平成23年6月度 ミニ講座

神懸り宗教     (光号外  昭和二十四年五月三十日)

今日新宗教とさえいえば、一般はすぐ神憑的のように思ふが、之も無理はない、何しろ璽光尊や

踊る宗教など、常軌を逸したようなものが目立つからで、又言論機関は興味中心から真先に取上げ

るといふ訳で、教線は微々たるものであっても、大きくクローズアップされるのである、それに引

換え真似目な常識的な宗教は割合教線が大きいに拘はらず、一般に知れ渡らないのが実情であった

といふ訳で、小なる神憑宗教が、大なる真似目な宗教を蔽ひ隠すといふ訳である。

此意味に於て、本教なども発展の割合には知られていなかったのである、勿論宣伝や売らん哉主

義は一切用いなかったからでもある、それが偶々税金問題によって一躍舞台の上にノシ上げられた

形となったので、新聞ラジオ雑誌等にジャンジャン騒がれるようになった事は、今や日本中誰知ら

ぬ者もない程である、処が吾々は凡ては神の意図によるものと信じている以上、之も時節到来、積

極的に転換すべしという神意と解釈し神のまにまに宗教活動しつつあるのが現在である。

処が、自観先生は今日迄吾等が聞知した処の各宗の開祖と異り、神憑り式や、奇妙なる言動を非

常に嫌はれる常に諭される処は常識を神様とせよとの御言葉によっても充分窺知されるのであ

る、又斯ういう事も言はれる-

神とは、言い換えれば完全なる人間という事である、故に人間は努力次第で神にもなり得るので

ある、そうして本当の宗教の行り方は一歩々々完全人間即ち世にいう人格完成に近づかんとする努

力の生活であらねばならない、然らば完全人間とは如何なる意味であらうかというと真理即ち神意

を骨とし、人間生活を肉とみるのである、即ち如何なる不正にも誘惑にも動かざる確固たる精神を

内に蔵し常に天空海濶的心境に在って日常の言動は融通無碍時所位に応じ何物にも拘泥する事

なく、千変万化身を処すべきである、又規律を尊び怠惰を嫌い万人を愛し人に接しては春秋

の気候の快適の如く何事も極端に走らず人に好感を与える事を之努め親切謙譲を旨とし

人の幸福を念願し人事を尽して神意に任せる態の信念を以て進むべきである。

人事百般完全は望むべくもないが、一歩一歩その理想に近づく努力こそ、人として最尊最貴のも

であり、斯の如き人間こそ生甲斐ある真の幸福者というべきである、勿論信仰の妙諦も是に

在るので、此様な人間の集団こそ地上天国でなくて何であろう。

以上が大先生の常に言われる箴言である。



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     『神からの人へ』

   一九九九年十一月二十二日

神から人。

神から人に、伝え、残し、さらに継がれてゆかれるべき、一つ一つのことの意味を、

よくよく理解し、よくよく行い、よくよく行じて、顕(あらわ)さば、人の、この世の、行は進ま

ん。

行の進みて、精進昇華を許されば、あの世に戻りて後の行も、軽くもならん、楽にも なるらん

なれど、この世における行を積まずば、あの世における行はきつく、辛く苦しきものとなるなり。

なれば人は、よくよく銘じ、肚(はら)に納めて、精進昇華を祈るべし。図るべし。進めるべし。

さにて、本日我等の告げる、行の一つの霊行は、人の全てのなすべき行、積みゆく行なり。果たす

べきものなり。なれば、心し、心に深く、刻みつけおき、忘れるなかれ


一つ。霊行とは、人の為(ため)なるものにあらず。

神に仕え、神に帰依し、神に捧ぐるべきものなり。

なれば、人間心の慈善に奉仕、浅き同情、憐憫(れんびん)は、人の役には立つなれど、神のお役に

立たざるなり

なれば、心を高め、神に適う、真の霊行、考えて、神に問うべし、尋ぬるべし。

神に問わずば真(まこと)の行は、偽善ともなる、罪ともなる。

なぜとあらば、人の情けや、同情、慈悲は、ときに己の我(が)を顕(あらわ)す

人の役には立とうとも、人の魂、霊魂を、浄める助けにならざるなり

真の霊行、神の手伝い、そは人の御魂の浄化を手伝う、助けともなり、機会ともなる

さにあらざらば、霊行は、おのが慢心、おのが我欲、さのみを満たす 浅きものなり。

なれば、よくよく慎み、考えて、己の我欲、慢心を、改め、見直し、控えるべし。

さなる後なる行にあらば、我欲は弱まり、高まらん。

己の慢心、我欲を抑え、神のお役に立つことをのみ、行うことが精進なり。昇華の証、示しなり。


次に、真(まこと)の霊行、真(まこと)の行は、この世に生のある限り、続きて、終わることのなけ

れば

この世に生を受けし後は、ひたすら積むべき行にあり。

なれば、一度(ひとたび)行の意味を知り、己のみ役を賜りし後には、逃れ得ぬなり、捨て置き得ぬ

なり。

なれば行は日々に行い、生あるうちに積めるだけ、積みて神のお役に立てよ

神の心に適うよう、己を高め、己を禊げよ。

神のお役に立つことは、己の汚れも浄めるものなり。有り難くして、尊き行を、賜る幸を、感謝せ

よ。

次に、神のお役に立つことの、真(まこと)の行を一つ教えん。

そは、人の心の迷い曇りを、祓(はら)い禊(みそ)ぎて、神に近づけ

神の存在、実在を、いかなる手段、方略にても、人に広めて、知らしむことなり。

なれば、己の悟り、気付きをもちて、ごの内に終わることなく、人にその輪を広ぐるべし。

縁のある者、ゆかりの者、自ずと集まり、集(つど)えるなれば、力を合わせ、力を強め、神のご守

護を賜りて、み役の成就を願うべし

神は、さなる願い、祈りにあらば、叶えて示され、導きゆかれん。

なれば、神の御心、祈りの声を、人は知るべし。気付くべし。

一人の者は声を聞き、一人の者は文字を書き、一人の者はそを語り、一人の者は伝えて広め、一人

の者は残して継がん

なれば、人の力を合わせしとき、神の力はそを助け、さらなる成就を実らせん

さにて本日、神のみ役の一つ一つを、肝にも銘じ、肚(はら)にも納め、日々に積みゆくことを伝え

し。

なれば、心し、励み行ぜよ。

本日、明日と続く霊行、明日も次なるその明日も、この世の行は終わることなし。

一つを果たせしその後には、新たなる行、み役を課さるる。感謝し、喜び、己を捧げよ。打ち込め

よ。

さにて終わらん。よくよく読みて、肚(はら)に納めよ。



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   メシヤ様へのお詫びの御用奉仕に邁進することを決意         ○○○子

○○支部の○○○子と申します。本日は地上天国祭おめでとうございます。

世界救世(メシヤ)教時代から教会時代の私達家族

 私は熱心な世界救世(メシヤ)教の信仰家庭に生まれ、お腹の中にいる時より家族揃って様々な御守

護を頂いていました。支部長クラスの父は昭和24年入信から毎月御面会に上がり、どんな時にも

厳格に御浄霊のみで数々の奇蹟を頂いておりました。

私が生後6ヶ月で目と口以外腐ったようなアトピーが半年続いたり、母は妊娠中尿毒症で腫れ上が

り一ヶ月起き上がれず、お腹の子供も三日間死して死線を彷徨ったり、兄弟が二階から落ちて尖っ

た石に頭をぶつけ近所中大慌てする朦朧状態となったり、脚の骨折などいろいろ数え切れません

が、全てメシヤ様の御光により健全に完治し、私が親元を離れる○○教会時代までは献金しては

益々商売も大変儲かり、皆幸せで何の心配も無く過ごさせて頂いていました。

 なお、小学2年の夏休み、脚に直径3cmの腫れ物がアチコチに出来、他人が心配して針一本刺

そうとしましたが、父に怒られるからと慌てて断ったものです。普段の食事も無肥料の食材ばかり

頂け、ガムひとつ厳しく怒られたものです。母いわく、私達は父の浄霊の実験台にされ、とにかく

御浄霊ばかりで、地域でも名を知らぬ者はいないくらいだったそうです。


一元化紛争時代以降、家族が不幸に

私が親元離れた頃、教団一元化紛争となり、父も熱心なりに悩んでいたようですが、その後、兄弟

も教団に奉職し、遠縁の親戚も高弟の御子息と結婚し奉職されたりもしていましたが、私も含めほ

とんどが全員○方○光教団所属です。

 一元化紛争以降、実家は二度倒産、精神の病や癌など次々起こり、兄弟親戚が施術を懸命にする

も全然治らず医療にかかってしまい、親戚も脳溢血で急死、母も癌やネフローゼで同様、父も認知

症なり事故死するなど、様々な事が起こってまいりました。私は幸いにも、昨年メシヤ教に出会う

まで、特に何もなかったので、何十年と世界救世(きゅうせい)教に全幅の信頼を持っていまし

た。


○方○光での活動

 私は青年、学生会時代には、奉仕活動をしたり、20年位前には美術文化活動をさせて頂き、児

童作品展の下地を勉強出来たところに、大阪に引っ越しすることとなり、すると丁度児童作品展の

担当者が引越しされたという偶然で、代わりに私が中心になって進めさせて頂いたのでした。

 また、前市長Y 先生に実行委員長になっていただき作品展の規模は大変大きく発展しました。

尚、芸術方面の活動では、お花の教室や学校での放課後授業、老人施設など、そうして浄霊方面で

は、自宅で毎週、浄化者対象にやっていましたが、特に芸術方面では初めからあまりにもトントン

拍子に進むので、きっと神様、御先祖様がお働き下さっているのだと確信していました。家族の事

を気にかける余裕も無い日々の中、さらに増して忙しくなって行きました。

 平成19年、本部から声が掛かり、元市長のY先生のご尽力で全国で初めて、M○A美術文化財団

支部を立ち上げ、外部の有識者の支援団体をも立ち上げ、一層忙しくなっていきました。Y先生は

以前血圧が少し高くなり、浄院へご案内したことがありました。

 何とかお薬を減らしたいという思いでいかれたのですが、願いかなず、何年か経って支部を立ち

上げる頃には大分悪くなりました。

 そうして有志の会の方々をバス1台借り切ってM○A美術館にご案内されたりもしましたが、半年

後に亡くなられました。そんな中でも、薬を減らせないかと、いろんなお医者さんを探しておられ

ましたが、とうとう入院することになり、地区代表やスタッフがお見舞いを希望するも、Y先生

は、「住む世界が違う」と言って受け付けられませんでした。

 私がもしその頃メシヤ教に居てたら、もっと対処の方法があったのでは、と悔やまれます。


活動の最高潮の時に、家族が医療へ

 美術文化活動が、最高に盛り上がってきた頃、主人が足に心臓の血栓が飛ぶ浄化を頂きました。

昔から軽い不整脈でしたが、以前知らぬ間に水虫の薬をつけ、背中に瘤ができ切除していました。

 主人は、親戚が脳溢血で亡くなったのを見ている為もあり、浄霊で治るなど信じません。浄院の

ドクターに診てもらうと、カテーテル手術され、毎日薬を沢山飲まなければいけない事になり、2

年後の、移動美術展開催の時に、今度は肺に水が溜まり呼吸が苦しくなり、浄院のドクターも驚か

れ、急遽病院を紹介され検査すると、生まれつき心臓に傷があり変形していることが発見され、前

にもまして沢山の薬を毎日に飲まなければいけなくなりました。

 スタッフから、浄院ドクターの素早い対応や治療に、ご守護報告を感謝祭でするように言われま

したが、結果的に主人は薬を離せなくなってしまい、とてもご守護とは思えず発表しませんでし

た。

 そうして、未信者の主人は、日本で指折りのドクターの優しく適切な治療を信じてしまい、浄霊

は以前よりも否定的になりました。


現実をみて兄弟で話し合い、明主様の経綸だと信じる

 話は変わりますが、私は4人兄弟で弟が3人います。皆住んでいる所が離れているので会う事も

ありませんが、信仰は4人とも案外熱心でした。

 ところが、代表先生が世界救世(メシヤ)教復興運動を企画された平成11年、9月11日に父が突

然亡くなり、翌年、今度は母が父の後を追うように亡くなり、その次の年は法事と、不幸続きの中

で私たち兄弟は何度も実家で顔を会わせることとなり、その都度、兄弟で夜を徹して、「どうした

ら信者は幸せになれるのか」「信仰は、浄霊はどうあるべきなのだろうか」と、お互いの実践と結

果を出し合ったり、教えてもらったり、貴重な情報交換の場となりました。

 話を聞くにつけ、地域によって、信仰の捉え方、進め方にかなりバラツキがあり、教団本部も中

心の東京も地方も模索中であり、教団のあり方に結論など出ることもありません。

 「模索は続くだろう、しかし、いつかは神様の答えに行き着くだろう」という甘い期待から、教

団のあり方に疑問も持たず、「私達は神様から守られているのだ」という思いは変わりませんでし

た。しかし、信仰熱心だった両親が続けて亡くなり、尚且つ、実家は私が居た頃と違って、長い間

ずっと浄化が続いており、本当はけっして幸福に向っている状態とはいえなかったのです。


平成15年 出会い

 そんな中、"神界への移行の年"である平成15年6月、急に我家は主人の会社の事情で、借り上

げ社宅のマンションから、その年の12月に一戸建ての新居に引っ越すことになります。8月、偶

然センターに来た信仰無所属の○○さんと知り合います。

 明けて16年、"メシヤ様復活の年"から、家が近くなった事もあり、○○さんが時々我家に来て

くださるようになりました。○○さんは大変み教えを勉強していらしたので、我家で偶然節分の日

に勉強会が開かれ、毎週浄霊の日を持たせて頂けるようになり、顕著な証に感動される方も多く、

「浄霊」と「医学と薬併用」との違いなど、様々教えて頂いていました。その内、○○さんは、難

病の方とかに取り組まれるようになり、我家にはたまにしか来なくなりました。でも、お陰様で、

浄霊の日に来られた方々は段々健康になってきて、皆さん喜んで来て頂いていました。

 しかし、私はお花、お茶、児童作品展と美術文化活動がますます忙しかったのですが、有難くも

再三、○○さんに出来るだけ沢山の御教えを読むように言われていました。


メシヤ教に触れ始めた時期に、M○Aの非が見え始める

 メシヤ教の話を少し耳に挟みましたが、全くHPを見る余裕もなく、教団から流れて来る事は間

違いないと思いこみ、毎日をやり過ごしていました。

 平成22年6月○○さんはメシヤ教入会と同時に支部を立ち上げることになり、○○さんが、

「浄霊」と「祈りの栞」に寄せての小冊子を貸してくださり、読ませていただきました。

「文化の根底にあった宗教を思い出す」   「時代苦を救い、人間の問題を解決する」

とあり、なるほど、私が長い間、ずっと探していたものはこれではないかと思いました。

 そうは思っても一層メシヤ教について調べる余裕も無く、M○A活動に忙しくしておりました。

 ○○さんはいよいよ8月○○支部を仮発会することになり、本来ならメシヤ教の事を理解した上

で支援させて頂きたかったのですが、時間もなく、もし浄化したら御浄霊一本で取り次いでくれる

のは○○さんしかいないと思い、ごく個人的な考えで仮発会に臨ませて頂きました。

 丁度その頃、我家の浄霊の日に近所の信者さんがお友達をつれてきて下さり、相次いで2名の方

がM○A会員になられました。M○A会員は宗教ではなく施術が出来ます。

 御浄霊をさせて頂くと、二人とも証が顕著でしたが、医療にかかり薬も出ていて、今のM○Aで

は、薬を止めて浄霊を頂くようにとハッキリ言い切ることもできず、せっかく浄霊の成果も出てい

るのに、このまま薬を飲みながらでは、まさに「ザルに水」でキリが無いと実感し、新しい入会者

に本当の幸せを掴んでもらうことは難しいのではないかとより鮮明に気付かせて頂くようになりま

した。

 しかし、それはメシヤ教に触れに行かせてもらおうと思っていた矢先であり、さらに丁度良く、

主人は会社を辞めて暫く家に居る事になるので、その理由をもって我が家での浄霊の日を無くして

いきました。


メシヤ講座に初参加し、嬉しい浄化

 いよいよ、8月12日○○支部の仮発会式が取り行われ、初めて代表先生にお会いしました。5

0数年生きて来ましたが、学校の先生も含め初めて先生という方にお会いしたように思います。

 大変温厚そうな方で集団浄霊を頂きました。仮発会式は何か昔懐かしいような思いに駆られまし

た。その夜お風呂に入いるとき肋骨の下がぐっと凹み、腎臓が大変柔らかくなっているのにびっく

りし、又、数年前、膝に水が溜まった時、よく、足裏から排泄される毒素でしょっちゅう靴下に穴

が空いたことがありましたが、今回も排泄されたのか、靴下に大きな穴が空いていました。


魂がメシヤ教を求め出し、○方○光を辞める決意

 発会してからというもの私は「メシヤ様に太く繋がるようにならせて頂きたい」と願い、スケジ

ュールを調整して、週に1度は支部に行かせて貰い御浄霊を頂くようにしていました。ただ、私は

この頃、不遜にもM○Aの美術文化活動等続けながらメシヤ教で勉強させて貰うつもりでいました。

 (私は児童作品展等で中心的立場を担っていたので、実は、周りに迷惑をかける事を考えると本

当に抜ける事ができるか不安だったのです)

 しかし、支部の方々がどんどん御浄化を頂き向上を許されていくのを目の当たりにし、○○さん

から真摯な御取次ぎを頂くうちに、できるものなら自分も天国建設にお使い頂きたいと思い、よう

やく意を決して、M○A活動から引かせてもらう旨、皆に話す事にしました。


○方○光へ申し出した日、証を見せられる

 早速、皆に伝えないと段取りとか迷惑をかけるので、12月目処に、9月下旬何人か作業で集ま

っていた時に、丁度スタッフもいたので、今回の作品展が済んだら、退かせていただきたいと話し

ました。皆スタッフ共々ビックリして言葉も無いようでした。

 その日の夜、夕拝を終え何気なく御直筆のお額に、目をやると今まで細々としか見えなかったお

文字のお光がブワーと太く躍動したので驚き、メシヤ様に"これで良し"と言って頂けたと思いまし

た。○○さんに強く言って頂いていなかったら、とても活動は止められなかったと思います。御直

筆にはあまり光を感じていなかったのですが、1月に○○さんが来た時から少しづつ光が感じられ

るようになっていました。


メシヤ講座に参加し、先祖祭祀を切り替える試み

 また、「祭祀」についてですが、紫微宮は最奥霊界ゆえ高すぎて御先祖様が入いっていない、お

位牌は儒教で、御教え通りの木製黒色で、立派な金字に喜んでかかられるという話などを聞き、仏

壇の必要性は理解できますが、今までずっと毎日、お祈りお供えしてきた紫微宮ですから、中々受

け入れることが出来ませんでした。

 11月のメシヤ講座で、いろいろ御相談させて頂くなか、「仏壇を祀って、ご先祖様に霊界から

天国建設にご協力下さいとお祈りするのが大事だから、主人に三つ指ついて、自分が間違っていた

事を詫び仏壇を祀らせて欲しいとお願いしてみて下さい」と代表先生に御指導頂きました。

 私は何故三つ指なのか、その時はよく理解できていませんでしたが、手を搗いて主人に仏壇を祀

りたいとお願いしました。

 しかし、心から詫びていない私に、「今のはどうするのか」と、新婚当初、お位牌を祀る時はあ

んなに協力的だったのに、今まで教団の方針に沿って何回も祀り方等変えてきた事を知っている主

人には、また変更することに了解してもらうことは出来ませんでした。


引継ぎしながら、メシヤ講座を片っ端から読んで感涙

 11月いっぱいで作品展の後片付けも大体終わり、だんだん活動の主体になって動くことは止め

るようにしていき、12月からは殆ど活動からは抜けさせてもらい、感謝祭もだんだん出ないように

なりました。

 12月は自分の仕事が増え大変忙しかったのですが、それでも活動から開放された私は少し時間

が出来るようになり、メシヤ教の事を勉強すべく、メシヤ講座を遡って、最初から読ませていただ

きました。読み進む程に内容は素晴らしく、もっと早く子育ての頃から代表先生のお話を聞かせて

いただけたらどんなに良かったかと思いました。

 体験事例も素晴らしく講座の内容は多岐にわたっていて、世界救世(きゅうせい)教で何十年も

学んで来たのに、初めて知ることが多く、初めて信仰をさせていただくような新鮮な気持ちにな

り、深く広がりがあり、感動する事ばかりでした。

 又、3千年の夜の時代に何度か生まれ変わっているうちに精神の悪い癖がついているので、メシ

ヤ様に倣いそれを取ることで、本来の姿、美しいあるべき心があらわれると教えて頂き、私も一つ

からでも変えさせて頂きたいと思い、普段家族から注意されていることを書き出して見ると、あた

り前のことができていない事が良く解り、大変恥ずかしく思い、○○さんから再三自分を変える様

に具体的な点をいわれてましたが、今日は素直にこの点を気をつけようと思って朝から心がけてい

ると、思いがけず子ども達と先祖供養や信仰について心から話し合う事ができたりして素晴らしい

なと思いました。

 でも何時もその様に気をつけようと思っているのですが、すぐ我が顔を出し、癖を取るのは本当

に難しいと実感しています。

 古代文字についても初めて知ることとなり、メシヤ様の教えにある想念、言霊の大切さの、どこ

までも深く意味のあることを学させて頂きました。

 先ずは「メシヤ様観の転換」、そして、「参拝の仕方」、「想念のあり方」等々、基本的なこと

から一つ一つ変えさせて頂く様にしています。


○方○光の経綸を再確認させられる

12月、メシヤ教の御降誕祭から帰ってきてすぐに、「M○Aの浄霊観」についてより明確にわから

せて頂く事がありました。

 その方は、入信以来、ご自分やご家族の浄化を浄霊一本で乗り越えてきていらっしゃいました。

 ところが娘さんが初期癌となり、療院で見てもらい、早いほうが良いからと手術した、という事

です。M○Aでは、今は癌と聞けば手術しない人はいない状況です。

 御教えの概念で病や癌の説明が出来ず、医者にいわれるままこの娘さんも決意し手術され、「い

いネン、いいネン」「ご近所の信者さんがこれからも浄霊に行ってくれることになっているし、イ

ロイロと好かったネン」と、ご自分に言い聞かせるように言われたのには、大変ビックリし胸が痛

くなるほど悲しくなりました。その時、「これって代表先生が仰っていた"からくり"ではないだろ

うか、"マジック"ではないだろうか」と"ハッ!"と気づかされました。


辞めて、さらに整理でき、気付かされた事

 また、私が活動から身を引いてからというもの、スタッフは大変神経質になり、私と繋がりの合

った人はリストアップされ、その方々は教団から私と接触しないように徹底的に監視されていて、

身動き取れないで、大変やりにくそうでした。破壊と建設の「破壊」側、「邪神」と言われていた

り、戻ってくるように祈願されたりしています。

 最近は、療院にかかったら、殆ど、薬を飲みながら、施術に取り組むという流れになっているよ

うです。しかし、メシヤ教に来て、薬理学、病理学について学ばせてもらったり、支部や友達から

借りてお医者さんの本を読んで見たりすると、まだほんのかじっただけでも医学は大変進んでい

て、メシヤ様の浄化論を裏付けるところまで来ていると思えます。それなのに、肝心のメシヤ様の

信徒がそういう事も勉強しないで、ただ、経綸だからと、療院のお医者さんの言う通りに薬等飲ん

だり飲ませたりするのは、あまりにも馬鹿げているのでは、と思います。

 そして、一番肝心な事は、メシヤ様は救世主であるという認識が薄く、申し訳なくもメシヤ様を

小さい存在にして仕舞っていたという事です。その為に浄霊も急所や病気治しに捉われ、その結

果、浄化が解決せず薬を使うことになっていったのだと思いました。

 離れてみて初めて、救世教以外でも素晴らしい生き方をされている方や、その結果、鮮やかな死

に際のお話を聞かせていただく機会があったり、私は家族一人一人もキチンと見ていなかったこと

にも気づかされました。恥ずかしい事ですが、活動から開放され、時間が出来ることで、ようやく

周りの人の話を受け入れることができるようになり、勉強する時間も出来てきたように思います。

今まで活動で忙しすぎたことは、人として大変なマイナスだったのではないかと思え、人様に良か

れと思って、M○Aの考えを押し付けてきたことが、恥ずかしくなりました。

 私は段々教費だけ収め、今年に入ってからは何十年も続けてきた献金、慰霊祭等も止め、その内

教費も納めていません。

 ところが、ふと長男が、何か嬉しそうにしているなと思ったら、4月から広島の大学にいくこと

に決まり、お給料も独立して生計出来きるだけ頂けるとの事でした。引越しに当たっても大変いろ

んな御守護があり、とても喜んでおります。また、主人も4月で例の会社を辞めるというので、生

活が心配でしたが、何か機嫌がいいなと思ったら、キャリアを活かせる様な仕事の誘いがあり、そ

ちらに勤務することになり、前より張り切って出かけて行くような感じがします。有機栽培の昼食

付とのことで、有り難く思っています。

 教団から流れて来る事は正しいことであり、ご経綸であると思い込み、私は家族や周りを巻き込

んで何十年も走り続けて来ました。

 結果をみるにつけ、「自分や信者さんの健康」「家族の幸せ」から、願いとは逆に遠ざかって行

っている、ということを気付いた時に、「トントン拍子に進むのは邪神界の頭領がついていると有

頂天なって・・」という「文明の創造」の御教えを拝読させて頂き青ざめてしまいました。

 美術文化活動は、中心の御神業ではないとわかっていましたが、最初からあまりにも調子良く進

むので、きっと神様がお働き下さっていらっしゃると思い、慈善活動にあけくれていました。

 しかし、「神は悪を利用するが、邪も善を利用する」「せっかく、善を利用して悪を進めれてい

たのに、その大きな大きな善を崩されんとしたら、邪も怒るのは当然」と○○さんは言われ、御教

え通りだと思ってはいても、なかなか理解ができず、何故だか腹も立ち、納得も行きませんでした

が、自分なりにM○Aに起こって来る状態について、また、過去からのことを考えてみると、そう

なのかもしれないと思うようになりました。

 暫くして、こんな事がありました。私は同美術文化支部の副支部長の席にありましたが、分院さ

んがやってきて言うには、後継はスタッフが自分で出来ると言っていたのですが、上手く出来ない

そうで、それを分院会議で、スタッフが「破壊」と言われたそうです。

 有志の会の総会で、M○A美術館から常務が来て講演してもらうこととなったそうで、市長等巻き

込んで健康生活都市を発信するらしく、それが「建設」が進むことになるんだ、と得意げに話して

下さいました。分院ネットの皆もその事を誇りに思っている感じでした。

 しかし、2年前の総会ではチーフスタッフが、持病がきつくなり歩くのも痛くて大変で、会場に

傘を杖代わりにして顔をしかめて現れ、それを見たY先生の後任者が、「療院で治してもらった

ら?」とチーフスタッフに言いました。その場にいた私は青ざめ、"あ~、M○Aは健康をうたい文

句にしているのに"と、スタッフには申し訳ないですが、正直わざわざ来らなくても、と思いまし

た。それに比べ後継者の方は、大変健康そうです。

 なお、現在のスタッフは、腰が悪く通常勤務が出来ない状態でが、"健康生活都市"を提案し進め

ているそうですし、難病浄化中の分院さんが、M○Aの窓口という重責を引受けて下さっている状態

です。

 こうしたM○Aの主要メンバーが次々病人という状態で、どうやって健康生活都市を提案していく

つもりなのでしょう。とても自分達を見て下さい、とはいえないと思えます。

 私の知っている信者さんいわく、"私が離れてからでも、大変熱心な方々が次々とご不幸になって

いかれていますが、あんなに熱心な人がどうしてアーなっちゃうんだろう"、といぶかしげに話して

いらしゃいました。

 メシヤ様は薬毒の怖さを徹底して説かれてこられました。「文明の創造」では、あのアダムとイ

ブの寓話の"禁断の木の実"は"薬"とハッキリ御教え頂いています。

 また幼少の話になりますが、私は生後6ヶ月でひどいアトピーになり、両親は全く薬(禁断の木

の実)を使わず、浄霊で神様に治して頂きました。結婚して3人の子どもを授かりましたが、アト

ピーは免れないだろうと覚悟していました。しかし3人ともアトピーにはなりませんでした。又、

母はお産の度にひどい尿毒症になったので、私も覚悟していましたが、お腹の中から御浄霊を頂

き、薬を使った事のない私は、その心配もなく出産いたしました。ただ、この2点だけを考えても

薬剤を、"禁断の木の実"を、人間は使わなければ世の中に病が少なくなっていくという事がよく解

ります。

 にも関わらず、○方○光の療院は以前よりも、信者未信者関係なく、また治る病も発症当初か

ら、こられた方に薬を薦めて、治らないようになっています。私の信じて来た道は、人を幸せに導

く道では無く、○方○光の皆が疲れきっているのに、さらに美術文化活動をどんどん広げていった

私は間違っていたようです。

 まだ、教団にいる皆は、矛盾を感じたりしながらも、打ち出されたことは御経綸と信じ、疲れた

体に、鞭打って、頑張っていらっしゃいます。その先に幸せは来るのでしょうか?この"からくり"

を理解して貰う事ができるでしょうか。

 しかし、私も忙しい時は、そうした疑問すら考える余裕も無かったのです。○○さんに引っ張っ

てもらってなかったら、ずっと気付かなかったと思います。

 メシヤ様!本当に申し訳ありませんでした。ようやく、メシヤ様の本当のお気持ちが、何処にあ

るのか気付かせて頂いたように思います。

 メシヤ様の信徒として足らない所ばかりでお恥ずかしい限りですが、どうぞ、お詫びの御神業を

させて下さい。地上天国建設の御力と智恵をお授け下さいますようお願い申し上げます。

 メシヤ様を信仰する者が皆、間違いなくメシヤ様の御意志を継がして頂けますよう心から願いま

す。ありがとうございました。