このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
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ています。

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平成25年1月度 ミニ講座

 観音易行      (昭和十一年四月三十日)

 観音信仰は、観音行を実践する事は言ふ迄もない。然し、観音信仰
は昔からあったのであるが、観音行は無いと言ってもいいのである。

 

 何となれば、真の観音行は之迄の信仰とは、余りにかけ放れてゐて
殆んど反対の点が多い位である。先づその点から述べてみやふ。

 

 一般世人が神仏へ対する信仰、その意念と形式は、一つの定型をな
してゐる事である。それは熱心であればある程、凡ゆるものを犠牲に
して了ふ事である。例へてみれば、其信仰の為には家庭を捨てて顧み
ず、夫は妻を捨て、妻は夫を捨てる場合もあり、将来の生活の窮迫を
知り乍ら、金銭物質を奉献して顧みず、殆んど第三者が見て狂人とさ
へ思はれる位である。然しその当人は、純真にして、熱烈なる信仰を
飽迄も思惟し、他の忠言など耳に入るべくも非ず、第三者の忠告は、
反って火に油を注ぐやうな結果とさへなるのである。そうして、其時
代の目的なるものは、そういふ信仰によって、祖先以来の罪障は消滅
され、又、それによって、其信仰団体の理想である世界が実現するの
である、と固く信じて了ってゐる事である。然るに、こういふ状態を
続けてゐる内に、段々生活は窮迫し世間的信用は失ふ。終に二進も三
進も行かなくなり、抜殻の如き性格を抱く者の数は、数しきれない程
多いのである。

 

 是等は孰れも、真の信仰ではない。又其開祖及び宗団と其信仰の本
質が、正しくないが為である。要するに、一将功成り万骨枯るといふ
式で、信者の幸福を犠牲にして、宗団そのものが大を成さんとし、自
己の理想社会を建設せんとする為である。

 

 故に、其機構や活動を仔細に点検すれば、一種の信仰共産主義であ
る。

 

 然し、此様な信徒の幸福を犠牲にして顧みない宗団それ自身は、永
続すべき筈がない。何れは崩壊の危機に遇ふのは当然であらふ。又、
社会的に観てこういふ宗団の信徒は、一種の精神変質者であるから、
往々秩序や伝統を破り勝ちであって、自然その宗団以外の交渉は絶え
るのであって、言ひ換えれば、社会的、国家的異端者のやうになるの
で、其結果として、不敬や脱税等の行為に迄、不知不識に進むのであ
る。

 

 斯ういふ宗教は、時の経過によって解消するのは当然であるが、そ
れに惑はされて気の付かない、善良なる信者こそは、実に可哀相なも
のである。

 

 然るに、我観音信仰はそれと異り、否寧ろ反対の事が多いのであ
る。極端な犠牲がない。唯大いなる御霊徳に対する感謝報恩あるのみ
である。又、難行苦行は絶対に観音様の忌嫌(イミキラ)ひ給ふ処である。
何となれば、難行苦行は地獄である。観音様は極楽浄土に於る最高の
御位で被在らるる以上、どうしても地獄的境遇には堕ちる事が出来な
いのである。であるから、観音信仰は洵に易行である

 

 要するに一切万事常識的である。どちらにも偏らないのである。
い間狂はせられた一種の変態的信仰の型を、世人はそれが真の信仰で
あるかの様に錯覚して了ったのである。それへ対し我観音信仰は、新
しい信仰形式が生れるのである。故に、詮じ詰めれば、人間本来行ふ
べき事を行ひ、為すべきを為す丈である。即ち、当然の事を適切な行
為によって遂行するまでである。

 

   悪魔の囁き   (昭和十一年四月十九日)

 悪魔の囁き、とは映画の題名の如であるが、之は誰もが体験する事
なのである。大抵の人が、最初観音信仰に入信した時、それは嘗て覚
えない程、感激に溢れるものである。それは、今迄諸々の信仰に懲り
たり、又、何程信仰しても、御利益がなかったり、又は、真理を掴め
なかったりして、失望してゐる所へ長い間、求め求めて熄まなかった
宝玉を、見当た様なものであるから、其歓びに浸るのも無理はない
である。

 

 然るに、此処に恐るべき危機が伏在してゐる。それは、悪魔が其人
に対し、隙あらば信仰を引落さふと、狙ひ詰める事である。

 

 元来、此娑婆に於ては、昔から目には見えないが、絶えず、神と悪
魔が戦ひ続けてゐるのである。其戦といふのは、大にしては国同志で
あり、次は党派と党派、階級と階級、小にしては個人と個人、今一層
小にしては、一個の人間の心の中での、神と悪魔の戦、即ち善悪の争
闘である。故に、最大の拡がりは国家間の争闘であり、最小の縮まり
は、個人の心に於る争闘である。

 

 然るに、此心なるものは今日迄大部分は、悪に属し易かったのであ
る。謂はば、悪魔の家来が多かったのである。然し、多くの人は悪魔
の家来である事を、勿論、意識はしてない。何となれば、意識をすれ
ば最早それは悪魔から放れる事になるからである。

 

 然し終に、神に救はれる人は、此無意識で悪魔の家来になってゐる
人が多いのである。それは其人の盲目の眼の開く、可能性があるから
である。それ等の人の無意識とは何か、それは其人の善と信じてゐる
事が、悪であったり、正神と思って拝んでゐる、それが邪神であった
り、真理と思ってゐる事が、不真理であったりする事である。そうし
てそれが、救の光に依って、夫等誤謬の正体が、暴露する事である。

 

 然し、右は救はれる側の人であって、茲に絶対救はれない人もあ
る。それは勿論、少数ではあらふが、はっきりした意識の下に、悪を
行ふ人がある。又、悪を好む人もある。此意識的の悪人こそは、滅多
に救はれないのであって、之は、最後の清算期に滅びて了ふ憐むべき
人々である。

 

 茲で又、前へ戻って説明をしよふ。真の信仰を把握し、過去の誤り
に目醒め、感激の喜びに浸ってゐる時、悪魔は己の家来を奪はれた痛
恨事に、切歯するのである。よし再び彼を、己に引戻さずに惜くべき
やと、其機会を狙ひつめる。故に此事に気の付かない人間は、何等か
の折に触れて、迷ひを生ずる。それは多くの場合、親戚知人の親切な
忠告や誠しやかな非難の言葉で、其人の心を乱さうとするそれは悪
魔が其親切な言葉といふ、仮面を被って、実は其人を引堕す弾丸であ
る。そうして其第一歩として心に間隙を生ぜしめんと努力するのであ
る。其際余程確固不動の信念を有しない限り、成程、それもそうかな
と思ふ。其刹那の想念こそ、実に悪魔の弾丸による、信仰の一部破綻
である。此破綻は、例えば戦争の時、城塞の一角が崩された如なもの
で、其処から敵が続々侵入し、遂に其城廓全部を悪魔軍の手に帰する
様なものである。

 

 心に悪魔軍が侵入した其状態は、斯ふである。それは必ず、信仰を
離れさせるべき、いとも巧妙な理屈を作るものである。即ち其信仰の
欠点を探さうとするので、それが悪魔の囁きである。其時は常識で批
判すれば、馬鹿々々しいと思ふやうな事を、さも欠点らしく意識させ
る。そうして飽迄も其信仰を非なるもののやうに、理屈づけるが、そ
れは実に巧妙極まるものであって、普通人には到底観破出来難いもの
である。そうしてさういふ時は、必ず本部へ接近させないやう、本部
へ参拝しやふとする時は、些かの支障にも理由付けて、接近させまい
とする。それは何故かといふと、悪魔は強い光を非常に恐れるからで
ある。悪魔にとって光程恐ろしいものはない。光に遇ふ時、悪魔は其
悪魔力が弱るものである。

 

 万に一つも、助かる見込のない重患が、観音力によって助けられた
とする。其時は自分の生命は、観音様から戴いたものであるから、生
命を捧げても惜しくないといふ、熱烈な信仰心が起るもので、又、そ
れを口へ出す人も尠くないのである。

 

 それが幾日も経ち、幾月も経つ裡に、不思議な程忘れて了ふ人があ
る。実に浮薄、驚くべきである。それは、そういふ浮薄な人こそ、巧
妙な悪魔の術策に陥り易い人で、折角一度、観音様の家来になり乍
ら、惜しくも再び悪魔の虜となるのである。

 

 そうして信仰を離れた人は、例外が無いと言ひ度い程不幸に陥って
了ふ事実である。それを常に余りに多く見せつけられてゐる。然し、
そういふ人も早い内に気が付いて、再び救を求めて来る人はいいが、
偶には時機を失して了ふ人がある。そういふ人は、不幸の極、悲惨に
も滅びるやうになる人さへよく見るので、恰度、一旦乗ったノアの方
舟から、海中へ墜ちて溺れるやうなものである。

 

 真に救はれた人は、此点能々注意すべきである。

 

   十六、 光線療法に就て   (医講 昭和十年)

 近来、医療上、光線療法なるものが盛んになって来たが、之に就
て、其真相を述べてみる。

 

 光線療法とは読んで字の如く種々の器械又は鉱物の作用に依って放
出射光されるのであって、鉱石の方は現在の所、ラヂュウム、エマナ
チオンのみであるが、器械の方は次々新規の光線を発見作出しつつあ
るので、例えば、レントゲン、紫外線、太陽燈等である。然らば、其
効果は如何と言ふに、私の観る所を以てすれば、効果もあれば、弊害
もあるのである。或病気、例えば、瘰癧、癌、結核の如きは孰れも、
膿の部分的集溜が原因である。夫等へ向って光線を放射する時は、如
何なる変化を起すやと言ふに、其膿細菌は一層の集溜凝結に向って進
行を始めるのである。故に、数字に依って例えてみれば、百の容積あ
る膿溜は、終に十に即ち一割に縮小さるるのである。

 

 即ち、九十だけの膿積は減少するのであるから、それ丈は、病気は
治癒されたる理であるから、患者は軽快を感じ、医師も其効果を認め
る訳である。然るに何ぞ知らん、百のものが十に凝結したのであっ
て、消滅したのではないのであるから、当然、膿の密度を増す結果と
なるから、非常に固い膿結となるのである。此経過の一番良く判るの
は瘰癧であって、小さくはなるが、殆んど石の如くなるのである。斯
うなったのは、仮令我指圧療法を以てしても、其石の如き膿結を溶解
するには容易ではないので、非常の困難を感ずるのである。

 

 此理に由ってみるも、光線療法なるものは、功罪相半すと言ふ訳で
あって、恰度、十人から借金をして居ったのを、一人に借金を纒める
のと同じ理屈である。之に依って観るも現代医学は、治癒力即ち、病
患を解消絶滅する力は、些かも無いといふ事を識るであらふ。彼の東
郷大将の喉頭癌が三拾五万円のラジュウムを以てしても終に其効果な
く半ケ年にして鬼籍に入りし実例を視ても能く判るのである。

 

   十七、信仰の治病力      (医講 昭和十年)

 世には、博士に見放されたのが、信仰に依って治ったとか、長年の
病気で凡ゆる手を尽しても治らなかったのが、某宗教へ入信して治っ
たとか謂ふ話は非常に多いのであるが、之に就ても、冷静なる批判を
下す必要があるのである。

 

 再三述べた如く、現代医学は、病気を治す力は些かもなく、否寧ろ
病気の自然治癒に対しての妨害法であるから、偶々或信仰へ入ると
か、祈祷者に依頼する時、其取次人は例外なく、医薬の一時停止を求
めるのであるから、患者は、何分長い間、幾等医療をしても治らない
ので、一も二もなく承諾をなし、実行するのである。然るに、長い
間、間違った医療服薬を停止したので、病人自体の自然治病の作用
が、俄然開始されるから軽快に向ふのである。宛かも其信仰又は祈祷
に依って御利益を戴いたかの如く思はれるものである。然し、みんな
が皆そういふ訳ではない。中には実際、神仏の御利益に依って治癒さ
れるのも相当あるにはあるが、右の様な例も又相当多い事は否定し難
い事実なのである。是等は本人の儲け物より、宗教や神様の方の儲け
物であると言へるのである。



 お陰話
   霊界は五六七世界なり             
           『地上天国』12号、昭和25(1950)年1月20日発行
       香川県坂出市久米町  日本五六七教清霊会 大野保次郎(30)

 霊界は無いと否定する世の多くの人に、あるいはなまじっか学問を
鼻にかけ、霊界の実在を否認するを以て世の識者とうそぶいてる人々
に、これが実在をありのままに披瀝し、その猛省をうながすと共にた
だ今懸命に幕末の志士として、艱難辛苦の中にありて黙々五六七の出
現を信じ、御用中の皆様に対し、いよいよ一層強き信念のもと、御導
きの御参考になればと拙筆ながらペンを執りました。まず大先生の御
霊徳の偉大さに、ただ有難とう御座いますの言葉より見出す事の出来
ない私であります。
 これは志津恵(二六歳)に憑依した祖霊の話です。霊媒であります
妻の父が終戦の年の十一月十九日他界致しておりますが、去年九月十
九日より毎月毎月十九日午前四時頃になりますと大きな浄化を頂き、
午前中は相当苦しく、午後になりますとやや小康を得、夕食後は殆ん
ど快復致すのが通例なのです。勿論度重なる奇病は祖霊の憑依とは存
じておりました。本年二月大光明如来様の御霊祭を渡辺先生にして頂
いてから、二三四月といずれも大変軽い浄化で過ごす事が出来まし
て、先祖もお蔭で救われたと喜び合っておりましたところ、四月十九
日ややいつもの兆候を示しておりましたが、二十日朝一きわ苦しそう
な妻の浄化に、ただ事ならじととび起きて、善言讃詞を奏上しながら
浄霊四十分に及ぶも甲斐なく、丁度教修会に御来宅中の清霊会分会長
坂本先生の浄霊を受け、やや静まったかに見えましたため、一同また
床につきましたが、間もなく妻の口から約三十分語りました。左記に
その主なる事を記して見ます。
 父は両手をきちんと合わせて浄霊者(私)に向って何の苦痛もなく
正座を致しております。

私「お父さんですか?」深くうなずいて、父「志津恵は幸福だ、しあ
わせ者だ、わからないで、わからないでわしはつらい。」

私「何がつらいのですか? 何がわからないのですか? わからない
事があれば観音様にお願い致しますから何なりとおっしゃって下さ
い。つらいとかわからないと言う事は岐阜ですか?(因みに岐阜とは
妻の生家)」うなずいて、父「わからないのでわしはつらい。」

私「それでは近々に行って、直接母や兄弟に話してわかって貰います
から安心して下さい」

父「話してくれてもわからない。」

私「いやきっとわかって貰ってお父さんを救いますからね。」

父「ありがとうありがとう、わしは嬉しい。どうぞ頼む頼む。一刻も
早くわかってくれなければ救われないのだ。」

私「お父さんはなぜ毎月、嫁にやった先の娘に頼ってくるのですか、
岐阜へたよってはいかがですか。」

父「わかってるわかってる。だけどなあ、岐阜へ行っても頼れない。
志津恵がわしを祀ってくれるので頼ってる。どうぞ頼むぞよ。志津恵
が悪い事を考えたり、間違った事をすると先祖は苦しむでなあ。」

私「そうですか、観音様にお縋りしてしっかり御用致しますから、父
さんも霊界で御用をして下さい。」

父「するともするとも。わしは嬉しいぞ、ありがとう」お礼を連続に
五六回いう。

私「霊界は五六七の世と聞いておりますが、どんなですか。」

父「明るくなった。明るい明るい。」

私「それでは観音様のお経をあげてあげますからお帰り下さい。」

父「ありがとう。頼むぞ頼むぞ」

 祝詞をあげやがて善言讃詞も終る頃、床の間のお軸の方に向ってい
とも満足気にお礼を述べて帰られましたが、一日相当な下痢を致しま
してすっかりよくなりました。後日亡父の願いをかなえるべく、岐阜
に参り種々深夜まで語りましたが、遂に目的を果す事も出来ず、時期
を待つより外に道なしと、やるぜなき気持で帰宅致しました。

 五月十九日は大変楽に浄化も過ごさせて頂き、父もきっと救われた
と喜んでおりましたところ、五月二十八日頃より突然妻が精神異常に
なり、食も進まず、四六時中常に自殺しかねまじき行動や言語にすっ
かり私も悩まされ、我に返った時になぜ左様なつまらない事をするの
だと問えば、こんな事をしてはいけない、危険だ、痛い等みな自覚致
しながら、自分が自分でその理性を押える事が出来ず、自分自身が恐
ろしい、少しでも側を離れないでくれと言う。浄霊をすれば三十分程
は常態には復せどまた駄目なので御座います。六月一日の晩等は殆ん
ど一睡すら出来ず看護につとめました。いかなる病気も恐れないと自
信を持つ我ながら、自由を束縛されてはたと行き詰り、止むなく妻の
母宛打電致しましたところ、三日朝急ぎ来宅岐阜の私の実兄(教師補
大野鯛一)も同道致してくれ、懸命に浄霊を続けました。丁度午後六
時頃無我の境地から四十分間霊媒は行われました。

 祖霊は胃癌で亡くなった妻の祖父ですが、まず祖父、「おしげさん
(母)よく来てくれた。おしげさんには随分無理勝手な事ばかり言っ
て済まなかった済まなかった。わがままな事ばかり言うて苦しめた罪
を許してくれよ、許してくれよ。」

母「いえおじいさん、何もつくす事も出来ず本当に済まないと想って
ます。」

祖父「いや私が悪かった。おしげさんわかってくれ。救ってくれ、皆
先祖はなあ志津恵一人に皆頼ってる。いつもそんなに一人苦しめて志
津恵が可哀想だ。おしげさん、岐阜がわからないと救われないのだ。
お前がしっかりしなくてどうなるのやな。」

私、「おじいさん、今日は母さんも来てますから必ずわかってくれま
すよ。皆できっと救いますよ。」

祖父、「有難とう、芳種(父)はおかげで今よいところへな、上の方
へ行って幸福に暮している。わしもな、そこへ行こうと想うけど、明
るくてまばゆくて行けんのじゃ。芳種は倖せだ。今は一生懸命に観音
さんの御用をしている。」

私、「そうですか。私達も一生懸命御用致しますから、おじいさんも
霊界でしっかり御用して下さいね。」

祖父「するともするとも、ありがたいありがたい私は嬉しい。」

私「霊界は早や五六七世界と聞きますがどうですか。」

祖父「明るくなったとても明るい。だから皆の者が一生懸命に頼って
くるのだ。」

私「あまり長くなりますとこの肉体が持ちませんので、善言讃詞あげ
てやりますから、用事がなければお帰り下さい。」

祖父、「もう少し話さしてくれ。」

 と言って約十五分間程現界、霊界の人々十名の姓名を言って種々話
してくれました。それから祝詞、善言讃詞を三回唱号致しまして、最
後に念被観音力をお唱え中、「念被観音」といとも静かにやわらかく
唱号して、満足げに帰って行きました。瞬間氷のように冷たかった五
体は、紅潮致して参りまして、夢からさめたかのごとき妻は「ああえ
らかった今ねおじいさんが私の体に出て来てね、こんな事とこんな事
を言いました。お腹が空いたから御飯を下さい。」とて三ばい食べま
した。

 今まで五日間程殆んど食欲もなかった者が、四日の日一日は相当な
下痢を致しましたが、五日にはすっかり床より起き上り、平常と何ら
変なところなく電報まで打った、これが重病人かとただ驚きの外な
く、この霊的現象において熟々感じました事は、祖父が最後に念被観
音と唱えた一事につきまして、母親に今まで観音様と何か因縁があっ
たかと問えば、母は、「いいえ、家は真宗だから今まで観音さんをお
迎えした事もなければお詣りした事もないのに実に不思議だ。」と申
しても母も入信致しました。

 既に霊界は五六七の世で祖霊はひたすら観音の大慈大悲のおそでに
包まれ縋ってる事を痛感し、四月二十日にかかって来た亡父はその後
霊界の上の方に救われ、ひたすら御用致してる事で祖父もまた必ずや
救われ行かれた事と想います。そして先に父が出て何とか岐阜の方へ
わかって貰いたいとの切なる願いも水泡に帰しましたため、次は祖父
が普通の病気では駄目とばかり手に負えない精神病にさせて私をして
電報を打たせ、わざわざ母を呼びよせ、直接事実を見せつけあくまで
観音様に救われんとした、霊の力、ただ有難い、尊い、もったいない
の言葉より見出す事の出来ない私であります。

 なお今一つ付加えたい事は九月初旬坂出市清浜町西井高義氏次男
(一歳)が突然ひきつけ、ひきつけるや右半身硬直状態になり、口か
ら泡を吹くのですが、善言讃詞を二回奏上致しますと必す治るのであ
りますが、完全な霊的と見なし、種々原因をたずねましたが、不明に
て日増に病状は悪化致し、一日に十四五回も発作するのであります。
近所の反対者は、「そんな馬鹿げた事をしていては死んでしまう。医
師に診断して貰え。」とうるさく親切げにせめたてますし、万一死亡
せる時は世間の口もうるさいし、死亡診断書の件もある事とて医院に
参りましたところ、腸熱との診断の由、誠に笑止に耐えぬと苦笑させ
られました。

 近所の信者五、六名は世間の悪口にも負けず、神の最後の一厘を信
じ、ひたすら観音様にお縋り致し浄霊を続けました。思い当る事があ
りまして岐阜から出張中の広瀬先生の発案にて、早速御屏風観音様を
お祀り致し、先祖代々之霊の御魂供養を致しましたところ翌日は三回
の発作、二日目は完全に全快致し、見違える程の状態に復し、うるさ
かった町内の人々もすっかり鳴りを潜めてしまいました。

 以後方々で先祖代々の霊の供養の依頼を受けますが、つくづく感ず
る事はいかなる事にも総て誠の心に徹し、ひたすら観音様にお縋りあ
るのみとかたく信じます。世の人々はこれを何と御判断なりましょう
か。神はないと誇らしげに言う人々も、神から頂いたその双手をじっ
と胸にあてて、とくと御熟考あらん事を願うや切です。