このミニ講座は月に一
度、メシヤ講座とは別に当
支部で開催している勉強会
をミニ講座として会員等が
学んだ内容を掲載していま
す。

 たまには、ページ数が多
い時もありますが、どの月
もほぼA4版にして約6ペー
ジ前後でまとめてあり、1
時間程度で読めるようにし
ています。

 もし、皆さんの信仰の向
上に役立つようであれば、
ご自由にコピーして御使い
下さい。

 

 当HPのご利用に当って
は、閲覧される方の自己責
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は、「お問い合わせ・質問
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平成29年1月度 岡山支部ミニ講座

幸 福          (地一号  昭和二十三年十二月一日)

 古往今来、如何なる人間と雖も幸福を冀はぬ者はあるまい。幸福こ
そ実に人間最初にして最後の目標であるからである。幸福を獲んが
為の学問であり修養であり努力であるに拘はらず、満足に掴み得る
者は果して幾人あるであらうか。大部分は幸福を獲得せんと思ひ続
けつつ反って不幸の境遇にあり、解決の喜びを遂げらるる事なくし
て不帰の客となるといふのが一般人の現実である。然らば幸福を得
るといふ事はそんなに難しいものであらうか、私は否と言ひ度いの
である。


 抑々幸福とは、病気貧乏闘争、此三大問題の解決が基本である事は
誰も知る処であるが言ふは易く実現は難く大抵は諦めるの余儀なき
に至るのである。一切は原因があって結果がある。勿論幸福とても
同様であるとすればその原因を先づ知る事こそ問題解決の出発点で
あらねばならない。


 従而その原因に不明である以上、何程努力しても実現の可能性はな
いに決ってゐる。然らばその原因とは何か、それを私は述べてみよ
う。昔から言ふ処の善因善果、悪因悪果とは実に千古を貫く真理で
ある。此理を知って他人を幸福にする為に努力する事こそ、自分自
身を幸福にする絶対的条件であらねばならない。処が世の中には他
人の不幸を顧みずして自分だけが幸福にならうとする人間があまり
にも多い事である。一方不幸の種を播きつつ幸福の実を得ようとす
るのであるから、全く愚かな話である。恰度水を押すと手前の方へ
流れ、引くと先へ流れるのと同様である。


 宗教が人間にとって如何に必要であるかは此点にあるのである。即
ちキリスト教の愛といひ仏教の慈悲といふのも他人を幸福にする利
他的観念を植付けるのが本義である。此様な簡単な道理も人間はな
かなか認識し難いものである。そこで神様や仏様は種々の教義を作
り、心言行の規準を示し、見えざるものの存在を教へ、取次者をし
て誠心誠意信仰に導くのであるが、一人の人間を救ふにも容易なも
のではないのである。それも無理はない、一般人は見えないものは
信じないといふ教育の下に唯物思想に固ってゐるので、仲々耳を傾
けようとはしないのであって、迷夢に鎖され暗黒の中を彷ひ苦しみ

ながら、結局帰らぬ旅路へ赴くのであるから、洵に儚ない人生とい
ふべきである。


 然るに、生あるうちに歓喜に浸り法悦の境地に住し長寿を得、真の
幸福者たり得る方法がありとすれば正に此世は天国であり、生甲斐
があるといふべきである。然し乍らいふであらう。此様な苦の娑婆
に居てそんな幸福者たり得る筈がないと諦めてゐる人が一般人の考
えであらう。然し吾等は断言する。右の如き幸福者たり得る秘訣の
ある事で、それを御伝授する手引として先づ此雑誌〔地上天国〕を
提供するのである。




まこと   ああまこと  このくに   ほ    まこと  いちじ
誠なり 嗚呼誠なり此国に 欲しきは誠の一字なりけり
                (地上天国1号「誠」S23.12.1)

くに なや   と     もも つかさら まことごころ      ゆえ
国の悩み 解けぬは諸の司等に 誠心のとぼしき故なる
                (地上天国1号「誠」S23.12.1)

まことごころ たちかえ  かみ ひかり  たまて
おのもおのも 誠心に立還り 神の光に魂照らせかし
                (御讃歌集「改心」S23.7.1)

しんこう       ひとくち               まこといちじ   つ
信仰を ただ一口にちぢむれば 誠一字に尽くるなりけり
               (地上天国11号「正直と嘘」S24.12.20)

みめぐみ  まんぶんいち とど        まこと            う         たま
御恵の 万分一に届かねど 誠のしるし受けさせ給へ
               (御讃歌集「吾救われぬ」S26.5.28)



  「恐怖時代」               (明医三   S18.10.23)

 夜の世界の唯物的医学の療法が、固める事を唯一の目的としたと
いふ事と、昼の世界に近づくに従って、右の医学的方法が逆効果に
ならざるを得ないといふ原理は、今迄詳説した事によって読者は充
分理解されたであらう。然らば、今後時日の進むに従って、個人は
固より国家社会全般に亘って、如何なる変化が起るであらうかを、
私は想像してかいてみよう。それに就て最も緊要な事は、夜の世界
が何時頃終るかといふ事であるが、これは私の推測によれば、爰数
年を出でないであらうと思ふのである。勿論、夜の世界が済むと同
時に昼の世界に転移する事は言ふまでもない。然らば、夜と昼との
転換期に際しては当然未だ曽て人類の経験にない破局的な一大変異
が起る事も予想に難からないのである。私は其時の状態及びその前
後の状態を予想してみるのである。そうしてもし此時の状態が、私
の想像通りであるとすれば、人々は第二のノアの洪水として驚倒す
るであらう。然し乍ら以上の如き想像を絶する一大変異は果して来
るであらうかといふ事であるが、読者よ驚く勿れ、その崩芽は已に
表はれ始めてゐる。而も急テンポを以て、最後の日に向って進みつ
つあるといふ事である。


 又、一面昼の世界が接近しつゝあるといふ事は、勿論火素が増量
する事であり、火素が増量するといふ事は、浄化力が旺盛になると
いふ事であり、浄化力が旺盛になるといふ事は人間霊体に於ける曇
の溶解作用が強烈になる事であり、それは勿論肉体に反映し、病気
発生の因となる事である。近来、日本に於て病気の激増せる事実は
驚くべき程で、何人も見聞する処であらう。そうして此事実に対
し、私は確実なる論拠を示そうと思ふのである。それは彼の健康保
険であって、一般的にみて集団的単位の被保険者即ち各大工場等に
於けるそれであるが、その収支の方面は如何といふに、その殆んど
が最近赤字になってきたのである。而もそれが月々悪化の傾向を辿
りつゝあるといふ事で、今日保険料の値上げが議題に上ってゐるそ
うである。之等によってみても近来に於ける病者の激増は、最早疑
ひない事実とみていゝであらう。


 以上の如き病者の激増は、今後益々顕著になるべき事は勿論であ
り、其結果として、夜昼の転換期に接近するに従って、恐らく日本
国民の殆んどが病者たらざるはなしといふ、戦慄すべき危機到来
は、もはや免れ得ないであらう。そうしてその症状を想像してみる
に、急激な大浄化作用であるから高熱、咳嗽、喀痰、食欲皆無、頭
痛、頭脳混惑といふ如き症状が大部分であり、而もそれが、前例の
ない猛烈と執拗さであらう。


 故に、医診に於ても全然診断を下す事は不可能であり、発病するや
死の転機の速かなる事驚くべき程で、而も医療を加へる程致死を速
めるばかりであらう。従而、病者の激増と死亡率のあまりにも多数
に騰(ノボ)る為、人々は恐怖戦慄に襲はれ、畢には政府も策の施しよ
うがなく、混迷為す所を知らざる事態に立到るであらう。その惨澹
たる状態は到底筆紙に尽す処ではなく、戦争や空襲の比ではないで
あらう。


 基督の曰った「火の洗礼」とは、私の考察によれば、来るべき霊界
の浄化作用で、火素によるのであるから火の洗礼といへよう。


 そうして現在としての病者は、浄化が局部的であるから、仮令誤診
誤療と雖も、急速に死にまでは到らないが、それは未だ夜の世界の
水素的原素が或程度残存してゐるからである。


 そうして前述の如き恐怖時代に際して、本医術が如何に偉大なる光
輝を発するであらうかといふ事である。何となれば、其時如何なる
病者と雖も、本医術によらなければ、生命を完うし得られないから
である。それに就て、今日最も適確なる一證を挙げる事が出来る。
それは本療法の効果が年一年、否月々顕著になりつつあるといふ事
実である。之は実地治療に従事する者は、常に驚歎してゐる処であ
る。例へば一昨年、三十回で治癒したものが、昨年は十五回で治癒
し、本年は五六回で同様の効果があるといふ如きそれである。それ
は霊界転換に順応する方法であるからである。然るに、医学等は逆
である以上、右と正比例的に益々治癒困難となる事で、之は医療の
専門家は、日々の実験によって肯れる筈である。


 非常な時代には、非常な対策的方法が表はれる事は、人類史が明白
に物語ってゐる。然し乍ら、今日迄の非常時代と雖も、来るべきそ
れに比ぶべくもない事は勿論であり、実に空前の大非常時代といふ
べきであらう。此意味に於て、右の大非常時時代を乗り越すべき準
備を一日も早く為しおくべきであって、自己自身のみではない、そ
の時及びその時までに一人でも多く、わが同胞をして乗越させるべ
く指示を与へなければならないのである。それは勿論、本医術を修
得なしおく事であると、思ふのである。


 右の一文を読んだ人は、或は脅迫的言辞を連ね、以て本医術修得者
を増加する目的にすると想ふかもしれないが、そういふ人は、縁な
き衆生でしかない事を言ふに止めておかう。


 そうして私は、曩に述べた如く、多数の日本人、病者に限らず、健
康者をも診査するに於て、何時も慄然とするのである。それは如何
なる人と雖も、各局部に溜結せる毒素のあまりにも夥しい事であ
る。其際いつも想像する事は、此人達がもし一挙に全体的浄化作用
が発生するとしたら、到底生命は保てまいといふ事である。それ程
今日の日本人は毒素が多いのである。之等は勿論、何世紀に渉って
浄化作用発生するや、その都度、極力之を防遏し、固めに固めた結
果である事は勿論である。


 そうして大転換期に際会するや、如何に多くの病者が、本医術の治
療を求めんが為治療所に殺到し、又は本医術修得者に向って救を求
むるであらうかを想ふのである。何となれば、其時の霊界に於ける
浄化力は最も旺盛で寧ろ絶対的ともいふべきものであるから、本療
法を受けるや、その治癒の速かなる事も亦顕著で如何に多くの同胞
が救はれるであらうかは、贅言を要しない所である。


 然し乍ら、曇の比較的少い人達は、浄化作用に対抗なし得るから、
本療法を受けざるも此危機を脱し得る事は勿論である。


 茲で再び断はっておきたい事は、右は私が最悪の場面を想像してか
いたのであって、決して予言ではない事である。私としては右の想
像が的中せざる事を念願してやまないものである。




 (お陰話)
  祖霊の戒告により入信 
                                       如意輪中教会 田北タカ
             『地上天国』29号、昭和26(1951)年10月25日発行

 私の二男勝正(三〇)が、太平洋戦争に応召中肺結核を患いまし
て、現地の陸軍病院で二カ年余り治療を受けましたが治癒せず、遂
に兵役免除となって帰還後も、内地の国立病院に入院して二カ年余
り施療を続けましたが経過面白からず退院、その後も近所の医師に
かかって治療を受けましたが経過は悪化の一途をたどるのみで、一
昨年秋には医師より余命も一、二カ月位しかあるまいとまで言い渡
されました。


 丁度その頃、近所のメシヤ教の信徒の方より光明如来様の御利益
の大きいことを聞かされて御浄霊を受け始めましたところ、日に日
に経過が良くなり、本人の悦びはもとより、家族の私共も大変有難
く感じまして、昨年二月に本人は入信させていただきました。その
後は本人の経過はいよいよ良くなりまして、近所の病人の御浄霊を
させて戴いて歩き回ったりして御用の一端をも務めさせていただ
き、感謝の日々を送らせていただきました。ところが本年春頃から
浄化が激しくなり、衰弱が甚しくなりました。去る六月二日西信行
先生をお迎えして御浄霊をして戴いておりましたところ、みるみる
顔色が変り眼先は鋭く輝き、異様な声を発して憑霊現象を現わして
まいりましたので、原先生が霊査をして下さいました。私共はこん
な現象は初めてのことですからビックリいたしました。



霊『よー、よー、よー、早く渡れ、早く渡れ、美々津川だ、何をぐ
すぐずしているか、ようし、それでは拙者について渡れ、早くつい
て渡れ、早く渡れ』

 と叫び続けてしばらくしてから静かになりました。
霊査者『お前は何者か』
霊『拙者は田北家の先祖で○◯城の城主である、日向の国の美々津
川の激戦に敵の大軍を控え、河を渡らんとして遂に戦死をした者
だ』

 霊は息するのも苦しそうに
霊『ああ苦しい苦しい、真暗で冷たくて、ああ苦しい、メシヤ様ど
うぞお光をいただきとう御座居ます』

霊査者『よし、それではお光をいただかせてあげよう』
 とて、頭に浄霊して下さいました。
霊『メシヤ様のお光がさした、明るくなった、ああ有難い、今だ今
だ早く三途の河を渡れ早く早く……』

霊『ああメシヤ様のお光によって三途の河を渡れてこんな有難いこ
とはない。ああわしは救われた。天国に行ける。ああ有難い、メシ
ヤ様有難うございます。勝正お前も救われるぞ、勝正もうお前の肺
病は治ったぞ。』

霊査者『お前は何故勝正君にかかって勝正君を苦しめるのか』
霊『自分達は今苦しいから勝正にかかって救ってくれと知らせてい
るのだ』

霊査者『どうすればお前は救われるか』
霊『信仰、信仰!メシヤ様におすがりして一生懸命メシヤ様にお願
いして貰いたい』

霊査者『勝正君はメシヤ様に一生懸命おすがりしているではない
か』

霊『本人だけでは駄目駄目、家族皆んなが信仰に入り、メシヤ様に
お願してくれねば救われぬ』

霊査者『よしそれでは家族皆んなもメシヤ様におすがりして救いを
お願いしてあげるから安心しなさい』

霊『お願いしますお願いします』
霊査者『まだ外に頼みはないか』
霊『祀って貰いたい』
霊査者『祀ると云ってもほこらかお宮でも建てて祀るのか』
霊『仏壇に祀って貰いたい』
霊査者『祀るためには名前が判らねば祀られねがお前の名前は何と
言うか』

霊『勝正にかかっているのは自分だけではない、自分より外に五
人、都合六人憑っているから一々名前はかかなくてもよい。田北家
先祖として祀って貰いたい。』

霊査者『よろしい、それではそうして祀ってあげるから早く帰りな
さい』

霊『それではお願いします。どうぞお願いします。もう帰ります。
すぐ帰ります』

霊『善言讃詞をあげて下さい、帰り易いから』
霊査者『(善言讃詞奉唱)』
 霊はしきりに帰らんとして苦しんでいました。
霊『光明如来様の前なら楽に帰れるのだが、ここは光明如来様の前
でないから仲々帰り難い』

霊『善言讃詞を強くあげて下さい』
霊査者『(善言讃詞強く奉唱)』
霊『もう帰ります、だんだん帰って行きました』
霊『もうすぐだ、先きは見えるのだがなーああもうすぐだ』
 帰り始めてから二時間位かかって本人は平常に復しました。
霊査者『勝ちゃん、お前は色々言ったが何か覚えていますか』
本人『最初の、頭に御浄霊を始めた頃と、終りの帰りかけた頃のこ
とをところどころ覚えているが、その他は全然覚えていません』

霊査者『美々津河の戦のことなど言ったが覚えていますか』
本人『全然記憶がありません』
 全く憑依霊―祖霊の言葉としか思われません、その時の言葉つき
も、日頃の本人の声とは全く異った侍口調でした。



 なお、私の近所に田北家という姓の家が十戸ありますが、その中
で私の家が田北家十戸の宗家だから、自分の家の興隆を図らねばな
らぬと代々の先祖から言い伝えられていて、私の家に田北家の系図
もあります。先祖からの言い伝えによりますと、田北家の先祖は一
城の城主で、日向の美々津河の戦いで戦死をしたということは聞い
てはいましたが、どんな戦の状態で戦死したかは今まで全く知らな
かったのですが、祖霊の憑霊現象によって、その戦死の際の戦の状
態まで目の前に見るように知らされたことにはビックリいたしまし
た。


 今まで本人の病状が昼の間は至って楽なのに、夜になって悪化し
て苦しんだり、入信者の方々が本人の部屋にいる間は大変楽なの
に、帰られると急に苦しんだりしますので、変だとは思っていまし
た。また先生方から『家の先祖が霊界で苦んでいるため、救いを求
めるために勝正君に憑って知らせているのだ』とかねがねお話は承
っていましたが、現実に祖霊の言葉で救いを訴うる様子を見聞き致
しましては最早疑う余地はありません。私は早速その日の午後西先
生のお宅の教会にお伺いして入信させていただきました。


 その晩は勝正も日頃になく大へん楽に熟睡が出来ました。翌日に
なると勝正は『今日は大へん体が軽くなった。肺病は全く治ってし
まった。胸は少しも痛まない』と申します。祖霊の言った『勝正の
肺病は治ってしまったぞ』との言葉と思い合わせて、いよいよ勝正
の病気も祖霊の憑依だったことが判りました。しかし何と言っも彼
の体が長の患いのため衰弱し切っているので、祖霊の離脱によって
生きる力を失い、その翌日遂に霊界に行ってしまいました。 


 思えば私共が今少し早く霊に目覚め、一家一同が深い信仰に入っ
ていたら祖霊も救われ、勝正も救われていたものをと思いますと、
死なした勝正が不憫でなりません。しかし勝正も死の直前まで絶対
にメシヤの神様を信じ切り頼っていて『自分は死んでも霊界で救わ
れるから安心して下さい。悲しまないで下さい』と言いますし、ま
た父母や兄弟、お世話になった先生方や信徒の方に至るまで、一々
お礼の言葉を残して呼吸がかすかになりました。いよいよ臨終が近
づいたと思いましたので『勝正よ、勝ちゃん』と呼んで、呼び返そ
うといたしますと、彼は『呼び返して下さいますな、呼び返される
と霊界に行かれぬから呼ぶのは止して下さい』『先に明るい所が見
える、私はそこへ悦んで行きます』と言って遂に息を引取りまし
た。死顔の美しいこと、何ら苦悩の様子もなく、平和そのもので
す。愛しい勝正も三十歳の若さを一期として他界しましたが、霊界
では救われるだろう、霊界では幸福な生活に入るだろうことを思い
ますと、それがせめてもの悦びです。


 私考えますのに、私の家は前述のように歴とした先祖をいただ
き、田北家の宗家であり、田北家を興隆せよと先祖から戒められて
いましたが、近頃何かにつけて都合よくゆかないのです。勝正の死
ぬ前、長男の子供政子(五歳)が二十日余の脳病のため急死して、
その子供の三十五日の仏葬を終った翌々日に、またもや勝正が死ん
で行ったのです。こうした不幸も、今になって思えば、全く先祖が
救われていないため救いを求める知らせだと思います時、勝正の口
を通し、勝正が死を以って私共に知らせてくれた祖霊の戒告を心の
奥底深く刻み込むんで、今一層深い信仰に入り、祖霊を救い、勝正
の霊を向上させ、家の興隆を図ることが、愛しい勝正への一つの供
養だと思います。なおこのメシヤ教の有難さを人々にお知らせし
て、一人でも多くの人がこの教えにすがるように導くことが、メシ
ヤの神様への御恩報じだと信じまして、拙ない筆をも顧みず御報告
させていただきました。謹んでお礼申し上げます。