癌である。併し此癌は
真症ではない。此見分は手術の場合血液の塊りがあるのは疑似癌
で、真症癌には血液を見ないのである。


 次に胃下垂であるが、之も消化薬を飲み、消化のいい物を食う為、
胃の活動は鈍化し、怠け者になるので弛緩する。それが原因である
から、つまり
人間の無智が作ったものである。故に香の物でお茶漬
でも食えば、胃が活動しはじめるから、否でも応でも治る
のは当然
である。


次は胆石病であるが、之は背面腎臓外部に固結した薬毒が、浄化に
よって少しづつ溶け、胆嚢の裏から浸潤する。それが胆汁と結合し
て結石となる
のである。之が輸胆管を通過する場合非常な激痛に苦
しむ、それが腎臓に流下し腎臓結石となり、次で膀胱に入り膀胱結
石となる
。処が始末の悪いのは腎臓も膀胱も、結石が尿中にあるの
で、尿が附着し育ってゆく。その結果尿道の出口を石が閉塞し尿閉
塞となり、腹部膨満死ぬ事さへある。此病気に就いて面白い事は、

浄霊するや結石は破砕され、砂のやうになって排泄簡単に治るもの
である。





   死を覚悟した脱疽より救われる 
           『地上天国』51号、昭和28(1953)年8月25日発行
          岡山県玉野市和田新川町  陽光中教会 木本元市(40)

 昭和二十七年一月に入信させて頂いた者でございますが、この度
大変な御守護を頂きましたので謹みて御礼と共に御報告させて頂き
ます。

  今を去る昭和二十一年のこと、冷凍食品会社に勤務中冷え込みか
ら来たのでしょうか、急に顔面や口元が変になりましたので、早速
医師の診察を受けましたとこ ろ、顔面半面神経麻痺と診断され、
療は勿論、針、灸、電気治療と一カ月余りあらゆる療法をつくしま
したが、一向に効果はありませんでした


たまたまその時近所の方より「手を翳してどんな病気でも治す所が
あるから騙されたと思って行ってみなさい」と奨められましたので
早速行ってみました。手を翳して頂くと何だか気持が良いので毎日
通いましたところ、四日目には平常通りによくなりましたが、これ
治る時期が来たのだと別に不思議にも思いませんでした。もちろ
神様の御蔭等とは夢にも思いませんでした。今にして思います時
もったいなき事です。罪多き私ごとき者にまで、すでにこの時御救
いの手が伸ばされていたことが覚らされ、
今は御詫びと共に深く感
謝致す次第
でございます。

 次に昭和二十四年九月左足の裏が腫れ上り熱が出て歩く度に痛み
ますので医者に行き、レントゲンまで撮りましたが病名は分らず、

湿布薬を貰い一カ月程欠勤して養生致しましたところ、どうにか働
けるようになりましたので会社に出ました。しかしそれも束の間に
て一カ月後には、右足の土つかずより先の方がしびれて歩くと痛
、二丁程歩けば五分位も休憩してはまた歩くと言った工合になり
ました。自分では、とうとう神経痛になったなと思いつつも、やは
り生活のこともありますので無理に出勤しておりました。その間暑
ければ痛み、寒ければ疼きしておりました。時たまお酒等飲みまし
ても、体全体赤くなりますのに右足の土つかずより先は赤くならず
平常通りでした。少し家計が楽になれば医者に行って注射を五、六
もうてば全快するだろうと思いつつ月日は流れました。


 昭和二十六年十二月末頃のこと例の右足の小指の先に麦粒位の靴
ずれ
ができて一晩中痛み通しました。翌朝妻が近所の薬局より缶入
りの塗り薬を買って来ました。薬局員の話では、この薬は特効薬に
て患部に塗って三、四十分もすれば必ず痛みは止るとのことなので
早速使用致しましたところ、痛みは益々激しくなるばかりでとうと
ういても立ってもおれなくなりましたので外科医に行きました。


医師は私の顔を見ながら「これは大変なことになりましたねえ」
一言いわれただけで黙ってしまわれました。私は心配の余り医師に

「どのような病気ですか、神経痛か関節炎ですか」と尋ねてみまし
たところ「あなたが考えているようなそんな簡単な病気ではない、
これは千人に一人も無い骨の腐る
脱疽と云う恐ろしい病気だ、今日
は時間や病室の都合で駄目だが明朝早く入院して下さい。
この右足
の土つかずより先は切断する
からその用意で来て下さい」と言われ
ました。


切断すれば治りますか と尋ねますと「その後の経過によっては次か
ら次へと切断し、両足両手無くなってしまうかも知れない。そして
そのようになっても命は請合えない」
とのことです。その時の私の
気持は何にたとえようもありませんでした。一種の不気味な感じさ
え致しました。しばらくして気を取り直し他の外科医を尋ねてみま
したが、 二軒行き、二軒共前医師と同じ診断なのにがくりとしてし
まい、目の前は真暗くなり、足を運ぶ気力さえ無くなってしまいま
した。いっそのこと自殺しようか ――とぼんやりそんなことを考え
ておりました時、ひらりと頭の中をかすめたものがありました。そ
れは我が家に、自分の帰りを今や遅しと待っている妻や子供の顔で
した。そうだ!!元気を出して家までは帰らなくてはいけないと自
分で自分を励ましつつやっとのことで家に帰りました。


 病状を尋ねる妻に医師の診断の結果を話すと、余りの意外に泣き
くずれ、家中恐怖と悲哀のどん底に落ちただ涙のみにて思案に暮れ
ていました。その時ふと友人花田さんのことが浮びました。
この方
は常日頃から有難い救世教の御話をよく聞かせて下さっていた
ので
す。何とはなしに聞いていたのですが、こうなってくると今一度御
相談してみたくなりました。その折も折、花田さんが私の家の前を
通りかかられましたので早速妻が私のことを一部始終話しました。
すると花田さんは「先生にお聞きしてあげる」と言って教会の先生
に御相談して下さいました。川田先生は「神様は御縋りすれば必ず
救って下さるから一心にお縋りすることです」
とおっしゃったの
で、半信半疑ながらも御浄霊をして頂くことにしました。


 しかし御縋りするからには何とかして入信をと思い、やっとのこ
とでお金の都合をつけ一月十三日に御守を拝受致しました。教修の
三日間も激痛にて御話はほとんど耳に入りませんでした。しかし御
浄霊をして頂きますと大きなゲップの続出やら、憑霊現象がありま
したので、
掌から神様の御力が出ていることだけはよくわからせて
頂きました


半信半疑(栄光新聞等に脱疽の治ったおかけ話が見当らなかったた
め)のまま御浄霊を頂いている内に三カ月の月日は流れ、四カ月目

に入ったある日、先生に御浄霊して頂いておりましたところものす
ごいゲップとガスが出、 とうとう気分が悪くなり
嘔吐をしました。
吐いた物は赤黒い血とも腐った肉ともわからぬ、ドロリとした塊り
なのです。少々驚きましたが先生の御話を聞き、これもやはり体内
の汚物が出ているのだ
ということがわかり、心から有難く感謝致し
ました。その後二、三回このようなことがありました。また一週間
に一度位は鼻血が出るか、血尿が出ていました。この頃は平素石灰
を水に溶かしたごとく白く濁った小便が出ていました。足の先は最
初は死んだごとく白く固く冷かったのですが、この頃より少しずつ
赤紫色に変化して来ました。


 この間には近所の人達は入れ代り、立ち代りして私に入院手術を
奨める
のです。前の散髪屋でも、そこの八百屋でも、あの角でもと
人々は二、三人顔を合わせると私の話で持ち切りでした。あんなこ
とをして神様神様と言っていては死んでしまう。今の内に何とかし
なくてはと……私もこの頃が浄化の最高潮だったのでしょう、激痛
に耐えかね夜昼となく痛い痛いと大きな声を出して唸り続けたので
す。だから近所の人達がじっとしておられなかったのも当然だった
のです。「可哀想にあの人はあのままで苦しみながら死んで行くよ
り他は無い」と口々に言われ、また一面 「あんなことをして」と馬
鹿にもされ、終には信者さん以外誰も相手にしてくれなくなりまし
た。


 しかしここに不思議と申しましょうか御守護を頂き、一月以降半
年間痛み続け、横に寝ることもできず、坐ったままほとんど眠って
いませんでしたが、食欲は普通にてちっとも痩せもせずにいたこと
でした。


  申し後れましたが妻も御守護にて四月に入信させて頂き、毎日何
回となく御浄霊
してくれ、また川田先生や花田さんには肉親も及ば
ぬ御世話になり、寒中もいとわず毎夜徹夜にて御浄霊して下さり、
教会の例会日には庵谷先生や浅海先生が倉敷から御見えになってい
ましたが、その節には必ず御浄霊して下さり、また力づけて下さい
ました。当時のことを思います時皆様に何と御礼申し上げてよろし
いやらそのすべもございません。


 六月も終らんとする頃とうとう小指はミイラのごとく黒く乾涸(ひ
から)びて落ちました
。七月中頃他の二本の指も相次いで落ちまし
た。拇指の先の少し腐って短くなったのと後一本だけが残りまし


  むし暑い梅雨頃より悪臭は一しお鼻をつき、隣近所までも臭い
人々に嫌な思いをさせました。御浄霊して頂くと足に着せてある袋
がプーッとふくれるのです。毛穴から毒素が出るためにこのように
なるのです。また週に一回位、少し温いお湯にて足を洗うのです
が、湯に足を入れると毛穴からプツプツと膿と泡が出るのです。全
血の通わなかった足が御浄霊により活動し始めたのです。時とし
て袋を外していると臭いので蝿が止り、何だか足の先が変なのでよ
く見ると、うじ虫が大分大きく育っていたこともありました。


最初先生がこのような御浄化は薬毒のためですよ」と言われまし
たが、私は「そんなに薬毒は入っていません」等言っておりました
が、さすがに毒素の多いのには自分ながら驚きました。白く濁った
小便は何カ月も続き、時として血尿があり、鼻血が出、ゲップは毎
日続出し、足の先からは膿が出、全く想像もつかない程沢山の毒素
を出して頂きました


 八月も末頃になった頃から御浄化も大分楽になり、邪霊の憑依も
無くなり横に眠れるようになりました。大浄化も下火となった十月
頃のことです。小便が出なくなり便所に行きましたが、詰って中々
出ないので仕方なく床に帰りましたが、しかしどうしても辛抱でき
ないので再び便所に行きましたところ、カチン、カチンと二、三回
音を立てて小便が出ました。何がつまっていたんだろうと何だか見
たいような気がしました。明朝また小便がつまり再度便所に行った
時前日と同じようにカチンと音を立てて塊りのようなものが出たの
ですが、それがはね返りの板の上に落ちましたので、汚い話ですが
拾ってみましたところ、
直径四分位の丸い茶褐色をした塊りなので
す。固いその玉をやっとのことで二つに割ってみましたところ、層
をなし中心程かたいのです。これが医学で言う
結石なのだなと思い
ました。しかし、それにしてもこんな大きなのが一つ詰っていても
大へんなのに、
こんなに簡単に楽々と何の苦痛もなくしかも六、七
個も出して頂いた
のです。これも明主様の御守護の賜物でなくて何
でありましょう。このように 御浄化中に頂きました御守護、奇蹟の
数数はとてもとても筆にはつくせません。


 かくのごとくしている間に秋も去り寒い冬となりましたが、足先
は次第に癒えて自由に歩行できるように
なりました。冷い冬の風を
受けてもうずきもせず、顔色は日一日と良くなり、今では普通の人
と同じように元気にして頂きました。


  今にして思います時、この世の中にこうした偉大なる御救いの御
力が無かったら私は今頃どうしているだろう
と考えてみただけでも
ゾッと致します。現代医学にて保証できなかった足を、命を私は頂
いた
のです。片足の切断はもとより覚悟していたのですが、小指三
本にて済ませて頂きましたことひとえに明主様の御守護の賜物と厚
く厚く御礼申し上げます。


 この上は地上天国建設のために微力ながらも最全を尽くさせて頂
き、御高恩の万分の一にも御報いさして頂きたいと思っておりま
す。意余って筆足らずにて誠に申訳ございませんが、以上をもちま
して御礼と共に御報告させて頂きます。

 明主様誠に有難うございました。