このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
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下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。

平成26年1月度 ミニ講座

世界救世教教義  (救五十三号  昭和二十五年三月十一日)

 抑々、世界の創造主たる主の大御神(エホバ)は、此地上に天国を樹立す
べく、太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずるのであ
る、之に対して人間を神の代行者とされ給うと共に、一切万有は人間
の為に造られたものである、故に今日迄の人類史は其為の準備工作に
外ならない事を信ずるのである、従而、神は其時代々々に必要なる人
間と、必要なる宗教を顕はし給い、それぞれの使命を遂行させ給うの
である。


 今や、世界の状勢は混沌として帰趨を知らず、此時に際し、主神は
吾等の岡田茂吉教祖に救世主(メシヤ)の大任を下し給い、人類救済の聖業
を達成せしめ給うを信ずると共に、人類の三大災厄たる病貧争を根絶
し、真善美の完き恒久平和の理想世界実現を目標として精進邁進せん
事を期するものである。





   開教の辞  世界救世教の誕生に就て     
                
(救四十八号  昭和二十五年二月四日)

 昭和廿二年八月三十日、宗教法人として創立された日本観音教団並び
に同二十三年十月三十日同じく創立された日本五六七教会は、今回自
発的に解散し、右両会を打って一丸としたる新しき構想の下に、本年
二月四日立春の日を期して、標題の如き宗教法人
世界救世(メシヤ)教の創
出現となったのである。

 之は、非常に重大な意義があり、勿論神の深き御旨に由るのであっ
て、人間の意図でない事は今更言うまでもない、何時も吾等が唱える
処の、霊界に於ける夜昼転換の時期に愈よ入ったからである、之も吾
等が常に言う処の仏教の救いは夜の期間中であるから夜の消滅と共に
観世音菩薩の御救いの転移進展となるので、一言にして言えば仏滅を
意味する
のである、従而、
観世音菩薩の御働きも救世主(メシヤ)のそれと
なる
のは勿論である、即ち化身仏であらせられた観世音菩薩は茲に仮
面を脱いで、御本体である神の御働きとなり給うのである。


 以上の如く霊界が昼となる以上、之が現界に移写するに於ては、夜の
文化は当然
不用なものは滅び有用な物のみが残る事となるのは当然で
ある、それのみではない、長年月に渉る暗黒時代によって
人類の罪穢
少なからず堆積せる以上、それの清掃作用が行はれなくてはならな
い、右の滅ぶべき不用物とは之を指して言うのである、而もそれと
時に昼の文化の建設が開始さるる
のである、斯の如き空前絶後の一大
転機とは、何を指すのであらうか、全く何千年否何万年以前より決定
してゐた神のプログラム
なのである。


 又別の言葉を借りて言えば大規模な世界的破壊と創造が行はれるので
ある、嗚呼斯の如な重大時期に際会しつつある今、神の大愛は如何な
る形に表はれるか
を知らねばならない、即ち其具体化としては一切が
滅ぶものと生き残るものとの何れかに決定さるる
のである、然し乍ら
右は止むを得ないとしても神の恩恵は、一人でも多く滅ぶるものを救
はせ給はんとして、
神の代行者を選び救世の大業を行はせ給うのであ
る、又
その使命達成の機関として運用されるのが本教であるから、本
教の使命たるや実に大なりというべきである、此意味に於て愈よ切迫
せる最後の時期に当っての活動こそ括目すべきものがあらう、其結果

吾の唱導する地上天国こそ最後の目標でなければならないのである。

 私は、これまで顧問の名の下に、いはば蔭にあって経綸を行ってゐた
が、漸く基礎的工作も出来上ったので、茲に表面的活動に移る事とな
った訳である、端的に言へば、いよいよ本舞台に登場する事となった
のである、従而各般に渉って漸次組織形体は固より、活動の形式も新
しく生れる
のは勿論である。


 そうして、祝詞にもある如く観世音菩薩、光明如来、メシヤ(救世
主)、彌勒神等も、御名は異なれど同一の御神霊である以上根本は変
るのではない、いはば
時期に応じて御神霊の活動範囲が拡充するので
あるから、御神体も御守りも
或時期まではそのままで差支えない、未
だ種々発表したい事もあるが、時期の推移に従って漸次発表する段取
となるので、今は此辺に止めておくのである。


 最後に言はなければならない事はこれ迄は観世音菩薩の御働きであっ
たから、言はば東洋的であった、然るに時期切迫の為どうしても一大
飛躍によって全人類を救はなければならない、とすれば世界的に拡充
する必要がある、世界救世教の名に因る所以である。

 今一つは観世音菩薩は、善悪無差別的の救済であったが、愈よ地上天
国が目前に迫り来った、今日
茲に善悪を立別け、善を育て悪を滅しな
ければならない事になった
、所謂悪のトドメである、従而救ひの力も
決定的
でなくてはならない、その力こそメシヤの揮はせらるる大神力
である。
 嗚呼、慶賀すべき時とはなったのである。




   自由なる信仰   (栄百七十七号  昭和二十七年十月八日)

 信仰の自由は、新憲法制度以来そうなったので、之に就ては論ずる必
要はないが、私の言わんとする処は、信仰それ自体の自由である。と
いうのは世界中大中小幾多の宗教があるが、例外なく自分の宗教は最
高であり、他の宗教は必ず劣るとしている
のは誰も知る処であろう。
という訳で
他の宗教へ触れる事を極力戒めている他教は邪教である
とか、コチラの神様のお尤めが恐いとか、二心あっては救われないと
かいう
のである。それが宗教によっては随分厳しいのがある。万一転
向でもすると、大きな災いが来る、大病に罹る、命が失くなる、中に
は一家死に絶えるというような、縮み上るような事を曰って喰止めよ
うとする
布教師もある。
之こそ邪教の常套手段であって、勿論此様な
事は常識的に見ても、馬鹿々々しいが、本人自身は案外信じて、中々
決心がつき兼る。処が斯ういう信仰は新しい出来星の宗教のみではな
い。相当古い立派な宗教でも、それに似たような事が往々あるのだか
ら不可解である。之などもよく考えてみると、自由思想は政治や社会
面のみではない。宗教にも封建の桎梏(シツコク)は相変らずのようである。


 右の如くであるから、私は宗教に就ての自由を言いたいのである。そ
れは
信者の意志を制約して、教団の都合を図る事で、之こそ以ての外
である。而も其手段として用いるのが言葉の脅迫であるから、茲に至
っては最早赦すべからざる信仰的脅迫である。其一例として私は斯う
いう事を聞かされた事がある。自分は随分長い間熱心に信仰して来た
が、年中病人は絶えず、貧乏の苦しみからも脱けられないので、段々
信仰が嫌になったので脱けようとすると、其布教師は恐ろしい事をい
うので、どうしていいか分らないで迷っているといって相談をかけら
れたので、私はそういう宗教は無論邪教だから、一日も早く止めなさ
いと曰ってやった。然し斯ういう宗教も世間仲々多いようである。


 では其理由は何処にあるかというと、勿論信者を減らしたくないから
の苦肉の策
でもあろうが、其他の理由もある。それは昔からある事だ
が、其宗教が隆んになるとよく贋物が出たがる。本教なども今迄にそ
ういう事が時々あるので、其都度私は曰うのである。宗教も化粧品と
同様、売れると贋物が出るもので、贋物が出る位なら世の中から認め
られた証拠だから、寧ろ結構ではないかと笑うのである。此事は形は
異うがキリスト教にもあるようだ。それは偽キリスト、偽救世主が今
に出るから注意せよと戒めているが、之は善い事もあれば悪い事もあ
る。何故なれば若し本物の救世主が出ても、偽物と思い誤り、救われ
ない人が出来るからである。


 処で一番困るのは、自分の信じている宗教が最高のものと思い込ん
で、熱烈な信仰を捧げている人の多い事
である。併し之は本当にそう
思っているのだから、精神では救われているから御本人だけは満足し
ているが、それは本当ではない。何故なれば
物質面も救われ、霊体揃
えて天国的生活者にならなければ、真の幸福ではない
からである。処
が其事を知らない盲信者が多いとみえて、一生懸命信仰をしながら、
不幸から解放されない人も随分多いようである。右に就て今一つ注意
したい事がある。それは他の宗教に触るるのを恐れる理由は、其宗教
より以上の宗教があるかも知れないとの懸念の為
であろう。というの
其宗教に弱点があるからで、大いに注意すべきである。

 そうして自画自讃で言い辛いが、我メシヤ教に限って其点実に自由
ある。之は信者はよく知っているが、
他のどんな宗教にでも大いに触
れるべし
と云っている。勿論研究も結構で、それだけ見聞が拡まるか
らである。其結果
もしメシヤ教以上のものがあったとしたら、いつ転
向しても差支えない
。決して罪とはならないからで、本当の神様なら
其人が救われ、幸福になりさへすればそれでいゝのである。





   浄霊とは何か       (医革  昭和二十八年)

 今迄病気の原因と、その又原因である薬毒に就て詳説して来たから、
今度は
治す方法と其原理を詳しくかく事にしやう。勿論之こそ我浄霊
であって、その素晴しい治病効果は言い尽した位だが、病原とは霊
の曇りにある
ので、曇りさへ払拭すれば病気は治るのは当然であっ
て、此理は科学的にも説明出来る。然し単に科学のやうに極限された
小乗的のものではない。曰ってみれば此世界は大別して上中下三段階
になってをり、之が一切万有の実相である。


処が小乗科学に於ては、前記の如く唯物的分野に限定されてゐる以
上、外形のみに捉はれ、進めば進む程皮相的緻密になるばかりで、其
結果生れたのが黴菌医学である。従って病理の根本から益々遠去か
り、逸脱して了ったのである。そうして
大乗科学の三段階とは上段は
神科学、中段は霊科学、下段が物科学
となってをり、此下段に生れた
のが医学であるから、其レベルが低く幼稚であるのも当然であって其
様な程度の低い科学を以て、最高度の人間生命の解決などは思ひもよ
らない話で、寧ろ僣越でさへあり、長竿を以て大空の星を落そうとす
るやうなもの
である。


 茲で以上の如き三段階を一層徹底してみると斯うである。即ち今日迄
の世界は物科学と霊科学との二段階のみ
であったが為、人間生命や病
気健康等の根本まで分らなかったのである。勿論独り医学ばかりでは
ない。凡ゆる文化がそうであって、永遠性のない一時的間に合せ物が
其殆んどであったのである。


という訳で治病方法にしても、前記の如く三段階中の物科学と、そう
して霊科学中の信仰療法の此二つだけであった。前者は略すが、後者
に於ては治病方法としては祈り、苦行、禁厭等であって、医学と同様
見るべき効果はなかったのである。又之は別の話だが彼の釈尊にして
もキスリトにしても、成程見真実の境地に達したとは云はれてゐる
が、最高ではなく二段階の上位程度であり、智慧も力もそれ相応であ
って、絶対でなかった事は歴史の示す通りである。之も時期の関係上
止むを得なかったのである。


処が私に於ては右の第一段階の最高地位に置かれてゐる以上、無限絶
対の大本元を把握してをり、一切の事物に精通すると共に、病気其他
万般に渉って驚異的奇蹟を現はし得る
のである。斯んな事をいって
も、第三者は直に信ずる事は出来まいが、
之こそ真理の具現である以
上、何人と雖も結局信ぜざるを得なくなるのは断言して憚らないので
ある。然るに今日迄の人類はそこまで分らないが為、釈迦キリストを
最高神仏として崇敬し信じて来たのであるが、事実がそれに伴はない
為、人々は疑雲に閉ざされ、霊の実在を否定し、科学万能時代を生ん
だのである。


そうして聖書には再臨のキリストを予言してあり、仏教は彌勒下生を
唱へてをり、猶太教やその他の教派にしても救世主降臨を待望してゐ
る。といふやうに夫々昔から期待はかけられてゐたが、只其時が明示
されてゐなかった為、大衆はそれ等の説は理想の表徴位にしか思は
ず、いつとはなしに忘れられたのが現在の世界である。


 私は今更自分が救世主だとも、再臨のキリストとも曰はない。何故な
れば昔から今日迄随分そういう名乗を上げた者もあったが、みな煙の
如く消へて了ったからで、今日それを唱へ出した処で、偽キリスト、
偽救世主か大山師位にしか見られないのは分り切った話であるからで
ある。要は実際問題であって、今後
私の仕事の上に於て、救世主的救
ひの力を発揮するか、キリスト再臨的威力を表はすか、彌勒や観音の
力徳を顕現するか、天照大御神としての光明を放つか等によって、
ずる信じないを決めればいい
であらう。つまり全世界の人々が公正な
る批判の眼を以て観てくれれば私は満足であり、それ以外の望みはな
いのである。


 話は戻るが、以上の如く物の科学、霊の科学、神の科学の三段階の原
則こそ大乗科学
であるとすれば、之こそ今後の時代をリードすべき最
高学問
であるといってよかろう。故に今日迄の科学が如何に程度の低
ひものであったかは充分判る筈である。


 従って我救世教こそ、最高最貴の主神が経綸し給ふ処の神科学の具体
であり、それから生れた浄霊医術である以上、超偉力を発揮するの
も不思議はないのである。何よりも事実が遺憾なく證明してゐる。例
へばキリストの治病奇蹟にしても、一人対一人であったに対し、私は
私の弟子をして、キリストと同様の奇蹟を日日無数に顕はしつつあ
り、其数も数十万に及んでゐるので、言はば現在已に数十万のキリス
トが日本に生れてゐる訳である。
此神力こそ主神以外にあり得ない
は、常識で考へても分る筈である。


 茲で浄霊に就いて一層詳しくかいてみるが、先づ私は一枚の紙片に光
といふ文字を書き、それを畳んで御守として入信者に渡すと、それを
懐に入れて手を翳すや、忽ち掌から光が放射され、霊の曇りは解消し
病は治る
のである。此光とは私の腹中に在る玉の威力であって、此光
は無限に放射され、霊線を通じて御守に伝達する。此理はラヂオを考
へればすぐ分る。放送局、アンテナ、受信機の関係と同様である。以
上長々とかいた事によって、読者は病気の根本が分り、医学の誤謬が
明かとなり、治病の根本も会得されたであらうから、之が世界的に拡
がるに於ては、病無き世界の実現は敢て難事ではないのである。


 右の如く、黴菌の原地を潰滅する手段としての、術者の掌から放射さ
れる光
としたら、此光は何かといふと、之を科学的に説明してみる
と、即ち
曇りの中に含まれてゐる不純粒子が光に会ふや忽ち焼尽さ
れ、純粋水素のみが残る
のである。それは光に含まれてゐる火素とい
ふ熱の力
であって、之を説明すると、火素とは光に含まれてゐる太陽
熱の精で、言はば陽粒子ともいふべきものである。


だが科学では水素はいうが、火素を言はないのは不思議である。然し
火素は熱の霊であって体ではない。体は吾々が使用する熱い燃へる火
であるが、
霊の熱は超稀薄のものであって、体の熱に比べれば比較に
ならない程の強力なもの
である事は、実験によっても明かである。即
濃厚な膿に向って浄霊するや、回を重ねる毎に漸次薄くなり、遂に
は清冽な水になって了ふ。之こそ火素の熱力によって毒粒子だけが焼
尽されるから
である。


此理によって体内何れの深部にある膿や濁血と雖も全然身体に触れず
して、浄霊によって溶解し、大部分は漿液となり、濃厚な分だけ排泄
物となって出て了ふ
のであるから、最初手術の項にかいた如く、
機能
を何等損じないで、病気だけを除去する事が出来る
のであるから、
こそ最も進歩せる文化的医術
でなくて何であらう。そうして私の腹中
にある光の玉というのは、仏教に於ては如意宝珠、神道に於ては麻迩
の玉の名によって、昔から知られてゐるものである。




 (お陰話)
   酒乱二十六年の苦しみから救わる
             『栄光』144号、昭和27(1952)年2月20日発行
                岡山県倉敷市東中 陽光中教会 丸山菊江(43)

 思い浮べれば人事のようにも思われ、又は夢のようにも思われま
す。私は二十五年前に叔母の世話にて何も知らずにこちらへ嫁いで参
りましたが、来ました翌日から主人は大酒を飲んで帰るのです。私は
びっくりして泣いておりましたら、姑は私をなだめて下さいました
が、度々そのような事があるので、どうしたらよいものかと思案に暮
れつつ日を送っておりました。


私の嫁入後二カ月にて実家の母は亡くなり、後には幼い弟が一人残
り、私は途方に暮れましたが、いよいよ自分は運が悪いのだから、辛
抱するより外に仕方がないとあきらめていましたが、度々飲んでは帰
り、飲んでは帰り致し、遂に三カ年は過ぎ、「子供の無い者はいら
ん、帰れ」と申しますので、とうとう、母なき家に帰りました。がし
かし、近所や親戚の人が度々来られ、すすめられるままに又嫁入先へ
帰りましたが、こうしたことは二度や三度や四度ではありませんでし
た。


遂には、それが縁のつなぎか妊娠し、昭和四年に女児を生みました。
それから三年後に次女が生まれ、二人の子供の親となっておりました
が悪運はどこまで続くか、昭和七年ふとした風邪が原因となり十月二
十日長女が死亡し、続いて十日後次女も又亡くなりました。やっとの
ことで、二児を恵まれた私は、僅か十日間に二人もなくしてしまった
のでした。その時の私の心境、それは申すまでもございませんが、主
人は以前にも増して酒を飲み、姑からは「お前が悪いから主人が仕事
もせず酒ばかり飲むのだ」と言われ、私は「本当にこの世の中には神
も仏もないのだろうか? 私のこの苦しみを知って下さる人は一人も
無い……」とつくづく思いました。


 その後、間もなく姑は心臓が悪くなり、三カ年間病み、遂に死亡致
しました。私は淋しさの余り親戚より二歳になる女児をもらって帰り
ました。舅は常に胃腸が弱く、あらゆる医療を施してもよくならず遂
に中風となり、七年間苦しみ続けそして亡くなりました。


 主人は年を取るに従い、益々酒癖は悪くなり、酒を飲んで帰っては
私や子供をいじめ、くどくど言いながら又飲み、空いた酒瓶を持って
私をたたき、外へ飛び出せば、追いかけて来る。酒が無くなれば「買
って来い」と申しますが、近所に酒屋がないものですから行かない
と、又酒を買って来ると言っては出て行きます。そして、二、三日す
ると、ブラリとボケた顔をして家に帰って来て寝るのです。


その時はとても頭が悪いらしく、起きることが出来ないのです。「ア
ア儂が悪かった。沢山の金を使い困ったことをした」とさも悔しそう
に悲観しているのです。ですから私は腹が立っても怒る訳にもゆか
ず、「お金を使ったのは又働けばもどる。過ちをしていないから、ま
あ良いが」と慰めておりました。二、三日寝ると頭がハッキリするの
か、真人間に返りやっと仕事をするかと思えば、又酒を飲みに行きま
す。お金が出来れば又虫を起すと言う風に、繰り返し繰り返し二十六
年も続きました。時によれば槍を出して納屋に入り、金剛磨でゴシゴ
シと先をとぎ、私を刺してやるとか、人を殺してやるとか申すので
す。私もどうせ生き甲斐の無い命なら、汽車道かそれとも海の中へで
も……と思ったことも一再ならずありました。


 しかし昔から良い後は悪い、悪い後は良いと言う諺があるから、ま
あまあ頑張って生きておりさえすれば又良いことがあるかも知れない
と、今日の日まで、生きて参りました。


 ちょうど去年の秋の事でした。稲をこいでおりましたところへ船倉
町の内藤さんがお見えになり、そして色々と有難い御道の御話をして
下さいました。「手を翳せば病気が治る」とか、「人間の性質までも
変る」とか話して下さるので、私は「そうですか」と聞いてはおりま
したものの、そんな事があるものかと半分疑っておりました。


その後、秋の取入れも済み、やっと一息と思っておりましたら、又主
人が虫を起し、沢山の金を使い、夜遅く自動車で帰り、家の前の細道
まで乗り込みましたものですから、自動車は半分川へ落ちてしまいま
した。しかし主人は知らぬ顔で又家の中で酒を飲み、そして頭から蒲
団をかぶり足だけ出して寝てしまいました。後で自動車は近所の御方
の御世話になり、雨の中をやっと引上げて頂きました。翌朝は例のご
とく頭が痛くて起きられぬと申します。


そして先日の内藤さんの御話を思い出したのか、「内藤さんへ頼みに
行ってくれ」と申します。私は「藺(い)草を割っておるから晩に行
く」と申しましたが「今すぐ行ってくれ」と申しますので早速行きま
した。すると内藤さんは御浄化でお休みになっておられましたが、
「晩の七時頃に行けるようでしたら行かせて頂きます」と言って下さ
いました。しかし晩の七時が来ましてもお見えになりませんでした。
すると主人は「来て貰えば気の毒だから儂が行く」と頭を鉢巻でしば
って内藤さんへ出かけました。出て行きましたもののどんな様子かと
心配しておりましたが、しばらくすると「庵谷先生に御浄霊して頂い
た」と言ってケロリとして帰って参りました。そうして今までの大酒
は狐の仕業であることが判りました。


 今にして思いますと内藤さんが御話を聞かせて下さったのが私共の
救われる第一歩でした。翌日は教会に御参りし、矢代先生より御浄霊
して頂き、それより大酒飲みも止み、私達もいじめなくなり、打って
変り人間らしくなりました。


 昭和二十六年一月主人が入信、二月には私も入信させて頂き、三月
二日には有難い大光明如来様を御迎えさせて頂きました。神や仏に手
を合わせた事の無い主人が毎朝毎晩、拝まねば食事もしないようにな
り、毎日人助けに歩かせて頂くようになり、やがて一年になろうとし
ております。近所の方々は人間も変れば変るものだと、あきれており
ます。


 私と致しましても、結婚以来二十五年間苦しみ悩み続けた生活はこ
こに終止符をうち、待ちに待った幸福が訪れたのです。私の喜び、そ
れは何にたとえることも出来ません。ただただ嬉し涙にむせぶのみで
ございます。


 現在では至らぬながらも主人は人助けに歩かせて頂き、私は自然栽
培をさせて頂き、お道の御話に明け暮れする楽しい毎日でございま
す。明主様有難うございました。救って頂きましたうれしさの余り、
乱筆をも顧みませずありのままをここに御報告申し上げ、御礼申し上
げます。最後に矢代先生はじめ諸先生、内藤様、皆様有難うございま
した。            (昭和二十七年一月十六日)




 ※ このお陰話は非常に学ぶところが多いです。上辺だけを読ま
ず、その奥にある御教え、御神意を覚っていただきたいと思います。