平成29年4月度 ミニ講座


このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
ご自由にコピーして御使い
下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。


※何か質問などある場合
は、「お問い合わせ・質問
等」の欄よりメールでお願
いします。

   理論宗教と行動宗教 
           『地上天国』3号、昭和24(1949)年4月20日発行
 そもそも宗教の目的は何であるか――などと今更鹿爪(しかつ
め)らしい事をいうのは野暮(やぼ)であるが、さらばといって
軽々に取扱うべき問題ではない。近頃のような物騒な世相は黙って
みている訳にはゆかない、何とかしなければならないとは誰しも思
わない訳にはゆかないであろう。事実安心して生活が出来ないとい
うのが現在の世相である。しかも年少犯罪者の殖えるという事も実
に寒心に堪えないところで、日本の前途が想いやられるのである。


 当局も厄気となって犯罪防止に大童(おおわらわ)であるが仲々
予期の成果は挙げ得られない。そこで心あるものはどうしても精神
的方面から改善してかからねばならない事に気がつくのであるが、
いかんせん現在あるところの日本の宗教はどうにも手の出しようが
ないようである。なぜなれば今日宗教界のエラ方などは、仏教哲学
や古典研究にふけったり、学校の教授になったり、中には殿堂の奥
深く隠れて著述や経文の筆写等に余念がない。教主様はといえば錦
繍(きんしゅう)に纏(まと)われ、生神様や生仏として雲の上に
安居し、俗界との交渉は伝統に背くかのように思われている。たま
たま民衆に伍して宣伝する専門的布教師もあるが、その言う事が民
衆の生活にアッピールする力がなく、実生活に喰入り得ない恨みが
ある。彼らは声を枯らして仏教理論を説くといえども空理空論が多
く、世を救う力ははなはだ微弱と言わねばならない。これら現実に
理しない宗教を私は理論宗教というのである。


 以上のごとくであるから、本当に社会同胞を救おうとするには、
理論だけでは間に合わない、どうしても直接民衆生活に突入し、信
仰即生活というまでに溶け込まなければ駄目である。私はこれを称
して行動宗教というのである。しからばそのやり方はどうするのか
というと、たとえば今最も日本の悩みとしているところのインフレ
による生活苦や、その原因である食糧政策、またそれに関連する労
働問題、その他犯罪の防止、政界の浄化、結核問題等々、実に早急
に解決しなければならない問題が山積している。吾らはこれらに対
して宗教的批判の鋭いメスを揮い、生きた行動によって解決しよう
とするのである。


 この意味によってわが教団の今現に行いつつある事業も、これか
ら大いに行わんとする計画も、この線に沿うて進んでゆくつもりで
ある。まずその具体化として最近手を染め始めたものに、熱海より
十国峠へ向かって約一里の地点に、気候温和にして風光明媚なるな
だらかな起伏に富んだ、高燥(こうそう)なる約十万坪の土地であ
る。水も豊富で電力設備も完全である。これは某篤志家から無償で
借受け開発に着手したのであるがもちろん信徒のみの労力奉仕によ
るものであって、大体この事業の目的は二つある。一は無肥料栽培
による食糧増産で、理論よりも実際成績を天下に示す事であり、こ
れによって食糧問題解決の一助たらしめんとするのである。そうし
て当農園は現在三町歩にわたって水田畑作等の耕作をしており、乳
牛も数頭あり、高い山は遠く離れているから日当りがよく、熱海の
海浜は一眸(ぼう)の下にあり、しかも檜三十万本、杉七万本あっ
て、いずれも二、三十年を経ているから、将来いかほどの建造物に
対しても事欠かぬという特点がある。


 また将来は果樹園、花卉栽培、養鶏、牧畜、酪農、綿羊等、出来
るだけ多角農業の計画を樹てている。

 次に今一つの目的がある。それは虚弱者、病後の要静養者、特に
軽度の結核患者に対する神霊放射能による、信仰療法である。これ
によって今最も重大視せられている結核問題解決の一助に資せんと
するものである。もちろん右療法の結核に対する治癒率の素晴しい
事、療養費を一銭も要せざる事、結核は絶対に感染せざる事等の
吾々の理論を如実に示し、従来の誤れる結核療法の蒙(もう)を啓
かんとするのである。決して大言壮語するのではないが、漸次日本
から結核を追放してしまう自信をもって実行に取掛らんとするので
ある。

   (注) 鹿爪らしい(しかつめらしい)、堅苦しい。形式ばっている。鹿爪は当て字。
       錦繍(きんしゅう)、錦と刺繍を施した織物。美しい衣服のこと。
       高燥(こうそう)、土地が高く湿気が少ないこと。



   五六七世界の建設 
              (自叢十二  昭和二十五年一月三十日)
 吾等が唱える五六七世界の実相は目下執筆中で、何れ発表するつも
りであるが、茲では五六七世界建設までの過程に就て些か述べよう
とするのである。


 勿論、五六七世界とはキリストの予言した天国であり、釈迦の唱え
た所謂みろくの世である。然るに此理想世界たる五六七の世は、今
や呱々の声を挙げんとする寸前に迫っている事である。


 私の霊感によれば、今霊界に於ては既に五六七世界の土台は築かれ
たのである。之によって近き将来、いとも現実的に此地上に出現す
る事は、疑う余地はないのであるから、何と有難い時節に生れたも
のではないか。之を慮う時、吾々は歓喜が湧き起るのである。


 それに就て知らねばならない事は、例えば今茲に一大豪壮な建築物
を建造せんとする場合、今迄その土地に存在していた古い家は破壊
されなければならない。勿論その古材の中から、新建築に役立つも
のを選び、洗い浄め、削り治して使用する事は勿論であって、今や
五六七世界建設に当っても、それと同様な事象が行われるであろ
う。


 それに就て今後発生する凡ゆる事態が、人間の眼からみて理屈に合
わないような事や、無益と思う事、破壊的の事等もあるかも知れな
いが、それは汚穢の一大清掃である事を知らねばならない。然し一
切は神意の具現である以上、人間の凡眼によって、兎や角判断する
事は出来ないとすれば、人間たるもの大いに謙譲の態度を以て、一
切の推移に順応すべきである。此事を霊感によって知識し得た吾等
は、常に偉大なる神意を曲解せざるよう戒意し、正しい神観を以て
今後人類の経験にない、如何なる異常事や崩壊作用も、信仰に徹す
る者の特権として与えられたる安心立命の境地に住し、生を楽しみ
つつ時を待つべきである。


 斯様な甚だ掴み所のない言い方も、深遠なる神の密意は現在具体的
に言う事を許さないからである。要するにミロク世界実現前、当然
経なければならない其過程に対処する心構えを述べたまでである。




   木原元理事長の言葉   (S30.8.15)

(中略)私がみ教えいただく時、明主様のお言葉をその時生まれたよ
うな気持でいただくのです。例えば昨日聞いて知っていることで
も、その時生まれたという気持でいただくというと、自分の血肉に
なる――ということを言ったものです。


 実は今、「五六七世界の建設」という御論文をいただいたのです
が、あれだけいただいただけでも、わからなきゃならん問題がある
のです。ただ単に、五六七世界の建設と別個なもののように考えな
いことです。我々は、その中に住まわしていただくのです。そうす
ると、今み教えの中にあったように、例えば豪壮な建物があって
も、そのままではミロクにならないのです。どうしても壊さなきゃ
ならん。そこにあなた方のお陰を戴く戴かないの非常に大事なとこ
ろがあるんです。少しでも自分の持っていたものを、壊さずに持っ
ていると、それだけ邪魔になる。持っていたものも削り直さなけれ
ば使えないんです。明主様のみ教えにあります。


 いろいろ言うけれども、今生まれた気持で聞けば何でもない。と
ころが「気持は生まれたばかりの赤子になって聞きます。」と言っ
ているけれども、その実、「ああ先生は言うけれども、自分はこう
いう体験がある。」と考えたりするものです。それが本当は邪魔に
なるんです。


 それを取る癖をつけるんです。始めは理屈が出て来るのも仕様が
ない。しかし言わんようにすることです。思うだけならまだいいん
です。つまり、ミロクの世というのは思っただけで出来るものじゃ
ないんです。いけないことはそれを思い直すことです。これは思っ
た事は、思うことで消してゆける。やったことは、やって消さなき
ゃならん、というのがこれまた当り前の話です。そういうことを肚
に入れておくことです。先生は、同じ話するなーと、ちょっとでも
考えると損します。


 大体、今年は本筋に入る年ということは、ミロクの世になるとい
うことです。それはどういうことかというと、一番簡単に言えば心
言行の一致ということです。即ち、想念の世界――つまり心と、言
うことと、することとの三つが、一体になるということです。これ
がミロクの世なんです。まず第一に大切なことは、あなた方の心言
行というこの三つが、三位一体にならなきゃだめなんです。それが
ミロクの世なんです。で、もし、それがあなた方に出来ると、ただ
今からすぐミロクの世になれるのです。心の中と、言うことと、す
ることと、チャンと一致してゆくことです。その基準となるのはみ
教えいただいているのですから、それを実行してさえゆけば、いと
も簡単な話なのです。


 ところが、その簡単なのがなぜ出来んかというと、さっき話しま
したように壊してしまわなきゃならんものを、自分が持ったまま行
こうとするからです。これがうまくゆかない因(もと)なんです。
神様のことというのは、本当に一からやり直さんとだめなんです。


 それで御用にたずさわるならまず新聞配布の御用からやってみる
ことで、それをやらずに来ている人達はだめというとおかしいけ
ど、だめと言っていいくらいなものです。神様の御用のうち、誰で
も出来る簡単なことから、まずやるのです。それをやらずにおい
て、始めから偉い人になろうなんて思うたって、それは決してなれ
るものじゃないんです。


 私は新聞の配布は出来んという人があるが、自分は第一歩からと
いうことを忘れんようにしなければ、どうもいかん。いろんなこと
を私は黙って見ておりますが、結果がよくないんです。新聞配布の
時にチャンとしなかった人は、必ずその結果が出てきます。「五六
七世界の建設」というところに簡単にお書き下さっている――つま
り旧なるものは壊してしまわなきゃならん。役立つものといって
も、そのまま使えるものは何もないのです。だってミロクの世とい
うのは新しい世界なのですからね。そしたら自分も、新(さら)の
人間にならなきゃならん。これが一番大事なことです。(中略)




   信仰の窓     松籟生
              『栄光』101号、昭和26(1951)年4月25日発行
 三月二十九日の昼過ぎであった、一ある有名な雑紙の記者が六
名、カメラマンを同伴して、咲見町の仮本部に、教会の幹部を訪問
された。

 流石有名な雑誌の記者だけあって、極めて真面目に、わが世界救
世教の教義や、現当利益や、活動状況など、長時間に渉ってきかれ
るのであった。


 それは、何れ同誌の記事となって、世に公にされるであろうが、
その時、席に立会われた、鈴木正吾先生は、次ぎの話をされたので
あった

 「私は救世教へ入る前から、浄霊によって、病気が癒やされ、怪
我のために挫折した足が、僅かの間になおった実際を目撃して、こ
れ等の点については少しも疑問を持ってはいない、が入信以来参拝
に、東京から熱海に来る汽車の中で、老人や婦人等に、席を譲って
おる人を見ると、どれもが救世教のバッチをつけておるのには、つ
くづく感心した、またここに来て幾百人の参拝者が雑沓していて、
別に下足番があるわけでもないのに、下駄一足なくなったとも、と
りかえられたとも、一度もきいたことがない。これが他の一般集会
の場合であってごらん、恐らく大変な現象を見るであろう、信仰の
ある人とない人では、こうも違うものかと、深く考えされるのであ
る」

 この話は、信者から見ればなんでもないことのようではあるが、
始めてきかれた人々には、多大の感銘を与えたようであった。

 信仰物有無も、信仰の深浅も、その人の言動によって察知するこ
とが出来る、和光同塵の姿は、洒脱風流の袖にも、自ら人の目に触
れ、人の心を動かすものである。


 私の知る、女性の一信者は、その教養の高きせいもあろうが、目
下不遇の境涯にありながら、毛頭不平不満を洩らしたこともなく、
悲しいにつけ嬉れしいにつけ、ただ、神の御恩召しであるとして、
神への信仰、明主様への帰依は益々堅固を加えつつある。私は同信
者の姿を見る毎に頭の下る思いがするのである。

 鈴木先生の目撃された一般信者の態度も、また私の観察した、一
信者の実際も、共にわが世界救世教の華として賞揚さるべきものと
思うのである。




   肺結核より救はる
     自観叢書第1篇『結核と神霊療法』昭和24(1949)年6月25日発行
      『地上天国』3号、昭和24(1949)年4月20日発行 
                 大分県 五六七教南光会 河野明義(28)
 十九歳の時学校卒業後間もなく肋膜炎にて二十一歳の春迄病床生
活を送りました。

 その後はずっと体力を回復いたし、大戦中は無事過ごしました
が、二十五歳の時終戦後間もなく気力のゆるみか、戦争中の過労の
ためか遂に肺結核となり以後二十八歳の現在迄繰り返す事六回、回
を重ねる度に病気は悪化する許りで六回目は最悪の状態に迄なりま
した。一月二十五日喀血して以来は忠実医師の命令通り絶対安静を
守り、部屋の天井の節穴を眺めながら五カ月過ごしました。あらゆ
る方法を取りましたが中々思わしくありません。


 たまたま、五六七教会の事を耳にして、その主旨その目的を聞
き、これこそ真のお救いを得ることが出来ると確信いたしました。
丁度五月二十二日、従兄弟(御利益を受けし者会員)が先生を御案
内して家に来て下さいましたが、最初の浄霊による私の身体の変化
にはただ驚く許りでした。それから一週間後仰向けに臥したままの
私が、床を離れてそろそろと歩くようになったのには家中ただびっ
くりしておりました。浄霊による顕著な変化を申しましょう。


 私は喀血後非常に歯槽膿漏に苦しみました。朝目をさますと口中
血だらけ、しかも非常に臭く家の者もその臭みに鼻をつまむ程でし
た。それが余り長く続くので医者に相談いたしましたところ、それ
は「ビタミンC」の不足だと申し「ビタミンBC」の注射を盛んに
やりました。又ビタミンCを含んでいる果物を食べよと言うので無
理をして迄食べました。注射をやっている時は成程やんでいます
が、注射を止めると又どえらく出て来ます。非常に困ったものでし
た。ところが歯槽膿漏は腎臓の悪い為に尿素が歯から出るとのこと
を『天国の福音』に書かれてありました。そして一回の浄霊にて見
事に出なくなりそれ以後全く治まっており、その効目に私自身が驚
いた訳です。


 小便、下痢、盗汗、痰、目脂等体中の不純物はぐんぐん排泄され
て行きました。初めて今迄最大の信頼を置いていた近代医学も、根
本において間違っている点をつくづく感じて参りました。


 浄霊を受け始めて以来観音様の御加護により、ずんずん健康を回
復いたし日々感謝の日を送っております。長かった病床生活を顧て
実に感慨無量に耐えません。唯物的な教育許り受けて来た私が神様
の御加護を知り、真の信仰生活に入れたのも病気をした為と思って
います。病気とは我が罪穢を払拭するために神様の賜った御恵みで
あるという事が初めて分り、この事が真のお救いを受け、信仰に入
れた動機であることを思い、却って感謝いたしております。


 種々苦しんでいられる方々に真のお救いを知らせて上げたく、七
月二十三日入信いたし、観音様に報恩感謝の気持で、微力ながら御
用を務めさしていただいております。




   私の喜び 
     自観叢書第1篇『結核と神霊療法』昭和24(1949)年6月25日発行
      『地上天国』3号、昭和24(1949)年4月20日発行
           大分県 日本五六七教南光会 鉄道職員 松本昇(19)
 私は今年の正月、風邪を引いたのが原因で段々と容態が悪くな
り、二月中旬終に医師の御世話にならなければならぬ身体となりま
した。

 最初は気管支炎と言われましたが、暫く過て肺浸潤だと言われま
した。

 父母は申すまでもなく姉や妹が手厚い看護をして下さるにもかか
わらず、病勢は日一日と悪化するばかりか終に喀血致しました。そ
の時私初め父母兄弟の驚きはいかばかりでありましたでしょう。


 そして私は早速入院する事になりいよいよ明朝出発という前夜、
四月十六日突然一人の青年が訪れて来ました。この人(房前圭正)
こそ今日私の喜びをもたらした、天の使者でありました。そして房
前様の言われるには「私があなたと同じ状態でありましたが、観音
様の御利益によりまして今この通り元気になりました。今あなたの
不幸な有様をみて、黙って見ている事が出来ず、この有難い御話を
是が非でもお伝えしたいと思い、夜間もいとわず参りました。どう
か一週間入院を延して五六七教会の浄霊をお受けになってみてはい
かがですか」と言われましたので、私もその気になり早速その翌日
から先生(岩田ゆきゑ)に御世話になる事に致しました。


 父母は何だか不安な様子でしたが私は何だかもう病気がなくなっ
たような気がしてなりませんでした。そして一日二日と一回毎に気
分が良くなり、三日目には足が立つようになり、一週間目に散歩が
出来るようになりました。

 今迄毎日苦しんでいた私がなんだか夢のように思われるようにな
りました。

 父母も非常に喜び、母は早速入会致しました。次いで私も会員の
一員に加えていただき今では及ばずながら不幸な人々を救うべく微
力を傾倒しております。