平成29年1月度 岡山支部 メシヤ講座

メシヤ教代表  楳木和麿

 

<今月の学び>

「『救ひ主と贖罪主』文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)神観 主神様とメシヤ様』51ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 岡山支部】

 

御教えを拝読しての支部長の覚りの報告

支部長

それでは私の方からこの御教えでの“覚り”を報告させていただきます。この『救ひ主と贖罪主』という御教えについては、平成23年に一度メシヤ講座でですね、代表からお話をいただいていますけれども、ちょうどその時はまだ岡山支部は出来ていませんので、誰も代表の解説等を聞いていないと思います。

ホームページ、インターネットを通してですね、学ばれた方は三重支部とかを通して学ばれているくらいで、中々充分に学ばれた方は少ないのではないかと思います。

それでこの中でですね、私は3点だけ、気になった所と言いますか、こうではないかなぁと思う所を報告させていただきたいと思います。

まず53ページの後から5行目のところに、

『或期間悪が必要であったから其深い意味を主神は知らさなかったのである。』

ということをここに書かれています。それから、次のページにいきまして54ページにですね、

『処が愈々悪の期限が来たので、主神の直接的力の発揮となった事で、茲に私といふ人間を選び、善と悪との根本義を開示されたのである。』

というふうに書かれています。実はですね、此処のところが非常に大事なところで、此処でまず1点、「悪の期限が来た」というのが一つと、それから「主神の直接的力の発揮」ということがあります。それからもう一つありますが、「主神の直接的力の発揮」ということは、当然“火の洗礼”のことであり、メシヤ様を通じていただいている“浄霊力”だというふうに理解させていただいています。 それから、

『茲に私といふ人間を選び、善と悪との根本義を開示された』

という部分が非常に大事なところなんですけれども・・・この地球上にですね、非常に多くの人類がおりますが、その中で聖賢とか偉人とか色んな方が出られ色々と説かれていますけれども、主神様がメシヤ様を選んでですね、根本儀を開示されたという、このことがですね、我々がメシヤ様を絶対の御存在として仰いでいる理由だというふうにですね、理解させていただいています。

で、主神様からですね、根本儀を開示されたのはメシヤ様だけなんだということですよね。それで、この開示されたのが御教えなんだということですから、我々はこの御教えに沿ってですね、自分の今までの思考、考え方をですね、変えていくことが必要なんだということです。その事が今、求められていることなんだというふうに理解させていただいています。そしてですね、自分を変えていくことが出来ただけずつがですね、メシヤ様の御神意が理解できたというふうに言えるのではないかなぁと思わせていただいています。

それからですね、「悪の期限が来た」ということと関連してですね、一つページを前に戻っていただいてですね、53ページのところの最後から2行目ですけれども、

『邪神は何処迄も目的の為手段を撰ばず式』

なんだと・・・このことがですね、邪神のやり方なんだというふうに理解していただくことが非常に大切なのかなと・・・。

個人の問題であったり家庭の問題であったりですね、それをどのように解決していくのかという時に、どんなやり方であっても問題解決が出来ればいいというようなですね、そういう考え方で行なうというのは邪神のやり方になるんだということですね。問題解決の仕方というのは、御教えに全て書かれています。ですから御教えに沿ったあり方で問題解決を進めていくと・・・それでも解決しないという事は、メシヤ様は“時期を待て”とかということで、時期なんだということを言われていますので、更にですね、自らの魂の向上、徳積みをしながらですね、“時期を待つ”その心のゆとりというものが非常に大事ではないのかなぁと・・・そのように御教えいただいておりますので、そのように思わせていただいております。これをですね、無理に手段を選ばず式で物事の解決を進めようとしていくとですね、その問題は解決、クリア出来ることもあるんですけれども、次のステップに進めないということが往々ありますから、そういう事を理解していただけるとありがたいかなぁというふうに思います。

そこでですね、手段を選ばず式でなくて嘘偽りのない正直流で進めていくということが、非常にメシヤ様が願っておられることではないのかなぁと・・・そして11月に支部の勉強会に来られた方は学ばせていただいていますけれども、メシヤ様のお言葉の中でですね、

『私は嘘をつく人間は許せない。正直人間を作り直すんだ』

というふうに言われていましたけれども、そういうふうに“正直な人間になる”というのがですね、今の時であろうかと・・・また、御神前にですね、今日11日なのでこの後お下げするんですけど、鏡餅がありますけれども、その鏡餅に裏白を敷いていますけれども、

『裏が白いという事は浄いということ』

なんだとということをメシヤ様から教えていただいておりますけれども、我々の心というものがですね、白紙のようにですね、嘘偽りが無くて暗い部分がない、そういう自分を神様にお見せするということと共に、他人に対してもですね、同じ様に接していける自分作りというものが求められているのではないかなぁと思います。

それから又ですね、

『正直の 宝はこよなき宝なり 誠の宝ぞこの宝なる』

とお詠みになっておられます。やはり“正直”ということについてですね、その重要性を説いていただいていますので、これを課題にしてしっかりと御教えに求めて問題解決を図っていっていただけるとありがたいかなぁというふうに思っています。特にですね、信者さんを指導する立場にある人にはですね、一層御教えに求めて、その場しのぎの対応をしないような言葉を使っていただけるとありがたいかなぁというふうに思わせていただきました。

それからですね、最後は56ページのですね、最初の行から4行目のところになりますけれども、

『茲に主神は深奥なる真理を愈々開示される事となった。此著に説く処明快にして些かの疑点なく、何人も容易に真理を掴み得るのである。そうして今迄強大なる悪の力が一切を九分九厘迄掌握し、後一厘といふ間際に来て、意外にも茲に一厘の力が現はれ、邪神の謀略を一挙に覆へすのである。』

というふうにあります。この事がですね、メシヤ様がずうっと進められてきた御神業なんだというふうに思わせていただいております。そのことをですね、真に理解してその御神業に御奉仕させていただくのが信者であるというふうに思っております。その為にですね、代表がメシヤ様の本来進められようとしたですね、御神業を担おうと、担わせていただきたいということで、このメシヤ教を開教されましたので、そして我々はその信者としてですね、やはりメシヤ様の御心を自分の心として、この一厘の働きということをやらせていただかなくてはいけないのではないかなぁと・・・そしてそれを言葉とか行動に表わしていくということが信者ではないのかなぁというふうに思わせていただいています。

それで具体的にはどういうことかということが、最後から2行目のところのですね、『医学を是正する』ということでありますけれども・・・「医学革命」と「宗教改革」をするということでですね、我々はずうっと自らの魂の向上を図るとともにですね、努力してきましたけれども、我々の御神業というのは『医学を是正する』ということが一番大きな点であるということを理解して、今の社会の中でですね、間違いは一杯あります。その間違いを一つ一つ正して・・・その正しい事を訴えていくといいますか、伝えていくということが我々の大きな使命ではないかなぁというふうに思わせていただきました。私からは以上で報告を終わらせていただきます。

 

支部長代理の覚り

司会者

続きまして、支部長代理の方から報告していただきます。

 

支部長代理

私も昨日まで御浄化いただいていましたので、中々まとめが出来てないですけど、支部長が全部報告して下さったので、その続きで自分の心に残ったところを言わせていただきますと、『医学の是正』というところで、『これは容易な業ではない』ということを言われていて、容易な業ではないとメシヤ様が言われていることを自分が出来るかなぁと思った時に、今日まで学んできています「主神様とメシヤ様」を最初からずうっと読み返してみた時に、一番最初に『自己自身の精神革命こそ喫緊事である』というところが私の心に残ったところなんですけれども、まず自分の精神を革命するということをしていくのに、どうしていったらいいかなぁと思った時に、御教えに求めて御教えをいただいていく中に、医学を是正するのにこういうふうにしたらいいんじゃないかという御教えがこの中にありました。

それは、病気なるものは人間の健康を保持せんが為の、神の最大なる恩恵であるということが真理なんだと・・・その真理を今日の人間に理解できるように、時代即応の説き方でなければならないんだということを、書かれていました。

今回、御降臨祭に参拝させていただいた時に、国分寺支部、支部長代理の窪田さんが科学者であると・・・それでその中で科学に基づいたピロリ菌や輸血の話をして下さいました。こういう時期にこういう方が現れて、メシヤ様にお使いいただかれていくということを考えた時に、こういう知識と情報、それから社会の中に一杯本も出ていますけれども、御教えと共にその情報を勉強していかないと、取得して行かないと、こういう時代即応の説き方は・・・、私達は宗教一点張りできていますので身についていってないですから、これをやはり縦横結んでいく働きである御教えと自分ということを考えた時には、これからこのことを努力していかなくてはいけないことだなぁと思わせていただきました。

代表が今回、御降臨祭で、皆さんの魂の向上と共に地上天国建設に一緒に邁進していきましょうということを言って下さっています。それに甘んじることなく、自分達のこれからの努力にかかっているということを、自分の肝に銘じていかないといけないと思いました。

それから一句

『人の身の 尊き訳は諸の恩 心に刻みて忘れねばなり』

このメシヤ様の御教えをいつも私、思い浮かべているんですけれども、やっぱり主神様メシヤ様に対しての感謝、恩ということと、メシヤ教を立ち上げて下さった代表に対しての恩ということは、これからどんなことがあろうと忘れてはいけないことだと私は思っています。以上です。

 

出張所責任者の報告

司会者

ありがとうございました。続きまして出張所責任者より報告していただきます。

 

出張所責任者

皆様こんにちは。この度の御降臨祭で代表先生が決心をされて立ち上がられたんですけど、復興事業として・・・これからはそのことをやっていくぞと、きっちりとご報告されました。宣言されました。この事は大変な世界の慶事だと思います。今まで色んな人が世界救世教の信者として何十万人かいたんですけど消えていき、時期尚早でもあったし、この今の時にやっていくと言われた楳木先生、一人の人間がそこまでの高まりを登りつめて来られたそのご苦労と一途なメシヤ様に対する思い、それは大変なことだなぁ、と・・・。その後、御歌をあげられた、あの八首の御歌朗詠の時に、本当に声を上げて泣きたいくらい涙が止まりませんでした。霊界の御先祖様方も大変なお慶びなんだろうと、それに付きまして最後の時ですよね、「神格をいただく道」此処にやっと辿り着く、私はです。代表は色々な御浄化の中で絞り出すようにこの「神格をいただく道」に辿り着いて、私達がご縁をいただいてからずっとお導きいただいてきたんですけど、それにつきまして先生ありがとうございました。

やっぱり「神格をいただく道」とはメシヤ様の御書にもありますように「永遠生命」という御書があります。やはりそこに辿り着くためのパスポートだと思います。ここに辿り着かなかったら永遠の生命はないし地上天国の雛形として私達の使命は全うできないと思います。それが為に自分自身、耐え難い数々のご浄化をお許しいただいて、このご浄化をいただいてなかったら私はここまで精神革命は許されてないと思います。その自分がどれだけの人間であったのか、仏教で言われる貪・瞋・癡(とん・じん・ち)、貪る心、我と執着、妄想、過ぎ越し苦労、取り越し苦労、これ全て執着、それで苦しみ、それが『夜の時代』に身に付いた癖だと思います。それを綺麗に清算する為にメシヤ様はこうして引き寄せて下さった。他の宗教に行っても仕方がないのに何故ここにお集めいただいたのか、そのことを思う時に過去の事とか、色んなことは全てここに辿り着くための準備だったんだ、と、自分自身・・・。

その事を昨年、御降臨祭の後からは本当にひしひしと湧き上がるように、今までの過去の事を自分自身はごまかしながら道化ながら自分を騙し人も騙し本性を隠し、それでもメシヤ様を求めて死に物狂いでここまで来させていただきました。それでやっとこの「神格をいただく道」の凄さ、このことが永遠の生命、先程も言いましたけれど、生きる為のそこに辿り着く為の本当にパスポート。私はそんな事を言われたって、私はそう簡単に根性は直らんとか言うような、そんなことはもう許されません。「神格をいただく道」の御教えは、読めば簡単にああそういうことなんだなぁと、人間として努力はするでしょう。でもやっぱり、努力しても努力だけだと思います。やはり自分に気付いて自分という人間の本質を分かり、それを綺麗に清算が許されなかったら形骸でしかないし本物にはならないと私は思っております。

私は曇り多い人間なので皆さんのように物分りも良いほうではないし、とてもじゃないけど中々そこに辿り着けないと思いますが、これからはそんなことは言ってはおられません。代表先生がその事を決意されて、共にやっていきたいと言って下さった。そういうことで私達もミロクの世になりましたら、薬毒は一瞬にして焼尽されると言われておりますが、魂と一緒にして焼尽されてしまうかも分かりません。

この度代表が宣言されたことによって、ただただ「神格をいただく道」に許される自分作り、後はもう仕上げの段階に入りました。もう歳ですから時間がありません。本当に真剣に自分自身を見つめていくしかないと思います。ありがとうございました。纏まりませんけど、よろしくお願い致します。

 

今年はメシヤ様が進められた御神業を一層表わしていく年に

司会者

ありがとうございました。それでは代表よりご挨拶をいただきます。

 

楳木代表

皆さん、改めまして本年もよろしくお願い致します。

本日は「主神様とメシヤ様」の中から御論文を拝読していただいて、そして3名の方から“覚り”を報告していただきました。皆さん方の心の中にも種々湧き立つものがあるかと思いますけれども、人数が多ございますので、一人一人から報告を聞くことは出来ません。皆さん方の目を見させていただくと心の中に秘めるものがおありであろうなぁと感じさせていただくところであります。

平成29年は、昭和29年を霊とすれば、平成29年は体ということでありますので、メシヤ様が進められた御神業をこの平成の年に一層我々の体を通して表わしていく年であるというふうに、お互いに受け止めさせていただいて、御教えの実践にですね、一層取り組ませていただきたいというふうに思います。

それで、昨年の23日に御降臨祭を執り行わせていただいて・・・。御降臨祭の時に、事前に私は「世界救世(メシヤ)教を復興する」ということで、このメシヤ教を立ち上げて御神業を十数年取り組ませていただいたのですけれども、やはり心の中ではどうしてもですね、各教団の理事長とか会長とか教主様とか、そういう組織のトップの方々に何とかもう一度メシヤ様の御心に還っていただいて、メシヤ様が世界救世(メシヤ)教を何故開教したのかというところに立ち戻っていただいて、立ち上がってもらいたいという淡い思いを持っていたのです。ところが

『そういうことは期待しないように。』

というふうに釘を刺されまして、そして人間が神様から・・・支部長から報告がありましたように・・・主神様の直接のですね、御啓示として、メシヤ様から御教えを私達はいただいておりますので、このいただいた人間側がそのいただいた御教えをどのように実践していくか、或いはそれを実際に地上天国建設の為に実行に移していくかということが非常に大事になります。そうしたことを

『取り組む代表者として決意を固めて、それを神様に誓詞として捧げてもらいたい。』

と御垂示いただきましたので、この誓詞として捧げるとしても、どのように腹を固めていったらいいかなぁ、というふうに随分悩み始めたら、身体がどんどん浄化して、皆さんにこのズボンを見せてあげたいんですけれども、折りたたんで今はいております。(笑い)

そうしないと、身体がかなり絞られたので、ほっそりなるくらい浄化しながら、この浄化の一番の眼目はですね、腎臓の廻りの余剰尿を排除して腎臓を柔らかくしていかないと頭の柔軟性が・・・、私は相当頭が柔軟だと思っているのですけれども、これ以上に柔軟性を以て取り組んでいかないといけないので、その為には腎臓が柔らかくなくてはいけない・・・、ということで色んな形で浄化を許されました。

そして腎臓とはですね、皆さん方が朝拝の時に奏上さしていただいている「天津祝詞」のですね、

『祓戸大神等諸々の枉事罪穢を祓ひ給え浄め賜えと申す事の由を』

というふうに、神様の御前で皆様方が祝詞を奏上させています。肉体にとってはこの祓戸大神が腎臓に当たるということでありますので、私達は日々お祈りをしつつですね、腎臓という祓戸大神に祓っていただくように、腎臓を絶えず自分自身では一番柔らかくしつつ、自分の体の中の血液を洗い浄めていただくように、そういう取り組みをしていかなくてはいけない、ということを肝に銘じさせられたような浄化でありました。

 

教団護持委員会当時の活動の一コマ

楳木代表

ですから23日の時にお話しましたようにですね・・・、教団護持委員会の取り組みを広げていく時には大阪で、今の「主之光教団」の半分の信者さんに立ち上がっていただくために色々と打合せをした時に、まずその当時の幹部の悪口を私は言ったということを23日の時に話しました。これは幹部の悪口を言うということはどういうことかと言うと、今の「東方之光教団」は上位下達の、上位の意向をですね、下に達していくという、この上位下達の権化みたいな取り組みをずうっとしておりますので、皆さん方もそういう中でずうっと信仰というものを積み上げてきました。しかし、昭和59年からは下位上達ということがなければ、この御神業というのは人間によって担うわけなので、人間が担う為には下位上達の、そういうシステムが働いていかなくてはいけないということから、幹部の批判をすることによって下位上達の、そういう思いをまず専従者に持って頂いて、それから信者さん方にそういう組織作りをするということで、教団護持委員会の取り組みをするためにそういうことをさせていただきました。

しかしながら、それでは今度は幹部の方々がどうしても立ち上がっていただくことが難しいので、新大阪で取り組んだ後、その夜は・・・当時の地区本部長、県本部長、県本部次長の先生方にですね、「今日は高知の田舎から出てきて、29歳の男が大変失礼なことを言ったので、そのお詫びも兼ねて、まぁしかし遠方から来たので疲れたので、先生方が行くクラブで酒を飲ませて下さい。」と頼んだら、全員「いいだろう、じゃあ飲み会をやろうか。」ということで、その当時小さなクラブを貸しきったような状態で酒を飲み始めることになりました。そこで先生が集ったので、29歳の人間が40、50、60のですね、幹部の先生方に色々講釈を垂れても、御教えに基づいてどんなことを言っても通じるわけがないというか、受け入れてもらえるわけがないので、「今日は先生方とお一人お一人さしで一杯ずつ・・・」これ位のロックグラスがあるので、それにVSOP、そんなに高くないお酒ですけれども、「VSOPで一気飲みをしますので、全員とする事を私ができたら、どうか先生方も私の非礼を全部許して立ち上がってもらいたい。」というふうにお願いしたら、「おお面白い、お前やれるもんならやってみろ。」ということだったので、「それではやらせていただきます。」ということで、全員と、十数人いたんですけれども、全部やって「男に二言はございませんね。」というふうに睨みつけたら、「お前がそこまで身体を張ったので、受けよう。」ということで「じゃあ、一つお願いします。」というふうに念押しして、私は一挙に戻し始めました。トイレに駆け込んで、トイレから出ることが出来ないくらい、ずうっと戻したのですけれども・・・。若いのは若いなりに、何とかメシヤ様の御教えを実現するために身体を張ってやろうということで、その時には精一杯取り組んで、そして今の教団護持委員会の関西がやっと纏まることが出来ました。

しかし、そこまで出来た酒がですね、今回の浄化で全く飲めなくなりました。暮れにはですね、お猪口3杯まで良かったのですけれども、年が明けたら、小さいお猪口で1杯飲んで、そして2杯目をちょっと舐めただけで腹が差し込んできてですね、そしてもう一切飲めなくなる。これは、酒毒が腎臓を固結させるので、だからそれ以上飲むと御神業に差し障るので、身体を神様が使うようにしたので汚させないようにしはじめたので『了解せよ。』という・・・『了解せよ。』と言われても腹が痛くなるので、「どうぞ神様のいいようにお使い下さい。」ということで、させていただけるようになりました。

 

御降臨祭での代表の決意

楳木代表

ですから、23日に世界救世(メシヤ)教を人類の代表として復興することを神様にお誓い申し上げましたので・・・お誓い申し上げるということは、今日の御教えのようにですね、主神様直々の御啓示をメシヤ様が我々に御垂示して下さいましたので、だから善の意味も悪の意味も全てを掌握することが、私達はメシヤ様のお蔭で出来るようになりました。

それで、その掌握したことを現実のものとして表わしていく為には、どうしても世界救世(メシヤ)教を復興しつつ、それが中心になって人類にですね、主神様の御意図を伝えていかなければいけません。で、伝えていこうとした時にはですね、どうしても我々は判った側、相手はまだまだ判ってない側というふうに考えてしまうと、これはもう排他的になってしまいますので、こういうようなことを今は切り替えていかないといけないのです。今腎臓を柔らかくしつつですね、皆さん方も腎臓を柔らかくしつつ、お酒の好きな方は少し控えめにして腎臓に負担を掛けないようにするのと、食べ物の場合ですね、酒を飲まない方は食べ物の場合、添加物、それから農産物の場合は農薬と化学肥料、そういうものが使用されてないものを出来るだけですね、食べるようにして腎臓に負担を掛けないようにして腎臓を柔らかくして、そして頭に柔軟性を持たせるような、そういう取り組みをするようにということですので、そうしたことを一緒にさせていただきたいと思います。

まあしかしながら、23日はですね、私のそういう決意はもう、祭典が始まる前からですね、神界に届いて、そして神界はその意向を受け止めていただくと同時に、私が誓詞を固めたことによってですね、信者さん方も非常に神性が甦る所まで高まっていただいたので、司会者が「5分前になりましたので・・・」という前から、10分くらい前から非常に会場が、祭典に向かう姿勢作りを皆さん方にしていただいたので、祭典を受ける神様側からすればですね、今迄に無い『申し分のない祭典』として執り行うことができたので、神界も非常にご満足していただいているというふうに、皆さん方への祝福のお言葉をいただきました。

ここからがスタートでありますので、祝福していただいたということはより一層ですね、神界から、我々が御神業に臨もうとすれば、力と御光を燦々といただけますので、それをいただきつつ御神業を共々に担わしていただきたいというふうに思います。

 

天津金木についての解説

楳木代表

で、担う時にですね、メシヤ教の信者さん方がどうしても心掛けていただきたい内容というのはですね、この205ページを開けていただきたいと思います。205ページの中に「天津金木」というのがあります。図がありますが上のような形をしています。それで、『天津金木は上の様な形のものである。』と書かれてありますが、ページは開きましたか。

『稗田阿礼は此の天津金木を背に負っていたのである。古事記は天津金木の神秘が書いてあるのである。されば何故文章に書かなかったかと云えば、文章に書けば命がなかった為である。

日本は言霊の幸ふ国、言葉の生くる国という国である。今病気治しの時字を書くと、其の書いた字の言葉が働くのである。言霊で言えば直ちに強くなるのである。』

というふうに書かれている、この「天津金木」はですね、主神様の御意図が全て込められたような存在のものであって、この地球を中心にした宇宙のですね、設計図のデータが全部入ったものだというふうに受け止めていただければいいかと思います。

しかし、皆さん見ていただいたように下を十字に組んでおりますけれども、これはですね、木で組んでいるのでこういう形になっているんですけれども、実際から言うと、主神様の教えがドンと入ってきて、それがですね、四方八方に今度は広がっていって、そして地球ができるとか宇宙ができるとかというふうに見ていただいて、その形を表わしたのが実は十六弁の皇室の紋章ということです。

だから、あの紋章は菊の御紋ではないわけです。通称は菊の御紋と言われているけれども、それは「天津金木」を上から見た状態が十六弁の形になっているということです。そういうふうに受け止めていただくということがこれから大事になっていきます。

来年の3月3日まで非常にこれが中心になってまいりますので、その真ん中を更に細かくしていくと、○にヽ(チョン)ということになっていきますので、この主神様の主というお文字にもなっていきます。で、この縦になっているものと、横になっているものがちょうど交わった所が“結びの働き”になっていきますので、これから私達はこのメシヤ教というのはこの結びの働きをしないといけないので、結びの働きがお互いに出来る、そういうところを求めさせていただいて、今ずうっと御論文を学んでいっている、その学んだことを通して、そのことが許される一人一人にですね、お互いになっていただきたいと思います。

 

自分の霊性を高める取り組みを・・・

楳木代表

そして、お互い担っていく時に自分の気持ちがどういうふうに変化していくかというと、○○さんが色々自分のことを言ってくれたのですけれど、例えば自分にとってですね、色々批判的なことを言う人とか、何か言ってもすぐそれをはぐらかす人とか、色んな人が我々の周りにはいます。そのため“あの人はああだからね”とか、“この人はこうだからね”というふうに見ている。もっと細かく言えば、“あの人まだまだ御教えがわからんからね”とか“メシヤ様のことがわからん人だからね”とかというふうな見方を今まで我々はしてくるところがありました。

しかし、これではですね、結びの働きが出来ない。そういう心になっていきますので、自分のことを批判する人がいたら、あの批判を自分に受け止めて、自分はこういう風に見られるところがあるので、この点を変えていけばより神性人間に近づいていくことが出来るなぁ、と。それから自分が色々話しても、すぐはぐらかすような人がいた場合には、これはまだまだ私の霊性が高まってないために言葉に力が反映しないので、だから相手が受け止めないのではぐらかすんだなぁ、と。まだまだ自分の霊籍が低いからそういうことが起るんだなぁ、ということで、全て自分の学びに返していけるような取り組みが、これから私達には必要になってくるかと思います。様々な人と出会って、また様々な人の反応を受けながら、自分自身がより高まっていくようにですね、そういうふうに進んで行っていただきたいと思います。

それが、支部長代理が詠んだメシヤ様の御歌に込められている内容であろうかと思いますので、そうしたことを一つずつですね、私の場合こうだなぁというふうにしながら、それを、そういうものを月次祭にまた持ち寄っていただいて、メシヤ様に報告をしながらですね、より一層力をいただいていけるような、そういう一人一人にならせていただきたいと思います。

 

御神業はメシヤ様との共同作業

楳木代表

それから、23日の時にですね、メシヤ様の御歌を朗詠させて頂きました。そして平成29年度の為にはですね、1首だけお上げさせていただきました。これは、

『キリストの 父なる神は 主の神と 知れよ信徒 吾と併せて』(新年御詠 昭和二十九年元旦)

この吾というのはメシヤ様のことですね。メシヤ様と共同作業によってですね、“キリストの父なる神は主の神”であるのだ、主神様であるということを“知れよ信徒”ですから、我々自身がまず分かって、そして世界の方々に分かっていただけるような取り組みをこれからしていきましょう、ということです。

ですから、こうして皆さん方に今日、○○人参拝者があって○○人の方々には話しているのですけれど、この話している時に思いは世界の方々に話している思いで伝えていくとですね、キリスト教の信者さん方が何十億といらっしゃいますけれども、その信者さん方に、「天の父」というふうにその人達が言った時に「主神様のことだ。」というふうに、気付く人達が今年は一人でも多く生まれるような気持ちをいつも持ってですね、私はこの御歌をですね、今年一年、ずうっと心に響かせながら御神業を担わせていただきたいと思います。

 

今迄の所属教団の癖を取る努力を

楳木代表

で、そういうことを進めていく上において力となる御論文が今日拝読した御論文であります。善も悪もですね、全て主神様がこの地球上に地上天国を作るために必要であったためにですね、悪も許しておられたので、しかし、我々は信仰上ですね、信仰をしていく上に於いて、今日も御解説をいただいたようにですね、“悪は許さない”という思いを持ち気味であります。それが講じてくるとですね、さっきは○○○○教団の話をしましたが、△△△△教団の場合、教えの受け止め方が非常にアバウトなので・・・、○○○○教団はM○○研究所を作ったその系列の中で非常に御教えを整理しつつ、そしてその中から信者さん方をコントロールできるような文言を抽出して皆さん方にテキストをずうっと作ってきました。

しかし△△△△教団は、そういうテキストをほぼ作らない状態でアバウトにずうっと信者さん方を取り纏めてきたので、本日拝読した御教えというのが非常にわからない状態で△△△△教団は行っております。

ですから、どうしても悪を裁く方向で言葉がどうしても出てきます。ですから、「あんたの因縁はこうだからね・・・」とか、そういう言い方。これが△△△△教団の最悪の今の状態ですね。△△△△教団を批判するというのではなくて、その中で信仰を育ててきたために、自分の中にそれが色濃く染み付いてしまっているということです。

○○○○教団は、いいように働けば、御教えに則って色んなものが整理しているけれども、しかし、メシヤ様そのものの御心ではないのだ、と・・・。その中から組織運営の為に必要なもののみを引っ張り出して信者さん方に植え付けてきているので、その癖が我々組織の中にいた人間には染み付いている。で△△△△教団はそういうものが染み付いているから、それが強く出た場合は、「あんたの家系はこういう問題があるよ、これじゃ救われんよ。」とかいうような言葉が出てきてしまう面があります。

これではですね、本日の御教えには全くそぐわないわけなので、全ては主神様が『夜の時代』は悪を許してきて、許容してきて物質的な発展をさせてきたので、これからは、メシヤ様はどういうふうに仰っているかというと、悪を裁くということではなくて、罪穢れが裁かれていくわけなので、悪というのは・・・、善と悪を結んでいけばいい訳なので、この“結び”ということを我々の課題にしていかなければ、これから地上天国を建設していくということには繋がっていきません。今までの自分に染み付いてきた信仰の中の心の営みというのを、これからは“結び”ということをテーマにして切り替えていくように、どうか取り組んでいただきたいと思います。

そしてこれは、じゃあ今日話を聞いたから“よっしゃ”とすぐ切り替えられるというものではありません。長い間染み付いていますので私達には・・・。この染み付いているものを少しずつ心掛けていくように、心掛けていくということがメシヤ様は大事なことなのだ、というふうに仰っておられますので、日々心掛けながら、その為にですね、朝拝をさせていただいて夕拝をさせていただくわけなので・・・朝拝夕拝の意義がより一層高まっていくように、これは信者さん同士、近所の間柄、それから家庭内では夫婦の間、様々な中でですね、“結び”の働きが出来るように、これは私にも・・・、私が一番課題にしていかなくてはいけないので、そういうことを絶えず心掛けながら新しい人との出会いの時には、そういう思いで相手の方と話し合いを心掛けていきますので、皆さん方もそうしたことを心に置いて取り組んでいただければありがたいと思います。

 

代表の今年の決意

代表

それから、今年の年賀状にはですね、岡山支部の稲を比べた写真を使わせていただきました。上は富士山の写真で下は岡山支部の○○さんところの稲の比較のです。で、ここにですね、二首込めましたので、最後にこれを朗詠させていただいて私の挨拶を終わりたいと思います。

『兄の花の 香り床しも 天国の 苑より匂ふ 今年この春』
(S29. 2. 4立春祭御詠)

これは富士山に掛けてですね、兄の花というのは梅の花のことですので、楳木という人間はこういう思いで御神業に取り組むということをメシヤ様の御歌からいただいて一首目に載せさせていただきました。それから、

『薬毒も 肥料の毒も 眼に入らぬ 物識達の 眼開かん』
(S29. 2. 3「栄光」246号)

薬毒とですね、農薬のことは随分世間的に知れてきたのですけれど、まだ肥料の毒というのは行き届いておりませんので、今年はこの薬毒と肥料の毒をより皆さん方に認識していただけるように、取り分け物識達にですね、分かってもらえるような取り組みを一層進めさせていただきたいと思います。

支部長代理が紹介していただいたように、東京の国分寺支部の代表者は科学者ですので、またそのお兄さんという人は獣医です。獣医達はですね、輸血を一切しないで手術しているわけですね。その中で実験した人(フランスの生理学者ルネ・カントン)は、犬の血液を抜いて同量の生理食塩水を入れると、一日はぐたっとしているのですけれども二日目からは元気に立ち上がってくる。それは、もう血液を作り出すということです。人間も同じ動物なので生理食塩水さえ入れておけば、血液は自分で作り出すことが出来るのだけれども、何と血液はですね、○赤の利権ですので、ただで血液を献血させておいて、そして高い金で売っているわけですので・・・。だから病院に務めている医師達は、○赤に今日は血液を何リットル我が病院に入れて下さいと交渉している。○赤は大柄にそれだけありませんよ、もう少し上乗せしてくれれば回してあげられないこともありませんというような言い方をして、毎日担当者は腹を立てております。日赤のやつらは、横着だということで・・・これが利権ですので・・・真にですね、日本人の方々の健康を願っている医者も確かにいらっしゃるのですけれど、経済活動で取り組んでいる医者達もいる。その根元が○赤もその一つだということです。それから製薬会社もその一つだということもありますので、こうした現実・・・献血はしなくても生理食塩水だけ入れていけば、そういう能力は人間にはあるのだということを、もうちょっと今年はですね、日本人に認識出来るような、そういう取り組みも併せて進めたいというふうに思いますので、そういう決意を私も最後に述べさせて頂いて新年の挨拶とさせていただきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いします。

 

受講者全員

ありがとうございました。