平成24年6月度 ミニ講座

天国的宗教と地獄的宗教     
                        (栄百二十七号  昭和二十六年十月二十四日)


 世間宗教とさえいえば、其信仰者は精神的にも肉体的にも、多大の恩
恵を蒙り、安心立命を得て、幸福な家庭が作れるものと信じ、それに
つれて社会も国家もよくなり、此世は天国楽土になるという理想も目
標として、一意専心拝んでいるのは衆知の通りであるが、茲に誰も気
が付かない重要な事柄があるからかいてみるが、それは
宗教にも天国
的宗教と地獄的宗教の差別のある
である。

 それに就て遠慮なくいえば、今日迄の宗教は悉くといいたい程地獄的
宗教
であって、真に天国的宗教はなかったといってもいいのである。
としたら
我メシヤ教こそ、初めて生れた処の天国的宗教である事は、
言う迄もなく、従って今日迄の宗教とは、何から何迄格段の異いさで
ある。


 信者は充分知っている事だが、本教が之程進んだ医学でも治らない病
気を、訳なく治して了う事実は、毎号本紙に満載している通りである
が、それはどんな人でも、数日間教修を受けただけで、驚くべき治病
能力を発揮出来るのである。博士から見離された病人でも治せるし、
自分で自分の病気も治せるので、殆んど信じられない位である。併し
事実は厳然たる事実であるから、疑う人は先ず実地に触れてみられた
いのである。



 其ような訳で本教へ入信するや、月日が経つにつれて、自分も家族
の者も日を逐うて健康になってゆき、遂には病なき家庭となり、元気
溌剌たる者のみになるので、一家は明るく、凡てが順調に運び、真に
歓喜の生活者となる
のである。勿論何年も何十年も、医者や薬の御厄
介になっていたのが、全然縁切りとなって了うから、経済上からも、
精神上からいっても、其利益の莫大なる想像も出来ない程
である。

こそ全くの天国の救い
であって、今日の如き地獄の世の中に喘いでい
る人は、到底信じ得られない程で、之こそ人間理想の夢の実現でなく
て何であろう。


 右のような訳としたら、今の世の中の多くの信仰との異いさである。
事実従来の宗教によっては熱心に信仰しても、病気に罹るのは一般人
と殆んど同様で、止むなくお医者の御厄介になるが、容易に治らない
ばかりか、往々不幸な結果になる事もあるが、其場合寿命だから仕方
がないと諦めて了う。そうかと思うと常日頃、ヤレ風邪を引くな、結
核菌や伝染病菌に冒されるな、寝冷えをするな、暴飲暴食をするな
等、何や彼や五月蝿い事ばかり言われ、戦々兢々と其日を送っている
のが実状である。


 而も最も悲喜劇ともいうべきは、長年病床に在って呻吟し乍ら、御
当人は神に救われたといって満足している人
をよく見受けるが、之な
どは吾々からみると
全く自己錯覚である。此様になっても運命と諦
め、無理に苦悩を押えつけ、強いて満足しているという常識で一寸考
えられない
此観念を、信仰の御蔭と心得ているのだから可哀想なもの
である。それでも御当人だけは精神的に救われたとしても、周囲や家
族の者は、実に惨めなものである。御本人もそれを知らない事はある
まいが、肉体的苦痛の余り、そんな事を考える余裕すらないのであろ
う。之を一言にして言えば、精神は救われても肉体は救われないとい
う訳で、言わば半分救われて、後の半分は救われない
のである。


 従って真に救われたという事は、霊肉共に救われる事であるが、斯う
いう宗教は恐らく世界にないであろう。此様な訳でせめて半分だけで
も救われたいと思って、既成宗教の信仰者となるのだから、天国とは
凡そ遠去かっている事で、ヤハリ地獄的救いでしかないのである。何
よりも今日大宗教となると、殆んど病院を経営しているにみて明かで
ある。而も社会は之を是認し、立派な宗教事業と心得ているのだから
困ったものである。何となれば其宗教に治病の力が全然ない事を表白
している以外の何物でもないからである。本来なれば科学より宗教の
方が形而上の存在であるべきだが、之では宗教の方が科学以下になっ
て了っている。一言にしていえば宗教としての生命は喪失して了った
訳である。之に引換え本教の特色である病気治しの成績であるが、事
実科学ではどうにも治らない患者を、ドシドシ治している。之こそ生
命ある宗教と言わずして何ぞやである。


 次に本教は芸術を大いに奨励している。恐らく既成宗教も数あるが、
本教位芸術に重きを置いているものは外にあるまい。というのはいつ
もいう通り、
天国とは芸術の世界であるからで、即ち芸術は真善美の
中の美である以上、最も重要なもの
である。言う迄もなく、人間にと
って美から受ける感化は軽視出来ないものがある。


 美によって心を楽しませると共に、不知不識の内に品性を向上さ
せ、平和愛好の思想が醸成される
からである。此事は大自然を見ても
よく判る。先ず第一は山水の美である。四季折々の旅行等から受ける
景観の美は、常日頃の穢れを洗い浄め、元気を快復し、明朗なる精神
を育み、而も歴史上の智識をも豊富にされるのである。又如何なる町
でも村でも至る処の木々の緑、花の色、百鳥の囀り、春の野に舞う
蝶々、秋虫の集(スダ)く情緒等々、人間を娯しませる凡ゆるものは地に
充ちている。天を仰げば日月星辰の輝きは、人の心をして悠久な神秘
境に誘うのである。としたら之等一切は深い神意の表われでなくして
何であろう。


 其他飲食(オンジキ)にしても山の幸海の幸は勿論、人間の味覚を楽しま
せるものの、如何に多いかである。取り分け言いたい事は、人間に就
ての美である。舞い踊る姿、唄う声の麗しさ、スポーツマンの均整
美、女性の裸体美は固より、人間天与の技能としての絵画、彫刻を始
め、種々の美術工芸、建築、庭園美等々、之等も数え上げれば限りな
い程であって、全く此世界には自然と人間の美が充ち溢れている。之
等を見て考えられる事は、神の御意志の那辺にあるかで、言う迄もな
く将来天国を造るべく、其要素の準備でなくて何であろうと思われる
のである。


 私は此意味に於ての一模型として、現在地上天国を造りつつあるが、
此構想は凡ゆる自然と人工美を綜合調和させたもので、今日迄何人も
試みた事のない劃期的新芸術品であろう。
之によって万人神意を覚
り、人生の歓びを深からしめ、心性の向上に大いに役立たせんとする

のであるから、之を以てみても本教こそ天国的宗教である事が分るで
あろう。


 処が、既成宗教に於ては、此美の観念に対しては、昔から実に無関心
であった。否反って美を否定する事が、宗教本来のもののように錯覚
して来た事である。それは大抵な宗教信者は、熱心であればある程粗
衣粗食、茅屋に住み、最低生活に甘んじている
のである。之では全く
真善美ではなく、真善醜
といってもよかろう。斯ういう信者の家庭に
入ると、何となく湿っぽく陰欝であり、全く地獄の感がするのは衆知
の通りで、之を吾々は
信仰地獄といいたいのである。その頭で吾々の
方を見るから分りよう筈がない。何しろ地獄の眼で見る以上、本教の
行り方が間違っているように思えるのであるが、実は此観方こそ恐る
べき迷信である。従而、此迷信を打破し、目醒めさせ、
天国的宗教こ
そ真の宗教である事を、認識させたい
のである。

 斯うみてくると、厄介なのは現代の世相である。それは科学迷信ばか
りではなく、宗教迷信も加わって、地獄世界を作っている
のであるか
ら、此盲点を充分判らせなければならないのである。それには宗教以
上の超宗教、即ち天国的宗教が出現する事であって、それが我メシヤ
教である事を明言するのである。其理由こそ今迄は夜の世界であった
が為で、愈々昼の世界に転換せんとする、
今天国創造の大使命を以て
生れたのが我メシヤ教である
事を知るであろう。



  十三、 灸、電気、鍼、按摩、手術      (医講  昭和十年)


 灸治法は、確かに相当の効果はあるものであるが、それ以上に不可な
る理由
が在るのである。それは、人間の肉体は、神の最高芸術品であ
るから、その曲線、皮膚等の美は、飽迄保たす様努めるのが本当
であ
って、愈々その若さを保たすべく、些かも、汚さざる様になすべきが
本当であって、之が、造物主に対し奉り、報恩感謝であり、大神心を
安んじ奉る、
人間の心構えであらねばならぬ。それに何ぞや、婦人等
の艶麗珠の如き、雪の膚に見るも惨(ムゴタ)らしき、焼処の極印を、大中
小羅列するに至っては沙汰の限りである。例へて言へば、園芸家が、
美しく花を咲かしたとする。その艶やかな花弁面へ線香を以て、焼穴
を作ったのと変りはない。その園芸家は如何に嘆くであらふ。之を思
へば、灸治の如何に、間違って居るかが肯かれるであらふ。


 故に、灸治に依って、病気治癒の目的は達せられたとしても、神へ対
し奉り、冒涜の罪は免るる能はず、何時かは必ず、其罪の清算に依っ
て、相応の苦しみは脱れる事は出来ない
のである。


 電気療法一時的、相当の効果はあるが、病気を根治する事は出来得
ないのである。之は多く説明する必要はない。霊から治す力がないか
らであって、体的に一時は良くするのであって、偶々、其病気が治癒
する様に見ゆるも、必ず他に、悪結果を及ぼす
ものである。


 鍼療は、灸と同じく、神よりの賜り物へ、傷を付ける業であるから不
可なのは言ふ迄もない事で、又その効果も体的療法であるから一時的
であって、根本治療にはならないから不可である。


 按摩は、之丈は確かに保存すべきものである。何となれば、人間は、
就中、都会人は、腕と脚の運動が平均しないものである。如何なる人
と雖も、腕を使用するより、脚を使用する方がずっと多いのであるか
ら、腰部より脚部にかけては、良く血液が循環するのであるが、腕よ
り肩にかけては、自然血液の循環が、非常に悪いのは当然である。そ
れが為、欝血して、肩や首筋が凝る結果になるから、之を補ふべく、
按摩の必要があるのである。故に、平常出来る丈、腕の運動をする方
がいい
のである。




    手 術            (医講  昭和十年)


 言ふ迄もない事であるが、手術程悪いものはないのである。然し、医
師に言はしむれば、病症に依っては、手術をせねば、万に一つも助か
らぬといふ患者に施すのであるから、之も亦、止むを得ないとの理由
があらふ。然し、私が多年の経験上、手術をしなくてもいい場合、手
術をしたり、手術をした為に、反って病勢を悪化せしめ、遂に、死に
到らしめた様な実例が余りにも多いのである。手術の為に生命が助か
った人より、手術の為に、生命を落した人の方が多いのは、実験上、
疑ひない処である。西洋医学も血を出し、肉を切る手術などと言ふ、
野蛮極まる方法を用ひないで、病気を治療する様にならなければ駄目

である。それに就て、手術療法が如何に誤謬であるかの一例を挙げや
ふ。


 近来、よく、扁桃腺祓除の手術をするが、之等も非常に謬ってゐるの
である。其訳は、人間の血液は、絶えず浄化作用を行はれつつ其結果
として、血液中の不純物が膿汁となって、一旦頸部に溜積さるるので
ある。それが、尚も外部へ排泄せんとする時、扁桃腺なる最も好適の
出口を求めるのである。故に、扁桃腺祓除の暁は、膿汁は、出口を塞
がれたるを以て、淋巴腺又は耳下腺等に、溜積せらるるが故に、却
て、扁桃腺よりも、膿汁排泄に非常に困難を来すのである。即ち、
巴腺へ膿汁滞結すれば、瘰癧となり、耳下腺へ滞溜すれば、中耳炎の
原因となる
からである。従而、最も簡易なる膿汁排泄機関を祓除して
得々たる、現代医学の愚や、実に恐るべきものがある。


 故に、手術は、自然の自己治病工作の妨害をする医薬と等しく、折角
の自然治癒を妨害して、病気を悪化させるか、又は、より症状の悪い
病気に変化させるだけのもの
である。



   瑞雲教会名奉還式挨拶 
       (山根幸一先生の御講話録より) 昭和48年11月19日


 皆様、こんにちは! 
本日はお忙しい中を、お集まりいただきまして、誠に御苦労様でござ
います。

 教会名奉還式ということで、いよいよ本日をもちまして瑞雲教会と
いたしまての行事、その他一切を終わらせていただきます。只今も、
二十二年に渉ります教会活動の御礼を申し上げさせていただきまし
た。

 私は、十月三日、久方振りにこちらへ帰ってまいりまして、教会と
しての最後の月並み祭ということで、永年に渉ります教会活動を振り
返りながら、ご挨拶をさせていただきました。

 主に私の基本的な考え方ということで、周利槃得のお話などを中心
として申し上げました。是非、今一度思い出していただきたいと思いま
す。

 今日は一つ、明主様の御教えをお取次ぎさせていただきまして、ご
挨拶にかえさせていただきたいと思います。


 明主様が、事業をお辞めになられまして信仰の道へお入りになっ
た。つまり、私共で申しますと専従の契機・動機と申せばよろしいか
と思います。少し長いですが、『光への道』という御教えの中にござ
います。一部分を読ませていただきます。


「漸次、信仰生活の時を閲(けみ)するに従って、斯ういう事を悟ったの
である。それは、私の失敗の原因であった社会悪の減少の為に志した
新聞などは、未(いま)だ効果が薄い。
どうしても神霊に目覚めさせる
ことだ。これでなくては駄目だ。どうしても人間の魂を揺り動かし、
目醒めさせなければ、悪の根を断つ事は不可能である事を知った

で、それからというものは寝食を忘れ、神霊の有無、神と人との関
係、信仰の妙諦(みょうたい)等の研究に没頭したのである。と共に、
次から次へと奇蹟が現れる。例えば、私の知りたいと思う事は、何等
かの形や方法によって必ず示されるのである。そうだ、確かに神はあ
る。それも頗(すこぶ)る身近に神はおられる。否(いな)、私自身の中
におられるかもしれないと思う程、奇蹟の連続である。それ処ではな
い。私の前生も、祖先も、神との因縁も、私のこの世に生まれた大使
命もはっきり判ってきたのである。これは一大事だ。一大決心をしな
くてはならない。という訳で、事業は全部、支配人に任せ、それから
は全身全霊を打ち込んで、信仰生活に入ったのである。それは忘れも
しない、昭和三年二月四日、節分の日であった。」
と、明主様はこのよ
うに仰っておられます。


 しかも、なさっておられます事業を、全て無賃で、支配人に譲渡さ
れたと聞かせていただいております。


 私の場合、明主様と御縁をいただくことにより、明主様が全身全霊
を打ち込んで、長年研究に没頭され、お覚りになられました、神霊の
世界、信仰の世界へと、お導きいただくことが出来た
のであります。
そして、
私自身、浄霊実践を通し、又、御教えを実行させていただくこ
とにより、だんだんと神霊の実在、神と人との関係、霊界と現界の関
係、そして、明主様のおっしゃられます信仰の妙諦、信仰の尊さ、あ
りがたさを身体で味わい、覚えさせていただいてまいった
のでありま
す。


 皆様も、大きい、小さい、深い、浅い等、差はございましょうが、
等しく教祖・明主様に御縁をいただき、その御徳(おとく)に触れさせて
いただくことにより、地獄から天国へと引き上げていただいてまいっ
たのであります。「運命の途方もない発展」とか「あんなものが、こんな
になり、こんなものが、あんなになる。」と教えていただきましたが、
自分自身、振り返らせていただきまして、正に私のことであると思い
ます。


 先日もお話いたしましたが、私は、信仰即布教、即ち、「広める」の
ではなく、「広まる」ということが大切であると確信
いたし、「広ま
るに相応(ふさわ)しい自分作り」「広まるための霊域作り」ということ
を、折りにふれ、皆様にお願い
させていただいてまいりました。私は
よく、信仰雑話の序文に明主様がお書きになられておられます御言葉
を思い出します。「私は約三十年、信仰生活を続けて来たが、その長い
間、殆ど茨の道であった。官憲の圧迫、借金の苦しみ、病苦との闘い
等々。筆舌(ひつぜつ)に尽くし難きものがあった。人間としての凡ゆ
る苦しみを体験したような気もする。その半面、神の守護、人々の支
援も少なからずあって、苦楽、相半(あいなか)ばするという訳であっ
た。」
と、このようにおっしゃっておられます。


 大変おこがましいことですが、私自身、この明主様の御心が本当に
よく分からせていただける気がいたします。本当にいろいろなことが
ございました。そして無い命も、何回かお救いいただき、苦境もお救
いいただき、今日を迎えさせていただきましたこと、本当に、神様・明
主様の御守護の賜物であり、また一方、陰に陽にお祈り下さり、ご協
力下さいました先生方をはじめとする皆様方の御蔭と心より感謝申し
上げる次第でございます。

 私は皆様に、今となりましては、ああもしてあげとけばよかった、
こうもしてあげとけばよかったと思いますこともございます。

 しかし私が、明主様・二代様・教主様より御教えいただきましたこと
は、残らず取次がせていただいたつもりでございます。

その点では、侮いは一つもございません。

 ただ、私は過去に申し上げたことがございましたが、私がお取次ぎ
させていただきましたことを、
もっともっと素直に実行なさって下さ
っておりましたなら、信者さんも二万や三万で止まってなかったと思
いますし、また内容も、もっともっと高く、深く、大きなものになっ
ていた
と思います。大変に厳しいことを申し上げましたが、いよいよ
これからが本舞台でございます。今までは、何と申しましても一つの
囲(かこ)いの中でありましたし、また失敗も大目に見てもらえ、全体で
カバーしあえておりました。
これからは、お互いの信仰が問われてま
いる
と思います。
 私は「会長が偉いのではなく、会長としての役を、義務を、責任を
果たして初めて偉いのである」ということを申し上げたことがござい
ますが、皆様も布教所長は布教所長として、教師は教師として、世話
人は世話人としての、時所位における責任と義務を果たさせていただ
く、真面目に努めさせていただく、そういった心で、お取り組みいた
だきたいと思います。


 懐(なつ)かしい、恋しい、別れたくないという心は、人間の情として
は、当然でございまして、そのような心がないというのは、これは人
として欠けているといえるかと思います。しかし、その心が過ぎる、
また、それにあまりにも捉(とら)われるというのもいけません。本当に
有難かった、懐かしいと思っていただけますなら、この瑞雲教会で

んだことを、お互いの新しい御用の場で生かしていただき、それを皆
様の信仰で、御努力で大きく、強くしていただきたい
と思います。

 私は現在、東京都本部長という新しい御用をいただきまして、新し
い心で取組ませていただこうと決意いたしております。今までのよう
に、皆様にさせていただくということは出来ないかと思いますが、も
し何かございましたら何なりと申して下さい。私共の出来ますことは
喜んでさせていただきます。


 大変に厳しいことを申し上げましたが、最後に高い所からではござ
いますが、あらためて皆様の今日までの御協力、御努力に、心より厚
く御礼申し上げさせていただくと共に、ますます、大神様、明主様に
安心してお使いいただける信者、資格者にならせていただけますよ
う、明るく前向きに取り組み、ご精進いただけますよう、お祈りいた
します。

 なお、本日は、代表の方のみご参加いただいておられますが、お帰
りなられましたら、信者の皆様全員に、どうか私の心をお伝えいただ
き、御礼申し上げて下さいます様、併せて、お願いいたしておきま
す。

皆様のご多幸をお祈りさせていただきます。本当にありがとうござい
ました。




   観音様の救いの御手に     

自観叢書第1篇『結核と神霊療法』昭和24(1949)年6月25日発行
『地上天国』1号、昭和23(1948)年12月1日発行  愛知県 五六七教 原田 保

 私は昭和二十一年三月に海南島より復員致しまして間もなく、胆石
病にて松山赤十字病院に入院致しました。が仲々良くならず、二カ月
間病院生活を致しました。やっとの事で良くなり退院致しましたが、
七月再び病名不明の熱病にかかり、二十日間も苦しみぬいて、やれや
れ良くなったと思う間もなく、八月四日に現代医学においては不治と
されている肺結核に罹病、病床に伏して三日もたたぬ間に、足も腰も
たたれぬようになりました。


 それから十日もたたぬ間に床ずれが出来、三十九度から四十度の熱
が一カ月もつづき、食は進まず、お粥さえも頂けない有様で、恐ろし
い程痩せ細り、毎日医者よ薬よ、水湿布と苦しい安静療法をすること
九カ月。その暗黒無明、ただ死を待つばかりの苦しみにたえかねて、
ある時は母の手当の不足を言い、動かぬ体をもたげ病床を這い出して
用便をしたこともあり、又ある時は病苦に堪え兼ねて足も立たぬ体で
手のとどき次第、枕元のものをなげちらし、今考えれば自暴自棄申訳
のないことばかり平気でやっておりました。それからやっと歩くこと
の出来るようになってから父母に奨められて、北條教導所の胡田先生
にお浄めをして戴くことになりました。その時医者からはそんなこと
をしていたならば死んで仕舞うと言われましたが、医学界において不
治の病とされているこの肺結核、どうせ死ぬならば父母の良いと言う
事をして死ねば父母も心残りはないであろうと、昭和二十二年四月十
七日に私の姪に連れられて初めて北條町の胡田先生のところに御厄介
になる事になりました。その時の姿たるや、頬はこけ肉はおち、顔青
ざめて髪はのび道行く人は私をみると鼻をつまんで通る程でございま
した。


 先生の御言葉で安静療法等、一切の療養法を断ちぶらぶらと遊んで
養生をするようになってからは食は進み、気持は落ちつき、浄化であ
って身体のよくなる作用だという日々の生活が楽しくなり、五、六日
目には先生に散髪しておいでなさいと言われた時には驚きました。散
髪などして又悪くなりはしないかと心配しましたが、先生がついてい
るのだから大丈夫と思い、町まで散髪に行きましたが何の事もなく、
十日目には風呂へ入りましたが気持が良いばかりか、九カ月もの長い
間の垢を一時に洗い落して生き帰ったごとくさっぱり致しました。


 その中以前良くなった人々の体験を聞き、現在良くなった人達をみ
て私もいつになったらあのように元気な身体になるだろうと思ってお
りました。しかし日々快調に向う自分を覚える時、何かしら明るく楽
しみを感じておりました。丁度その頃やはり私と同じ病気で参りまし
た二十二歳の娘さん
がありました。胡田先生はその娘さんに、今なら
ば大丈夫だが放って置くと大変な事になると言われました。その娘さ
ん四、五回も来たでしょうか。こんな事では良くならないと言ってや
めてしまい、その後お医者にかかりました
。ところが
一年たった今日
の二人の運命の差
はどうでしょう。その当時、余りひどくなかった娘
さんは今年の五月お気の毒にもなくなりました


 あの時生死の淵にいた私は村人も驚く程元気になっています。この
間も麦の供出の時、麦俵一俵担いでみましたが楽々と担ぐ事も出来ま
したし、馬鈴薯の供出も二十貫ばかり担いでから、山を下る事が出来
ました。昨年五月十九日に管長先生から教修を受け、今は観音様のお
手伝いをさせて頂いております。この有難い観音様の救いの御手に皆
さんおすがり致しましょう。そして病貧争のない立派な地上天国を作
りましょう。