平成24年11月度 ミニ講座

お陰話〉 お光の霊視能力をいただいて
            『栄光』237号、昭和28(1953)年12月2日発行
                  大分県 如意輪中教会 西 信行(55)

 「お守からお光が出る」ということは、御浄霊を受けると身に霊感を感ずることや、御浄霊により病気の治る事実から、帰納的に信じて絶対に疑う余地はありませんが、お光そのものを視せられたことはありませんでした。勿論御神体から薄いお光の出ることは、私はじめ家族一同常に視せられていますが、御守や明主様の御写真からお光が出ることは未だかつて視せられたことがありませんでした。

 しかるに本年春頃より、私の長男精一(九歳)がお光を霊視する能力をいただいて、ただただ有難く、勿体なく感激で一杯でございます。実は本年春頃から精一が、「お守から御光が出るのが見える」と時々申しましたが、子供のいうこととて気にも止めませんでした。しかし度々申しますので
「それでは御神体や明主様の御写真からはどうか」
と尋ねますと
「御神体からは御守よりも強いお光が出て、御写真からはなお一層強いお光が出ます」
と申します。
「それでは御写真のどこからお光が出るか」
と問いましたところ
「明主様の御体全体からお光が出るが、特にお腹から一番強いお光が出ます」
との答、ここに初めてお光を霊視することができるのではないかと、吃驚させられたのであります。

 それ以来色々と試してみました結果、全くお光を霊視する能力を戴いているものと思われます。当支部の信徒や、中教会に参拝して信徒、特に資格者、牧中教会長先生など何十人も見せましたが、光輝く金色のお光が出ると申します。御浄霊をしている人を見ると、その人の御守からお光が出てその掌から金色のお光が何百何千という程沢山出るとのことです。そしてそのお光の太さ、強さが一人一人違います小さきはミシン糸よりも小から、ミシン糸、木綿糸、お箸、火箸、小指、中指、親指の大きさというように、各人皆違います

 明主様の御教えに「御浄霊のお光の強さはその人の信仰の程度と、お守の取扱いによる」とのことを如実に知らされました。

 又同じ人でも御浄霊する時の心構えについて光の強さ太さが余程違います。御浄霊に心を集中している時と、わき見しながら、あるいは話しながら御浄霊する時とはお光の強さに大変な違いがあります。

 又正座してするときと膝をこわしてする時も違います。又掌を御浄霊する個所に正面させたときと斜めにした時とも違います額と掌と浄霊個所の三者が一直線になるようにし、光を送る想念を強くはたらかせると最も強いお光が出るようです。
 特に手の力を抜いて浄霊する時と、力を入れている時とは大変な違いです。まったく明主様の御教え通りです。

 こうしたことを詳さに具体的に知らされて、私は固より信徒の方々も、自己の信仰ないし御浄霊の時の心構えなど、大いに反省させられています。
 次にお光はあらゆる物を透して、しかも極めて遠くまで行くものだと知らされました。掌から出るお光はいかなる障碍物をも突き透して、太陽の光のごとく先拡がりに進んで行き、その中心が特にお光が強いとのことです。

 なお大光明如来様の御神体から出るお光は、お守から出るお光の何倍という大きさ明主様の御写真から出るお光は、御神体から出るお光の何倍という大きさであることも知らされ、御神体や御尊影を御奉斎させていただいている光栄! 有難さを払々痛感させられています。
 普通人には視ることのできないお光を、愚息に霊視させていただいて、信仰上反省させられ、稗益されることの極めて大きいことを衷心より御礼申し上げます。明主様、まことに有難うございます。謹んで御礼申し上げます。
 なお今後も御神業の御用の一層つつがなくさせて戴けますよう御許し下さいませ。御願い申し上げます。

 それから私の文章――書くものについて書いてみました。
   私の文章とその他
                  (栄二百三十八号  昭和二十八年十二月九日)

 これは誰も気が附かない事と思うが、恐らく私の文章位難かしいものはあるまい。先ず文字が出来て以来例がないであろう。というのは私の説たるや、古往今来未だ嘗て何人も唱えた事のない神秘極まるものであって、今まで長い間人類が仰ぎ敬い、尊崇の中心となっていた釈迦、キリストの二大聖者をはじめ、凡ゆる偉人、賢哲の遺されている業績を解剖し批判し、その聖典までも思い切って大胆率直に論評したものであるから、読む者をして余りの超意外な説に、理解処か寧ろ反感を起す位であろう。という訳で私としてもこの点を充分考慮し出来るだけ誤解を避け、何人にも理解出来得るよう説いたつもりである。

 今一つの重要な事は、今日何人も絶対的信頼を払っている現代科学を俎上に乗せ、鋭いメスを揮って解剖し、実際の上から完膚(カンプ)無きまでに批判するのであるから、現在のインテリ層特にジャーナリストなど、その儘肯定する事は到底至難であろう。併しそれも無理はない。何しろ自画自讃かも知れないが、私の説く処現在科学の水準を遙かに抜いたものであって、言わば二十一世紀以後の科学であると思うからである。
 端的にいえば西に向いて歩いていた足を、急に東に振り向けるようなものであり、今までダイヤモンドと思って、貴重品扱いにしていた物が、何ぞ知らん硝子玉であった事を警告すると同様で、その殆んどが既成観念の打破である。つまり古い衣の愛着を捨て、新しい衣と着替えるようなものである。

 換言すれば今まで守っていた科学の牙城を崩すのであるから、その困難たるや並大抵ではない。然も万人を相手とする以上、老若男女、新旧思想、学者、智識人、一般庶民等の嫌いなく、何人にも理解が出来、疑いを差挿む余地のないよう解かねばならないのである。
 中でも最も難かしいのは無神論者に対する有神論である。彼等は科学一辺倒になりきっており、見えざるものは信ずべからずとする建前であるから、神の実在論など振り向こうともせず、寧ろ冷笑で迎える位である。
 何しろ子供の時から無神思想をいやという程叩き込まれている以上、この観念を飜えす事は難事中の難事である。故にどうしても驚異的奇蹟によるより外はないのは分りきった話である。次に宗教であるが、これも最早や存在の意義を失ってしまったというのであるから、宗教家たる私の説としたら不可解千万であろう。以上の如く私の説はどれもこれも意表であって、前人未説のものばかりである。

 従って私がこの文をかくに当っては、堅すぎてもいけず、柔らかすぎてもいけずという訳で、要は興味に引きずられながら不知不識の内に胸の琴線に触れ、自ら理解されるようにしなくてはならない。即ち学者には学理的に、農民には実利的に、芸術家には感覚的に、一般大衆には常識的にというように、夫々に適応することである。処がこの困難を絶対的に打ち破り得る能力を、私は神から与えられたのである。

 即ち学ばずして知るという神智であって、この世界にありと凡ゆる物の真理を把握し得た事で、それが頭脳の栄養となるのである。例えば数年前から私は週刊栄光新聞及び月刊地上天国の雑誌を刊行しており、それ以外単行本も年一回位は発刊している。これに就いてこういうことがあった。それは栄光新聞発行後一年位経った頃、ジャーナリストの某氏が言うには"僕は今までの経験上、新聞論説など五十号以上になると誰でも一時行詰ってかけなくなるものである。処が先生はそんなことなく続けられているのは不思議だ。今までに見たことがない"といっていたのである。

 従って現栄光は二百三十七号、地上天国は五十五号になっても相変らずであるから、右の某氏が知ったら腰を抜かすであろう。それ処か私は常に後から後から出て来るので、原稿が溜りすぎ時々整理する位である。又私は文章をかく場合、決して参考書を必要としない。紙に向えば無限に出てくる。これだけでも神智というものの如何なるものかが分るであろう。

 そうして信者も知る通り、私が色々計画もし、指図もする宗教発展上のことや、地上天国の模型、美術館等の造営は固より、次から次へと新しい企画、設計等々が浮ぶので、その都度命じるだけで何でも出来て来る。故に考えたり悩んだりする事などはないが、それでも偶には考えが出て来ないこともあるが、それは時期尚早として取止め、時を待つのである。というように凡てが自然のままである。という訳で私の心は常に平静で、坦々たる大道を行くが如しである。しかも私の仕事は到底人間業とは思えない程多種多様であるからよく訊く人がある。"明主様は随分お忙しいでしょう""お疲れになるでしょう"などと言われるが、寧ろ返事に困る位である。

 そうして昔から大事業をする人は、多忙で寸暇もない位であり、又名のある宗教の開祖などは苦心惨憺、難行苦行が附きもののようになっている。処が私は大違いで、いつも楽しみ乍ら悠々と神業に励(イソ)しんでいる。これに就いても私は言うのである。それは今までの宗教は教祖が地獄に堕ちて苦しみ乍ら、人を押し上げて救うのであるが、私はその反対に自分が先ず天国に上り、不幸な人を引張り上げて救うのであって、信者にしてもその通りである。というのは天国的宗教であるからで、この様な劃期的宗教は初めて生まれたものであって、これがため以前はよく誤解されたものだが、今日は大分判って来たようで、私は満足に思っている。

 今読んだような工合で、どっちかというと、私は遊びながら仕事
をしているようなものです。苦しみながらしている気はしないので
す。道楽みたいなものです。観音様の中に「遊行観音」というのが
ありますが、丁度そういうようなものです。それで、そういうよう
にやっているとうまく行くのです。それでいろいろ苦しんだり、気
がいかない事をやっているとうまくゆかないのです。

 この点が今までの世の中の人と反対です。これは信者の人でも同
わけです。だから嫌々(イヤイヤ)やったり、苦しんでやったりした時
にはロクな事はないです。病人の所に頼まれて行く場合にも、楽し
みながら行く時はきっと治りが良いし、治るから行くわけで、又そ
うだから良いわけです。だから楽に行けばゆくほど発展するので
す。ここが今までの世の中と違うわけです。

 ところがどうも人間という奴は いろんな癖がついて、どうも
しむのを平気で、それを当り前のように思っているのです。私も始
終そういう事がありますが、どうも思うようにゆかない、うまくゆ
かないという時には、"オレは苦しんでやっていた"という事に気が
つくのです。それでそれを放り出して、他の事をやるという事があ
ります。

 それから又時節というものが大変なもので、例えうまくゆく事で
も、良い計画でも、時節が早いとやっぱり思うようにゆかないので
す。それはやる事が悪いのでなくて、時節が来ないのです。そこを
見通すだけの智慧証覚(チエシヨウカク)がなくてはならないのです。

 それから又順序ですが、これが又実に大変なものです。うまくゆ
かなければならない、こうならなければならないのが何処かつかえ
ている、うまくゆかないのですが、そういう時によく考えてみると
順序が違っている場合があります。それで順序を良くするとスラス
ラとゆくのです。

 ですからそういうような事を早く発見するという事が智慧証覚
です。この智慧証覚というものが又大変な意味――というよりか、
物事に影響するのです。それで智慧証覚があると気がつくのです。
一番分りやすい話が、浄霊してどうもうまく治らない、おかしいな
と思うと、見当が違うとか順序が違うとかいろいろあります。それ
順序というものはやはり理窟に合う事です。合理的なものです。

 だからその病人なら病人が、未だいろいろ反対者があったり、そ
の人の想念がおそろしく食い違ったりする時にはうまくゆかない
です。そのうまくゆかないというところに又一つの理由があるので
す。それは、その病人が何も分らない内は疑いもし、反対もし、物
は試しだぐらいにやるのですが、それはそれで神様から許されま
。それは当り前です。

 ところが相当に話を聞いたり、御神書を読んだり、中には信仰に
入ったりする人がありますが、入っていながら、それに合ってゆか
ない想念でやってもらうと、そのときは治りが悪いのです。うまく
ゆかないのです。そういう事に対してチャンと合理的の理窟がある
のです。

 だからかえって疑ぐっていた人が馬鹿に治り、それから相当に信
じている人で治りが悪いという事がありますが、それはそういう訳
です。全然知らない人はいくら疑ぐっても、それは当り前の事で許
されるのです。理窟に合っているのです。

 ところが相当事実を見せられながら、なお疑ぐっている人は思う
ようにゆかないのです。そういう事をよく考えてみるとチャンと理
窟に合っているわけです。その合っている理窟を早く発見し早く知
るという事が智慧証覚です。心の鏡に写るわけです。ですから鏡が
曇ると写りが悪いから、始終鏡を磨いているとよく写るから、早く
発見するという事になるのです。ここに信仰の、案外軽く見ている
事で実は非常に重要な点があります。
 この事については、仏教で、お釈迦さんが言ってますが、「智
慧」という事をよく言います。これはその事です。それでその智慧
が或る程度まで働いたのが覚者と言うのです。

 それで大覚者というと一番偉いのです。それで、お釈迦さんが言
ったのに"証覚を得れば菩薩にする――「証覚者」が「菩薩」であ
り、「大覚者」が「如来」である"という事を言っているのは、やは
覚りという事は智慧です。ですからいろいろと何か気がつき発見
の早い人があるが、それは覚者なのだから、覚者というものは心の
曇りが少ないわけです。そこでその曇りを少なく、心の鏡がきれい
に澄んでいるというためには、御神書を沢山読むという事が一番よ
わけです。

 ですから御神書を読んでも、前にはよく分らなかったのが、その
次に読んだら、或いは暫くたってから読むと、"これだ""こんな良い
事がある""こんなはっきりしているのにどうして自分は分らなかっ
たか"という事があるが、前に読んだ時には曇っていたからです。だ
からだんだん曇りが除れてゆくにつれてだんだん分りが良くなる
いう事は、そういう訳です。



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  ---お陰話---

  霊界人次々御救い戴く 
            『栄光』204号、昭和28(1953)年4月15日発行
                島根県八束郡佐太村大字武代
                隆光中教会 杠(ゆずりは)美年子(30)
 明主様
 昭和二十四年十二月十三日入信以来、明主様の厚き御守護により
ましてこの濁世にありながら何の不安もなく、毎日を楽しく明るく
過させて頂いておりますことを衷心より感謝申し上げております。
 本当に罪多い私ではございますが、日々頂きます御守護の中から
二、三拙筆をも省みませず御報告させて頂きます。

 私結婚後間もなく主人が満一年七カ月と、生後四カ月の二人の男
の子と、八十歳になる祖母を残して結核にて昭和二十四年二月に亡
くなりましてより、身体の弱い子を心配しっつ貧と争に悩みながら
淋しく暮しておりましたが、市から戴く扶助料では乳の無い子をか
かえてどうしてもやって行けず、その年の八月実家の母に来て貰い
勤めに出る事に致しましたが、弱い子供はかわるがわる発熱下痢等
にて病院へ連れて行かねばなりませんので、勤め先は始終遅刻、あ
るいは早退をしなければならず、その辛かった事何に替え様もあり
ませんでした。

 そうしている内に十一月実家の兄よりこの尊い神様の御話を聞
き、やはり何かに頼らねばならないからというので十一月十八日の
松江南田町支部の月例祭にお参りさせて頂きました。ちょうどその
頃下の子供が中耳炎をしていましたので早速石坂会長先生より御浄
霊を頂きました。ところがそれまで膿がじくじく出ていましたのが
翌日からはピッタリ止ってしまいました。これは不思議と思い二、
三日通わせて頂き、杉谷支部長先生より御浄霊を頂きすっかりなお
して頂きました。

 それでこれは不思議だ、有難いと思いとにかく入信させて頂こう
と十二月十三日支部にて杉谷先生より教修を頂き有難い御守様を拝
受させて頂きました。これよりは子供も病院通い等一切止めただ御
浄霊一筋にて参りました。御蔭様にて度々御浄化を頂きながら、そ
の都度元気にさせて頂き、その頃は子供の検査に連れて出てもいつ
も栄養失調と言われていた二人の子供はすっかり元気にさして頂
き、毎日いたずらをして遊んでおり、私も安心して勤めに出させて
頂いております。これも明主様の御守護のお蔭と感謝申し上げてお
ります。

 ところが罪多い私には未だ未だ試練がやって参りました。それは
二十四年の末頃から家を出てくれと家主より矢の催促です。この家
の不自由な時代にどうして替る家がありましよう。おまけに子供連
れは嫌われます。仕方がありませんのでとうとう実家の一間を借り
受けて住む事になり現在の所へ移りました。

 兄も熱心に信仰させて頂き、御神体、御尊影、御屏風観音様を御
奉斎させて頂いております。私も一日も早く御奉斎させて頂きたく
思いながら未だお許しが頂けず、御神体は御奉斎させて頂いており
ませんが、御屏風観音様は一昨年五月御奉斎させて頂き、毎日御讃
歌、御論文を拝読させて頂いております。ところが明主様の御教え
の如く御屏風観音様を御奉斎させて頂き、毎日御論文等を読ませて
頂く事によって如何に霊界にて先祖の霊が早く救われるかという事
を覚らせて頂きました。

 その一つは昨年五月、私に憑霊現象がありまして生死不明であっ
た主人の生母が憑り「自分は二十年余り前朝鮮にて自殺し、その罪
と元看護婦をしていた罪とによって地獄に落ちて苦しんでいたが、
光明如来様に救われて今は天国に上り、又私の主人ももういい所へ
行って皆楽しく暮している。これもあなたが信仰するお蔭だ」と大
変よろこび「御恩返しをしなければ」と言っておりました。

 その二は九月初め、仏前にて御神書『霊界叢談』を拝読させて頂
いておりますと、急に頭から肩の方が重くなった様な感が致し、そ
れが二、三日続きました。兄より御浄霊を受けさせて頂きますと、
はたして憑霊現象あり、主人の祖父が出て参りました。

 それによりますと「自分は今地獄にいる。この人(私)がこの信
仰に入って毎日拝んでくれるけど何糞と思っていたところが、この
間から霊界叢談を読むのでわしの気持も変って来た。初めはあんな
事を言ってと思って居たが、だんだん聞いているうちに成程わしが
悪かった。これではいけない。これからうんと聞いて一心に修行
し、よくなろうと思っている。ところがわしは今地獄の一番下の方
にいるのでなかなか上れないが、その中きっといい所へ出させて貰
えるだろう。わしが地獄にいるのは昔医者をしていたからなッ、そ
れでだよ。わしはそんな積りじゃなかったが仕方がない。やはり医
者は駄目だとその後いろいろの事を言い「最後にこれからわしも
一心におすがりするから毎日よく拝んでくれ、わしの願いはそれだ
けだ」と言っておりました。これによりましても医は仁術なりと言
って人助けをしていい様に思っていましたのに、霊界に行けば豈計
らんや罪作りにて地獄行きとは……

 次にこの罪多い私も永い間の念願が叶い、この度明主様の御西下
に際し御面会のお許しを頂きました事を深く感謝致しております
が、その時頂きました御守護も御報告させて頂きます。

 それは今の祖父の憑霊より少し以前から頭が重く延髄後頭部が一
日五、六回ずつ浄化し脳天は締め付ける様な感が致しておりました
が、御面会によりましてすっかりなおして頂きました。これにより
まして明主様の御霊光がいかにお強く、御面会させて頂く事によっ
てますます浄められ、御面会させて頂く事のいかに大切な事かとい
う事も覚らせて頂きました。
 明主様本当に有難うございました。厚く厚く御礼申し上げ今日の
御報告を終らせて頂きます。
                (昭和二十八年二月二十七日)