このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
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 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。

平成27年12月度 ミニ講座

東洋と西洋   (信  昭和二十四年一月二十五日)

 天地間凡ゆる物に、陰と陽ある事は誰知らぬ者もない。そうし
て私は此陰陽を経緯(タテヨコ)に別けてみるが、陽は経であり、陰は緯
である。この経緯を左に分類してみよう。


   経--日、火、東洋、霊、男、仏教、        赤、山、昼
   緯--月、水、西洋、体、女、基(キリスト)教、 白、海、夜

 以上は概略で、之を解説してみるが、右の如く凡ゆるものに経緯
がある。例えば
東洋は経であるから祖先崇拝であり、忠孝を貴び、
子孫に美田を買ひ、厳然たる階級制度であるに反し、緯の西洋は夫
婦愛が基調
隣人愛となり、終には人類愛にまで発展するというよ
うに、
緯への無限の拡がりである。又東洋では男子の絶対権を認
め、
女性は男子に追随するものとされてゐるが、西洋は女子の権利
を認め、
男女同権が当然とされてゐる。

 右の如く、今日迄は東洋は経の線を固持し、西洋は緯の線に満足
してゐた。然し乍ら何れの日か此経緯(タテヨコ)の線が結んで十字の形
にならなければならない
。といふのは東洋の精神文明と西洋の物質
文明との結合
である。この結ぶ事によって、世界人類は初めて理想
の文化時代に入る
のである。キリスト教の十字架はそれの暗示であ
り、仏教の卍も同様の意味であらう。


 そうして経は霊で、緯は体であるから、之が結んで力の発生とな
チカラのチは血で、霊であり、血は人体を経に昇降してゐる
が、カラは殻で体であり、霊の容れ物である。故に血である霊が脱
出すれば、体は空となるからナキガラといひ、肉体をカラダとい
ふ。又人(ヒト)とは言霊学上ヒは霊であり、トは止であるから、
霊が止ってヒトとなり、人といふ
のである。人間が
生きてゐる間は
立体
であるのは、経である霊の物質化である血が通ってゐるから
で、
死と共に横体になるのは霊が脱出して、緯である体のみになる
からである。又人間立体の時は温く、横臥すれば寒く、夜着を着な
ければならないのは、霊界に於ては火素が経に昇降し、水素が緯に
流れてゐるから
である。


 茲で、十字形に就て述べたい事がある。それは終戦前までの日本
は封建制によってあまりに経となり、階級制が甚しかった結果、戦
争の原因ともなり、人民大衆の苦悩の原因ともなってゐた。そこで
神様は日本人を民主主義といふ緯の力によって救うべくなされたの
であるが、之を判り易くいえば、経の棒である日本へ、緯の棒であ
る米国式を採入れ給うた。即ち経と緯が結んで、是に十字形の文化
が呱々の声を挙げたのである。此事が判れば今度の敗戦は喜ぶべき
事であって、実に有難い国になったのであるから、日本人もそのつ
もりで、将来を楽しみに、
世界から仰がれるような立派な国になら
なければならない
と、私は思ふのである。




   神と仏    (信  昭和二十四年一月二十五日)

 昔から神仏同根といふ言葉がある、それに就て私は解釈してみよ
う。

 釈尊に向って一弟子が「仏法を一言で言ひ表はされたい」と御質
ねした処、釈尊は即座に『仏法を一言にしていへば真如である』と
申された。真如とは真如の月、即ち夜の光明という意味であろう。
又印度は古い頃は月氏国ともいった。


 或日釈尊は憂欝に堪えぬ御様子なので、弟子の一人が心配のあま
り御質ねした。処が釈尊は『実は儂(ワシ)が之程苦心して説いた此仏
法も、何れは滅する時が来る事が判ったので失望したのである』と
申された。其後法滅尽経を、次に彌勒出現成就経を説かれたという
事である。又釈尊が申されるには『吾七十二歳にして見真実となっ
た、故に今日迄の経文は完全ではないが、
今後説く処の経文こそ真
であって、決して誤りはない』との事で、それから御説きになっ
たのが
法華経二十八品で、二十五番目が観音普門品である。彼の日
蓮上人は此事を知って、法華経こそ仏法の真髄であるとなし、熱烈
なる信念を以て法華経の弘通に当られた
といふ事である。


 次に斯ういう面白い話がある。観世音菩薩の御本体であるが、今
日迄菩薩に限り御秘仏として非常に神秘にされてゐたが、私の研究
によれば、
菩薩は日本の或神様であって、邪神の迫害を受け、御身
に危険が迫ったので、やむなく日本を後に印度に逃避行され、印度
の南方の海に近き捕陀落迦山といふ山頂に一堂宇を建てられ、南海
大士又は観自在菩薩といふ御名の下に教を説かれた。華厳経に「南
方に普陀落と呼ぶ山あり。観自在菩薩ゐませり。時を得て善財童子
が遊行して其山の頂に上り、菩薩を訪ねて会ふ事が出来た。其地は
樹木生ひ茂り、処々に流泉と湿地があり、其中心のいとも軟かき草
地の上の金剛宝座に、観自在菩薩は結跏跌座され、多くの聖者達に
恭敬されながら大悲慈経を説諭されて居た」とあり、「其時の侍者
として二十八部衆居り、大弁財天、大梵天王、帝釈天王、金色孔雀
王、毘沙門天、阿修羅王等の外ナーラーヤナ金剛、ワヂラバーニ金
剛の兄弟二人(之は仁王尊である)等の諸天である」とあるが、

財童子とは釈尊の事
であろう。

 菩薩が日本人であるといふ事は、黒髪を肩に垂れさせて居らるる
事と、御面(ミオモテ)は日本人型であり、御本体は一寸八分の黄金仏で
ある点
で、日本は黄金の国と昔から謂はれて居る。又王冠、首飾
り、腕輪等によってみると、高貴な御方であった事が察せられる。
頭巾や白衣(ビャクエ)を纏はれて居られるのは逃避の際の御忍び姿と察
せられる。然るに釈尊も阿彌陀如来(最初の御名は法蔵菩薩)も
髪が縮れてゐる
のは、印度の御出生であると惟はれる。因みに法蔵
菩薩は釈尊に対面し「吾西方へ浄土を作るにより、今後御弟子の
中、仏になった者から右の浄土へ寄越されたい。然らば仏達を寂光
の浄土に長く安住させるであらう」と約束された。寂光とは寂しき
光であるから月光に照らされた善地であらう。


そうして大日如来は天照大御神釈迦如来は稚姫君尊(ワカヒメギミノミコト)
といふ女神
であり(釈尊は『吾は変性女子なり』と言はれた)、
彌陀如来は月読尊
であるというように、それぞれ神が仏に化身され
て世を救はれたのであり、神典にある五男三女は
八大龍王となり、
釈尊から封じられたといふ伝説がある。之等は
神が龍神に変じてミ
ロクの世の来るのを待たれた
ので、其他それぞれの神々は大方化仏
された
のである。以上の如く神が仏に化身された期間が夜の世界
で、昼の世界になると同時に、また元の神格に戻らせ給うのであ
る。


 仏法の発祥地である印度に於ては、三億五千万の人口に対し、今日
仏教信者は三十数万人であり而も年々減少の傾向にあるといふに到
っては、仏滅は印度に於て如実に表はれて居り、全く釈尊の予言は
的中した訳であるから、仏滅後彌勒の世が来る事も的中しなければ
ならない筈であると私は信ずるのである。





   プロテスタントとカトリック
               (信  昭和二十四年一月二十五日)

 私はキリスト教に就て少しく話したい事がある。それはプロテス
タントの無教会主義
と、カトリックの教会主義との意見の相違であ
る。無教会主義とは読んで字の如く『教会を必要としない、聖書一
本で進むべきである』というに対し、教会主義は「キリスト昇天後
教会が先に出来、聖書は後から出版されたものであるから、教会は
重要である」と言うのである。之に就て何れが是か非か、私の見解
を述べさしてもらいたいと思う。此問題に対し孰れも理由がある
が、私は
霊的方面から解釈してみよう。

 霊界に於ては、霊体一致の法則に従って、霊と物質の一致が原則
である。即ち霊が何等かの目的を遂行せんとする場合、物質を利用
しなければならない
事がある。例えば神仏を招聘し、その御霊徳を
授与されたい場合、出来るだけ清浄なる土地へ、教会又は神社堂宇
を建立し、祭壇又は御神体、仏像等を安置し、香華(コウゲ)を手向
け、御饌御酒(ミケミキ)を献供し恭しく礼拝祈願すべき
で、
それによっ
て高貴なる神仏も降下又は鎮座まします
のである。そうして危急の
場合は、何時如何なる場所にゐて祈願するとも一瞬にして神仏の霊
は身近に来り給ひ、御守護下される
のである。然し乍らプロテスタ
ントの如く物質を介せず、空間に向って祈る場合、其誠は神霊に通
じ、或程度の御加護のある事は間違いないが、
相応の理によって、
どうしても其御加護は薄い訳になるのである。之に就て霊と物質と
の関係
をかいてみよう。

 霊界に於ては神仏の霊は素より、人霊も、動物霊も、凡て何等か
の物質に、神懸り、又は憑依するもの
である。例へばキリストは十
字架へ、諸神諸仏は文字、御鏡(ミカガミ)、絵画、彫像等へ懸り給ひ、
人霊は多く文字へ憑依され、動物霊は人体又は文字、稲荷なら狐の
形状したもの、御札等へ、龍神は文字又は蛇形のもの、石塊(イシコロ)
等である。右の場合
高級の神霊仏霊は、其作者の人格に関係する
で、昔から名僧智識や名人等の絵画彫刻は貴重な物とされた訳であ
る。


 斯ういう事もある。外国の霊が日本へ渡来する場合、霊のみにて空
間を渡来する事は出来ない。それは霊の往来する範囲は階級によっ
て限定されてゐるからで、そこで止むなく物質に憑依する、即ち
産主義の霊などは多くマルクスの著書に憑依して渡来
し、その霊が
各大学の講堂の壁面に並んでゐるそうで、その姿を霊視した人から
私は聞いた事がある。又中華民国の霊なども種々の品物に憑依して
渡来する
そうである。同様日本の霊も品物に憑依して海外へ渡航す
のであるが、神仏の霊は高位になる程往来する範囲が広く、地球
全体に及ぼし給うのは最高貴の神仏である。

 以上の理によって、彼の偶像説の誤りである事を知るであろう。




  【問】正月について
                     『地上天国』4号、昭和24(1949)年5月25日発行
 (一)一月を正月という意味
 (二)松竹梅のおかざりの意味
 (三)〆飾り       
 (四)お飾りに使用する裏白、昆布、幣(へい)、海老など
 (五)小豆粥(あずきがゆ)
 (六)七草
【答】これはたいした意味はない。一月を正月というのは、年頭に
当たっていままでの間違ったこと悪いことを反省して正しく出発し
ようという意
で、正しく始める月という意味である。


 松竹梅のおかざりは、松は六、竹は七、梅が五で、五六七にな
る。故に本当は梅松竹と書くべきだが、
松は一番位があるので松竹
梅としたもので、やはりミロクという芽出度いことの予言でもあ
る。


 飾り七五三(しめ)縄の由来は、神代に国常立尊を艮(うしと
ら)へ押し込め、その系統の神々をも押し込め、ふたたびこの世に
出られぬようにという意味でシメを張ったもの
だということになっ
ている。


 その他柊(ひいらぎ)はトゲトゲしているから悪魔除けの意味
ぞう煮尊の臓腑を煮て食うという意味で、小豆粥血と筋を食う
意味
、また煎豆を撒くが、これは煎豆に花が咲いたら出よというこ
などで鬼門を非常に恐れた。昔から良いことを反対に解したこと
はたくさんある。


 裏白(うらじろ)裏の白いということは浄いことで、裏に秘密
や暗い蔭などないという意味
。白は清浄の色で、神主の着る白衣は
浄衣という。昆布
ヨロコブの言霊で、幣は祓い浄める意味、ヌサ
から出ている。橙(だいだい)
代々喜ぶにかけており、ゆずり葉
家督とか名とか継ぐ意味海老腰の曲がるほど寿命の長いこ
。要するに芽出度いものを集めたのである。

 七草というのは一種の迷信である。昔から七の数を多く使ったも
のである。子供が生まれればお七夜を祝い、死ぬと初七日とか七七
四九日を最後の法要日とする。春秋の七草、何々の七不思議、七
曜、北斗七星等々で、また七は成り鳴るで物が完成する意味である
から、七草というのは正月が一期すんだというわけで、創世記に
も、七日目に完成、日曜日に神が休んで祝うとある。





  観音の御光に浴して 入信一年の回顧
           『地上天国』3号、昭和24(1949)年4月20日発行
   香川県坂出市田町三七七九 日本五六七教清霊会 教導師 東條義一(23)

 暗黒から光明への文字通り絶望の泥沼に呻吟いたしておりました
私が、偉大なる観音力に救われましたこの喜びを大先生に厚く御礼
申上げ御報告させていただきますと共に世の結核に悩める人々の御
参考になれば幸甚と拙い筆を執る次第でございます。


 昭和二十二年五月当時予讃線鴨川駅に奉職いたしておりました私
は、雨風の夜の勤務が元で健康を害ねました。そこで早速四国鉄道
病院で診察を受けましたところ医師は「レントゲン写真を撮ってみ
なければはっきりした事は言えないが既にもう右胸にラッセルが聞
えている
」と言われ肺結核と宣告されたのでございます。単なる風
邪としか思っていなかった私は瞬間眼の前が真暗になり、前途の
べての希望が
砂上の楼閣のようにはかなく崩れて行くのでした。心
の中で嘘だそんな馬鹿な事はない、誤診だと強く否定してはみまし
たものの、医師の一言は終始私につきまとい心をいらだたせ無暗に
神経を刺激するのでございます。丁度池の中に小石を投げ込みまし
た時波紋が次々に水面に広がって行くように心の中に広がる恐怖心
をどうする事も出来ませんでした。


それから数日喀血を見レントゲン写真の現像が出来上った時にはも
う否定する余地もない事実となっていたのでございます。レントゲ
ン写真にはもうはっきりと一銭銅貨大の空洞が焼きつけられておる
ではございませんか。診断書を貰い悄然と病院の門を出た私は橋の
たもとで無心に流れてゆく水を眺めながら不覚にも湧いて来る涙を
どうする事も出来ませんでした。それから毎日々々私は病気快復の
ためにのみ費しました。人工気胸療法に栄養注射に民間薬に滋養物
摂取にと八方手をつくしましたが病状は依然として計々しくなく三
ケ月入院さえも意味なく肋膜炎を併発する始末
でした。まず健康と
か健康第一とか言うポスターが切実にこの身に感じたのもその頃の
事でした。そして木枯が吹く頃になりますと街路樹の葉がヒラヒラ
散って行くのにさえ吾身の不幸を思う程神経質になっていたので
す。人里離れた山奥に隠れ、一人淋しく暮そうと今にして思えば笑
い話としか思えない、たわいもないことを真剣に考えていたもので
す。その頃の
日記を繙いてみますとすべてのページに絶望の感情が
みちみちて焦りに焦った心情が
思い出されます。そのような状態の
ままで昭和二十三年を迎えました。


私が観音様の事を知りましたのはその頃の事でした。溺れる者は藁
をもつかむのたとえ通り私は早速行ってみました。部屋へ入った瞬
間私ははっといたしました。およそ私が想像した旧観念の宗教的雰
囲気とは反対に実にのびのびした和気あいあいたる空気が醸し出さ
れているではありませんか。岐阜から出て来ていられた大野鯛一先
生と広瀬政行先生は終始顔に微笑を浮べられて浄霊をなさって下さ
いました。弘法大師の発祥地香川県に出生して以来二十余年、異様
な風体とそして物に憑かれたような祈祷そういうものが大部分の宗
教であると言う風に先入観念を抱いていた
私にとってはすべてが不
思議の一語につきるのでございます。浄霊する事等に至っては前代
未聞でございます。それから二三日通いましたが大勢の人々の集っ
ている所へ行くのが病人らしい病人の私にとっては苦痛を感じるの
で止めようと思った程でした。


ところが私が二三日休んだのを心配なさった坂出教導所の大野先生
がわざわざ私方へ来て下さいまして浄霊をし、また種々お話をして
是非明日から続けるようにとの事、私は鉄道に奉職いたす以前にあ
る会社に勤務し大野先生の下で事務を手伝っておりました関係上、
今考えてみれば脇の下に冷汗の出るのを感じますが大野先生に対す
る義務から通う事にいたしました。それから毎日朝晩二回ずつ浄霊
をしていただきました。その中に
段々良くなって行くのが自分でも
はっきり判るように
なりました。大野順二先生から自分だけ良くな
ればそれでいいという気を捨てて
お手伝をするようにと真の自己没
却の行を教えていただき
、早速五月二十九日の坂出における二回教
修会でお光をいただき、先生の御指導で
毎日毎日重病人で教導所へ
来られぬ人の所を訪問し浄霊
をいたしました。

ところがどうでございましょう。健康人でも苦しい類例のない一昨
年の炎天下に終日浄霊のために街を歩き続けたにも拘らず、いささ
かの苦痛も感ぜず益々体力に自信を得ついには往復約一里の道を平
気で歩けるように
なりました。絶対安静を命ぜられ、外出を禁じら
れ過激な事をすれば生命の危険を招くと医師から言われた私が
、既
に肺結核二期と宣告された重病人が立上れた尊いお力、それは観音
様の大慈大悲の御力に外ありません。このような宏大無辺なお力に
優るものが果してこの世に又とございますでしょうか。十月にはは
るばる四国から上京し大先生に御面会させていただきました。


健康を取りもどしたとは言え長い旅行は大丈夫だろうかという懸念
は汽車が熱海駅に到着いたしました時には、もう霧のように消えて
いました。身も心も清浄化されたあの日の喜び、
観音様は生きてい
らっしゃると感じたあの日の感激
、また東京の本部で管長先生から
直接資格証をいただき別室で四国から上京した他の資格者の人々と
一諸に渡辺先生から御紹介していただきます等重なる光栄に浴しま
した事は終生忘れる事の出来ない嬉しく尊い思い出でございます。
十一月には
光明如来様を我が家にお迎えいたしました。そして現在
は鉄道を退職いたし聖恩の万分の一にもお報いいたしたく努力いた
しております。
憧れ夢みた健康を再び得る事の出来ましたこの喜び
ただただ「大先生有難うございました」この一言以外言うべき言葉
を知らぬ私でございます。


  「其頃をかへりみすれば恐ろしも
            闇路杖なくさまよひし吾」
  「わが生命救われるさえ嬉しきに
            医しの業まで許されにける」

晴れ渡った大空に大声で叫びたいようなこの喜びはひとえに観音様
の御慈悲
でございますが、それと共に種々御指導いただきました清
霊会長清水栄作先生、大野鯛一先生広瀬政行先生、そして私に運命
の道をお開き下さいました慈兄の如き坂出仮教導所の大野保次郎先
生のお蔭と深く感謝いたしております。