このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
ご自由にコピーして御使い
下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。

平成27年10月度 ミニ講座

 難行苦行    (信  昭和二十四年一月二十五日)

 信仰と難行苦行とは密接な関係があるように、昔から一般人に思
われてゐるが、元来難行苦行は古代印度のバラモン教が起源で、釈
尊出現以前の印度は、殆んどバラモン信仰が印度人の大半を占めて
ゐたという事である。彼の達磨の面壁九年の苦行もそれであるし、
羅漢とは苦行の修業をした時の行者の姿であって、その苦行たる
や、羅漢の絵や彫刻にある如く片手に物を捧げたり、木の股に座し
たり、甚だしきは板の裏から何本もの釘を打込み裏返してその上に
座禅を組むので、臀部はその何本もの釘に刺され、非常な痛苦の下
に一年二年又は数年に及ぶ者さえあるそうで、それ等の痛苦を我慢
する事によって悟りを得る、即ち覚者たり得る
というのである。彼
の達磨が苦行の或る夜満月を仰ぎみてゐる際、月光が胸中を明々
白々照らすと思う瞬間、豁然として真理を悟り得たという事は有名
な話である。何しろ九年も座禅をしてゐたので足は萎へ起つ能わざ
るに至ったのが達磨に足がないという伝説となったものであろう。
今日も印度に於てはバラモン行者が相当居るそうで、なかなかの奇
蹟を表わすとの話である。故タゴール翁が常に行ったという森林の
冥想や、ガンヂー翁が再々行った断食等もバラモン行の一種であろ
う。


 彼の釈尊出現の当時盛んに行はれてゐたバラモン式苦行の、余り
に悲惨なるに憐愍の情禁じ兼ねた釈尊は、苦行をせずとも、
経文を
読む事によって覚者たり得る
という事を教えたので、当時の印度民
衆はその功徳に感激し、釈尊を讃仰の的とするようになったという
事である。此意味に於て
仏者が難行苦行をするという事、それは釈
尊の恩恵に叛く
という訳になろう。日本に於ても未だ相当バラモン
式苦行を行う行者や宗教家もあるようであるが、私はあまり賛成出
来ないのである。というのは
わが観音教の信徒が別段難行をせずと
も覚者となり、正しき道を履み、天職使命を実践するようになり得
からである。




     迷信邪教   (信  昭和二十四年一月二十五日)

 今日新聞雑誌ラヂオ等、盛んに迷信邪教に瞞されるなという事を
警告してゐるが、成程迷信邪教は昔から断えず輩出してゐるばかり
か、今日は最も甚しいようである。然し全部が全部迷信邪教とはい
われまい。その中の幾分かは今日立派な宗教として残ってゐるから
である。実をいえば、今日世界最大の宗教として隆盛を謳たわれて
ゐる彼のキリスト教にしてもそうである。その立教者であるイエ
ス・キリストが、生存中は迷信邪教として遇され、遂にあれ程の刑
罰を受ける事になったのを見ても肯けるのである。茨の冠を被せら
れ刑場へ曳かれてゆくその傷ましき御姿に対し、それを阻止すべき
一人の義人も表われなかったといふ事実にみても、如何に時人から
迷信邪教視せられてゐたかが察知せらるるのである。


 我国に於ても遠きは法然親鸞の遠島を初め、彼の日蓮が法華経を
弘通するに当って、その法難の如何に苛酷であったか
といふ事や、
近きは天理教開祖の中山ミキ子刀自の二十数回の留置所入り、数回
の入獄
等の例にみても明かである。唯だ釈尊のみは全然迫害を蒙ら
なかった事は、その出身が皇太子であったといふ理由による為であ
ろう。


 私としても今日新しく発生した種々の信仰を観る時、その余りに
低劣なるに顰蹙せざるを得ない
事がある。もし私が当局としても厳
重なる取締りをせざるを得ないと思う程で、社会に迷惑をかけ人騒
がせをさせる神憑的信仰
や、到底見るに堪えない多数の信徒が踊り
狂う狂態
や、突飛な予言をし、世人に恐怖心を与えたり、騒音によ
って近隣を悩ます等の信仰
も本当のものとは思えない。又中には金
儲けの目的を以てする宗教企業もあるが、之等凡ては時の推移と共
に何時かは没落し消滅するものである。


 広い世間には恐ろしい信仰がある。それは一種の脅迫信仰であ
る。例えば何年何月何日には大変事があるから、助かりたい人は
何々教に入らなければ危ないと言い、そうかと思うと
一旦入信した
者が脱退しようとする場合、その先生が恐ろしい事を言う
「貴方が
此信仰を離れたら最後、必ず死ぬ」
とか、又は「一家死に絶える」

というような脅しを言って脱退を止めようとするが、之等は何れも
正しい行り方ではない、一種の脅迫であって、
恐ろしいから信仰を
続けるという事は甚だ間違ってゐる
。元々神仏は愛であり慈悲であ
る以上、
脅迫などある筈はないのである。

 有難い神仏であるから入信したいというのが本当の信仰である。
又斯ういう事も警戒しなければならない。それは執拗に信仰を勧
め、何度断はっても来ては勧め、又は長時間に渉っての種々の行事
を行ひ、為に家業に影響を及ぼす事になるので、斯ういう信仰など
も本当のものではない
と私は思うのである。





     酒と宗教     (信  昭和二十四年一月二十五日)

 飲酒と宗教は大いに関係がある事は余り知られてゐないようであ
るが、之に就て説明してみよう。

 普通量の飲酒は兎も角、大酒癖は霊的原因に由るのである。とい
うのは大酒家の腹中には天狗、狸、稀には龍神の霊もあるが、それ
等が、蟠居し酒を嗜む
のである。
腹中の霊は酒の精気を吸収する
で、之によって酒の量は何分の一に減少する。世間よく水一升は飲
めないが、酒一升なら飲めるというのは右の理に由るからで、恰度
腹中に海綿があって吸収するようなものである。そうして酩酊する
や理屈を言いたがり、議論を吹かけ、高慢になるのは天狗の霊
であ
り、酩酊するや御機嫌が好くなり、大いに嗤ったり、眠たがるのは
狸の霊
である。龍神は酩酊するや目がすわり、執拗に絡むといふ癖
がある。


 大体右の三種であるが、その面貌をみてもよく判る。天狗らしき
風貌、狸らしき顔、龍神は絵画、彫刻等に見る如くで、人間にあっ
ても目が窪んで光あり、顴骨隆く、額角張り、痩型
である。又酒乱
といひ、酩酊するや常識を失ひ、精神病的粗暴の行動をするが、之
は大抵人間の死霊が憑く
ので、生前大酒の為頭脳組織が破壊され、
それへ動物霊が憑依する等の為であり、悪質は狂暴性を表はし、周
囲の者を困らすのである。


 以上の如き大酒癖は絶対矯正されなければならないが、人も知る
如く、大酒癖は本人及び社会の損失は固より、妻女を初め家族の者
も絶えず苦しめられ、家庭は円満を欠き、最後は不幸なる運命に陥
り易いからである、従而大酒家自身も矯正しようと何程努力をして
も効果はない。前述の如くその原因が腹の中に居る、形無き御客様
の為だから
である。此の
大酒癖を矯正するのは精神的方法、即ち宗
教によらなければ目的を達し得られない
のは当然である。然し乍
ら、そのような力ある宗教はあまり見当らないようで、一二の宗教
にはないでもないが、それは克己的に禁酒するので、克己は苦痛が
伴うから面白くない。


 甚だ自画自讃であるが、我観音教団では些かも節酒や禁酒を奨め
ない。飲みたければ自由に飲んでも差支えない
事になってゐるの
で、飲酒家は初めは喜ぶが、時日を経るに従ひ段々酒が不味くなっ
た、少しで酔うようになったと言うようになり、終には普通量以上
は飲めなくなる
ので、そういふ人は教団に無数に居るが、之は如何
なる訳かというと、腹の中の霊が常時観音様の御光を受ける為萎縮
するからで、それだけ酒量が減る
という訳である。

 此理に由って如何なる宗教と雖も、光明の輝きさえあれば、その
信徒に大酒家がなくなる
のである。





「御教え集2号  昭和26年9月1日」より抜粋

  【御  教  え】
 文明の創造の医学に関した事も殆んど出来た。唯、今迄のは科学
的にだが、これからは霊的にですね。病気を霊的に説いて、段々宗
教に入つて行く
。結局、
問題の解決は病気を無くすればいいんで
す。
それだけです。病気を無くすと言う事は、病気を作らない事に
すればいい
んだ。そうすると、病気は医学が作つてるんですから、
それに
医学が目覚めればいいんです。そう難かしいんじやない。

今朝、百余歳になるお婆さんと、その孫、曾孫等沢山写真に出てま
した。そのお婆さんは薬、注射は大嫌いと言つて居ます。若し医学
が良いものなら、そうした薬や注射をやつて呉れと言うんです――
あべこべならね。誰でも百以上は生きるんです。ですから
病気で死
ぬと言うのは不自然死
と言うんですがね。自然死はどうしても百以
上で死ぬ
んです。だから、皆んな自然死の人間になればいいんで
す。訳はないんです。
体に薬を入れてなければいいんです。それ以
外で死ぬのは
薬で死ぬんです。それは薬と言う迷信にかかつている
からです。迷信では之程素晴らしいものはない。之を打破するんで
す。今は之だけの事が言えますが、以前にこんな事を言うと、直ぐ
にやられちやうんです。そうして、
薬の為に皆な病人になる。肉体
的の病人かと言うと
精神的の病人なんです。それが戦争の原因で
す。だから人類が薬を飲まないと戦争がなくなる。それを今から書
くんですがね。


それから、それじや西洋医学は誰が何の目的でつくつたかと言う事
が、結局問題になりますが、之は大変な問題になります。
之は人類
を弱らせようと言う目的
でやつている。それが医学です。そうし
て、
病気が治る様に見せかけるんです。実に巧妙なんです。それが
邪神のやり方
です。その仕事に二千年前からかかつている。そうし
人間を弱らせ、人間の命を縮めて目的を達し様と言うんです。そ
れを神様に暴露された。その暴露するのが私の仕事です。そうし
て、非常に妨害せんとしている。然しどうしても時期が来たんで
す。つまり邪神の計画ですね。それを、いずれ段々書く事になりま
すがね。そうして、一方では――邪神の方は人間の体を弱らせ、一
方では戦争をつくつて、段々世界を掌握しようと言う大計画
なんで
す。それだけの意味ですが、勿論、正神の方は、そうしなければ文
化は発達しない。だから、結局見方が三段になる。奥の奥の第一段
は正神
ですね。だから今迄はそれで良かつた。良かつたと言うよ
り、そうするより外に物質文化は発達する事が出来なかつた。今か
らは、それが続いて行くと人類破滅の結果になる。だから、ここ迄
来たので正神は止めて、本当の経綸をされるんです。(中略)



 それから霊界ですね。一時仮死の状態になつていた。今迄、天国
とか、地獄とか色んな事を馬鹿に空想的な様な事が多かつたが、之
からは現実的な事が多くなる。



    「霊界は在りや」
           『栄光』122号、昭和26(1951)年9月19日発行

 本教信者なら、霊界の有無など問題ではない。有るに決っている
くらいの事は、誰も知っているが、しかしながらヤハリ体験者の話
を、一回でも余計聞いた方が、それだけ信じ方が深くなるのはもち
ろんである。殊に信者未信者を問わず、疑いのある人には最もいい
参考となると思うから、左記の体験談を是非読んで貰いたいのであ
る。


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   昏睡して一度は霊界へ赴き新たな生命給わる
             兵庫県   松風中教会 是川正善(37)

 昭和二十六年六月十七日一時頃より急に頭が重く成りましたが、
食事を戴いているところへ、松風中教会鹿塩支部の小西康代先生が
お越し下さり、当日私方の月例祭で有りましたので小西先生に早速
浄霊を頂き、ズッと楽に成りました、御祭を終りましたのが午後六
時頃でした、すぐ床に就かせて頂きました、十七日夜より二十一日
まで四十度位の熱が出て少しも寝れず、肩胛骨内側上下が痛み、苦
しみは言葉で言い現わせませんでした、いつも中教会会長先生が

「病気は肉体の破壊では有りません、良く成るための浄化であるか
ら感謝しなさい、治った後は喜ぶための苦しみであったと言う事が
判るのですよ」
と御話を伺っておりました、又頭が激しく痛くなっ
て来ましたが、先生のお話のごとく今このように苦しいが、きっと
私は治ると思いなおしました、小西先生は枕許へ座られ、一日何回
となく浄霊をして下さいました、それより少し楽になりました、私
は記憶がなかったのですが、誰かが来たような気がして入口を三回
程開けに行けと申したそうです、二十二日の朝から、前後判らぬ事
を言って腹も立てたそうです、その間色々のところへ行っていた
り、お詣りをしていたり、時には浄霊にも出て行ったようにも思い
ます、私が勤めている事務所へも行ったようにも思います、又私の
家がこわれそうで絶えず動いていました、それより私は判らなくな
りました。


身内の人々は医者に懸らなければ命がなくなると、さんざん言われ
たそうですが妻は
「神様に救って頂きますから、まあ見ていて下さ
い」
と頑張ったそうです、私は昏睡状態になってから霊界の方に行
って来たのです、その模様をありのまま記さして頂きます。


 第一修養の為寮生活をするがよいと言うので、どこか阪神方面の
寮へ行きました、朝の点呼をすまし、朝食を終り、運動場へ出て好
きな運動をしました、一時間後にベルが鳴り大勢の人と共に昼食を
戴き、午後は土砂の作業をしました、すると私の側へえらい人が来
られ「お前は川の作業をしなくてもよい」と言われ、その後又一同
と共に寮に帰りました、一日の感謝の御礼を申し、一日の疲れを休
ませると言う生活を三日程した後、偉い人が又来られ、「○○警察
へ行け」
と言われ、一同と行きました、二時間程北西に向かって行
ったところで止まると、七ツの辻だと言うてくれました、そこで皆
が自動車より下車少し山手に上る、上へ行くと警察署が有り、医者
や警察署員がいて名簿もあり、一人一人名前を呼び
「順番に今迄や
って来た善い事、悪い事を皆言って見よ、隠し事はならない、嘘を
つくと酷い目に遭せる」
と言われ手には割竹を持ち次から次へと調
べていました、その間色情の検査に移り、陰部より塩水を入れ、針
金のような物で掃除した後ガーゼをさし込み、その人の罪によって
最悪の人はさわると痛んで堪らないようにみえます、そしてその場
で切開され、直ぐ火葬場へ沢山の人は送られます
、私は御蔭様で少
しも痛まず、ちょっとさわる程度で許されました、調べも終ります
と十八名ずつ第一火葬場へ送られ、釜の中へ放り込まれるのを見ま
した、私は「お前は入らなくともよい」と聞き、次に第二火葬場へ

皆が行く事になり私もついて行きました、火葬場の前迄行くと階段
が有りその階段は角がなくフチも丸く、上へ上るにも掴まるところ
もありません、私は小便がしたくなりましたが、する所もなく困っ
ておりましたが、終いにはするところも見つかり、する事が出来ま
した、それからは階段を楽に上る事が出来ました、今から思えばそ
の時に現実の寝床に大小便と汗が出て、寝巻蒲団等がボトボトにな
ったんだと思います、小便の重さで下半身が重くて体が自由になら
ず、階段のところで小便が出てから楽に上れたのも、その時だった
のです、第二の火葬場の釜の入口迄行きますと「お前はここへ来な
くてもよろしい」
と言われたので、案内されて休憩所へ行きまし
た、法廷では御話があって御話を聞き又後はのんびりと遊びなさい

と言われました、それは丁度天国のようなところで有りました、四
季の花も沢山咲き立派な三階建の家も沢山有りました、
どの家も光
明如来様をお祀りして有り、御仏壇には御屏風観音様をお祀り
して
有り、
各家々では三階は御神前で有りました。私も松風中教会に早
くお詣りをしたく思い見廻わすと目の前に松風中教会が有り早速教
会に入れば、お顔なじみの先生方、一般信徒の方々にお目にかか
れ、やれ嬉しやと御神前に額けば、お祈りも間に合いまして、会長
先生の御話もお聞きさせて戴き、自宅に帰り、今帰ったと声をかけ
れば妻や親族一同、ああ気が付いたと喜んで下さり、丁度二日間は
昏睡状態
でありました。今日では家族、親族の人々が大変喜んで下
さり、命のないところを御救い下さいまして真に有難う御座居まし
た。

 明主様、厚く御礼申し上げます。

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 今迄は、色んな――警察とか言うものはなかつたんです。之は非
常に現実的なんです。
光明如来様を祀つてある事は、皆な天国にな
つている
訳ですね。それを知らせたんです。面白いのは、三階にお
祀りしてあると言うのは、個人の住居は三階が本当
なんです。他の
公共的建築とかアパートとかはなんだが――アパートは本当じやな
いが、個人のは三階が本当です。然し二階の人もありますが、本当
は三階です。それで美術館を造るにも三階にしたんです。そう言う
事も、今の経験――体験談で分る様でしたのが面白いですね。
霊界
はこの通り
なんです。今はやはり現界の通りになつているもの
す。そこで、
刑罰もその通りで、少し罪の重いのは皆な火葬場にや
られて、釜で煮られたり、焼かれたりする
んです。二日間昏睡状態
だつたんだから、二日かかつたんですね。つまり神様がこの人を通
して皆なに知らせるべく、こう言う事をされたんです。之は良い働
きをした訳ですね。


 それで、之から霊的に関した病気の事を書くんですが、一番最初
に書いたのは癌です。
癌にも薬毒による癌と霊的による癌とある
薬毒は疑似癌です。先に書いたが、真症癌は霊的なんです。

 よく胃癌は手術するんですが、そうすると癌が見付からないで周
章てゝ塞いで了うのがよくある。つまり霊ですから、逃げたらそれ
つきりで、蛇なら舌を出している位だ。つまり病気を
霊的方面から
の――そう言う意味の説明なんですが、大体分る程度に書いたんで
す。
簡単なものではなく、随分複雑なんです。細かく書いたら、き
りがないから要点だけ書いた。要するに
間違つた事をすると、如何
に恐ろしいか
と言う事です。共産主義者で働いた人は、ひどい舌癌
になる
だろう。





      結 論        (医革  昭和二十八年)

 今迄説いた処によって、読者は大体の概念は得られたであらう。
之を最も大乗的にいへば、
今迄の医学は人智から生まれた医学であ
り、
本医学は神智から生まれた医学であるといったらよく判るであ
らう。即ち前者は病原を固める方法であり、
後者は溶かす方法であ
り、前者は病原である毒素を出さないのを目的とし、
後者は出すの
を目的
とする。前者は逆理であり、後者は正理であり、前者は野蛮
的方法
であり、
後者は文明的である事は充分頷けたであらう。処が
右は単なる理論であって、之に
事実が伴ってこそ真理の具現であ
る。というのは即ち医学では治らない
浄霊では治る、只それだけ
である。


 以上の如く此厳然たる事実によってみても、現代医学は当然滅亡の
運命に近寄りつつあるのは否定出来ないのである。何となれば長い
間の医学の過誤が、私によって茲に明らかにされたからである。恰
度暗夜に光明が輝き初めたと同様であって、此意味に於て
医学の革
命などといふ大事業
は、私の意志から発したものではない。私は只
神の命のまま病気の根本を教へ、治す事
であって、之が私の使命
ある以上、現在全身全霊を打込んで活躍しつつあるのである。


 之によって已に医学は革命される運命となってゐるのである。即ち
偽は到底長く続くものではない。或時期に至れば滅亡すると共に、
真は或期間は埋もれてゐても、時来れば必ず世に輝くのは不滅の真
理であり、到底人力の及ぶ処ではない。此意味に於て私は医学に携
はる人々も救はなければならない
のは、滅ぶべき決定的運命に措か
れてゐながら、それに気付かない哀れな人々をも救はなければなら
ない
からで、取敢ず此著によって先づ最初の警鐘を発するのであ
る。