平成25年12月度 ミニ講座

宗教不感症     (救五十七号  昭和二十五年四月八日)

 普通常識からいえば、世の為に尽すとか、人を幸福にするという事
は善い事に違いないから、賛意を表し援助をしたくなるのが真の人
間性
である、処が不可解にも甚だ冷淡に振舞う人をよく見受ける
が、そういう人は案外多いようである、彼等の偽らざる心情は、世
の為とか人の事などはどうでもよい、そんな事は骨折損の草臥れ儲
けにすぎない、すべては自分だ、自分に利益がある事だけすればい
い、それが一番利巧だ、そうしなければ金を儲けたり出世したりす
る事は不可能だと思ってゐるらしい、実は斯ういう人の方が反って
利巧に見えるものであるから、世の中は可笑しなものである。


 従而、此種の人は自分がどんな苦しみに遭っても唯物的打算的に考
える
、即ち病気は医者にかかればいい、面倒臭い事は法律の力を借
りればいい、言う事を聞かない奴は叱言を言うか痛い目に遇はせて
やればそれでいいと甚だ簡単に片附けて了う、又吾さえよければ人
はどうでもいいとする主義だから、自分だけが贅沢に耽り、他を顧
みようとしない為全然徳望などはない、集る輩は利益本位のみであ
るから、一朝落目になるとみんな離れて了う、勿論斯ういう人に限
って年中問題や苦情の絶えた事がない、終には何事も巧くゆかなく
なり、失敗するとそれを我で挽回しようとして焦り、無理に無理を
重ねるのでいよいよ苦境に陥り、再び起つ能わざるに到るもので、
斯ういう例は世間あまりに多く見受けるのである、勿論信仰の話な
どには決して耳を傾けない
眼に見えない神や仏などあって堪るも
のか、それ等はみんな迷信
である、神仏は人間の腹の中にあるん
だ、俺だって神様なんだよと誇らしげに言うのみか、そんな事に金
や時間を使うのは馬鹿の骨頂
である、信仰などは弱虫の気休めか閑
人の時間ふさげに過ぎない
としてテンデ相手にならないのである。

 斯ういう人を称して、吾等は信仰不感症と言うのである。



     信仰と戒律   (光四十号  昭和二十四年十二月十七日)

 政治にも封建的と自由主義的とあるが、宗教も同様である、今日ま
での既成宗教は封建的が大部分を占めていた、その現はれとして
をすべからずとか、何をすべしとかいう戒律
が多かった、これらは
何れも封建的であって、小乗的
である、それに引換え
本教には殆ど
戒律がない、実に自由主義的
である。

 宗教における戒律は社会における法規と同様であって人間は法規の
力で不正を支えているという事は本当ではない、
本当に立派な人間
になれば、どんな処に放り出しておいても取締法規がなくとも悪は
行えない
というのが真の人間である。

 この理によって、戒律とは所謂宗教の法規である、したがって戒律
によらなければ  正しい信仰的行いが出来ないという事は、本当の信
仰ではない
という事になる、とはいうものの人類が野蛮未開の時代
は人間の智能が低いので、宗教を真に理解し得ないので、どうして
も戒律によって悪を制御しなければならないからである。


 以上によってみても明かなるが如く、高度の文化時代の宗教は真に
神意を理解し得らるる人間にまで進歩
したとしたら戒律という刑罰
は必要がないので、
そういう宗教こそ恒久平和の地上天国を作り得
る資格ありというべき
である。



   豚に真珠  (救五十七号  昭和二十五年四月八日)

 よく昔から、豚に真珠という言葉があるが、その通りの事が平気で
行われている、その事をかいてみよう。

 茲に一人の人間があるとする、その人は、病気とか災難とか、兎に
角不幸に苦しんでいる場合、偶々本教の話をするや、飛付いて直ち
に入信し救われる人
もあり、何だ彼んだと反対を唱えたり、疑い乍
ら兎も角病気を治してもらいたいと浄霊を受け治った事実に驚いて
入信する人
もある、之等の人は
前者は上魂であり後者は中魂であ
る、処が世の中には
下根の人も沢山いる、寧ろ一番多いかも知れな
い、斯ういう人には
いくら説明しても奇蹟をみせても頑として信じ
ない、如何に骨折っても無駄である、斯ういう人に入信を奨める事
を豚に真珠という
のである、従而斯ういう人には、一応の話をして
その態度で判断をし、下根の人と知れば諦めた方がよいのである、
見込のない事に骨折る事は時間と努力の浪費に過ぎない、甚だ非能
率的であるからである。




    手術に就て  (医革  昭和二十八年)

 近来医学に於ては、手術の進歩を大いに誇称してゐるが、実は之程
間違った話はない
。寧ろ其反対で手術の進歩とは、医術の不進歩を
表白する
事は私は常に唱へている。従って
真の医術とは、患部の機
能は其儘にしてをいて、只病気だけを除って了ふ事で、之が真の医
である。それは殆んどの病気は機能の近接部に毒素が集溜固結
し、器能の活動を圧迫阻害する
からであって、機能自体には関係が
ないのである。従って治病とは右の毒素だけを除去して了へば、そ
れで完全に治る
のである。処が医学ではそのやうな巧妙な事が出来
ない為、止むなく機能も共に除去して了うので、全く無力の結果に
外ならないのである。


 従って病気を治す目的の為、患部全体を切り除るとしたら、原始人
的方法
であって、少なく共文化的でない事は言う迄もない。而もそ
の手段たるや肉を切り、血を出し、骨を削るなどの残虐的行為によ
り、患者に非常な痛苦を与へるに至っては寧ろ悲惨事である。成程
手術中だけは麻酔薬を用いて痛苦を免るとしても、その後の傷口が
治るまでのガーゼの取替や日数のかかる事、莫大な費用を要する等
を考へたら、患者の負担は容易なものではあるまい。それでも順調
にゆけばまだしもだが、中には経過が悪く再手術を要する場合もあ
り、切開してから誤診が分り慌てて口を閉ぐ事などもよく聞く話
で、偶には手術の失敗で生命を失ふ事さへあるのだから、全く一種
の冒険
である。そればかりではない、外部的病気の場合手や足は勿
論、指を切って不具にしたり、腫物などは醜い傷痕を残す等、一生
涯の不幸の種を残す等忌憚なくいってみれば、
現代医学は野蛮医学
といってもよからう。

 然し乍ら医師は曰うであらう。"成程それは分ってゐるが、若し手
術をしなければ生命に関はる以上、不具や傷痕など云ってはをれな
いから、止むを得ず行うのだ"との理由もあらうが、之が大変な誤り
である。というのは
手術を要する程の病気なら、無論固結毒素に強
烈な浄化が起ったからで、熱も痛みも相当激しいに違ひない。つま
り旺んに治りつつある状態であるから、放っておけば迅速に毒は溶
けて、排泄され必ず治る
のであって、苦痛はそれまでの期間と思へ
ばいい。それを手術の苦痛に比べたら何分の一で済むのであるばか
りではなく、堪へられない程の苦痛であればある程短期間で済む
で、長くとも数日位と思へばいいので、而も自然療法なら順調に治
るから心配がなく、寧ろ楽しみとなる位だから我慢し易い訳であ
る。処が世間よく何十日も痛む患者があるが、之は元の病気の外に
薬毒を追加する為、其痛みが増したからである。而も自然治癒なれ
ば不具にもならず、醜い痕も残らず、短時日で順調に治り費用もか
からず、生命の危険さへない
のだから、此事を知っただけでも大き
な幸福を得たのである。然し之を読む医師も一般人も、今迄の考へ
方との余りの異いさに、容易に信ずる事は出来まいが、
之こそ絶対
の真理
である以上、白紙になれば簡単に分る筈である。それに就て
の二、三の例をかいてみよう。


 手術に就て最も多いのは、彼の盲腸炎であらうが、此病気の原因は
服み薬の毒が胃壁を滲透して右側腎臓部に集溜し、それが少しづつ
溶けて一旦盲腸部に移行し固結する
ので、健康であっても盲腸部と
右側背部腎臓部を圧すと、多少の痛みがある
のはそれであって、之
がある人は早晩盲腸炎が発るとみていいのである。之が或程度に進
むと茲に浄化作用発生し、
高熱に激痛を伴ひ、右の固結が溶け下痢
になって排泄されて治る
ので、之が順序である。処がその際溶けた
毒素は腹膜を通過するので、医師は間違へて、"之は大変だ。早く手
術しないと虫様突起が破れて、腹膜炎を起すと最早手後れで助から
ない"と曰うが、之を吾々からみれば笑へないナンセンスである。と
いうのは右は順調な経過であって、
命に関はるなどは絶対ないから
である。従って盲腸炎の場合何等手当もせず、放っておくだけで、
一週間以内に必ず治る
のである。而も盲腸は重要な機能である以
上、それが失くなれば他に影響を及ぼすのは当然で、前記の如く腎
臓部に溜った薬毒の移行する個所がなくなるから、その毒は他へ氾
濫する。それが腹膜及び腎臓部である。そうなると反って盲腸炎よ
り始末の悪い病気となり、容易に治り難くなるのである。此様に放
っておけば簡単に治るべきものを、誤れる医療は反って将来の禍根
を残すのであるから問題である。


 次に多い病気に扁桃腺炎がある。之は液体薬を服む場合、それが口
内の粘膜から浸入し、膿化し、扁桃腺部に集り固るが、それに浄化
が起って熱で溶けて腫れ、破れて膿が出て治る
のである。処が医療
はルゴール等の塗布薬で固めるから、一旦治っても必ず再発すると
いふやうに癖になって了ふ。勿論其度毎に増大し、遂に手術の止む
なきに至るのである。


 次によくある病気に〓疽(ヒョウソ)と脱疽があるが、此原因は〓疽(ヒョウ
ソ)は右なら右、左なら左の頸部淋巴腺に固結してゐる毒素が溶け
て、指の先から出やうとするその為の激痛
であるから、その際頸部
を探れば必ず固結と発熱があるからすぐ分る。故に吾々の方では〓
疽(ヒョウソ)でも指先に構はず、
頸部だけを浄霊すれば忽ち痛みは去り、
長くも数日で全快する
のである。処が医診では指が腐るなどといふ
が、之こそ噴飯物である。此間違いは最初指先に一寸した腫物が出
来ると、それが段々上の方へ拡がって行く。恰度腐れ込むやうに見
へるからである。然し之は或程度拡がれば必ず停って了ふものであ
る。

 又脱疽は〓疽(ヒョウソ)と同様鼠蹊部淋巴腺に溜った固結毒素の浄化作
で、之は略すが、此両方共医療では必ず手術するから不具になる
ので、之も浄霊か自然治療なら必ず元通りに治るし、その他の腫物
や皮膚の湿疹にしても悉く薬毒
であるから、自然療法に限るのであ
る。即ち凡ての腫物類は放っておけば、腫れるだけ腫れて最後に小
さな穴が穿き、其処から血膿が排泄して全治する。而もどんな大き
な腫物でも聊かも痕跡は残らない
から、今後此理を心得ておれば、
驚く程の膨大な腫物でも何等心配はない。而も之は非常に結構な浄
化で、若し右の毒素が内攻すれば、内臓の病気になる処を外部に排
泄されたので、大難が小難で済んだ訳である。又
傷や火傷の場合よ
くその部へ膿が集る
ので、医師は黴菌浸入の為としてゐるがそうで
はない。その附近にある毒素が、刺戟の為其処へ集まり排除される
ので、それだけ毒が減るから之も結構である。


 茲で大いに注意すべきは消毒薬中毒である。手術とか外傷の場合消
毒薬を不可欠のものとしてゐるが、何しろ何十倍に淡(ウス)めても黴菌
を殺すだけの劇薬であり、直接筋肉から滲透するので、時が経てば
必ず何処からか出やうとする
。その場合
多くは頭痛、眼(失明)、
中耳炎、歯茎等であり、時には下降して肛門(痔)、陰部、手足の
関節等へ迄も集溜し、腫物か湿疹となり、痛み痒みの苦痛が伴う

が、只消毒薬に限って激痛であるからよく分る。その場合之はアノ
時の消毒薬だなと思うと必ず肯くであらう。又近頃
膝から下に腫物
の出来る人が多いが、之は予防注射の薬毒が下降したもの
で、放っ
ておけば膿が出て必ず治り、少しも心配はないのである。




  主人の入信記   『栄光』196号、昭和28(1953)年2月18日
         茨城県水戸市砂久保町 長生中教会 小田倉カツ(36)
 馬鹿この野郎とは毎日の事、御金は無く、まして病人の絶え間と
てなく、益々増えるものは借金ばかり、借金とても限度があり、又
も又もと借りに行けば遂に借りることもできなくなり来る日も来る
日も不安の連続、どこまで不幸な私達一家なのだろうか、いやいや
不幸の種は主人にあるのだ主人さえ一生懸命に働いてくれればどう
にかなるのではないか……今日も又半年も前より長女カヨ子(当時
三歳)のルイレキを治して戴くべく背におぶり、一歳になる花子
(特に病弱)を家に寝かせて病院に通う足は重かった。


 病院に着いて見ればいつものことながら待合室は大勢の患者さ
ん、カヨ子の番まで来る時はすでに昼近く、出掛けに飲ませて来た
お乳もいつの間にかぱんぱんに張り切れんばかり、「この子のルイ
レキは治るのでしょうか」
と問えば「こんなにひどくてはとても駄
目です。どうしてもこの大きい方の三ッだけは手術をしなければ命
は無いものと思って下さい、手術をしても後のこまかくできている
のはどうしようもない」
と悲しい言葉もついこの二日前のこと、一
日も早くよくなって貰いたいばっかりに無い御金を無理してまで通
ったものを、最後の言葉は余りにも冷い言葉でした。


 どうしよう、手術をして戴こうか、それには余りにも大変な御金
が必要になる。しかし手術をしなければただ死あるのみ、ああ神様
本当に神様があるのでしたら何とぞ何とぞ私達を御救い下さい。幾
度か死を覚悟しては後に残る子供達のことを思い、いやいやこんな
弱い母ではいけないとくじけ勝な心に鞭を打ちながら生きては来た
ものの、又もや子供と一緒に死ぬ方が幸福かも知れないと次第に死
の連想が深まってゆくのでした。


 夢遊病者のごとくとぼとぼと帰路についた私の前に突然「小田倉
さん」と言葉をかけられ、はっと我に帰り頭を上げるとそれは近所
の方でした。その時初めて救世教(当時観音教)のことを聞かさ
れ、夢かとばかりに喜こび、助けたい助かりたいと夢中でお話をお
聞きし、今まで引きづり勝な足も軽々と早速水戸支部へ御参りさせ
て戴き、色々と教世教の有難いお話をお伺い致し「絶対治ります」

と先生より力強く申された時の嬉しさ、ああお救い戴けた神様はほ
んとうにお出になるのだ、有難う御座います、と下げた頭はいつま
でもいつまでも嬉し涙と共に上げることができませんでした。


そうだ私も御守様を戴き、少しでも御用をさせて戴き、一日も早く
お救い戴きたいと、それより早速一日三十円の日掛に入り、遂に御
許しを戴き昭和二十五年五月五日に御守を拝受致し、嬉し涙は次々
とほほを伝わりました。その間にも種々と御守護を戴き、ルイレキ
も三カ月目にはブヨブヨに化膿致し、皮が切れると同時に多量の排
膿があり、現在ではすっかりというところまでにさせて戴きまし
た。

 次には御屏風観音様を御奉斎致すべく心掛けている内、お許しを
戴きましたら長男のツンボが一ぺんに聞えるという奇蹟
、又花子の
肺炎の御浄化等数え上げれば限り無い程の御守護を戴きました。


 しかし主人は一向に解らず「それは時機が来て治ったのだ。手を
翳して病気が治るのなら医者や薬は必要ないではないか」
と御決り
文句です。働けど働けど暮しは困るばかり、又益々気鬱はつのり夜
になれば晩酌はし、小さき四人の子供等を前に、一人でお魚を食べ
酔がまわれば例のごとく「馬鹿この野郎」の連続、子供の頭を刈る
のにも、理髪代も出してはくれず、一同の寝静まるのを待ってはそ
っとはさみで刈りでき上る頃には夜中の二時頃、余りの情無さに枕
をぬらすことは幾度か、主人の留守に支部へとんで行ってはその度
ごとに先生より、色々優しく諭されては気をとり直し、主人が一日
も早く真人間になってくれることを神様に御願いして帰っては、ほ
っとする間もなく仕事に追われ、努めて明るくしようと思っても、
そこは信仰の浅い女故次々と出るのは涙ばかり。


滂々(ぼうぼう)毎日涙の明けくれも、そっと御守様に手を当てて
は、そうだ神様に申わけがない、こうなったのも皆私の真心が足り
ないからなのだ、総ては神様がなさっておられるのだ、と励まして
おりました。


 教会へ行けば新井先生が「どんなことがあっても腹を立ててはい
けない。どんなに解らない御主人でも、あなたが本当に真心をもっ
て神様にお願いすれば、きっときき届けて下さいます。すべて時機
です。必ず御主人の解って戴ける時機があります。又不平は不平を
呼び喜びは喜びを生みます。あなたの考え方一ツで不幸は幸福と変
るのです。たとえば世間で言う病気も風邪は万病の元が救世教では
浄化作用であり、一番有難い健康の元です。不平不満は悪魔に通じ
善は神様に通じます。病貧争をなくすべく神様の御用をさせて戴い
ている信者さんがそのようでは、とてもお人は救わせて戴けませ
ん。まず精神だけでも天国に致しましょう」
と常に私を励まして下
さいました。


我慢しよう怒らないようにしましょう、これが私にとって一番必要
な修業
なのかも知れない、と常に心を強く持つことに努めさせて戴
いている内に主人も幾分ずつ解って来るような気が致します。有難
いもう一息だと、なお一心に支部へ御参りをできるだけ多くと心掛
け、又子供達の浄化の毎にお救いを戴いている内、遂に神様は主人
をお救い下さる時機を与えて下さいました。


長男敏男が急激なる頭痛の御浄化を戴き、主人に支部へお願いに行
って下さるようにたのみますと、相変らず一杯機嫌にて引受けて下
さいました。家を出たものの、どうしたことか一時間二時間と経過
すれども帰って来ないため、益々不安は増すばかり、どうしたこと
だろうないつものことながら途中で遊んでいるのでは無いだろう
か、それとも支部に先生方が御出ではないのかしら、刻一刻が本当
に心配です。一心に御浄霊はさせて戴きながらも、あれやこれやと
思い出されるのは悪いことばかり、こんなことではいけないと心に
鞭うちながらなお待つことしばし、ガラガラと表の戸を開ける音、
ああ帰って来たほっとするのも束の間、主人一人でぼんやり帰って
参りました。


 話によれば電車を待っている内に酒のためついふらふらとしてい
たのが、いつの間にやらほんとうに眠ってしまったとのこと、目が
醒めた時には最早電車もなく仕方なく帰って来た。聞いてびっく
り、なんてまあ家の主人は暢気なのだろう、子供がこれ程の浄化な
のにしかし驚いている時ではない、解らない主人を頼んだのが悪い
のだ、早速私が連絡にゆきますと夢中で支部まで行きましたとこ
ろ、徳永先生と新井先生はまだ起きておられ、浄化の様子を簡単に
お話し致しますと「それは大変だひょっとすると脳膜炎かも知れな
い」
とのこと、早速新井先生が自転車をとばして下さいました。本
当に良かったと私もすぐ御いとまをして帰路につく。家に着いた時
は既に御浄霊中でした。あれ程あった熱もすっかり取れ、普通と変
らない程になっておりました。


暫らくして「もう大丈夫」と先生がおっしゃって下さった時のうれ
しさ、病気でさんざん悩んだ方でなければこの嬉しさは解りませ
ん。「医者でしたら脳膜炎は良くなっても馬鹿になるとか聞いてお
ります。お父さん今度こそは本当に解ったでしょう。神様はこの通
り御出になるのです。どんなに疑っていても神様はお救い下さるの
です。しかし次々とこのように奇蹟を見せられては早や疑う必要は
無いと思います。どうぞお父さんも信じて下さい。又徳永先生も明
日お父さんに来るよう申しておりましたから、敏男を連れてお礼参
りに行って下さい」
と涙ながらにお話すれば、さすが頑固な主人も
頭を上げることができず、ただうなずくばかりでした。


 朝になるのが待ち遠しかった。朝になると主人は敏男を連れて
「じゃあ行って来るよ」と元気な声を後に支部へと急いだ、主人の
帰りがとても永いような気がするなと窓を見れは一点の雲もない日
本晴「おい俺も今度はお守様を戴くことに決めて来たよ」帰るより
早く主人のはずんだ声、ああこの一言どんなに私は待ったことでし
ょう。どんなに辛いことも悲しいこともこの一言をききたいばっか
りに我慢をして来た私でした。余りの嬉しさに涙はとめどもなく頬
を伝わります。明主様有難う御座います。ただこの言葉以外には申
上げる言葉は有りませんでした。


光陰矢の如しとか、主人も入信させて戴きまして早一年、あれ程頑
固な主人も今ではすっかり別人のような変り方です。現在では私の
方がお参りが少ないと「お前ももっとお参りに行かねば駄目ではな
いか」
とあべこべに叱られる始末です。病貧争と常に絶え間の無か
った私達一家もかくして歩一歩と天国的生活に近づかせて戴いてお
ります
。そしてできないながらも、少しでも多く御用をさせて戴く
べく逢う人毎にこの事実をお話し致し、又御浄霊も出張までもさせ
て戴いています。毎日涙の明け暮れも今は歓喜の明け暮れと変らせ
て戴きました。世の悩める皆様、どうぞ救世教の門を叩いて下さ
い。迷信だの邪教だのと世間では申しておりますが、それは救世教
の内容を知らないためです。まずふれて見ましょう。そして実行し
て見ましょう。どんなことでも必ず満足な解答が得られます。世間
には種々な教えがありますけれども真の救いはこの救世教以外には
絶対にないと私は声を大にして叫びます。