平成29年2月度 ミニ講座


このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
ご自由にコピーして御使い
下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
任に基づいてお願いしま
す。


※何か質問などある場合
は、「お問い合わせ・質問
等」の欄よりメールでお願
いします。

妙智之光       『地上天国』創刊号、昭和23(1948)年12月1日発行

【問】自由主義の本義について。

【答】自由主義といっても無軌道な自由主義ではいけない。自由主
義には有限自由主義と無限自由主義とがある。無限自由とはなんで
もかでも自分の自由にするという悪性的のものであり、有限自由は
ある範囲があって、その枠を越えないことでこれが本当の正しい自
由主義である。

 故に無限自由主義によって破滅した人は古来その例に乏しくな
い。


 そうして自由と運命とはよく似ている。例えば秀吉は日本で関白
になるのが運命の限度であった。朝鮮出兵をしたのはその限度を破
ったことになる。ヒトラーでもドイツだけ治めていればよかった。
ドイツの統治が彼の運命の限度であった。これもその運命を突き破
って滅びた。大本教の出口王仁三郎氏のごときもやはり運命を突き
破ろうとしたために失敗したが、それがなければ今はすばらしいも
のになっていたであろう。ナポレオンのごときも「わが辞書に不可
能の文字なし」などとうぬぼれの極、大失敗した。徳川家康などは
その分をよく知っていたから長く続いたのである。人は自分をよく
見究めなくてはならない。人間は調子よくゆくと慢心する結果、運
命を破るのである。日本も軍閥時代は個人の有限自由までも圧迫し
た。それがアメリカの手により開放されたしだいである。故に真の
自由主義とは、他人の自由を尊重し合うことである。




【問】お盆の意味についてお伺いいたします。
           『地上天国』2号、昭和24(1949)年3月1日発行
【答】釈尊の大慈悲から盂蘭盆会(うらぼんえ)というものを作
り、毎年一回日を決めて地獄にいる霊を子孫の家へ還らしてくださ
るのである。その日は地獄の釜の蓋が開くと言うが、とにかく地獄
の祖霊も仏壇へ招かれ子孫に供養される。地獄の霊もそれを知って
いて待っているのである。


 元来祖霊は常に全部仏壇にいるわけでなく、平常は選ばれた留守
番の霊がいるだけで子孫が拝むときだけ仏壇に集まるのである。そ
の際仏壇にはある程度救われた霊だけしか来られない。つまり八衢
(やちまた)以上のものが来られるので、地獄にいる霊はお盆のと
き以外は来られないのである。


 お盆には種々の儀式を行なって霊を迎えるのであるが、「おが
ら」を焚くのはここからお入りくださいという目印である。これは
いままで夜の世界だったため霊界も暗いので灯りを見せないと霊が
まごつくからである。


 ここで注意したいことがある。それは仏事はどんな古い先祖でも
するほどよい。また長男だけが祖霊を祭り、次男以下は祭らないの
があるがこれはよくない。霊界人となってもやはり現界と同様親子
兄弟の情は同じことで、自分の子供のどの家へでも行けるようにあ
りたいわけだ。従って、次男も三男も全部祭るべきである。


 位牌が多くて始末に困るときは面識ある祖霊はそれぞれに位牌を
作り、面識のない祖霊は先祖代々にまとめてよいのである。




  夏日断想     日本五六七教会理事 大西秀吉  
            『地上天国』創刊号、昭和23(1948)年12月1日発行
 一ヶ月の出張旅行から帰って、我が家に疲れた足を伸ばし暑い夏
の日差しをじっと身に感じながら額の汗を拭いた。徒然なままに、
ふと手を伸して本箱から一冊抜き取ってみるとそれは私の古い日記
ではないか。背には明らかに「昭和十八年」と金文字が押してあ
る。「昭和十八年」私の暑さにぼやけた気持が一度に消しとんでし
まった。あまりにも思い出の深い事である。


 一月二十三日 夢のように一週間は過ぎて今日は満願の日であ
る。観音様の御前で私は先生からお守を授与された。何だか知らぬ
が眼頭が熱かった。


 一週間を振返ってみて私は果して何を知ったであろう。ただ手を
振る事だけは知った。しかしてその背後にあるものは何であろう。
私には解らない、勿論御講話も拝聴したし、質問も随分した。しか
も私はなにものも明瞭になし得なかった事を告白しなければならな
い。今日までの常識ではこの事実は恐らく信じ得られないし、また
信じる事は無論迷信と言われるであろう。しかし事実はどこまでも
事実である。多くの人々が救われているのをみた。実際にこの眼で
確かにみたのである。そればかりか自分自身も救われた事をどうし
て否定できよう。理論は決してここでは成立たない。ただ事実だけ
だ。私は決心した。この手を素直に振るだけだと。


 その後私は本当に素直に手を振ったつもりだ。どこまでも実践だ
った。そしてどの位この手で人を救ったであろう。あの人もこの人
も思い出の種もつきない、その内に私は手から振出されるもののす
ばらしい事を知っておどろくより外はなかった。大黒天の打出の小
槌も、よもやこの手の振出す宝に及ぶべくもない事実をまざまざと
知ったのである。


 かくして私の思想と生活は一変した。過去のものを思い切って清
算し、しこうして私の新しい門出が始まったのである。見えない力
の実存する様を体験した。私は最早観音妙智力を否定出来なくなっ
た。この時から観音様の前に心をこめて額く自分自身を発見したの
である。


 大先生は「万巻(まんがん)の書籍(ふみ)読まずとも念ずれば真(ま
こと)の智恵を賜(たま)ふ観音」
と詠まれた。


 理論ではない、どこまでも現実である。今日迄のあらゆる道理を
超越してこの事実は存在する。否定しても否定しきれぬ現実の力が
ひしひしと身に迫るのである。ただ素直に手を振る者のみが知る明
日の謎である。


 ここでは万巻の書物も用をなさない。ただ一心に真心をもって念
ずる者のみが正しい悟を与えられる。今日の文明は科学文明であ
る。しかしてこの恩恵に我々は眼が眩んで何物もこれによって解決
できぬものはないと信じていた。確かに電気は我々の古い生活様式
を一変した。今度はまた原子力時代に変って来た。原子力は本当に
広島での一弾によって画期的文化革命の到来を教えた。夜明け前の
破壊であった原子力文明の素晴らしさは思うだけで胸が躍る。しか
しその背後にある破壊力に我々は脅されなければならない。この後
に来るものは何であろう。私は仄かに新文化の曙光を感じるのであ
る。


 しかしながらそれは破壊の文明ではない。永遠の平和の基礎たる
べき建設の文明でなければならない。我々手を振る者のみが知る偉
大な新文化の建設でなければならない。神の仕組を真に自覚した人
間のみが知る地上天国の姿である。


 歴史は一面から宗教と科学の闘争史であるとも云える。これは果
して避ける事の出来ない宿命であろうか。文芸復興期におけるあの
悲惨な闘争は人類の悪夢ではなかろうか。ガリレオの気の毒な受難
は思うだに恐るべき事実であった。しかしながら観音妙智力を知っ
た私は最早かくの如き無智の時代はすぎたと信ずる。宗教と科学の
離反は我々の文化の未熟を物語るものでなくて何であろう。


 既に科学の分野においても実験的に霊の存在を認識せねばならな
い時代に入って来たのである。アメリカにおける超心理学の研究は
何を教えるものであろうか。彼らは云う。宗教が今日までなかった
としても、霊魂の存在を実験的に知った今日、自分たちはこの事実
を否定出来ないと、また彼らは嘆じている。多くの科学研究所に籍
を置く科学者たちにすでにこの事実を知っている者があるけれど
も、彼らはその科学者としての位置からしてこれを発表できないで
いる。万一彼らがこれを確認したならば異端者の如く彼らはその地
位を追われなければならないとは、実に悲しむべき事ではないか。


 今日の科学もまた昔日の宗教の愚かさを繰返さなければならない
程利己的であり狭量であらねばならないのか。彼らの云う真理とは
それでは何を指しての事か。私はただ唖然として人間性の悲しむべ
き短見を嘆ぜざるを得ないのである。群盲探象は単なる寓話ではな
い。余りにも現実である。


 宗教は単なる念仏宗であってよいのか。私は力のない宗教を信じ
る事は出来ない。絶対者としての神を思う時、念ずる者の心はいつ
も神の力のみ頼る事である。宗教は人類の空想でしかないならば何
らの価値もないと思う。宗教は生活そのものでなければならないと
信ずる。宗教はどこまでも実践である。即ち現実の救いがなければ
ならない。


 私は現当利益の真実をみたのである。多くの救われた人々の喜び
をこの眼でみたのである。私はその人々と喜びを共にして仕事を続
けてきた。私はこの大きな喜びを通して神の実在を教えられたので
ある。私と共に働く青年達の嬉々として日夜を分たず、精進する姿
を涙なしにみる事は出来ない。力の信仰に生きる者のみの如き現実
の救いである。もしもそれを迷信と断ずるならば科学もまた迷信で
しかないであろう。万物の霊長と自ら称呼しながら現実を否定する
ならば動物にも劣ると云わねばならない。素直に現実に生きる事こ
そ本当の観音行である。祈りのない科学は屍の如しと誰か云ったの

を覚えている。宗教も科学も真理の探究においては一つで、ただ行
程を異にしているにすぎない。富士山に登るのに御殿場口と吉田口
の相違があるのと同じである。頂上を極めた時初めてその全貌が解
るのである。一日も早く、真理の彼岸に到達するのを念頭において
やまぬ次第である。




   御神書からは常に御光が
  ――御無礼すれば御気付けあり――
          『世界救世教奇蹟集』昭和28(1953)年9月10日発行
               佐賀県 光宝大教会 坂井多賀男(45)
 かねて明主様の御書き下さった御文字に他の品物を載せると霊的
に大変な御無礼となり、必ず御気づけがあるから注意するようにと
の御教えをいただき、御神書類の御取扱については充分に注意さし
ていただいておりましたが、去る七月三日光宝大教会本部御報告日
に次のような報告を受けましたので、大変おそくなりまして申訳ご
ざいませんが、謹みて御報告申し上げさしていただきます。



         北崎支部 水上貞子(41)
 板谷吉松(49)(福岡県糸島郡北崎村)さんの子供善言さんが学
校から黄疸だと言われ「お宅は救世教の信者さんだから病院に行か
ず連れて帰って来ました」と看護婦さんに連れられて帰宅致しまし
た。


 すぐに教会に連れてお見えになり、三日間通われまして三日目の
夜十時頃又お見えになりましたので御浄霊さしていただきました
が、御浄霊さしていただきますとだんだんと腹がふくれて参り、苦
しみがひどくなります。なんだか普通と違い変だと思いましたの
で、かねて御教えをいただいていました御神書の御取扱いについて
の御注意に気づき、もしやと思い「御神書に何か御無礼があるので
はないでしょうか」とおたずね致しましたけれど「その事ならば常
に注意させていただき、ちゃんとさせていただいておりますから大
丈夫でございます」との御返事でした。


 引続き御浄霊させていただきますと嘔吐があり、少し楽になられ
帰宅されましたが、又夜中に出張御願いに来られましたので出張さ
していただき、御浄霊させていただきましたが、熱が全然なく、お
腹がはって苦しみます。その時ふと以前読ましていただいておりま
した『栄光』新聞のおかげ話のことを思い出し、御仏壇の引出をあ
けて見ましたところ、その下の方に昨年の新年の御讃歌が二、三枚
皺になって入っておりましたので早速おわび申し上げて出させてい
ただき、又御神前の『御讃歌集』を開かせていただきますと、一度
門口に貼った清潔検査の証紙が栞(しおり)がわりに、『信仰雑
話』にはお酒のレッテルが栞がわりに入っておりました。余りの事
に私も唖然として思わず「これですよ」と言ってしまいました。


 すぐ皆で御神前におわび申し上げさしていただき、再び御浄霊を
させていただきますと、やがて小用、ゲップ、ガスを多量に出させ
ていただき、すーっと楽にならせていただき朝の七時頃までぐっす
りやすませていただきました。朝八時半頃には腹部の腫れもすっか
り減り、黄色味も消え、歩いてお参りさせていただくことが出来、
三日間も苦しんだ者とは思えぬ程見違えるように元気にならせてい
ただくことが出来ました。明主様御気づけをいただきまして有難う
ございました。



         長崎支部 藤川暉美江(22)
 神経痛で救われ入信させて戴きました高橋豊喜(59)(長崎市東
中町)さんが教会にお参りになり「昨晩、家の孫が夜中に突然大き
な声で泣きますので家族の者が眼を覚ますといけないと思い庭にお
りました。庭におりますとすぐ泣き止み、泣き止んだからと思って
部屋に上りますと又大きな声で泣き出しますので、又庭に下りると
いったように六回程同じ事を繰返しましたが原因がわかりません。
この時ふと御神書の事が頭にうかび、何か御無礼があったのではな
いかと色々考えさしていただきましたところ、私がその晩拝読させ
ていただきました『栄光』新聞が畳の上においたままになってお
り、その上に普通の日刊新聞が乗っていることに気がつきました。
早速お詫び申し上げ、棚にお納めさしていただきましたところ、あ
れ程泣いていた子供がピッタリと泣き止み、ぐっすりと休ませてい
ただきました。


 これで本当に御神書を大事にさしていただかなければならないと
いう事を深く深く感じさせていただきました。今日は、明主様にお
詫びと御礼を申し上げさせていただくべく参詣させていただきまし
た」との御報告がございました。



          佐世保支部 古川禎子(39)
 吉田輝成(43)(長崎県北松浦郡鹿町町)という信者さんが七月
七日に支部にお参りになり次のようなお話がございました。


(イ)御守様の外袋が少しよごれましたので御取替をしなければと
思っていましたもののつい忘れてそのままになっておりました。
二、三日後気づいてみました処、最近私は勿論のこと家族の者も全
部いもを食べたこともないのに確かにいもの皮が入っておりまし
た。おわび申し上げ早速お取替さしていただきました。何でも気づ
いたときに早速させていただかねばならぬと気づかしていただきま
した。


(ロ)一カ月程前、自宅の御神前に御礼拝させていただいておりま
したところ、善言讃詞が途中からどうしても続かなくなりました。
一年以上もの間、御礼拝させていただいてまだそのようなことはご
ざいませんので、何か御無礼になっているところがなかろうかと思
いました。その時ふと御神書のことに気づかしていただき、早速調
べてみますと、『栄光』新聞の間に普通新聞がはさまっておりまし
た。これは悪いことをしたと思いすぐお詫び申し上げさしていただ
きました。


 その後何事もなく、御守護いただきすべてにわたって順調に進ま
せていただいております。


(ハ)御霊紙を、お粗末にしないようにとの自分一人の勝手な考え
から、御守様と一緒に胸にいただいておりました。ところが、外袋
を替えさせていただくとき気づきましたのですが、ナイロンの袋だ
けが消えてありません。それで御霊紙と一緒ではいけないという御
気づけではないかと感じさせていただきました。

 間違いがあれば小さな事にいたるまで一つ一つ御気づけいただき
ますことの有難さを感じさせていただいております。有難うござい
ました。



          福江支部 沢本明雄(38)
 教導師の子供(二歳)で、半年程前に教修にやらしていただいた
ときから疥癬の御浄化をいただいておりましたが、今度はもう大分
良いだろうと思って出かけましたところ、行ってみますと意外に
も、顔は青白く、眼球はトロンとして全然活気なく大変な衰弱でほ
とんど死の寸前にあるような感じが致しました。


 ずっと御浄霊いただいているのにこれは少し変だと思いまして、
何か御無礼はないかと思って調べてみましたが何もそれらしいとこ
ろを見付け出しませんでした。それでもこれがいけないのではない
かと思えましたのは、明主様の日比谷公会堂における御写真二枚を
中央に、日光殿など、神仙郷の御写真をそのまわりにして額にお収
めして鴨居の上に掲げてございました。


 そこできっとこの御気づけではなかろうかと思いまして早速額を
下し御写真を外してお詫び申し上げさせていただきました。そのト
タン、子供の眼に急に活気が出て生々となり、何かしゃべり出し少
しずつはい廻るようになりました。お蔭様でその後すっかり元気に
ならせていただきました。

 明主様有難うございました。  (昭和二十七年八月二十五日)