このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
ご自由にコピーして御使い
下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。

平成25年8月度 ミニ講座

程とは        (栄百十六号  昭和二十六年八月八日)

 私は以前某所で、山岡鉄舟先生筆の額を観て感心した事がある、それ
は最初に
という字が大きくかいてあり、其次に小さく"人間万事此一
字にあり
"とあった、之は今以って忘れられない程私の心に滲みついて
いる、というのは、私は今日迄何十年の間、何かにつけて此額の字を思
い出し、非常に役に立っている
のである。


 昔からよい格言も随分あるが、之程感銘に値いする文字はないよう
だ、たった一字の意味であるが、何と素晴しい力ではないかと思う、従
而此
程の字を標準にして、世の中の色々な事をみると、何にでも実によ
く当嵌る、例えて言えばやり方が足りないとか、やりすぎるとかいう事
や、右に偏ったり、左に偏ったりする思想、金があると威張り、ないと
萎びたりするというように、どうも片寄りたがる、多くの場合それが失
敗の原因になるようだ、彼の論語に中庸を得よとの戒めもそれであろ
う、昔から程々にせよとか、程がいいとか、程を守れという言葉もそれ

であって、つまり分相応の意味でもある。

 之に就て、信仰的に解釈してみると、いつもいう通り、本教は経と
緯、即ち小乗と大乗を結べば其真ン中が
伊都能売の働きとなるというの
で、之も詮じ詰めれば
程の意味である、従而人間は第一に程を守る事
で、程さえ守っていれば、凡べてはスラスラとうまく行くに決ってい
る、嗚呼程なる哉、程なる哉である。




   満足と不満      (栄二百号  昭和二十八年三月十八日)

 人間誰しも満足の境地になりたいのは言うまでもないが、それが思う
ように得られないのが人生
であって、考えようによってはこれも面白い
のである。処がよく考えてみると
文化の進歩の動機は、人間の不満足な
心にある
のだから、世の中というものは単純に解釈出来ないものであ
る。つまり
不満足がある程向上もし、改革も出来、進歩もされるのであ
る。


そうかといって不満がありすぎるとこれ又困る事になる。例えば争いの
原因となったり、身の破滅となる事さえある。個人的には家庭の不和、
友人、知己との仲違い、喧嘩口論、自暴自棄、警察沙汰というように、
危険の因となる事さえ往々ある。又社会的には過激な思想団体を作った
り、火炎瓶や破壊行動にまで発展し、内乱を起す事にもなるから軽視出
来ないのである。


 又右とは反対に彼奴は好人物だ、お目出度いと云われるような人間
は、余り不満が起らないらしく、いつも満足してるようだが併し斯うい
う人間に限って、能力(ハタラキ)がないからマイナス的存在
となる。とすれ
ば満足でも不可ないし、不満足でも不可ないという事になり、どちらが
いいか判らなくなる。


併しそれは大して難しい事はない。帰する処偏るのが不可ないので、両
方を巧く按配すればいいのである。といっても口では易しいが、さて
行となると中々難しいもの
で、其処が人生の人生たる処かも知れない。

要は千変万化どちらにも決めない融通性があって、その根本に誠があれ
其人は世の中から用いられ、出世もし、幸運を贏ち得るのである。




   大いに神書を読むべし              
               
(栄八十号  昭和二十五年十一月二十九日)

 今迄、本教の宣伝方法としては、浄霊と刊行物の二つによって行はれ
て来た事は知る通りであるが、之からは今一つ座談会、講演会等を、各
地に開いて宣伝するのである、之は勿論耳からの宣伝で、今迄の病気治
しと目の宣伝
の外に、今度から耳の宣伝が加はる訳だ、此様に三位一体
的方法によれば、大いに効果の挙がる事は、期待し得るであらう。


 勿論、耳の宣伝とは言葉によって本教に関する一切を知らせ、如何に
本教が優れた宗教であるかを伝える
のである、そうして相手に対し、解
らせる為には、此方も信仰的智識が豊富であらねばならない
、何しろ聞
く者は成程救世教といふものは実に立派なものだ、いい信仰だ、自分も
是非入信したいといふ心を起させなければならない
、そういふ場合よく

自分は喋舌るのが下手だ、どうも巧く喋舌れないなどといふが、之は間
違ってゐる
、といふのはいくらうまく喋舌った処で、相手の心は動くも
のではない
、いつもいふ通り
人を動かすには誠である、此方の誠が先方
の魂に触れる、つまり魂を揺り動かす、それだけ
である、喋舌る事のう
まいまづいは二義的である。


 以上のやうに熱と誠で人を動かすとしても、それには充分理解が必要
である、とすれば此方も自己の智識を磨く事で、何よりも出来るだけ御
神書を読む事
である、又質問を受ける場合が大いにあるから、それに対
し一々明確な答弁が与へられなければ、相手は納得しないに決まってゐ
る、従ってどんなに難しい事でも相手が承知するだけの解答を与へなく
てはならない
、そうして特に注意すべきは、よく苦し紛れに嘘の答弁を
する人がある、相手が激しく斬り込んでくると、心にもない一時逃れを
するが之は絶対いけない、仮にも神の信徒として嘘を吐くなどは許され
ない
知らない事は知らないと正直に言えばいいのである、処が知らな
いといふと相手が軽蔑しやしないかと思って知ってる振りをしたがるも
のだが、之が最もいけない、そうすると反って逆効果になる、といふの
は、知らない事は知らないといふと、先方は此先生は正直な人だから信
用が出来ると思ふ事になる、いくら偉い人でも何でも知ってゐるなんて
人は恐らくない、だから知らない事があっても決して恥にはならないの
である。


 それから私に質問する場合、御神書の中にチャンとかいてある事柄が
よくあるが、之等は平素全く御神書を読むのを怠ってゐるから
である、
だから
出来るだけ御神書を読む事で、読めば読む程信仰が深くなり、魂
が磨ける
のである、御神書の拝読を疎かにするものは力が段々減るもの
である、信仰が徹底すればする程貪るやうに、読みたくなるもので、

返し繰返し肚に入る迄読むのが可い
のである、勿論読めば読む程御神意
がハッキリ判る
ものである。


 之に就て、序でに今一つ言ひたい事がある、それは浄霊の場合、病原
が判らないのに、判ったやうな顔をしたがる、之は最もいけない
、そう
いふ人に限って思ふやうに治らないと必ず霊的だと言って逃げる、本当
からいえば病原が霊的か体的かなどは、非常に判り難いものであるが、

人間は元来霊体一致だから、浄霊の場合差別はないのである。

といふのは、霊が治れば体が治り、体が治れば霊が治るからである、処
が浄霊者は浄霊でスラスラ治れば普通の浄化と思ふが、治らないと霊的
と思ひ易いが、之は大変な間違ひ
である、恰度お医者が治りが悪い病気
だと結核性にするのと同様である。




  「医学革命の書」 病気を治す方法 (医革  昭和二十八年)

 以上によって病気なるものの実体は大体分ったであらうが、ではそれ
を治すにはどうすればいいか
といふ事である。前項の如く放置してをけ
ば治るのは間違ひないが、それでは非常に時日がかかる。


というのは毒素が少量であれば速かに治るが、そういふ人は極く稀で、
大抵な人は薬毒が充満
してゐる。尤も政府も医師も小学校時代から薬を
服めと教育し、奨励し、之が文化のあり方としてゐるのだから堪らな
い。今日薬剤特に新薬が如何に売れるかは、新聞広告欄を見ても分る通
り、第一位を占めてゐる。


搗て加えて先天性薬毒も保有してゐる以上、今日の人間は人間の形をし
た毒の塊り
であるから、兎もすれば病気に罹り易く、その都度薬と来
る。という訳で戦々兢々として日を送ってゐる。而もそういふ人に限っ
て矢鱈に薬を服み、衛生にも充分注意してゐながら弱々しいのは、昔か
ら養生家程弱いと言はれてゐる通りである。


又当局は当局で医学の説を金科玉条と信奉してゐる。その為ヤレ帰宅し
たら手を洗へ、含嗽をしろ、風邪を引くな、暴飲暴食を慎め、無理をす
るな、睡眠を充分採れ、黴菌を恐れよなどと注意怠らず、結核検診、各
種の予防注射は固より、子供は寝冷をするな、生水を飲むな、食物をよ
く噛め、よく睡れなどと、ザッとかいただけで此位だから、現在生活の
煩雑さは生きてゐるのが嫌になる位である。之が文化的生活としたら、
一種の牢獄であらう。


此最大原因こそ病なるものは、健康の為の神の恩恵である事を知らず、
逆に病気を病魔と言ひ、闘病などといって敵視してゐる
のを、吾々から
みれば迷信地獄に陥ちて苦しんでゐる人々としか思へない。それに引換
へ吾々の方では病を大いに歓迎してゐる。


例えばお陰様でやっと風邪を引きました。先日は酷い下痢と嘔吐があっ
て、それから迚も躰の工合が好くなりましたとか、やっと熱が出たから
もう大丈夫だと、仕事に取掛るといふやうな有様を見たら腰を抜かすで
あらう。
之こそ病の根本が分ってゐる為と、必ず治るといふ自信がある
からで、此境地こそ文字通りの安心立命を得た幸福者
である。故に此世
界から薬剤全部を海へ投げ棄てるとしたら、その時を限りとして病は漸
次此世界から消滅する
のは、断言して憚らないのである。


 以上は現代医学に対し、大胆卒直にその真相を暴露したのであるが、
では此誤謬を是正するにはどうしたらいいかといふと、それは甚だ簡単
である。即ち私の説に従ひ、病気に罹った場合自然療法か、又は浄霊療
法を行へばそれで解決する
のである。


之に就て今迄の統計によるも、最も治り難いとされてゐる結核の治癒率
が九十三パーセント、他の病気は九十七パーセントといふ好成績を挙げ
てゐる。而も右の少数失敗者の原因は、薬毒が余りに多量の為であるか
ら、そうでないとしたら百パーセントは確実である。


浄霊法の最も誇るべき特長は、施術の場合医療と異って、肉体に一手
も触れない事
である。そうして
浄霊の主眼は薬毒解消法であり、薬毒が
減っただけは治る
からよく分る。といっても医学迷信に固まってゐる現
代人は、容易に信じられまいから、充分納得のゆくやう詳説すると共
に、本人手記の百の実例をも添へてある以上、理解されない筈はないと
思ふ。




 (お陰話)

   霊の告白    『地上天国』5号、昭和24(1949)年6月25日発行
     久留米市旭町日本ゴム家庭寮 日本観音教光宝会光道会 古賀弥太次(46)

 それは昭和二十四年二月十三日夜八時半頃の事でした。その日、久し
振りで家内と子供を連れて、光宝会鳥栖教会へお参りに行き、会長の木
原先生のお話しを伺って帰って寝ましたところ、急に寒気がして来、何
んだか押しつけられたようで胸苦しく息がせわしくなり、吐気を催して
参りましたので、家内に枕元へ洗面器を持って来させなどしましたが、
嘔吐はなく、その内意識が遠くなり、唸り声を出しながら次のような事
を喋り出しました
(これは家内が臥ている私の傍で気味悪い思いをしな
がら聞いた事を後で書き認めたものに、私が夢の中から想い出すように
して補足したものであります)


 自分はこの家の七代前の先祖達になぶり殺しにされた近所の霊であ
る。代々、古賀家に障っていた(私の父は四九才、祖父は三二才で死
亡)がこの家の主人は正直で信仰心が有るから頼り、障って苦しめて来
た。ところが今日鳥栖へ行き
観音様の有難いお光りに触れて、今晩から
極楽に行く事が出来るようになった
ので有難い。これで自分は安心して
行ける。嬉しい事である。この家は益々繁昌する、「今晩十時頃濃いお
茶を供えてくれ」
引き続いて「自分は龍神である。この家の主人は悟り
を開いて人を救おうと修業しているが、悟らせると現界でも霊界でも悪
い事が出来なくなるから悟らせぬため、今少しという行の半ばで邪魔を
して来た。ところが今日木原と言う者の話を聞き、お光りに触れて観音
様の有難い尊い教えに恐入った。もうこれ以上はこの者につきまとう事
は出来なくなった。自分は人を苦しめた罪によって残念ながら八衢地獄
に落ちなければならない。
(これを二三回繰返しました)今夜限りおさ
らばする。観音教は実に正しい光の強い信仰だから益々栄えるという事
を木原という者に直接面会して伝えてくれ。木原の上に大先生がおられ
る筈だから木原を通じて必ずくれぐれも申してくれ
(これも繰返し繰返
し申しました)「この家の主人の守り本尊は大日如来である。この家も
益々栄える」
と言い終ると同時に気分がすうっとして正気に返り後は何
んともありませんでした。十時頃になって仏壇にお茶を供え、善言讃詞
と御讃歌をあげさせて戴きました。


 そしてこの事以来三度の食事よりも好きだった将棋がちっともやりた
くなくなりました。因に七代前の霊とは実家の付近にいた独身のコソ泥
で、皆からなぶり殺しにされ、私方にある戒名のない位牌がそれだとい
う事を聞かされた事があります。なお、私は以前、滝浴びをして熱心に
不動信仰をした事がありますが、しばしば家内に乱暴をして悩ませてお
りました。




   一家五人を斃した結核         
       死の一歩手前に救わる


神奈川県茅ヶ崎市赤羽根一〇六  『結核の革命的療法』昭和26(1951)年8月15日発行
長生中教会 吉田 豊(21)   『結核信仰療法』昭和27(1952)年12月1日発行

 結核! これは真の神を知らぬ曲津の神の虜となった者のために造ら
れた病ではないでしようか。私もその仲間の一人でした。昭和二十二年
の暮に青年層を斃す結核に侵される身となりました。医師より左肺浸潤
の宣告を受けた時の心境を御想像下さい。地獄のドン底につき落された
気持でした。母、兄、姉を次々と将棋倒しにしたその結核、ああ遂に私
をも斃そうと襲いかかって来たのだ。絶望! これは私の一生忘れる事
の出来ない病名です。悶え苦しみながら、皆あの世へ旅立ってしまった
のでした。


 医師はブラブラ養生をして、栄養物を摂るようにとの事でしたので、
医師のよいという事はやるだけの事はやりました。誰でも助かりたい、
助けてやりたいの一心でした。しかし結果はどうでしょう。五人共死ん
でしまった。
その時彼らの言った事は何でしょう。「養生が足らない、
体力がない、寿命だ」とただこれだけの言葉でした。何と冷たい言葉で
はないでしょうか。五人を一心に助けてやりたいと思って行った誠が、
かくも踏みにじられたのです。


 六番目に私の宣告! 断腸の思いでした。私も右のような運命になる
のは火を見るより明かです。一カ月二カ月医師に通いました。忘れもし
ない明けて二十三年一月、ある夜半突然喀血をしました。傍に見ていた
父の目には光るものがありました。布団をかぶって床に臥す父の姿、自
分を忘れ父の寝姿に手を合せるより仕方がなく、私が死んだらこの身寄
りのない年老いた父! 近所からは肺病一家だと言われて退け者にさ
れ、養老院へ行くだろうか、野垂死をするのだろうかとの思いは、私の
胸の中を走馬灯のように駈けまわり、ただ涙が頬を流れるままでした。


 翌朝父は起きなかった。一枚の寝床に入って泣く父子二人の姿、何た
る悲惨な姿でしょう。その傷ましい父の姿を見た私は何としても病に打
勝ち、父を喜ばそうと意を決したかも知れません。しかし自分の病は募
るばかり、御嶽教、大師、地蔵、稲荷と次々と宗教にすがり続けました
が、良くなる所か衰弱してゆくばかりでした。もう私は神にも見離され
たのだと思い、病に打勝とうとする心も遂に花のしおれるごとくの有様
でした。朝戸が開かないので近所の方が心配して来て下さったが、朝ま
で父子二人で抱き合って泣き明してしまったのでした。


「今日は、とても良い療法があるって聞いたから知らせに来たのです。
光明如来様のお力で、どんな病気でも治されるそうですから、どう、や
ってもらったら」
と、しかしそのような事私には考える余地はない。

「だめだよ、おばさん、僕は結核だよ」ああこの言葉は人の前ではっき
り自分の事を言うにはどれだけ勇気がいるか、しかし、私にはそれが言
えました。もう近々死ぬのが判っていたから、がその人は「いいんだっ
てよ、胸でも何でも治るらしいよ」
と今迄五人を亡くす迄既成療法、信
仰療法とあらゆる事をしたのだから、光明如来様だって駄目だろうと笑
った位でした。


 その人が帰ってから床に入って考えた。真実に治るだろうか。治りた
い、父のために吉田家のために、
治りたい治りたいの一心でした。やっ
てみるか、やってみなければ判らない。治らないものを治ると言う事は
嘘をつく事だ。いい加減な事は言わない事だ。よしやろう、やってもら
おう。


 おそるおそる服を着かえて出かけた。右足をつけば右の胸へズーンと
痛みが来る、左足をつけばやはり痛い、苦しい、やっとの事で辿り着い
た。中へ入って唖然とした。
ただ手を振っているだけで私はがっかりし
た、気抜けがした。
しかし来た以上帰る訳には行かず先生に話した。
「治るでしょうか」先生は「簡単ですよ、必ず治ります」と、その時の
私の喜びは、いかばかりでしたでしょう。赤児が乳房を吸うあの気持で
しょうか、私の番が来た時無意識にやってもらっていた。


 不思議だ不思議、体が軽くなった軽くなった。もう私は治る治る、有
難い有難いと、三度口より出た。今迄の信仰と大部ちがう。何かあるぞ
と思った。今の今迄ただの一度もはっきりと
「治る」と言われた事があ
ったであろうか。これを求めていたのだ。先生のお顔を見ればニッコリ
と笑っておられ、そのお顔がお観音様のようだった。教会を出た時は、
来る時とこうもちがうものかと、生れて初めて味わった事だ、真の喜び
とはこの事だろう。


 家に帰ってみればまだ父は床に入っていた。「お父さん」とその声に
父は首を上げ、今迄にない元気な声に、父も目をパチクリパチクリ、数
分後には父子抱き合って泣き合い嬉し泣きの涙でした。前に抱き合って
泣いた涙とどれだけの違いさか御想像下さい!


 今迄にない盗汗、又牛乳のような真白な小便が出た。不思議というよ
り言葉はない。以後十五日間で肺患三期で、医者の捨てた人間が会社へ
入社する状態に
なりました。光明如来様の御守護によって私等父子の喜
び、周囲のおどろき、遂に私は救われたのだ。この喜びを母や兄姉にも
味あわせたかった。唯物主義にとらわれていたのだ。
ああ恐るべきは唯
物教育! 薬剤だ!


 その後医者にレントゲンを撮ってもらったのは勿論です。雲翳がなく
なっていたのは勿論です。母、兄、姉を死に導いた医学を呪い悲しみ、
又再度この道を通って死に進もうとした私に、真の道標を御示し下さっ
た明主様に御礼を申上げながら、私は声を大にして叫びたい。多くの悩
める方々へ、この福音を!

 これは私達一家のたどった、生々しい地獄絵巻であった事を!

 程なく私は尊い尊い御守を拝受さして戴き、以来西村先生の御指導を
頂き、救世の道に邁進さして頂いています。明主様本当に本当に有難う
ございました。


  長き世の夢は実となりぬらむ  それの徴しのはや見え初めぬ